Ocean of Souls


Mania Bayのサンセットは、恋人達の睦まじき時間。
海と空との境界があいまいとなり、すべてがNeutralに留まっている。
窒素と酸素と炭素と水素のそれぞれの原子が、心なしか膨らんで、
動きを止めてしまったかのような、…充溢の時。

視界がなだらかな茜色のグラデーションに包まれ、
ただ、ただ、暮れゆく時間の流れを、…静かに楽しむ。

I wish that I could hold you
One more time to ease the pain,

But my time’s run out and I got to go,
Got to run away again.

60余年という時間が流れ、ここの海はおだやかな時を迎えている。
しかし、ここフィリピンには、おだやかでない過去がある。
波乱に波乱を繰り返し、荒れ狂う嵐の海のごとく、溺れる夜もあったことだろう。

Still I catch myself thinking,
One day I’ll find my way back here.

You’ll save me from drowning,
Drowning in a river,
Drowning in a river of tears.
Drowning in a river.

Feels like I’m drowning,
Drowning in the river.
Lord, how long must this go on?

ボクにはその60余年前のこの国の情景はわからない。
でも、60年なんて、あっという間だ。
そして、60年後には、ボクもいなくなっている。

そう考えると、この黄昏の時間は、
そんな60余年の魂の蓄積が、現出している光景なのかもしれない。
ボクは、ここManila Bayで、60余年前の情景を感じているのかもしれない。

ただよい、とどまり、永遠へとつながる時間。
恋人達が、互いの身体を確かめ合うように寄り添う時、
蓄積された魂もまた、同じように互いの魂を確かめ合っているのだろう。

In three more days, I’ll leave this town
And disappear without a trace.

A year from now, maybe settle down
Where no one knows my face.

いずれ痕跡もなく、いなくなる。
でも、魂だけは、いつまでも長くとどまっている。
黄昏は、そんな事実を思い出させてくれる。

  英詞は「Rivers of Tears/Eric Crapton」
  3月30日はCraptonの61歳のバースデー。

カレッサの少年


Manila Bayと呼ばれる海岸沿いでは、
「カレッサ」という馬車がロハス大通りを行き来している。

赤い車体に黄色い車輪のコントラストが美しい。
さらに白馬が馬車馬だったりすると、もう存在が「絵はがき」のようだ。

そんなフォトジェニックな馬車だから、
馭者も心得たモノで、日本人をみかけるとしつこく付いてくる。

指をピースマークに立て、「20.20」と盛んに声をかけてくる。
顔をのぞき込むように、「20,20」といつまでもあきらめない。

しかし、ここらへんの馬車には乗らないほうが良いらしい。

ボクらも、馬車に乗るような洒落っ気は持ち合わせてないので、
ハエを払うような振る舞いでしか、相手にしていなかったのだけど、
…魔が差したというか、…歩き過ぎで足が棒になっていたというか、

…乗ってしまった。

リサール公園からBAYWALKのスクエアまで「all 20」で乗せてくれるという。
日没の暮れかけた時間だったので、馭者も家路に向かう途中なんだろう…とか、
勝手に都合良く判断してたから、

「ちょっとブラザーも拾っていく」

と言ったセリフも、なんの不信感なく受け入れていた。

馭者のブラザーが乗り込んできた。
ボクを挟み込むようなカタチで座った。
これは何かあるな…と今頃警戒しても、後の祭り。

いきなり、日本語で話しかけてきた。

「どこから来たの?ぼくはね、札幌にいたんだ」

「フィリピンは何度目?」「案内しようか?」

馬車はロハス大通りから、脇道へとどんどん入っていく。

「BAYWALKでいいから、まっすぐ行って」
「大丈夫、わかってるよ」

馬車馬に鞭打って「ハイヤ、ハイヤ!」とかけ声をあげ、
急いでもいないボクらの意志をまったく無視するように、
馬車をぐいぐい走らせていく。

「この馬、かわいいでしょ」

鞭を振り上げながら、やたらと馬を自慢している。ますます怪しい。

見慣れたエリアに入ったので、「ここで降りる」と伝えると、
「OK、OK、じゃあ、20ちょうだいね、降りる前にちょうだいね」

カッポカッポと走る馬車馬を気遣いながら20php札を差し出すと、
待ってましたとばかりに、馭者とブラザーが脇を固めて、
「dollar!dollar!20$!」とワケのわからないコトを言ってきた。

    20ドル?

