
01/28、明治23年建立の重要文化財、
旧東京音楽学校奏楽堂にて「秘めたる名曲の調べ」
永田健一さん、重松正昭さん、中野明子さんの室内楽を聴く。
ステージ上で演奏者が息を合わせると
ふいごのようにその空間が伸びたり縮んだりするのが、
手に取るようにわかる。
音楽がナマモノである証拠。
観客もその伸び縮みに参加するような気持ちで
演奏に耳を傾けると、築122年の木造建築物もきっと、
同じように伸び縮みするのかもしれない。
竹野に住まう舞台写真家の地域自治。

01/28、明治23年建立の重要文化財、
旧東京音楽学校奏楽堂にて「秘めたる名曲の調べ」
永田健一さん、重松正昭さん、中野明子さんの室内楽を聴く。
ステージ上で演奏者が息を合わせると
ふいごのようにその空間が伸びたり縮んだりするのが、
手に取るようにわかる。
音楽がナマモノである証拠。
観客もその伸び縮みに参加するような気持ちで
演奏に耳を傾けると、築122年の木造建築物もきっと、
同じように伸び縮みするのかもしれない。

SWITCH編集部地下にあるカフェRainyDayでおこなわれた
港千尋さん×菅敬次郎さん×今福龍太さんのトークイベント。
冒頭で登場したこの偶像はエシュ(exu)。
変幻自在で複雑な存在。運命の神。神々の伝令で、この世とあの世を繋ぐ役割を担う。
すべてのオリシャの儀式の中で、まず先に礼を尽くさねばならない存在。
ウンバンダでは邪悪な一生を送り、亡くなった人の霊や外国人の霊が変化してエシュになると言われている。
性欲と生命力を司る。色は赤と黒。月曜日の神、またはウンバンダでは毎日。
人間関係、仕事、金銭など現世利益的な問題解決を助けるとされる。
…とあるように、人生における様々な十字路(岐路)で、行き先案内人を務める神。
ブラジルでは、1杯めの酒はバーの床にこぼして、エシュに捧げる。
自分たちの未来を司る目に見えない存在が、そこかしこに居る…と考える
その感性こそ、八百万の神を崇めるニッポンの感性に通じる。
フィンランドだけでなく、ここブラジルでも!
なんと人間は謙虚な存在であったのだろう!

六本木画廊で明日まで行われている展示
「再生の息吹」展にて、2年ぶりに再会。
設計事務所を退職し、
写真に邁進したい…と語る出口くんに、
かつてのボクの「息吹」を感じる。
自己実現の気概こそ、
ひとを大きく成長させる。
自分は大きく成長してきたのだろうか?
そんな自問を起こさせる潔さを感じた。
ガンバレ!出口くん。

この写真たちを前に何を思うべきなのか、答えは出ません。
見つかった写真を喜ぶべきか、もう持ち主の手に戻らない写真を悲しむべきなのか、
それともいなくなってしまった人たちのことか。
何か答えを出そうとするたびに、足りないものが出てくるような気がします。
それでも見つめることからしか何も見えてこないのだと思います。(LOST&FOUND PROJECTから)
西麻布AKAAKAで2月11日まで開かれている写真展「LOST&FOUND PROJECT」。
震災の津波によって濁流に呑み込まれ、大きく損傷した写真たち。
その修復作業を陣頭指揮した写真家の高橋宗正さんが、
修復しきれなかった写真をあつめ、ひとりでも多くの方に、
傷ついたこれらの写真たちの声を聞いてほしいと開催された写真展なのだけど、
自然の猛威にもみくちゃにされ、写真の痕跡を残すに留めたかつての写真たちは、
ただただ無言でその痛まれた姿をこちらに提示しているようで、正直、声がつまった。
冒頭の引用にあるように、
これらの写真を前にして、
行儀良く言葉を紡ごうと思うことが間違っていると、
ボクは受け取った。
空と緑と地面と、赤い帽子と笑顔と黄色いTシャツが、
混淆を究めマーブル状に融け合った状態そのままを記憶に止める。
しっかりと見つめることが、まずは求められている。

12/27の悪夢のタクシー衝突事故以来、
修理に出ていた自転車が、本日復活。
リムはamblosio。
タイヤはContinental。
Cinelliのフレームに恥じない
素敵なチューンUPだ。
01/07八王子のspace0426で行われた公演。

