朝4時からのshooting


月末のauショップは忙しい。
その月の売り上げが、評価につながるからだ。

だからTVCMの撮影もオープン前にしてほしい…と。

そんなワケで夜明け前のshootingとなった。
暗闇に煌々と浮き上がるauショップ。
せわしなくスタッフが走り回る。
オープンまで6時間しかない。
香盤と進行状況をにらめっこしながら、
効率よく進めるため手際の良いディレクションが求められる。

明日から2月。

最大需要期を迎えるケータイ市場。
3社とも「春」と「新生活」をキーワードに
どろどろのユーザー獲得合戦を展開する。

MoMA その1


The Museum of Modern Artである。
たそがれにたたずむふたりだ。

11月25日。

あれから2ヶ月が過ぎた。
その間に年末が来て、年が明け、正月を迎えた。

ボクは多忙を極め、この時間まで働く日々。
地球のほぼ反対側まで足を伸ばし、
ちがった光を浴び、ちがった人々に囲まれ、ちがった事象を捉えてきたはずなのに…。

「ああ、こんなはずじゃなかったのに」

やっぱり日常の軸に組み込まれ、コナス君状態。
愚痴すら出てこない。

ああ、早く帰って…眠ろう。  明日も朝の9時から広告”接待”だ。

初めて聴いたブラックミュージック


散髪をしながら聞いた話だ。

ジェイムスブラウンがなくなって、はや1ヶ月。
それぞれの心の中に、ブラックミュージックへの思いが溢れていることだろう。

いつも散髪をお願いしているKさんも
ボクと同じようにJBを愛して止まない方だ。

散髪中も、思わず感慨の言葉が洩れてしまう。
「ジェイムスブラウン…てホントに亡くなってしまったんだな」

「ところで、ブラックミュージックの出会いっていつだったの?」
単なる好奇心で、ボクはKさんの音楽遍歴を訊いてみた。

そうだなあ、オレの音楽遍歴はビートルズから始まったんだ。
兄貴が高校生のころ、中学生だったオレは兄貴のビートルズを聴いて
そのメロディラインに心底惚れ込んだのさ。

だから、音楽遍歴はビートルズを系譜とするアメリカンミュージックへと
自然に流れ込み、TOTOやREOスピードワゴン、ジャーニーなどへ飛び火した。

白人音楽独特のアンサンブル重視なメロディラインに感動していたんだ。

高校を卒業するまで、オレはブラックミュージックを知らなかった。
だから、その出会いも衝撃的だった。

高校を卒業したてのころ、地元をふらついたりしていたんだけど、
たまたま4つ上の先輩と遭遇し、話の流れでコザのストリップバーへ行くことになった。
18歳だったオレは、もちろんストリップバーなんて初体験だった。

いったいどんな世界が待っているのか…半ば期待と不安を掛け持ちしながら、
先輩に連れられるまま、コザのストリップワールドへ足を踏み入れたんだ。

暗闇にミラーボールが輝き、光の水玉に彩られたステージ上、
一糸まとわぬ姿のフィリピン女性が、露わな姿でくねくねと横たわっている。
狂喜乱舞のGI野郎どもが、お下劣な奇声を発しながら、ビールをラッパ飲みしていた。

その褐色の肌にミラーボールの彩りも衝撃的だったが、
オレを一番ふるわせたのは、そのステージで使われていた音楽だったのよ。

The Cool and The Gang…だった。忘れもしねえ。

そのダンサンブルな旋律とカラダをくねらすベースライン…
そして心地よい16ビートに…オレはビンビンだった。

初めて見たストリップショーの衝撃と相まって
オレが受け止めたブラックミュージックは、音楽以上の何かをもたらした。

鼻息を荒くして、オレはその音楽を漁った。
レコード店をハシゴし、ブラックミュージックの虜となって
ストリップバーで受けた衝撃を蘇らそうと躍起になった。

単身で当時のディスコティックへ繰り出し、
ディスコミュージックを全身で浴びて、その快感をまさぐったりした。

しかし、あの時以上の心躍る体験は、
残念ながらやってこなかった。

あの時以来、オレにとってのブラックミュージックは
ストリップバーでの感動を呼び起こす誘引剤でしかない…てのが、正直な話だ。

オレにとって、あの時のブラックミュージック体験は、
あまりにも無防備で、そして、性的魅力に溢れていたんだよ。

まさに、セックスマシーンさ。
ゲロッパ…な体験だった。

Mr,ダイナマイト、恐るべし。

泥沼化。


毎日、たたみかけるように仕事が積み重なっていく。
そして、当たり前だが、
能力を超えた部分から、徐々に徐々にボロが出てきた。

物事を鳥瞰的に眺めて、作業を進行していこうとすると、
どうしてもディテールがお座なり化してしまう。

そして、次から次へと制作が進行していき、
そのお座なりなディテールがいつのまにやら、
巨大な間違いになっていたり…するのだ。

これを「泥沼化」と言わずして、なんといおう。

容量オーバーの場合、処理能力を早めたところで、たかが知れている。
こぼれるべくして、こぼれる…に任せるしかない。
いずれ問題が露呈し、取り返しがつかなくなって、…はじめて組織が動き出す。

ここは、我慢するしか…なさそうだ。

Guggenheim Museum その3


やさしい光がふりそそぐ天窓を
より効果的にしていたのが、側面の磨りガラスだ。

天空からの光とともに、ロビーが乳白色の面光に包まれていた。
吹き抜け全体の空間は、暗がりの大きなツボの底に居るような感覚なのだが、
ロビー周りの面光が、ツボの底のスリッド光の役割として
やさしい明るさを演出してくれている。

これだけの体験でも、フランク・ロイド・ライトのセンスが伺える。

近代の日本にはない、明暗の巧みな演出空間である。
合掌造りの家や蔵などの前近代の空間では、普通にこのような明暗の演出はあったのだろうが…。

今じゃ、常軌を逸した蛍光灯の数、数、数。
煌々と明るくすることが、文明賞賛…とでも思っているかのような
エネルギーの使い方である。(電力の差し金なのだろうか)

Guggenheim Museum その2


外観には失望させられたが、そこはGuggenheim。
しっかり心を掴んでくれた。

狭い入り口付近には、さまざまな観光客がひしめいていて、
なんて盛況な美術館なんだ…と思ったが、
NYの美術館はどこもかしこも人込みである。

入り口を入り、見上げると…ドーンと吹き抜け。
クリーム色の壁面に天窓だけが明るく輝いていた。

騒然とした観光客の群がりが、なぜか静寂に包まれている。

大胆な吹き抜けと天窓に収斂される調光テクニックが、
人々のこころを天空へといざなうのだろう。

切符売り場に並ぶ人々も神妙な顔つきである。

Guggenheim Museum その1


今から半世紀も前の建物とは思えない完成度!
東54丁目24番地にたどり着くまでの期待度といったら、
フランク・ロイド・ライトの作品を体感できるうれしさで
胸がいっぱいになっていたのだが…。

着いてみて、絶叫してしまった。
「oh!my gosh!」
今から半世紀も前の建物だからなあ。
仕方ないことだけど。

外観を拝むことが出来なかった…というのは
ちょっと痛かった。