20phpが20dollarに大化けした。約50倍の大暴騰だ。
ははあん、そういうことだったのね。
初めからそんな子供じみたトリックでボクらをだましたつもりでいるようだね。
    
    妻の出番だ。

「乗車前に20って言ったからね、わたしは20しか払いませんよ」
馭者とブラザーは大仰に「No way!」と天を仰ぐ。
妻も頑として引き下がらず、20php札を突き出している。

結局、ブラザーの脇の甘さが出て、ボクが馬車から降りたのを機に
妻も降りることができたので、20phpの支払いでなんとかクリアできたのだが、
「馬がかわいそうだ、馬がかわいそうだ」と
どこで覚えたのか憐憫の表情を浮かべる辺り、
百戦錬磨の常套手段のようだ。

最後は、暴力的に20php札を奪って
悪態ついて帰って行った。

観光客が甘い態度を見せるから、こんな詐欺紛いが横行してしまうのだろう。
うしろめたい寂しげな表情の子供が、馬車からボクらを見下ろしていた。

ロビンソンズ・デパートメントストア


3度目のマニラである。
10月・12月・3月と、半年のあいだに3度。
それぞれが短い滞在とはいえ、かなりの頻度である。

3度とも滞在先はmalate地区の繁華街。
Robinsonsと呼ばれるショッピングモールからは、目と鼻の先の距離感だ。
今回も、まずはこのショッピングモールに足を運んだ。

ここのコーヒーは上手い。ここのパンは格別。ここの靴はカワイイ。ここの服は安い…。
…などと、フィリピーノのようなセリフを吐いてる自分がいる。
店員も心なしか、親しげに振る舞っている気がする。

そういえば、モール内の、極端に照度の落ちた雰囲気にも
違和感なく溶け込んでいるから、不思議なモノだ。
初めて訪れた時は、その暗さに恐怖心さえ覚えて、緊張も高まった。
今は、かえって居心地がイイ。…なじんでいる。

フィリピーノたちの無表情で緊張感のない接客も
そのまま受け止められるようになっている。

なんだか、フィリピンが好きになってきた。

これは大きな進歩だ。
ダークな一面ばかりが目についた初回の滞在とは大違い。
もっともっとフィリピンを知りたい…と思った。

Robinsons Department Store

Look for the silver lining


     

  Look for the silver lining
  When ever a cloud appears in the blue

  Remember somewhere the sun is shining
  And so the right thing
  To do is make it shine for you

  A heartfull of joy and gladness
  Will always banish sadness and strife

  So always look for the silver lining and try to find
  The sunny side of life

      ●

  青い空に雲が現れたときは
  銀色の裏地があるか探してごらん

  覚えておいて、太陽はどこかで必ず輝いているから
  そしてすべきことは
  君のために太陽を輝かせること

  胸いっぱいの楽しみと喜びは
  いつでも哀しみと争いを打ち消してくれる

  だからいつでも銀色の裏地を探して
  人生の明るい面を見つけてごらん

      ●

3月25日の誕生日を前に
ボクはマニラに向かった。

「Look for the silver lining」
ボクの好きな言葉だ。
雲に覆われた青空の向こうには
銀色に輝く世界が隠れている。

マニラへのフライトの間、
ボクの頭の中では、この曲がループしていた。
Chet Bakerの中性的なボイスと軽快なリズムが
「なんくるないさ」と歌っている。

順風満帆な1954年頃のChetだから醸し出せた脳天気さである。
Jazz界のジェームスディーンと持て囃され、アイドル並に映画主演までこなしてしまうChet。
1970年以後は麻薬に溺れ、2度とアメリカの地を踏むことなく、
アムステルダムのホテル2階バルコニーから転落死…という悲運な最期が待っているとは、
誰が想像できただろう。

そんな急激な没落を経験したChet Bakerだが、
彼は晩年までこの「Look for the silver lining」をオハコにしていた。
つまり、人生に暗雲が立ち込めるような劣勢な時でも、
裏地かがやく銀色の世界への憧憬をしっかりと携えて人生を全うした男だったのだ。

同じように振幅の激しい人生を生き、
この「Look for the silver lining」をタイトルとしたアルバムまで発表している
女性ブルース歌手もいる。

