【Apr_28】藤原新也著『Mémento-Mori』


藤原新也『死を想い生を想う』

しおれ、悲しみ、滅入り、不安を抱え、
苦しみにさいなまれ、ゆらぎ、くじけ、うなだれ、
よろめき、めげ、涙し、孤独に締めつけられ、
心置き忘れ、打ちひしがれ、うろたえ、
落ち込み、夢失い、望みを絶ち…

あとは生きることしか残されていないほど、
ありとあらゆる人間の弱さを吐き出すがいい。

藤原新也著『メメント・モリ』より 

僕はインドで、ガンジスの火葬のシーンを随分見たんだけども、
一番ショックだったのは、死体を焼く職人がいるでしょう。
代々世襲制で、ずうっと死体を焼く職人を嗣ぐわけです。
例えば、一日に三体焼くとして、一ヶ月にまあ百体位、一年に千体位焼くんですよ。
仮に十年、そういう仕事をしているというのは、一万体位も屍を焼いてきている人なんですね。
職人として淡々として死体を焼いているわけですね。
例えば、風が横から吹いた時に、炎が横に逃げるから、
風上にサリーを翳して置く。

それで風が来ないようにしたりする。
焼けにくい部分というのは、例えば、頭とか、
そういうところは途中で大きな棍棒で叩き割るわけですよ。
そうすると、脳味噌がパッと飛び散って、沸騰しているから、
それに火がついて、花火みたいにパッと散ったりする。
膀胱に溜まっている水が沸騰して、火の中からシューッと小便が出たりする。
そういう火と水の凄い修羅場みたいなものを見てきた。

死体を焼く職人というのはそういうことを淡々とやっている。
特に、頭を叩き割るシーンを見て、なんか物を打ち割って、なるべく早くうまく焼くという。
それだけのために淡々と仕事をしているという。
そこが凄く最初は違和感を覚えたんです。
だんだん最後に人間が焼け残って、灰になって、彼らは最後に箒でパッと掃くわけですね。
それで川にパーンと灰を捨てる。川面に来ると灰が流れていく。
そういう光景をずうっと見続けて来て、逆に凄くわだかまっているものが消えていった。
今、人が死ねば、箒で一掃きで、最後はおれも箒で掃かれるのかという感じで、逆に未練が無くなった。
死んだらあの世に逝くとか、まだ輪廻の世界に望みを託している場合じゃない。
死んでしまえば箒で一掃きだという。

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【aPR_24】わからないのならばしかたないですねとりあえずは信じておきなさい


中澤系さんの命日_20090424。

本に寄稿したテキストに詳しく書いたけど、
人は、若いときは性愛について不自由で、大人になれば自由になれるって思えるわけです。
だから自由に憧れます。テクニックだけじゃなく、経験が、人や事態を理解できる能力を与えてくれます。
それが自由です。
その自由に対する反語が「3番線快速電車が……」という短歌です。
それによれば、自由になることが、よくないことなんです。
快速電車通過のアナウンスを、多くの人がちゃんと理解して下がります。
つまり自由なんです。理解できる人は自由だから下がります。
すると「理解できない人は下がって」っておかしいでしょ。
「理解できる人は下がるが、理解できない人は下がらないことをやめろ」みたいな二重否定文なんですよ。
「普通の人は下がる。あんたは普通じゃないので危ないから下がれ」みたいにも聞こえます。
そういう二重否定的な構造に、
昔なら誰もが良きものと考えていたシステムというものに対するアンビバレンスを感じます。
便利なシステムによってフラット化していく社会の中で、
どんよりしていくばかりの個人の在り方への、否定的感情が中澤さんにはあった。
当然だけど、不幸だから不幸な歌が詠めるんです。
そして、人は希望を抱くから失意に陥って不幸になるわけです。
また、失意の不幸ゆえに奇跡を待望したりもします。現実に起こらなくてもいい。
奇跡をリアルにイメージできるだけでも人は救われるからです。

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【Apr_24】属性としての外部のなきゆえに今朝も鏡の前で戸惑う


中澤系さんの命日_20090424。

ルール通りということは、システム任せということです。
システム任せは、「望ましいけど悍ましい」。
逆に、ルール通りいかずにシステムに任せられないのは、
「悍ましいけど望ましい」。不思議なことに、世の中にはそういうことがいろいろあるんです。
「死」がそうです。
死は悍ましいけれど、死を意識するとフラットな日常が輝きに満ちたりもします。
ハイデガーもそういっていますよね。
SF作家のバラードも破滅三部作でそんな感覚を描いています。
「悍ましいけど望ましい事態」を僕たちは忘れちゃいけない。
さて「死」を意識すると、人は変性意識状態に入ります。
システム任せにしている時にシステムの外が露出すると、
やはり変性意識状態に入ります。変性意識状態とは、
雑多な感覚が遮断され、特定の感覚に没入した状態のことです。
反対が、通常意識状態ですね。