朝から晴天。
昨日積もった雪が、
キラキラ光ってる。

01/21武蔵小金井にある「雨デモ風デモハウス」で行われた
「++(たすたす)セッション」。
4回目の今回は、NPO田んぼ理事長、岩淵成紀さん。
私たちは大地の子であり、それ以外ではありません。
たかだか昭和30年台から始まった高度経済期の近代文明によって、
数千年来私たちに伝承されてきた風土が破壊されつつあることに心が痛みます。
NPO田んぼの概要にもあるように、岩淵さんの語りは、
多様な生態系の一部として人間が在ることを真摯に受け止める有り難いお話だった。
何よりも「目からウロコ」だったのは、
お米の等級問題。
1000粒ある米のうち1粒が虫食い米(斑点米)であれば、1等。2粒なら、2等。
カメムシも食すほどの美味しいお米を、見た目が悪いからと劣等に扱う。
農家は自然の恵みで得た米を、工業製品のように扱わなければならない。
そのような農薬推進の陰で、「冬水田んぼ」は喪われていったという。
「むかしの人は、腹が下ったら自分の土地の土を食って胃を整えた。
地産地消で多様な生物を畑の作物から摂取して、いわば共存して生きていたから、
体内の微生物も土に繁殖する微生物と同じだったんだね」
この話こそまさに、人間は多様な生態系の一部として在った証拠。
近代科学と技術は、伝統の知恵を理解できるカに達していなかった。
だからこそ、伝統に対してかくも破壊的だった。
どこまでも耳が痛い話だ。
あのとき印象的だったのは、村のなかを歩いていて、何度か風向きが変わってくるんです。
さっきまでは山から吹き下ろしていたと思ったら、こんどは山のほうへ向かって吹き上がったり、
家の方から渦を巻くような空気がぼくのほうへ襲いかかってきたり。人間が自然と触れ合ったり、
向き合ったりするときは、そういう予測のつかなさとか、しょっちゅう変化しているものに肌身で触れている。
ところが人間同士の世界というのはそうじゃなくて、いろいろな媒介を間に入れていくことなんですよね。
自分の心の中に風のように湧き上がってくる感情を直接相手の存在に吹きかけたり、
相手から感情の風や雨が自分に吹きかかってこないように、言葉とか、いろんな媒介をはさむ。それを文化と読んでいるわけです。
(踊る農業、踊る東北/中沢新一)
近代化という名の下に「文化的」な生き方を推奨し、土着的なものを劣等に扱った戦後ニッポン。
しかし「文化」とは結局のところ、さまざまな媒介を自然との間に挟んで、湧き上がる感情を忌避することだった。
何を勘違いして生きてきたのだろう、人間は。
それでも未だに科学への盲信がまかり通っている現代の病の根深さに、ボクは驚いている。
農業にはひとつの哲学がある。それは、自然が作り出す「具体的なもの」のもつ価値を、
守り育てようとする姿勢である。自然の活動の背後にある見えない力(それを昔のニッポン人は神と言った)が、
目に見えて、人の身体を養う「具体的なもの」となって、この世に出現してくる。
その出現の過程を繊細にいきとどいた心遣いをもって見守り、それをすぐに「お金」や「知識」のような
抽象物に変えてしまわないようにするのが、農民という存在なのである。農業とは「具体性」に固着しようとする人間の営為なのだ。
とうぜんそれは、あらゆるものを抽象化して、情報化してしまおうとする、現代の支配的な傾向には抵抗をしめす。
ニッポン人が農業民ではない、という主張がいまのニッポンで受け入れやすいのは、
この社会が抽象化の方向になだれをうって、進んでいるからに過ぎない。
ニッポンは農業国であると主張することのほうが、よっぽど未来的ではないか。
(リアルであること/中沢新一)
だからセッションの後半、マーケティングという文脈の中で、
岩淵さんのお話が消化されてしまう流れになったのは、ちょっと残念だった。
アウトプットの組み立ても、根本から考えるべきではなかったか。
とにかく、いろんな意味で脳味噌が耕された「たすたすセッション」だった。

TDLのラッキーナゲットカフェにて。
黒田なつ子さんが、教え子の中山ゆにちゃんと息のあったダンスを披露。
群舞ばかりの出演者に混じって、ふたりで凛と舞っていました。

私自身は宗教性ということをこんなふうに考えています。
自分を無限に広がる時間と空間の中のわずか1点にすぎないという、
自分自身の「小ささ」の自覚、そしてそれにもかかわらず宇宙開闢以来営々と続いてきた
ある連鎖の中の一つの環として自分がここにいるという「宿命性」の自覚。
この二つだろうと思います。
吹けば飛ぶような粒子のようなものにすぎないのだけれど、
にもかかわらず私には遠く理解の及ばないある連鎖の結果として、
他ならぬこの時間にこの場所にいる。
私はとりあえずある種の生命の運動の繋がりの末端におり、
私を起点にして、さらにそれが続いてゆく。
自分自身の存在の不確かさと確かさを同時に感じるということ、
あるいは自分が存在することの偶然性と必然性を同時に感じるということ、
それが宗教的体験ではないかと思います。
(宗教教育とはなにか/内田樹)
03/11の東北大震災は、自分が存在することの「偶然性」と「必然性」を
まざまざと見せつけた出来事だった。
昨日までの「わが美しき故郷」が、
文字通り根こそぎ剥ぎ取られ、瓦礫の山と化した。
気仙沼出身の畠山美由紀さんと奥原しんこさんも、
生まれ育った故郷の心象風景を震災で大きく損なった。
ふたりは云う。
「目のあたりにしてしまうと言葉を喪ってしまうだろうから、
気仙沼を訪れる前に、書き留めたいと思った」
わが美しき故郷よ
受難の民よ
寡黙で哀しき魂よ
願う_この世は壮絶な苦しみでいっぱいだ ずっとずっとそうだったんだ
祈る_今ここに自分がいるのはたまたまだ たまたま助かっているだけだ
叫ぶ_でも どこに? どこに叫んでいいのか分からない
すべての希望を断たれた人々
全身全霊で助け合わなくてはいけないのだ
そのために生かされてる
この世はずっとそうだったんだ
遅い 遅い いつでも遅すぎる
こんなことになるまでそれをわからなかったわたしの愚かさを
どうかお許しください
(わが美しき故郷よ/畠山美由紀)
昨日青山スパイラルで行われた畠山美由紀×奥原しんこトークイベント。
故郷を大事に思う、その深さでもって刻み込まれた「歌」と「絵」。
自分がいるのはたまたまだ…という「偶然性」と
この記憶を語り継がなければ…という「必然性」のはざまで
大きく揺れ動き、根本から折れてしまうような苦悩の中で生まれた、珠玉の作品たち。
震災から10ヶ月を経て、昇華されたふたりの創造物は、
きっと永代まで語り継がれるだろう輝きでもって、そこに存った。
決して忘れない。忘れてはならない。
5年後、10年後も、この顫えをカラダに刻む。
それはつまり、自分の存在の「不確かさ」と「確かさ」を
この世に刻むことでも、あるのだから。