【bozzo】茅ヶ崎の夕景


05月31日。月曜日。
朝から日輪が東の空に、
穴を穿ったような鮮光を放つ。

強烈な週明け。

ビル清掃のお仕事は、
担当階の改装工事で朝から
ちゃぶ台をひっくり返したような忙しさ。

日輪の鮮光に目をつぶされたい思いにかられる。

      ●

背中の筋肉の硬直がなかなか治まらず、
何をするにしてもカラダがコチコチとなり、

「こりゃ、ぎっくり腰再発も免れまい」

とにかくこの緊張をリリースすることが先決
…と、千駄ヶ谷の東京都体育館へ。

東京移住以来、初の50Mプール。

月曜日の午前中ゆえ、人もまばら。
心置きなく背泳ぎを堪能。
背中の凝りを少しずつ解きほぐしてやる。

約1時間、水の中でのストレッチ。

おかげで腰もだいぶ軽くなって、
明日を迎えることが出来そうだ。

      ●

5月のゴールデンウィークに
茅ヶ崎の海岸でキャンプをした。

その時に収めた写真が、
思いの外、空気を持った目線で
撮られていたので、FLICKRにUP。

0501CHIGASAKI

目指すべき写真の片鱗が、少しだけでも見えてきただろうか?

【Tom Jobim】コルコヴァード


Corcovado / Tom Jobim

部屋の片隅には ギター
恋が生まれ 歌が流れる

恋人を幸せにする歌が
時は静かに流れ 想いと夢を誘う

窓からはコルコヴァード山の
キリスト像が 見える

こんな幸せが 続けばいいのに

君がそばにいる日々が
愛の炎が消えてしまうまで

世界が信じられず 孤独だったボク

でも君に出会い
幸福の意味を知った

     ●

05月30日。5月の終わりの日曜日。
薄曇り、肌寒い陽気。
一仕事を終えたような疲労感の中、
ボサノヴァに浸る。

楽曲を聴きながら、
コパカバーナのビーチに想いを馳せる。

 風がすり抜ける海岸沿いのアパートで、
 夜毎あつまったカリオカのミュージシャンたちが
 階下の眠りを妨げぬよう、小声で歌うサンバ・カンサォン。

それが、ボサノヴァのはじまり。

 波の音を遠くに聞きながら
 バチートに工夫をこらし、
 今を生きる…その想いを音に乗せる。

部屋の窓からはコルコヴァードのキリスト像。

 おそらく陽は西に傾き、
 アンバーな光が光陰の情景を、
 部屋に送り込んでいるのだろう。

 片隅にあるギターが照らし出され、
 サウダーヂあふれる想いを蘇らせる。

 ソファには君のぬくもり。
 今しがたまで居た君への想い。

 ああ、世界が信じられず 孤独だったあの日。

 でも君に出会い、
 ボクは「今を生きる」意味を知った。

      ●

ボサノヴァのような、写真を撮ろうと思う。

【Vinicius de Moraes】想いあふれて


Chega de Saudade / Vinicius de Moraes & Tom Jobim

悲しみさん 彼に言ってやってよ
あなたなしでは ダメなんだと
お願いだから 戻ってきてと
彼なしでは 生きていけないわ

思い出は もうたくさん
彼なしでは 安らぎはないの
終わりがないのは 私の心に巣食う
この哀しみと 憂鬱だけ

 だけどもし 彼が戻ってきたなら
 こんな素敵なことはないわ
 海に泳ぐ魚の数より 
 もっとたくさんの キスをしてあげる
 この両腕にしっかりと
 何万回も 彼を抱きしめるの
 何もいわずぬくもりに包まれるの
 飽きるほどキスの雨を降らせるの
 もう決して独りにはしないわ

      ●

ボサノヴァとは心のあり方
A Bossa Nova e um Estado de Esprito

【Vinicius de Moraes】あなたと私


Voce e Eu / Vinicius de Moraes & Carlos Lyla

どんなに頼まれても 行かない

陰口を叩かれても 悪く言われても

月夜のパーティに 誘われても

私は行かない 行きたくないの

微笑んでも 泣いてみせてもムダ

あなたたちが 何と思おうと平気

人生に疲れた女と 噂されてもいい

嫌な友だちを持ったと諦めて

あなたと私 他に興味はない

【鳩山由紀夫】辺野古移設閣議決定


05月29日。土曜日。
薄曇りの朝。気分も薄曇り。
朝刊に目をやる。

「辺野古移設閣議決定」

大きな見出しとともに鳩山の顔。
絶望的な知らせだ。

持ち上げておいて、落とす。

どれだけの思いがこの辺野古にあるのか、
この男は結局、何も学んでこなかった。

沖縄のことをこれだけ馬鹿にした話はない。
数々の疵を日本政府はこの島に残してきたけれど、
この閣議決定とともに行われる基地建設の映像を想像すると、
あの辺野古の土地が永代まで呪われるような気がして、
とてもじゃないが正気ではいられない。

