カーマイケルの「星くず」


「ひばり」を思い出したら、「星くず」も書きたくなった。

ボクの原点は母親のイージーリスニングだ。
小学生の頃から、子守歌のように、ニニロッソやサミーテイラーを聴いて過ごしていた。
意識するでもなしに。

自然と旋律が染み込んでいった。

だから、今でも馴染みのメロディには、心が騒ぐ。
そんなメロディのひとつが、この「星くず」…Stardustである。

絶妙な題名である。ほんとに星がパラパラ落ちてきそうな、満天の夜空を思い出す。
しかも、妙にしんみり…と来る。坂本九よろしく、口笛を吹きたくなる。
素直にカラダ全体で音を奏でたくなる…そんな名曲だ。

Sometimes I wonder why I spend the lonely nights dreamin’ of a song
時々、ある歌が夢によみがえり、そんな時ぼくは不思議に思う。なぜこんなに寂しい夜を過ごしているのだろうと。
The melody haunts my reverie and I am once again with you
そのメロディーは夢うつつの中で鳴り続き、そしてぼくはまた君と共にいる。
When our love was new and each kiss an inspiration
ぼくらの恋が始まったばかりの、キスするたびにときめいていた頃と同じように。
Oh, but that was long ago, and now my consolation is in the stardust of a song
でも、それは遠い昔のこと。今は星屑の歌の中にぼくは慰めを見つけている。

And beside a garden wall, when the stars were bright, You were in my arms,
満天の星の下、庭の壁際にいて、君はぼくの腕の中。
the nightingale told its fairy tale of paradise where roses grew.
ナイチンゲールはおとぎ話しを語っている。パラダイスにはバラが咲きみだれていたと。
Though I dream in vain, in my heart it always will remain
今はむなしき夢。それでもぼくの心に生き続けるもの。
My stardust melody the memory of love’s refrain
それは、星屑のメロディー、恋の調べの記憶。

歌詞がまた、切なくて…いい。
Lonly Night~と、伸ばすあたりが…たまらない。
夢とうつつが交じり合う、そんな交錯した気持ちの揺れが、そのままメロディになっている。
each kiss a inspiration~と、可愛く語尾が上がるあたりが…初々しい。

こんなステキな曲を、いつかソロで奏でたい…そう思い、日々努力する。

カーマイケルの「ひばり」


夕焼けに浮かぶ対のシーサー。
看板には「ひばり」の文字。

思わず、フレディハバードの気分で「Skylark」を吹きたくなる。
Jazzスタンダードの名曲である。

  ●

Skylark Have you anything to say to me?
ひばりよ 私に何か言いたいことがあるのでしょ?
Won’t you tell me where my love can be?
私の愛しい人がどこにいるのか 教えてくれないかしら
Is there a meadow in the mist
霧の中に草原を見つけたら
Where someone’s waiting to be kissed?
そこにキスされるのを待っている人がいないかしら?

Oh skylark Have you seen a valley green with spring?
ひばりよ 春に谷間の緑を見たことがある?
Where my heart can go a journeying
私の心はどこまで旅することができるかしら
Over the shadows and the rain
暗闇や雨の向こうの
To a blossom covered lane
満開の花に覆われた小道まで行けるかしら?

And in your lonely flight
一人ぼっちの飛行では
Haven’t you heard the music in the night?
夜に音楽を聴いたことなんてないでしょうね
Wonderful music
素晴らしい音楽を 
Faint as a will o’ the wisp
きつね火のように気が遠くなったり
Crazy as a loon
気がふれたように叫んだり
Sad as a gypsty serenading the moon
ジプシーが月の歌を歌うように悲しくなったり

Oh skylark I don’t know if you can find these things
ああ、ひばりよ  あなたにこんなことがわかるのか 私にはわからないけれど
But my heart is riding on your wings
私の心はあなたの翼に乗って飛んでいるの
So if you see them anywhere
だからもし それがどこかわかるのなら
Won’t you lead me there
私を連れていってくれないかしら?
Oh skylark Won’t you lead me there?
ひばりよ 私を連れていってくれないかしら?

  ●

作曲したホーギー・カーマイケル(1899-1981)は
この他にも「Stardust」や「Georgia on My Mind」などを手がけている。
俳優や歌手としても活躍していて、それ以前は法律事務所に勤めていたというから
まことに多才な人であった。

スターダスト! ひばり! おお、ジョージア!

(><) すべての楽曲が心にしみる。
カーマイケルのおおらかな人柄が、見事なメロディラインを生んでいて…たまらない!