Alberta Hunter(アルバータ・ハンター)

1920年代の初期アメリカの全盛期にヴォーカリストとしてデビューし、
第二次大戦以後では従軍看護婦として激戦地を回り、軍人の介護にあたっていた。

ふたたびマイクを握るのが、なんんんんんと、御年77歳の時。
そんな波瀾万丈の生涯を生きてきたからこそ、
「Look for the silver lining」は彼女のリアルとなって、心にしっかり響く。

      ●

窓外のかがやく雲をぼんやり眺めながら、
2006年3月から始まる新しい1年を占う…。
フィリピン・マニラで誕生日を迎えることで、
今までにない振幅の激しい1年…となるような、予感がした。

Alberta Hunter

Every cloud has a silver lining….Ammonite

息を吸いこんで by 今野英明


息を吸いこんで 吐きだしてる

君の寝顔を見てた

気づかれないように ゆっくりと

部屋の灯りを消すよ

息を吸いこんで 吐きだしてる

君はまだ夢の中

時計の音だけが 響いてる

ぼくらの この部屋の中で

明日の朝には しばしのお別れ

こんな毎日が ずっと続くなら

ぼくはもう 何もいらない

時計の音だけが 響いてる

ぼくらのこの部屋の中で

抱きしめたいけど

今夜はおやすみ

    ●

RockingTimeの今野英明がウクレレ1本で歌っている。
力みも気負いもなく、そのままの歌声で。

彼の声は、どこまでも無垢でストレートだ。

このタイトル曲は、夕暮れの幸せな一コマを思い起こさせてくれる。
ストリングスがやさしい風となって、彼のうたの背景を描く。
静かに暮れゆく空を眺めながら、
充溢し、こぼれる、地球の吐息に包まれていく…。

彼のリアルが、そのままメロディに乗って「うた」になった。
そんな等身大の今野英明が詰まっている…と思った。

ゆらゆら帝国の坂本慎太郎といい、RockingTimeの今野英明といい、
ボクの周りには、しっかり自分のあゆみをカタチにしている男たちがいる。

…これはすばらしいことだ。

彼らはおそらく、一生をメロディに乗せて、ボクたちの「リアル」を歌ってくれるだろう。
同じ時代の空気を、しっかりと掴まえて、「うた」にして提示してくれるにちがいない。

ボクもボクなりの「リアル」を写真に定着していければ…と思う。

それが彼らの「うた」に対するボクなりのリスペクトだ。

    ●

4月9日に沖縄の宜野湾にある「カフェユニゾン」で
今野英明のサンセットライブが開かれる。
前日の8日には、那覇市松尾の「四月の水」で
ソメイヨシノに囲まれてのお花見ライブもワンマンで。

ちなみに9日はわがSKA69が同じ「四月の水」でお花見ライブを行う。
今野英明の飛び入り参加があるかもしれない。
要チェック。

今野英明

今野英明sunsetライブ 4月9日 at Cafe UNIZON

四月の水

その喫茶店は空間がビンテージものだった


電気用品安全法(PSE法)なるものが4月から施行され、
中古楽器、中古オーディオなどの古き佳きモノの扱いが危ぶまれているが、
ボクの人生の中でも、古き佳きビンテージものに囲まれていた時代があった。

美大時代、ボクは友だちに連れられて
吉祥寺の「Meg」というJazz喫茶に行った。
Jazz喫茶全盛の70年代に栄華を極めた老舗喫茶だ。

19歳だったボクには、Megのあった吉祥寺本町のホテル街へつながる裏通りや、Megが醸し出すキナ臭い雰囲気はかなり新鮮で、
店内に入るなり「すげえ、すげえ」を連発、静かにJazzを聞き入るリスナーのひんしゅくを買った。
…そう、Jazz喫茶は「私語厳禁」の特別な場所なのだった。

時は80年代後半、安保闘争もとっくに終わり、バブル景気に世の中浮き足立っている頃である。
トイレの壁には「アブサンの青い液体がドルフィーの魂を溶かす!!」「卑劣な心臓、卑劣な肺臓、卑劣な脳髄」「プロレタリアート万歳!」
「もし神が存在しないとしたら、すべては許されるだろう」「嘔吐!嘔吐!嘔吐!」「デカルト的コギトはヒューマニズムか?」……。
…白いタイルの上に、ところ狭しと難解な言葉がひしめき合ってる。

