【速報】なんとか復活しました!


本日より、コルセットを巻きながら出社。
自分でも必要以上にカラダを意識しての1日。
1時間おきに、柔軟体操を行う。

それでも座っていると神経が麻痺するらしく、
腰の痛みを忘れている自分がおそろしい。
凝り固まった背中の筋肉を思い出し、すぐさま立ち上がる。

…この2日間は、怠惰に過ごしてしまった…。

しかたがない。思うようにカラダが動かない状態だ。
意識的に動こうとしても、言うことを聞いてくれないのだ。

だから、病気はおそろしい…と思った。

腰の痛みは、幸いにして、3日の惰眠でなんとか復活の兆しが見えてきた。
…しかし、病いによる安静は、先が見えない。
安静に過ごしたところで、復活の約束すら結べない。
…おのれのカラダとの呼応で、どうにか活路を見いだす以外にない。
その精神力・気力というのは、想像を絶する。

たった3日、カラダが動かせなかった…ただそれだけなのに、
その3日間における堕落ぶりは、ひどいものだった。
気が付いたら、眠っていた。
とにかく食うか寝るか…しかなかった。

あとは、見るともなしにテレビを見ている。

今後のことを考えてみよう…と、前向きな思考を呼び起こすことは不可能だった。
とにかく感覚的だった。何も考えられなかった。

今、こうやって振り返ってみても、その気力のなさには呆れかえる。

だから、病を背負ってもなお、自身をみつめ、答えを見いだそう…
という気力は、相当なものだと、あらためて思う。

もっと自身に達観する意識改革が必要だ…と、思った。

【速報】二度目の救急車その3


しかし、今回の救急車体験は、鮮烈な9分間だった。

たった9分。
国道58号線を横切り、そのままモノレール高架下を北上し、
市立病院前で右折するだけの距離だ。

しかし、その間の視界は、天井で輝く蛍光灯のみ。
カーテン越しに時々、車のヘッドライトやネオンサインの極彩色が乱入する。
エンジン音に混じって、自分の心拍音が、ピッピッピッと刻まれている。

その9分のあいだ、意識は限界まで張りつめていた。
「自分はもう、起きあがれなくなるのではないだろうか?」
「現実世界には、復帰できないのでは?」
そんなネガティブな思考がぐるぐると回っていた。

なぜだろう。

きっと、移動のあいだ通底奏音として流れていたサイレンが、
そのような思考を引き出していたのだと思う。

日頃は行き交う喧噪のひとつとして、いわば生活音の一部としてしか
耳にしない、救急車のサイレン。
せいぜい10秒やそこらのあいだでしか、共有しないその音を…

     9分間もまるまる聴かされていたのだ。

しかも、音源の真下で…である。

時々、合いの手のように救急隊員が呼びかける。
「救急車、赤信号を直進いたします。車は脇に停車してください!」
「救急車、このまま直進いたします。そこの車!停止してください!」

     ピーポーピーポーピーポーピーポーピーポー
     ウウウウウウウウウウウウウン…

大事には至らず、どうにか日曜の夜にブログを更新する状況まで復活できた。
しかし、この体験は、何かを示唆していると…思った。

考えなければ…。おのれの指針を。

【速報】二度目の救急車その1


金曜日の夜だ。

背骨の位置が治ったとはいえ、筋肉の緊張までは
まだ取れていなかったのだろう。
仕事をまともにしたのが、間違いだった。

夜の7時には完全に背中の筋肉が硬直していた。

とにかく妻に迎えに来てもらい、
お湯につかって緊張を和らげようとクルマに乗ったのが、
不味かった。

スパ設備のある「かんぽレクセンター」までクルマを走らせ、
駐車場で降りようとしたところ、背中が固まってしまい、
動くたびに激痛が走った。
右に左にカラダを揺らすたびに、走る激痛。

クルマのシートを不格好に転がりながら、
なんとか地べたにカラダを横たえる。

…そこで果てた。

起きあがることも、寝返ることも、できなくなった。

…しかたなく救急車を呼ぶことに。

21時30分。救急車は到着した。
1時間、駐車場で悶えていたことになる。

救急隊員が、凝り固まったボクのカラダを担架に乗せて運んだ。
心拍数、血圧、呼吸回数、体温…すばやく数値を調べる。
21時39分。救急車は那覇市立病院へと向かった。

21時48分。救急車は那覇市立病院救急受付に到着する。
すぐさま、救急の処置が施され、痛み止めの座薬を挿入される。
1時間後、痛みの治まらない状況を見かねて、レントゲン撮影。
整形外科医の触診を行うが、激痛のため、手の施しようがない。

