
新宿歌舞伎町、mothionでのライブ。
ドラムの中村修人くん。
彼も、音楽の地平で常に開拓を生きる男だ。
「切り開く」未来。
音楽であろうと、写真であろうと。
「切り開いていく」ことが、答えにつながる。
だから、共鳴する。
竹野に住まう舞台写真家の地域自治。

新宿歌舞伎町のmothionでのライブ。

02/26の岡本太郎現代芸術賞レセプションにて。
川崎市長や美術館長の前で
「芸術は爆発だ!」と叫ぶ。(ウソ)
何度も思うのだけど、
「守り」に入ってる人のお話と
「攻め」につき動かされている人のお話とじゃ、
人を感動させるエネルギーが違うね。
既得権にまみれて
周りに気を遣って言葉を選ばなきゃいけないポジション
…てのも、大変なのだろうけど、
「切り開く」人か、「余儀なくされる」人か。
いまはどちらが求められているか。
…といっても「大阪維新の会」の橋下市長のように、
煽動すりゃいいってのも、おかしなもんだけど。
国民が9条改変しないで、「自己犠牲はしないこと」を選ぶなら
自分はこの国とは別のところに住もうと思う…だなんて、
そんな奴の口車に乗っちゃだめだよ。

02/26は岡本太郎の101回目の誕生日。
「文明の進歩に反比例し、人の心がどんどん貧しくなっていく現代に対するアンチテーゼとしてこの塔を作ったのだ」
…という太陽の塔が、今江戸東京博物館で展示されている。
田中優さんは言う。未来の扉は二つしかないのだ…と。
ひとつは「余儀なくされる未来」、もうひとつは「自分の意志で開く未来」。
自分の意志で選択し、切り開いた未来は「させられたもの」にはならない。
どんな未来だろうと、自分の選択の結果なのだから、諦めもつく。
一方で、未来を選ばない…という扉は、すべてに従わなければならないが、
責任は負わずに済む。それは誰かのせいであり、社会のせいであるからだ。
2012年、3月11日まであと2週間。
これから先のニッポンの、世界の未来を、
「切り開く」のか、「余儀なくするのか」。
それはひとりひとりの意志にかかっている。
岡本太郎は常に切り開いていく人だった。
だからこそ、生誕100年を大いに祝い、今でも彼の言葉に耳を傾ける。
「解決できる見通しの見えない課題」だらけのニッポン、世界だからこそ、
真っ正面から切り込んでいき、難題に立ち向かう。
岡本太郎がそうしたように、いま私たちは切り開く使命にある。

日暮里d-倉庫の看板前で、
出演者の記念撮影。
右から千田真司さん、舞城のどかさん、
中島康宏さん、おっきなわたるさん、五十嵐耕司さん。
ひとりひとり実力あるダンサーが
それぞれのダンスを尊重しあって完成した
今回の「Seasons Of Love」の舞台。
これも千田さんの人柄によるところが大きいかも。
実直なMC、素敵でした。お疲れ様でした。