「すげえ。」

コルトレーンが不協和なテナーサックスをがなり立て、エルヴィンが見事なタイム感覚でスネアを刻む。
眉間にしわを寄せた団塊の世代が、煮立ったコーヒーで2時間も3時間もJazzと格闘している。

持参したものさしをギターに見立て、ソロを興じている輩。
キースジャレットの「呻き声」に合わせ、時折中腰になる白髪の紳士。
オーネットコールマンのFREE JAZZに合わせて、体をゆすり原稿を書く物書きの男。
大きめのパンプスをバタバタさせながら、ホレスシルバーをリクエストする水商売の女。

登場人物がとにかく異質。Jazz喫茶の舞台装置がまずもって異質。「私語厳禁」の状況が異質。

JBLの特製スピーカーが御神体のように空間の上座に祀られ、大儀に説明文まで添えられている。
「こちらに鎮座する1950年代の名機、JBL特製スピーカーは高音域をラッパ型の特製云々…」
その御神体に対峙するように肘掛け付きの椅子が向かい合わせに並んでいる。
ほとんどの席が、テーブル1つに椅子1つのセットである。レイアウトがすでに会話を拒んでいる。

目につくものすべてが刺激的な、その空間に一目惚れしたボクはすぐさまアルバイトを申し込み、
以後卒業までの3年間、週末は「Jazz喫茶に12時間」の特異な生活習慣を送ることになる。

           ●

街全体が眠りについたような閑散とした日曜日に、
昼間からビンテージもののJazzレコードに針を落とす感覚は、ステキだった。

燦々と照りつける太陽が出ていようが、どんよりとした淀んだ曇り空だろうが、
窓のない暗闇のJazz空間には無関係だったが、ボクの気持ちには大きく影響した。

気持ちも踊る清々しい日には、West Coastの軽めのJazzを、
内向的な感覚に陥りそうな寒々とした日には、60年代のインパルスJazzを、
とにかく元気がほしい日には、ブルーノートのHard Bopを好んでかけた。

レコードは無尽蔵にあった。おそらく5,000枚は下らないと思う。

あらゆる種類のあらゆるアーティストが整理整頓されて棚に収められていた。
ボクは飽きることなくすべてのレコードに目を通し、針を落とした。

客の動向や趣向を見分けながら、レコードを選ぶ悦びは格別だった。
難解なリクエストに無言で応えるときの優越感も、独特なものだった。

空間そのものがビンテージ。古いモノにしか味わえない時間の澱を堪能した3年間だ。

電気用品安全法
JAZZ喫茶MEG

南国ドロップス始動! 


宜野湾にある社交場バー「南国の夜」のバンド、
“南国ドロップス”がいよいよ、始動!する。

音のコンセプトは「両手を挙げて横ノリできる音楽」。
ブラックのエッセンスを南国風にアレンジした
ゆるゆるながらも、気持ちよく踊れるミュージックを目指している。

8月発売に向けてのレコーディング日程も整いつつ、
今はオリジナル楽曲の最後のツメを行っているところだ。

3月、4月でほぼ決定稿・決定アレンジとなり、
浦添Gスタジオでの一発録音!と相成りますか?

歴史あるバンドなだけに、音源への思いは深い。
コンセプトを見失わずに、ノリを大事に仕上げていきたい。

折に触れて“南国ドロップス”の歌詞を紹介していければ…と思っている。

南国の夜

ナイトクルージング by 佐藤伸治

   UP&DOWN UP&DOWN SLOW FAST
   UP&DOWN UP&DOWN ナイトクルージング

   だれのせいでもなくて イカれちまった夜に
   あの娘は運び屋だった
   夜道の足音遠くから聞こえる

   だれのためでもなく 暮らしてきたはずなのに
   大事なこともあるさ
   あー天からの贈り物

   UP&DOWN UP&DOWN SLOW FAST
   UP&DOWN UP&DOWN ナイトクルージング

   窓はあけておくんだ
   いい声聞こえそうさ

ゆらめきIN THE AIR by 佐藤伸治


   
   