これ以上の完成度はないのでは?と思えるほど
深く深く刻まれる…まさに永遠のスタンダードだと、思う。

週末の風景その6~マニラとオキナワのあいだで~


帰国した妻に、マニラでのポートレイトを見せる。
昨年の9月23日、彼女の誕生日に撮影した1枚。
…初めてのご対面である。

そこにはさまざまな状況が焼き付けられていた。

  マニラとオキナワ。

…凝縮された距離と思い。
…写真行為で均衡を保つ自分。

たった8ヶ月の過去だけど、そこでのふたりの時間は、とてつもなく尊い。
だからこそ、こうやって、笑顔でもって、写真と対峙もできる。

お互いのポジションを再確認するための、
お互いの人生をトリミングした、特別な一枚になった。

週末の風景その5~元気ハツラツ、はるとくん~


あんどうはるとくん。まだ1歳と2ヶ月。
昨年の今頃は、仏さんのように思惟深い赤ちゃんだったけど、
月日と共に育まれ、しっかりと意志を持った男の子になった。

思惟の深さは相変わらずで、突然立ち上がって、あさっての方に歩き出したり、
なにやらもぐもぐと言葉を紡いでいたりする。

うれしそうに笑う。とっても赤ちゃんらしい笑顔。

また1ヶ月経ったら、新たな驚きを見せてくれるんだろうね。
今後の成長ぶりが楽しみな、はるとくんでした。

週末の風景その3~結婚式の二次会~


週末の土曜日には、必ず出くわす風景。
結婚率の高い沖縄だから、毎週末はそこかしこで二次会のパーティばやりだ。

沖縄に限ってはジューンブライドの風習はあまり見受けられない。
内地からのリゾートウェディングが集中するから、
逆にオフシーズンの2月から5月あたりがピークかもしれない。

そして、これが彼らの正装スタイル。

だいたいの男性は、黒を基調としたヤンキースタイル。
女性も、かなり大胆な黒ずくめ…というのが、一般的。

はたから見ているとホスト&ホステスに間違えてしまうほど。
このセンスは、いまだに解せない。

週末の風景その2~散髪屋の店先で~


週末の散髪屋は、こどもたちで賑やかだ。
特にロープライスで素早いハサミ裁きの「こうのいけ」さんは、
週末になると親子連れで、ぞろぞろとやってくる。

まちぼうけの子供が、ひまつぶしに外を眺めていた。

週末の風景その1~野球に興じる少年~


夕方の西日を受けて、まぶしそうに見据える少年。
すぐ脇の小学校での一コマ。

週末の猛特訓で、ちょっと疲れた顔をしている。
うちなーなまりが飛び交う。

「もうちょっと、右に投げれ~」
「やーが右寄れ」

「やー」とは「おまえ」の意。
なかなか迫力のある会話だが、ハイキーで舌足らずだから、
聴いてる方は笑みがこぼれる。

ともよせのおじいおばあ


かわいいおじいとおばあである。
自宅近くの小学校で、ふと出会った。
夫婦むつまじく散歩の途中だ。

このあたりを毎日、歩いているという。
おじいの健康のためだろう。
ふたりの空気が、とてもあたたかかった。

お互いを認め、支え合っている男女のカタチがあった。

こんなふたりになろうと思った。

思わず「写真を撮らせてください…」とお願いした。
2枚収めた後、おばあが言った。
「今度、写真持っていらっしゃいねえ」
自然体が、ステキだった。

「No Fear!」ホテル・ルワンダの恐怖


待望の沖縄での公開に、すぐさま足を運んで来た。

すざまじい映画であった。一言で語ることのできない衝撃。
始まりから終わりまで、「恐れ」を拭うことなどできなかった。

これが1994年の4月に起こった現実なのか?

同じ言語を話し、同じ生活を共にしていたフツ族とツチ族が、
ある日を境に、殺し殺される「報復」の血の海と同化してしまう。
人口750万人のルワンダで、そのうちの11%、85万人ほどのツチ族が、
「報復」の4週間で10万人単位の大量殺害を受ける。1日1万人の大虐殺である。

…これはもう、ホロコーストである。民族浄化である。

パスポートに記された「HUTU」「TUTSI」。
そこに大きな違いはない。顔かたちや肌色が少し異なる程度だ。
オキナワの地に例えるのは適当ではないが、
「うちなーんちゅ」「ないちゃー」ぐらいの違いだろう。

      沖縄人と県外人。

そのような差異だけで、隣人を死に陥れる恐怖。
この恐怖は、ちょっと想像するのがむずかしい。
歴史から学ぶことはできるが、実感はできない。

しかし、1994年のルワンダでは、実際に起こっていたのだ。
ひとりのホテルマンが、果敢にその不条理と戦ったのだ。
最後まで職務を遂行することで、なんとか平衡を保ち、
冷静な判断と臨機応変さで、コトの対処に当たる。
…その葛藤は、相当なものだったと思う。

「No Fear」ルワンダの子供たちの言葉である。

恐れのない世界…それこそが、開かれた未来だ。

ひとりひとりがこの現状を真摯に受け止め、
自分の立場に立ち返って考えれば、
もっともっとこの地球は「One Life」へとつながるだろう。

      是非とも観てほしい。

      「ホテル・ルワンダ」公式サイト

      民族紛争の絶えないルワンダ