【Feb_06】山本太郎は“大切なのは九十九ではなくて一だ”と主張する。(再掲)

羊を百匹持っている者がいたとしよう。
そのうち一匹がどこかに行ってしまった。
そういう時、たとえ九十九匹を荒野に残しておいてでも、
いなくなった羊を探しに出掛けて行かないだろうか。
出掛けて行って、うまくその羊を見つければ、
迷い出なかった九十九匹にもまして、
その一匹の羊のことを喜ぶのではないか。

(マタイ18・12ー13=ルカ15・4ー6)

現実の世の中は算術的合理性で動く。
事実、もしも九十九対一を文字通り
あれかこれかで選択しなければならない時に、
九十九を捨てて一をとる人はいない。

けれどもまた、そういう理屈で、
実際には必ずしも絶対的に
あれかこれかではない場合にも、
九十九のために
一が犠牲に供されていく。

そしてそういう場合はほぼ常に、
九十九の方が何らかの意味で強い者であり、
犠牲に供される一人は
大勢の中でも何らかの意味で弱い者である。

(『イエスという男』より田川建三)

こういう現実に対して、
本当に理性の立場に立って反論を加えるとすれば、
実際には九十九人が少しずつ譲歩しあえば
この一人を滅ぼさずにすむのだから、
みなが平等に困難を分かち合いましょう、ということになろう。

けれども、そう穏やかに申し上げることによって
世の中の不公平が除かれることはめったにない。

世の中全体が算術的合理性を
力をもって強制して来る時に、
それに抗おうと思えば、
こちらも強引かつ単純にそれを
裏返して主張するのでなければ、
強い衝撃力を持てない。

大切なのは九十九ではなくて一だ。
こう主張する時、もはや人は
深く全体を見通す
平衡のとれた理性を失っている。
暴論ですらある。
だがそのように叫び出さねばならない状況は
しばしばあるものだ。

これまた決して不動の真理ではない。
逆説的反抗なのである。

此の世で実際にこのようなことを
ある程度以上主張すれば、叩き潰されざるを得ない。
実際には九十九の力に一が勝つはずがないからだ。
逆説的反抗に立ち上がれば、人は悲劇に突入する。
しかし歴史を動かしてきたのはさまざまな悲劇だった。

イエスという人がさまざまな場面で語り、
主張してきた逆説的反抗を「真理」との
教訓に仕立て変えてはならない。

イエスは「真理」を伝えるために
世界に来た使者ではない。

そのように反抗せざるを得ないところに
生きていたからそのように反抗した、ということなのだ。

そして、もう一度言うが、だから殺されたのだ。

【APR20】温泉寺クラウドファンディング


【温泉寺クラファン】
本日、豊岡市長選告示日ですが、こちらも公開となりました!

城崎温泉の守護寺、1300年の歴史ある温泉寺に愛の手を。

bozzo全面サポートで、手数料ゼロのプラットフォームにて、
『開山忌』挟んで今日から約1ヶ月間、行います!目標額300万円です!

末代山温泉寺住職小川祐章さんの決意に賛同の愛の手をよろしくお願いします!

↓ ↓ ↓
この度、温泉寺にある万治元年(1658)に建立された鐘楼を367年目にして、
改修と移築をするにあたり、初めてのクラウドファンディングに挑戦するとに致しました。

100年前に但馬北部を襲い城崎温泉にも甚大な被害を生じた北但大震災にも耐え、
城崎八景の一つと謳われる梵鐘ですが、
367年と言う年月には抗えず、現在は筋交いを入れて補強し、何とか維持している現状です。

クラウドファンディングへの挑戦にも様々なご意見がある事は承知しておりますが、
1300年の歴史を有し、多くの古文化財を持つ温泉寺には、
修理、修復、改修を待つ建物、仏像、絵画、古文書などが多くあります。

この度の鐘楼の改修は、やもすると始まりに過ぎないのかも知れません。

何卒ご理解をいただき、23日から始まるクラウドファンディングに、
ご協力をいただきたくお願い申し上げます。

合掌

末代山温泉寺
住職 小川祐章

#photobybozzo

【APR20】豊岡市長選告示


【市長選告示】歌川達人監督映像作品『2021年春、豊岡と選挙
2025年4月19日→4月26日まで 監督・撮影・編集/歌川達人

西川美和監督の作品『永い言い訳』(2016)に「人生は、他者だ。」という名言がある。
映画の中では、人間は生きる上で愛する他者の存在が不可欠だ…というニュアンスの、
密な関係の喪失から発せられた言葉だけれども、他者との関係性〈あいだ〉の中で
自身が照射されるという木村敏の哲学を借りれば、
まさしく人生は、他者の中にのみ存在すると言えるだろう。