   ゆらめきIN THE AIR  ゆらゆらIN THE AIR

   何度もおんなじ話をしてる さっきとおんなじ
   夕暮れはやってこない 夕暮れはやってこない

   ボクらのみつけた 偶然の空
   夕暮れがやってこない 夕暮れがやってこない
   Ah- やってこない

   僕らは2人で手をつないで ずっとずっと歩いていった
   僕らは2人で手をつないで 時には甘い夢を見た
   夜には2人で手をつないで とってもたくさんサヨナラを言った

   目をつぶってあなたを思い出せば
   僕の知らない 知らない 君がいた

   とっても気持ちのいい朝だったら 君の暗い夜は消える
   とってもステキな朝だったら Ah-

   君が今日も消えてなけりゃいいな
   また今日も消えてなけりゃいいな
   君が今日も消えてなけりゃいいな
   また今日も消えてなけりゃいいな
   IN THE AIR  IN THE AIR

   ゆらめきIN THE AIR  ゆらゆらIN THE AIR

一番カッコイイのは“リアル”っていうことかな by 佐藤伸治


フィッシュマンズの佐藤伸治の言葉だ。

   佐藤:きっかけっていうんじゃないけど、その…音楽はまず、
      やっているその人ありき、っていうのを、いつも思ってて。
      だから、すごいカッコイイ人はすごいカッコイイことをそのまま
      やればいいし、カッコ悪い人はカッコ悪いことをやればいいしって。
      なんか、そういうことは俺、二十歳前後ぐらいに思ったから。
      一番カッコイイのは“リアル”ってことかなって、
      最初に思ってたというのがあるかな、それが始まりですかね、そもそも。

ある雑誌のインタビューで彼はこう答えている。
「自分のやっている生活の匂いが音にも出ないと嫌だから」
たとえばTVをダラダラ見てるみたいな自分を等身大で見せてきた…と。

等身大で短い言葉を紡いできたから、彼の言葉は“リアル”に響く。
そして、だからこそ佐藤伸治は音楽に対して“大まじめ”だ。

      音楽はなんのために 鳴りひびきゃいいの
      こんなにも静かな世界では
      心ふるわす人たちに 手紙を待つあの人に
      届けばいいのにね

                     (新しい人)

時には、生きることの不安や焦燥感が、
剥き出しのまま置き去りにされていたりする。

      窓からカッと 飛び込んだ光で 頭がカチッと鳴って
      20年前に 見てたような 何もない世界が見えた
      すぐに終わる幸せさ すぐに終わる喜びさ
      なんでこんなに悲しいんだろう

                      (MELODY)

      喜びはいつも とっておこうね
      幸せは何気に 手に入れようね
      くたばる前にそっと 消えようね
      あきあきする前に 帰ろうね

                     (Just Thing)

特に後期の作品には、独特なグルーヴ感が浮遊感をともない、
とんでもないトリップミュージックの高みにイッてるフィッシュマンズだが、
その詞を繙いてみると、現実逃避とも取れるような言葉が並んでいたりする。

      君とだけ2人落ちていく BABY, IT’S BLUE
      友達もいなくなって BABY, IT’S BLUE
      夕暮れの君の影を追いかけながら
      今のこのままで 止まっちまいたい そんな僕さ

                     (BABY BLUE)

      目的は何もしないでいること
      そっと背泳ぎ決めて 浮かんでいたいの
      行動はいつもそのためにおこす
      そっと運命に出会い 運命に笑う
      そっと運命に出会い 運命に笑う
 
      あーやられそうだよ なんだかやられそうだよ もう溶けそうだよ

                    (すばらしくてNICE CHOICE)

「一番カッコイイのは“リアル”ってことかな」と語っていた佐藤伸治だが、
彼の中にある“リアル”とは、なんだったのだろう。
1トラック35’16”の大作「Long Season」に至っては
ミニマルなピアノの旋律に呻きとも取れる彼の問いかけが繰り返される。

      口ずさむ歌はなんだい? 思い出すことはなんだい?
  
                     (Long Season)

存在の気薄さが、そのまま投げかけられるから、
フィッシュマンズは、ボクの心にダイレクトに届く。

裏を返せば、存在が気薄だったからこそ、
彼は、“リアル”を追い求め続けたのではないだろうか…。

      夜明けの海まで 歩いていったら どんなに素敵なんだろね
      何もない グルッと見回せば 何もない 何もない

                     (新しい人)

1999年の今日3月15日、佐藤伸治は“リアル”な星になった。享年33歳。