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【Apr_24】喩にあらぬ過剰なまでの物語携えたまま死にゆけばいい


中澤系さんの命日_20090424。

隙に気がつくのは、実は細かくない人なんですよ。
だから、今の大学生よりも、僕が大学生だった頃の大学生の方が、隙を見分けられました。
たとえば、キメキメにきめている「高嶺の花」的な女がいれば、
大学生だった僕らは、それを戦略だと受けとったんです。
どんな戦略かというと、
見掛けに騙されずにハードルを越えてくる男を見極める戦略っていうことと、
キメキメに見えて随所に見せる隙をちゃんと見つけてくれる
「まともな男」「女の心を自分に映し出す男」を見極めるための戦略っていうことです。
ところが、ルールの外側に出たがらない昨今の「細かい男」は、
まじで馬鹿ぞろいになりました。
女の子が無理目に見えると、無理だと思っちゃうのね。
それが僕のいう「男の劣化」です。
そんな男を相手にしてしまう「劣化した女」が増えたのも、理由でしょう。
こうして残念なことが起り続けている中で、
残念なことが起こっていることに気がつく人たちが今もやはりいます。
そこには若い人たちもいます。
そんな人たちが中澤系さんのこの歌集を読んで、やはり……と受け止めているんだろうと、僕なんかは思うわけです。

【Apr_24】システムの中に契約されて縛られたきみの姿が好きだ


中澤系さんの命日_20090424。

それで思うのは、女性が大勢いる中で失礼かもしれないけど、
最近の女性には見かけはきれいになった方がいっぱいいるけれど、
心の眼で見るとブサイクな女性が多くなったなあってことなんですね。
それが、見ず知らずの男女間で生じる余韻や余情に関係します。
最近の女性たちの心にダイヴして世界を見ても、
世界が輝いたりワクワクしたりしないんです。
社会学者としてよりもナンパ師の観察眼だけど、
社会のフラット化による心身の劣化現象、
心身の劣化による社会のフラット化=法化現象が、両方とも観察できるんです。

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【Apr_24】展望のない未来までシミュレイトしたくて暗い部屋に灯ともす


中澤系さんの命日_20090424。

中澤さんの歌集を読むと、そういう言葉がいっぱい出てきます。
たとえば準急電車の「準急」。
この世に電車ができたときいきなり「準急」は出てこない。
まず「普通」があって、次に「急行」ができる。「準急」は絶対、その次ですよね。
あと、「切れてるチーズ」。これも、切れてないチーズがまずあって、それから「切れてるチーズ」ができる。
僕らの世代だと、その時系列やプロセスを追える。
けれど、いま20代の人とかは、いきなり準急や切れてるチーズ、
そして糖衣錠があるところに生まれてくる。
だから、普通から急行を経て準急となったという、
その時間の流れがわからないことがある。

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【Apr_24】我はこの無数の中の何ならむ不意にヴィオラの一弦は切れ


中澤系さんの命日_20090424。

いまは「セイロガン糖衣A」っていうのがあって、
「セイロガン」が片仮名になっている。
くわえて「糖衣」は漢字で、「A」はアルファベット。
もはや意味のない言葉になっています。
つまり「征伐する・露西亜・丸」から、当て字の「正しい・露西亜・丸」になって、
いま片仮名の「セイロガン糖衣A」になったと……。
これって、絶対に逆転しないんですよね、順番が。
正露丸という薬が、糖衣錠から始まってこの世に現れるってことはないわけでしょう。
まず、苦い薬がこの世にあって、それから、「でもこれ苦いねっ」ということになり、
「効き目が同じなら甘くなんないのかなぁ」ってみんなが考えて、糖衣にするっていうことなんです。

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【Apr_24】ゆっくりと留め金が外れる音がするパラダイム変換の時の


中澤系さんの命日_20090424。

たとえば、「正露丸」っていう薬があって、
「正しい」の「正」に露西亜(ロシア)の「露」、それと「丸薬」の「丸」で「正露丸」です。
しかし、もとは「正」ではなく「征伐する」の「征」が使われていた。
つまり、日露戦争などのときに日本の軍人が携帯していった薬というような由来があった。
戦後、それじゃまずいので、じゃあ字を変えればよいとなって、征伐の「征」を「正」に変えたと。
でも、だからといって、露西亜が正しいといってる薬ではなくて、単純に名前を変えただけなんですね。
だから、価値観や善悪を別にすると、「征露丸」のほうが意味を持つ言葉だといえます。
言葉としての「正露丸」は、デクノボウなのです。

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【on_Flickr】1103_AZU


南阿豆ソロ舞踏公演『ANY DAY NOW』@三鷹SCOOL
振付・演出・出演/南阿豆
音響・照明/成田護

写真UPしました〜!
【on_Flickr】1103_AZU

あらためて、成田さんの照明アナログで好き。

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