【AUG_14】急に具合が悪くなる


【急に具合が悪くなる】豊劇初日。資本主義は「今ココ」のみで成立している自己破壊的な仕組みで、“タイパ”“コスパ”を助長し「人と人のあいだ」で成り立つ人間の営みを加速度的に分断している…という現実を、ふたりのMARIの邂逅の偶然性を丁寧に描き込むことで、今この世界で本来必要なことは、境界を際立たせることではなく、壁を取り境界をなくし、相手を取り込んでいくプロセスなのだ…というメッセージを伝えていた。最後の庭での演劇シーンが象徴的。観客と演者相まみえての足裏マッサージ。ごにょごにょと混じり合うことの優しさに溢れた場面。来月16日

【AUG_10】もうひとつの故郷 by 国本隆史


【もうひとつの故郷_移民・難民と生きるドイツの今】2016年国本隆史監督作品。

https://takashikunimoto.net/

シリア難民のAHMADさんの言葉が鮮烈過ぎた。「25年後、たとえ壊滅的な状況であっても、戻れるならシリアに戻りたい」「ボクの故郷だから」この全肯定は、シリアが世界中から全否定されているからこそ。ガザの人たちも同じように答えるだろう。戦争の渦中にあって、世界から全否定されている状態だからだ。そのAHMADさんもドイツに入った時はドイツ語が通じず、全否定された気持ちになった。自分の思いを伝えられるようになったとき、はじめて必要とされていると感じたという。翻って、私たちは外国籍の人たちの言葉に耳を傾けているだろうか?彼らの思いを受け取って、返しているだろうか?それは外国籍に限らない。「人間のアニミズム」=魂を持った存在として、人々に等しく接しているだろうか?と自分に問う。監督も異国の民として、その存在が不安定だからこそ、共鳴し撮り得た映像だと思った。2016年からさらに10年。ドイツの状況はどのように変化しているのだろう。

【AUG_02】夢みる小学校


【夢みる小学校】完結編。大人が試されている…と思った。型にハメる画一的「教育」が現代社会の歪みを生んでいるのに、型にハマらない子どもを「発達障害」と命名する恐ろしさ。「生まれてきたそのままで良いんだよ」と受け止められない狭量さで、歪な社会をそのまま押しつける大人たち。「成し遂げる力は、チームで養う」ことを、現代の大人こそ体得すべし。〈話し合い→答えを導く〉デモクラシーの根本を、まずは実践していくことが、社会変革につながる…と猛省。masaさんたちの姿勢から勇気をもらった。#photobybozzo

【AUG_01】柳まつり

【柳まつり】TIA連に今年も参加。道行く外国籍の人たちが、続々と連に加わり、「ティーアイエー、テーアイエー」を連呼。90分ひたすら同じ動作を繰り返すことでの一体感。多様な人たちが等しく生きてることを実感できた夜。#photobybozzo

【JUL_22】豊岡市稽古堂

【KIAC】加藤綾子+岩田奈津季ヴァイオリン・コンサート+トーク
https://kiac.jp/event/3910/
初回のお披露目的なKIAC出張LIVE。なぜか見知った顔。照内さん?豊岡に居るわけないし…。とスルー。え、でも見た感じ照内さんだわ。終演後、お声掛けいただき「やっぱ照内さん!」となりました。加藤綾子さんとは即興つながりだったと。さっそくYouTubeで検索。お見事な音色。素晴らしい。音楽は身体とがっつりリンクしてますから、身体性を追求するのは必然だと思いました。ちなみに写真も身体性です。いわば思考も身体、言葉も身体。今回の「骨」も身体です。世に残される身体。その残されてしまった悲哀をbozzoは「骨」から感じますね。だから火葬場では撮影禁止なのだと思います笑。
#photobybozzo

【JUL_19】KANEHULA

【KANEHULA】丹後初の男フラ。お披露目も初だったので、カラダが強張ってしまった感ありだけど、「フラ=祈り」が純化しててとても好感。これからの世界観が楽しみ。#photobybozzo

【Jul_16】岡本健+追悼展

iwao gallery】岡本健+ 追悼展『蔵前、最後の用事』

2026年
8/21(金)15:00-20:00
8/22(土)12:00-17:00

2024年5月、iwao galleryで初個展「あなたが噛んだ、唄おぅ」を開催したブックデザイナー・岡本健+(1965–2026)の追悼展を開催します。美術、建築、舞台など芸術文化の分野で数多くの書籍の装丁やアートディレクションを手がける一方、近年は自身の表現活動にも取り組みました。本展では、2026年2月4日に逝去した岡本の遺作《傷こけし》を中心に、岡本と親交の深かった作家たちによる作品を展示します。

岡本健+
橋本貴雄、吉江淳+小金沢智、大和由佳

主催:岡本家、iwao gallery
協力:石島章輝(イシジマデザイン制作室)、遠藤勇人、大谷薫子(モ・クシュラ)、
   多摩美術大学美術学部彫刻学科

#photobybozzo

【JUL_04】鳥の方へ――濱口竜介『急に具合が悪くなる』をめぐって

 




真理は、ホワイトボードに図を描きながら、
資本主義の「構造」を説明していく

(ちなみに「構造」の語をめぐっては日本語とフランス語の間に微妙なニュアンスの隔たりがある。
最初、マリー゠ルーが「fonctionnement(作動の仕方)」と言ったのを、真理は「構造」と翻訳する。
より抽象度の高い「構造」(あるいは「システム」)と言いかえることで、
より大きな問題へと結びつけるのである。
それをマリー゠ルーが再び「fonctionnement」の次元で引き受けていくことになる)。

資本主義は、「今ここ」(=都市)が上手くいくために、
「外部」から資源を収奪し「外部」へと問題を押しつけるシステムだ。

「外部」とは、田舎、グローバル・サウス、貧民、そして自然を指す。

資本主義は、次々と「外部」を発見、
再編していくが、「外部」は無限ではない。

さらなる問題は、民主主義やリベラルが、
資本主義に「依存」し「一体化」しているという点にある。

民主主義は、都市部でしか支持を得られない。

「外部」に置かれた圧倒的多数が、
自分たちを搾取し侮蔑するリベラルを憎悪するのは
「当然」のことであるのだ。

真理の声に力がこもる。

真理の講義は、マリー゠ルーの課題を浮かび上がらせるとともに
(彼女の苦境はリベラルの状況そのものだ)、
こうした「構造」からの「抜け道」――より正確には、
「fonctionnement」の別の可能性と言うべきだろう――を想像することを可能にする。


 では、別の可能性とは何か。

それは、足裏マッサージをしながら真理が口にした
「力を抜いた方がいい」という言葉に集約されているように思う。

パリに戻った後のミーティングで、
マリー゠ルーはソフィーに謝罪をする。

そして研修を年3回から年2回に減らすことを宣言。

しかしそれはユマニチュード断念の敗北宣言ではない。
ユマニチュードへの執着を緩め、力を抜くこと。
それによって「遊び」が生まれ、
物事がうまく回り始める。

ユマニチュード(=人間らしさ)が取り戻されていく。

入居者家族へのインタビューの催し
「ヴァネッサの部屋」に職員を登場させることで、
職員間の回路が立ち上がる。

そして外部の支援に頼ったカフェの運営が、
外との回路を作り出していく。

それにつれて経営者側の視線も変わっていくだろう。

角井誠(すみい・まこと)抜粋