写真は2000年に行われた「ニライカナイ祭り」の時のもの。

フェンスの向こう側は、アメリカ。
このボーダーラインがそのまま、美しい辺野古の海まで続いている。

ミネラル豊富な島。
人間の根源を知らせてくれる
希有な島。

自然と向き合い、生きること。

そんな当たり前のことを
静かに教えてくれる
原点回帰の島。

その島を日本はまた、蹂躙した。

鳩山由紀夫。どれだけパフォーマーな男なんだ。

【ぬちまーす】ミネラル長寿説


5月25日。火曜日。
爽やかで気持ちのよい風が流れる
五月晴れの東京。

こんな朗らかな日々が続いたら
ひとびともおだやかに暮らせるだろうに。

タイで会社経営する友人からのメールは、
そんな幸せを一撃する破壊力だった。

 騒乱は何度も経験してますけど、
 爆弾のモーニングコールとか、家の前で銃撃戦があったりしたの
 初めてだったから。
 津波では支店壊滅したし、空港占拠の時は大赤字したけど、
 それはお金の話しであって、今回は命の危険を感じた。
 大体さ、我々日本人は戦争兵器を身近に感じることないじゃないの。
 目の前で銃弾が飛んでくることも爆弾が爆発することもないし。
 ベランダから見えるビルにプロの狙撃手までいるんだから。
 まいっちゃうよね。
 漫画とか映画の話だよ、ほんとに。
 毎日歩いてる道が焼けてしまうというのも悲しいものがある。
 ビルやらゴムやらが焼ける匂いというのは嫌なものです。
 知り合いの日本食屋も全焼してしまった。
 
寒いだの、暑いだの、私情を挟んでられない状況下だ。
なんというか、地球上には実に様々な生き様があることを
今もって肝に銘じる。

あ、そうそう、友人はこうも書いていた。

 騒乱は終わったのだから、
 平和へとコマを進めるバンコクの日常も報道してほしい…と。

これは映画じゃなく、日常だ。
エンタテインメントを楽しむように報道しないで欲しいと。

      ●

昨日は最近お世話になっている会社で
海水100%のミネラルたっぷりな塩「ぬちまーす」で有名な
沖縄の高安社長の講演を伺った。

「ぬちまーす」は海水を空中散布し、水分を蒸発させる製造方法だから可能な粒子の細かさで
カラダに必要なミネラルを細胞から浸透させ、潤いを呼び込む…とのこと。

なにより驚いたのは、社長の「ミネラル長寿説」。

人間は母のお腹の中では「羊水」に浸って育つ。
「羊水」とはまさに海水と同じミネラルが備わっていて、
だから赤ん坊はミネラルが体内に豊富なのだけれど、

残念ながらミネラルは体内で生成することが不可能なため、
体外つまり食から接種することで補っていくしかない。

昔の大地は堆肥を用いて土壌も豊かだったから、
育つ野菜もミネラル豊富で問題なかったのだけれど、

農薬や化学肥料が主流の現代では、
野菜や家畜からミネラルを接種することはむずかしい。

唯一沖縄だけは、夏に上陸する台風のおかげで
海から吸い上げられたミネラルが毎年散布されて、
食卓に上がる食材は肉も魚も野菜もどれもミネラル豊富で、
だから沖縄県は今も日本一の長寿県なんだと。

それだけミネラルは人間の営みに欠かすことのできない元素で、
…亜鉛・カリウム・カルシウム・クロム・セレン・鉄・銅・ナトリウム・マグネシウム・マンガン・ヨウ素・リン
体外から接種する以外に得る方法がない栄養なのだと。

アフリカの国民の平均寿命が日本に比べて極端に低いのは、
山も台風もない古代の大地でミネラルが枯渇してしまったため、
お母さんの羊水の中にすらミネラルが不足している状態で、
生まれてくる赤ちゃんも生長とともに急激にミネラルが不足し、
やがて生きる力を喪ってしまうからだと。