先日のコミュニティ取組体制検討委員会の議論の中でも、
「コミュニティは器である」という言葉(共同体はトップダウンではなくボトムアップが全ての意)が閃いたのだけど、
共同体とはあくまで〈他者性〉の醸成にのみ継続が可能であり、
個々がバラバラに利己を主張し出したら、
コミュニティという器は体を成さないのである。

4年前の中貝さんの奮闘と敗北を追ったこの映像作品を見て、
ドキュメンタリー監督の大島新さんが
「未来よりも今を問うスタンスは世界的な傾向」との感慨を述べていたのだけど、
トランプにしろネタニヤフにしろプーチンにしろ、
椅子取りゲームの我田引水な振る舞いに終始していて、
近視眼的な利益を奪取する姿勢から〈未来〉は見えてこない。

「人生は、他者だ。」

この言葉を手帳に記した『永い言い訳』の主人公であり作家である衣笠幸夫は、
最愛の妻を事故で喪ったことでこの境地に到達した。
関貫市政の4年で喪ったモノを再確認する意味でも、
歌川監督のこの映像作品は見届けておくべき。
投票日前日まで毎日上映中。

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【FEB27】日タイ友好の架け橋


【日タイ友好の架け橋】
京丹後峰山まちまち案内所でタイの高校生と交流。
日本文化に憧れて、日本語習って、タイの踊りも習得して、日本語スピーチも披露。
茶目っ気もあって楽しい多文化交流。

果たして日本の高校生にこの貪欲さはあるのか?

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【JAN02】南伊豆あめつち


南伊豆あめつち

年越しは欠掛家の「あめつち」で両親と。
築80年の古民家を、欠掛さんが丁寧に丁寧に時間をかけて改修しただけあって、
細部にまで気持ちが行き届いた快適空間。

薪ストーブも薪風呂もとてつもなく心地良く、
南伊豆の天気にも恵まれて素晴らしい年明けを迎えられました。

温泉と山と川と海と、日本晴のお野菜と。

市ノ瀬で就農した欠掛家の気持ちが
ちょっとだけ分かったような気がします。

南伊豆とてもよいところ。

父母も大満足。
また夏に来てみたいと思います。

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【Sep_10】分校へのトンネル


ホトリニテ
山梨県の金峰山にある琴川ダム、通称「乙女湖」ほとりにある宿。
2018年に移転し、一組限定の宿となった。
コロナ禍ですっかり家で過ごすことが多くなった義父母のために予約。
遠路はるばる出向いたのだけど、乙女高原やサワラ林の豊饒さに唖然。

深閑とした夜更けのアフロとの散歩で、
宙と森に包まれる闇の生き物たちが蠢く様に顫えた。

オーナーとの再会にも心震え、
何を掴まえて生きるべきか定まった旅。

#photobybozzo

【Sep_10】乙女湖


ホトリニテ
山梨県の金峰山にある琴川ダム、通称「乙女湖」ほとりにある宿。
2018年に移転し、一組限定の宿となった。
コロナ禍ですっかり家で過ごすことが多くなった義父母のために予約。
遠路はるばる出向いたのだけど、乙女高原やサワラ林の豊饒さに唖然。

深閑とした夜更けのアフロとの散歩で、
宙と森に包まれる闇の生き物たちが蠢く様に顫えた。

オーナーとの再会にも心震え、
何を掴まえて生きるべきか定まった旅。

#photobybozzo

【Sep_09】オーナーと。


ホトリニテ
山梨県の金峰山にある琴川ダム、通称「乙女湖」ほとりにある宿。
2018年に移転し、一組限定の宿となった。
コロナ禍ですっかり家で過ごすことが多くなった義父母のために予約。
遠路はるばる出向いたのだけど、乙女高原やサワラ林の豊饒さに唖然。

深閑とした夜更けのアフロとの散歩で、
宙と森に包まれる闇の生き物たちが蠢く様に顫えた。

オーナーとの再会にも心震え、
何を掴まえて生きるべきか定まった旅。

#photobybozzo

【Sep_09】ホトリニテ全容


ホトリニテ
山梨県の金峰山にある琴川ダム、通称「乙女湖」ほとりにある宿。
2018年に移転し、一組限定の宿となった。
コロナ禍ですっかり家で過ごすことが多くなった義父母のために予約。
遠路はるばる出向いたのだけど、乙女高原やサワラ林の豊饒さに唖然。

深閑とした夜更けのアフロとの散歩で、
宙と森に包まれる闇の生き物たちが蠢く様に顫えた。

オーナーとの再会にも心震え、
何を掴まえて生きるべきか定まった旅。

#photobybozzo