煌々と蛍光灯が充満する救急室の簡易ベッドで、一夜を明かすことになる。

ドクドクと血を流す酔っぱらいや顔面蒼白の心臓を患った女、
気管支が痙攣したおじい、高熱の幼児など…金曜夜の救急は忙しい。

そのたびにベッドの位置が後方へ後方へと移動させられる。

気が付いたら、朝方の6時を過ぎていた。

【速報】「腰が満期に」


仙台への旅の続きをつづるとすれば、
次は仙台キリンスポーツクラブで、テニスをした話になる。

しかし、ここはひとつ。
おととい突如襲われた腰痛の話。

いきなり腰に電気が走って、まったく曲がらなくなった。
経験者には、よくおわかりの症状だと思うが、まさに「ギックリ腰」。
ボクの場合はそこまで重度のものではなかったが、起きあがるのが精一杯な状態だった。

腰を曲げようとすると、電気が走る。
顔を洗おうと前屈みになってそのまま腰抜けになり、
膝の力がぬけて、崩れ落ちた。…横になって眠りについても、
寝返りを打とうとして、その激痛に目覚める…こんな体験は初めてだった。

骨の髄から発信されるその痛みに、かすかな恐怖を覚え、
とにかく翌朝、紹介された整形外科へ。

那覇市内では「腰痛」では有名な外科医だから…と緊張した面持ちで、伺ってみる。
なにしろ、こちらは脂汗が出るような状況だ。ワラにもすがる気持ちである。

    …外科医は結構なお年を召した男性だった。

さっそくレントゲン写真を4枚撮影。
ほどなく診察室に呼び出され、先生の診察を受ける。

「腰が満期を迎えたんじゃな」
「悪い姿勢でいたことが、積もり積もって今、満期になったんじゃ」
「だから、この背骨の並びが歪んでしまって、神経を刺激し、激痛が走る」
「曲がった土台をそのままにしておいたら、「首」や「頭」も痛いコトになってしまう」

横になってください…と看護士に言われるまま、横になっていると、
先生が全体重をかけて、曲がった背中をボキボキ、バキバキと施術してくれた。
その荒療治にびっくりして、呼吸を乱していたら、いきなり立ち上がれと言う。

「立ち上がって、合図にあわせて膝を高く上げてください。」
「いち、に、いち、に、いち、に、いち、に、…」
「そのまましゃがんで頭を膝のあいだに入れてください。」
「…い、いたい、」
「膝を曲げずに前屈をしてください。」
「…い、いたくて、まがりません」
「痛くない!」
「…?」

施術後の扱いは、普通の人へ向けた柔軟体操並みである。
こちらは、ついさっきまで眠れぬ夜を過ごしていたカラダだ。
意識的に、カラダを気遣ってしまう。

そんなことはおかまいなしにバンバン無理難題を課せる。

まずは療養生活ということで、
先生の言葉を信じて、続けるしかないか・・・。

泉パークタウンのCaslonへ。


小腹が空いてきたので、近くのカフェへ。

    キャスロン…と読む。

三菱地所が1972年から宅地分譲して、
大成功を収めた「泉パークタウン」の敷地内にある。
トータルプロデュースを東京のデザイン事務所が行ったステキなカフェだ。

ボクもデザイン専門誌でこのカフェの存在を知った。

「モスバーガー」や「ウンナナクール」を手がけたデザイナーが
ロゴデザインからインテリアに至るまでトータルにプロデュースしている。

「泉パークタウン」の客層にぴったりマッチしたリッチな雰囲気がムンムン。
メニューも有機野菜にこだわったオーガニックなセレクトである。
周りを見渡すと、平日だというのに、このにぎわい。
やはり、このトータルな空間プロデュースが心をくすぐるのだろう。