高安社長は断言されていた。
「ぬちまーすは人類を救う発明だ」と。

「ぬちまーす」さえ毎日接種していれば
生きるために必要なミネラルは常に補給できる。

肌も潤いを保てるし、記憶力も大幅にUPし、頭も良くなる。

      ●

8ヶ月ぶりに触れたうちなーんちゅの温かな雰囲気に、
ボクは何よりうれしくなって、
講演のあいだ頬はゆるみっぱなしだったのだけれど、

こんな豊かな土壌の沖縄に、
米軍基地を開発するといまだにのたまうている政治家に
聴かせてやりたい含蓄のあるお話だった。

【いだくろ】NEXTREAM21


遅ればせながら今月あたまに六行会ホールで行われた
いだくろのネクストリーム21の写真である。

彼女たちとは2010年の幕開けに行われた
「ダンスがみたい」新人シリーズ以来。

黒田なつ子さんと年末のイベントで知り合ってから、
ボクが勝手に追いかけているのだけれど、

毎回毎回ダンスという肉体表現に
深く深く分け入っている自分がいる。

彼女たちは、踊らずにはいられない生体〈Creature〉だと思う。

踊ることで「生きる」を体現している。
そして、体を動かすことで「生きることに無自覚」になろう…としている。

それが、ダンス。

音楽もそうだけど、
演じ手たちはプレイしている間、
演奏に、歌に、踊りに、没頭している。

どこまで無私であるか、
それが観客のボルテージに比例する。

演者の魅力は、
楽器そのものになるか、
歌そのものになるか、
踊りそのものになるか、だ。

そういった意味で、ダンスはむずかしい。

もちろん捉えることもむずかしいのだけれど、
演者が生体〈Creature〉として「生きる」そのものに成ることが
なによりもむずかしい…のだ。

「生きる」=「踊る」ために、
彼女たちは日夜エクササイズを繰り返し、血肉とさせる。

その発露が、ステージ上で、5分間花開く。
ボクはその一瞬一瞬を逃さぬよう、必死にファインダーを覗く。

なんと尊い行為なのだろう?

「生きることに無自覚」になる。
そんな哲学的な…とお思いだろうが、
「生きる」とは本来、無自覚なものであるはずだ。

「考える葦」として意識を客体化したあたりから、
人間の営みはどんどん間違った方向へ向かってしまった。
「生きる=死ぬ」の対立項で考えること自体が
生きることに自覚的(客体)だと、最近ボクは思うようになった。

朝日が昇り、夕日が沈み、夜が来て、また日輪が大空に浮かび上がる。

その繰り返しが「生きる」こと。

そのように毎日を謳歌できたら、きっとすばらしい人生だろう。

そこに近づくために、彼女たちは今日も踊る。

      ●

神楽坂セッションハウスにて今週の29日行われる
「Theater 21fes Step Up vol.31」に彼女たちも参加する。

次はどんな「生きざま」を魅せてくれるのだろう、
今から楽しみだ。

【David Byrne】Psychedelic Afternoon


Ryuichi Sakamoto/Psychedelic afternoon

Grandpa swore he’d never cut his hair-in ’67
Going on a trip to Grandpa’s farm — the hippie commune
He don’t even watch TV at all — so weird
But my grandpa’s cool with me,

Mama says that granpa is naive –from too much trippin’
Grandpa even sang his songs for free–at the demonstration
All the Punks and Yuppie Scum they laugh–at him

Psychedelic Afternoon
Let’s all sing a hippie tune
I will sing my song for you
That grandpa taught to me.

We saw a shooting star from on a hill–across the heavens
The real reality is just unreal–in my opinion
Laughing Dancing Joking Talking all–the time
And my grandpa’s cool with me

丘の上から、満天の星空に流れ星を見たよね
本当にリアルなものってリアルには見えない
まあ、僕の意見だけど
いつも笑って踊って冗談を言い、話し出すと止まらなかったけど
僕にとっては、とてもクールなお祖父さんだったんだ

【川崎太一朗】HIT THE ROAD


川崎太一朗 on myspace

5月13日木曜日。
横浜関内モーションブルーヨコハマで行われたLIVE。

太一朗さんとは、
以前Icchie Special Session BandのLIVEで面識はあったのだけど、
今回の1st Full Album「HIT THE ROAD」リリースパーティの話は伺っておらず、
ビル清掃のゴミ箱から出てきたチラシで知ったのが月曜日。

あわてたボクは、すぐさまメールを出して撮影したい旨を伝え、
太一朗さんに快諾いただいた経緯となる。

ISSBのLIVEで初めて触れた彼の音色は、
端正な容姿とは裏腹のエモーショナルでファンキーで、
それでいて哀愁を引きずったリリカルさを併せ持った
理想的なトランペットで、ボクは完全に惚れ込んでしまったのだけれど、

今回あらためて彼のリーダーLIVEでその音に触れ、
そのテクニックに裏打ちされた感性の豊かさに、涙が出た。

写真もそうだけど、音楽も「降りて」くるもの…だな、と思う。

いかにオープンマインドで周りの音を「聴き」、
いかに素直に自分の音で「感応」するか…。

太一朗さんのトランペットは
とても繊細にその「感応」を体現していた。

なにより音がいい。管が鳴っている。当たり前だけど。

今回のアルバムのプロデューサーは
SOIL&PIMP SESSIONのトランぺッタータブゾンビさんなんだけど、

そのタフゾンビさんもゲスト参加して、2TPで激しくバトルを繰り広げたあたりは、
文字通りビンビンに空気が張って、どうしようかと思ったくらい熱いものがあった。

通常、自分のリーダー作発表…なんて時は、
花形トランペットを目立たせるべく、
同じ楽器をメンバーに加えたりしないものだと思うけど、

太一朗さんは堂々と2管で勝負して、
見事に自分の音を体現していた。

これもつまりは「聴く耳を持て」ってことじゃないか?

     ●

撮影自体は会場の制約もあり、
はじめの5分しかステージ周りで撮影できなかったけれど、
いや、その5分間でボクのボルテージも最高潮になって
バシバシ感応し、ビンビンになって、体現しちゃった。

いや、でも最後までイキたかった…のが本音ではあるけどね。

素晴らしい時間を感謝。

ぜひとも次回も撮影したいと思う。