
昨日、ラジオ出演で「青島食堂」の話を出した手前、
「台湾」写真展の宣伝をしておかねば…と、
桜坂の台湾料理の店「青島食堂」に顔を出した。
ちょうど週末撮影した女性に
紙焼きを渡す必要もあったので、
彼女にも「青島食堂」へ来てもらった。
まったくの偶然だったのだが、
「青島食堂」のオーナーと撮影させてもらった彼女は
数年前「八重山舞踊」の教室で一緒になったことがあり、
それ以来、この「青島食堂」には先生と連れだってよく来ていたらしい。
そんなことは露とも知らず、
呼び出した偶然もすごい話だが、
さらにその「八重山舞踊」の先生が
先週末、脳溢血で倒れ、現在病院で一刻を争う状態だと言う。
「青島食堂」のオーナーも彼女の連絡先がわからず、
どうしたものか…と思っていた矢先だった、と言う。
彼女はすぐさま病院へ駆けつけ、
先生へのお見舞いをすることが出来たのだが、
そんな偶然の重なりに
一番驚いたのは、自分だった。
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今週の火曜日、追加のDMを届けに桜坂「g」へ顔を出した。
その時、カウンターで飲んでいた同じ「モリさん」という男性に、
写真展開催の話をさせてもらった際、
「青島食堂には顔出しました?」
と聞かれたのである。
まだ台湾へ訪れる前から「青島食堂」の水餃子は虜になるほど好きだったし、
ska69というバンドのライブがあるときは、オーナーの比嘉さんも
店を早くたたんで足を運んでくれるような仲だったのだから、
ここは久しぶりに顔を出しておかんとな…と、
その時、漠と思っていたのだった。
そんなことがあったからラジオでも口から出たワケで、
それまで「青島食堂」がひょっこり出てくることはおくびにもなかったのである。
有言実行じゃないが、
何かに導かれるようにして、
ボクは「青島食堂」を訪れた。
その最終的な目的が、彼女を先生に会わせるためだったとしたら…。
先生の切なる思い…最期の生命を振り絞るような
壮絶な思い…みたいなものが、ボクに宿り、ボクを導いた…としたら…。
自分が媒介となって、人と人をつなぎとめた…としたら…。
なんだか胸が熱くなって
「人生まだまだ捨てたもんじゃないな」
…と、青島食堂に独り取り残されながらも、強く思った。
まだまだ、人の想いは、貫ける。
だからこそ、人生に賭けることも、
まんざらじゃない…んだ、と。
生きることの勇気をひとつもらった夜だった。