接客もお客様本意の「モス」同様、とても気持ちのよいものだった。

Caslon

創立125周年の宮城県図書館


翌日の仙台も気持ちのよい見事な晴天だった。
平日のゆるりとした時間を、散策気分で過ごそうと
家族全員で宮城県図書館へ。

巨大なかまぼこのカタチをした建築物は
大阪の「梅田スカイビル」でも有名な原広司氏の作品。
1998年に竣工した。

完成した年にボクは沖縄移住を果たしたので、
実はまだ建築空間を体感していなかった。

平日昼間の図書館は、実にゆったりとしていて
閲覧を楽しんでいる人たちも、静かだった。
その豊かな建築空間が、人々の気持ちに余裕を与えている。

豊富な映像図書の在庫が目を見張る。
日がな一日、ビデオ鑑賞に明け暮れても飽きることはない。
並んだタイトル群を目で追うだけ…ただそれだけで、楽しくなる。

「こども図書館」としてコーナー化された空間には、大量の絵本が。
   …見ているだけで、思わずにんまり。
しばし家族全員で、絵本の立ち読み。

誰もいない空間で、もくもくと絵本を読む。

ぜいたくな空間、ぜいたくな蔵書、ぜいたくな時間。
…サイコーの過ごし方だと、思った。

宮城県図書館

標高1100mの温泉地その3~スピード違反~


栗駒山荘の時間は、沖縄から来たふたりには
何よりにも勝るぜいたくな時間だった。
「温泉」「山菜料理」「日本酒」「深閑とした静けさ」
日本人でよかった…と思える瞬間が、何度も訪れた。

標高1100mの寒さも、この場合は好都合だった気がする。

しっかり温泉旅行を堪能して、気が緩んだのか、
栗駒山脈から岩手県をくだり、鳴子温泉に入った辺りで

     

      …捕まってしまった。

22キロオーバーのスピード違反である。
田んぼが広がる小道での「抜き打ち逮捕」。

制限時速40キロ。
平日の昼間。
サンサンと降り注ぐ太陽。

普段なら、警察の存在すら意識しない。
そんな平日の昼下がり。

そこが落とし穴だった。
運転手は父。
すっかりしょげて、笑うしかない状況だった。

標高1100mの温泉地その2~栗駒山荘~


「厳美渓」を後にした一行は、めざす目的地「栗駒山荘」へ。
何しろ、標高1100m。沖縄との温度差20度!!
曇り空に霧がかかって、見た目も寒々としている。

ここ「栗駒山荘」のトップシーズンは
ハガキによる抽選でしか予約が取れない。
そのくらいの秘湯である。

ホームページの解説文をそのまま引用する。

  栗駒山荘の湯は日本でもまれな強酸性のみょうばん緑ばん泉です。
  源泉からの湧出量は毎分6000㍑!これは一カ所の源泉から湧出する量として国内第2位!
  その湯量豊富な温泉は源泉から溢れ、川のように流れています。
  また、この地域は高山のため紫外線が強く、気候治療の適地としても知られています。

  展望大浴場は、標高約1100m。
  栗駒の大自然が一望に見渡せる大パノラマ露天風呂です。
  開放的で野趣あふれる出湯からは、左手に「秣岳」、
  右手にブナの原生林が茂る「野鳥の森」、
  眼下に「イワカガミ湿原」、
  そして地平線中央に出羽富士「鳥海山」と雄大な自然が心に残る情景です。
  また、夜になると空から降り注ぐように満天の星空が間近で楽しめます!

それは見事な「湯」。
夜中も朝もその秘湯を満喫した。

栗駒山荘

標高1100mの温泉地その1~厳美渓~


東北に来たからには、温泉に入らねば…。
ということで、積もる話も後にして、まずは出発。

めざすは岩手・秋田・宮城の県境、標高1100mの温泉地、
須川温泉「栗駒山荘」へ。

岩手県まで北上したあと、栗駒へ向かう途中「厳美渓」に立ち寄る。

日本百景にも選ばれている景勝地なだけに、
カメラマンの数も多いこと、多いこと。
みなさん、三脚を立てて本格的に奇岩・怪岩を捉えている。

この渓谷は、伊達政宗が
   「松島と厳美がわが領地の二大景勝地なり」
と褒め称えたほどのところゆえ、確かに撮影欲をそそりはするが…。

…と思ったら、彼らは写真サークルらしく、
団体貸し切りでバスに乗り込み「厳美渓」を撮影に来たようだ。

みなさん、高価な高解像度デジタルカメラを構えていた。

厳美渓

市営バスに乗って、実家へ。


コーヒーを飲んでカフェインを血液中に投入し、
7:08am、「泉ビレジ」行きのバスに乗り込む。

平日の火曜日だから、当然乗降する人たちは日常を営んでいる。

会社へ出勤する人、部活の朝練に向かう子、仕事を終え帰る人…。
9年前のボクも、同じようにバス通勤で仕事場へ向かっていた。

      3年間のデザイン事務所勤務。

朝方までデザイン作業を行い、風呂に入ってまた出勤…。
そんな毎日を繰り返していた。
それでも家に帰れば、カラダを気遣う親や歓迎してくれる犬たちが居た。
メリハリのある生活だった。
あの3年間があったからこそ、今があるといってもイイ。

そんなことを考えながら、窓外の風景を眺めていた。