沖縄のお笑い ~FEC定期公演~


引っ越しをした土曜日、
合間を縫って「FEC定期公演」に出かけた。

FECとは「Free Enjoy Company」の略で、
沖縄のお笑い芸人をかかえる演芸集団のこと。

発端は大学のサークルで、今年で10年目を迎える。

沖縄のお笑いが、どの程度のものなのか、
ある意味、高をくくって会場へ足を運んでみたが…

…これがまた、思いのほか面白かった。

ウチナーンチュにしかわからない地元ネタ満載かと思ったら、大間違い。
しっかりネタを創作して、何度も何度も繰り返し、
リズムをしっかり掴んだ自然な笑いが、随所にちりばめられていた。

沖縄から「第2のガレッジセール」が生まれるのも、時間の問題かもしれない。
大注目はやはり【いさお名ゴ支部】。彼は本物だと思う。

沖縄のお笑い演芸集団FEC

山積みになった、記憶たち。


「転勤族」であった父の影響で、
学生時代に4回、社会人時代に4回、
引っ越しを経験しているボクだが、

今回の引っ越しには骨を折った。

過去の引っ越しで身の回りの取捨選択は
その都度されてきたか…と思っていたのだが、
今回、あらためて自分の荷物を確認してみると…

妙に小物や雑貨が多いことに気づく。

40年近い歳月で人生も上流から下流へ。
川の水も、淀み滞り沈殿するように、
知らぬ間にいろんなものをストックしてきてしまったようだ。

「そんなもの携えて、死ぬことなんかできないのよ」

物にあふれた新居で、苛立ちを隠さず妻が吐き捨てる。
言われてみれば、…その通り。

大切に大切に、「秘密基地」にガラクタを貯め込んで
時折、眺めてみたところで、過去は戻ってこないし、
アルジがいなくなれば、ガラクタはガラクタでしかなくなるのだ。

貯まりに貯まった書籍群を眺めながら、思う。

「こいつらを再読するほどの時間も、もはや持ち合わせてないんだ」

…それでも物に執着する自分。
薄皮が剥がれるように、記憶の襞もディテールが失われていく。
摩耗してすり減る自分自身を、引き止める手だてはない。

だから、写真を撮る。

収めることで…、
        勝手に…、
             なにを納得しているんだろう…。

           

                  積
                  み
                  上
                  が
                  っ
                  て
                  い
                  く
                  ば
                  か
結局、               り
                  な
   撮り貯めた写真の       の
                  だ
        ネガフィルムが、  |。

【ご報告】引っ越し、終わりました。


15日から17日の3連休のあいだに、引っ越しをした。

        ●

荷物の段ボール詰め込み作業は、意外にスムーズだったのだが、
15日、アート引っ越しセンターを使っての荷物の大移動…
16日、17日の段ボールから荷物を出して整理する作業が、もう大変。

引っ越しがこんなに面倒で厄介なものだと、改めて思った次第。

        ●

新居ではできるだけ物が目につかないように、
押し入れを効果的に活用したい…との妻の意向で
今までストックしてきた本や雑誌などの資料関係は
すべて裏の方へ押しやられてしまった。

        ●

MAXplusという近くの家具屋さんへ収納家具を買いに。
できるだけ安価で空間効率の良い物をメジャー持参で検討をしに。
ふたりで現場討議し、その日は買わずに帰宅。
改めて荷物を収納してみて、後ほど妻が購入をすることに。

念には念を…の精神。…完全に仕切られている…。

        ●

この3日間で、ふたりが衝突すること、数えきれず。
腰を据えてじっくり行いたい妻と、
とにかく早くいつもの生活に戻したい夫との、せめぎ合い。
…全面的に、ボクに非があるのだけれど。

        ●

…KDDIにも呆れた。

うちは通信関係の支払いをすべてKDDIにまとめているが、
一週間前に転居の知らせをしていたにもかかわらず、
固定電話の移動は27日以降となってしまった。

これは結局NTTへ委託するカタチとなるため、
私⇒KDDI⇒NTTの流れで電話設置工事を指示することとなり、
日数がかかるらしい。

さらに、インターネットの接続となると、
そこから1ヶ月も先になってしまうと言うから驚き。

これもNTTの回線を介してのKDDI作業となるため、
両社間の事務手続きが「行って来い」で煩雑となり、
結果、コンシュマーにそのしわ寄せが来る…とのこと。
なんとも解せない話である。

8月後半まではblog更新も遅々として進まない状況かも…。
新居の周辺環境はおいおい報告します。

台風の日に引っ越しの準備


今、外はびゅーびゅーの大荒れだ。
沖縄に今年初の台風到来。
本格的な夏が始まる。

昨日は、イギリス人の友だちJaimeが東京からやってきて
カポエイラを披露するBrazilianNightがあったので、
夜中の3時まで夜更かししてしまった。

七夕の日に入籍したEarth Dog Cafeのおふたりを
祝福するイベントでもあったので、挨拶に顔を出した。
だんなさんのご両親がイカしていて、ステキだった。

あらためて、おめでとう。

そんなこんなの週末、ぼくたちは引っ越しの手配で奔走している。
長年住み慣れたここ、大道のアパートを引き払い、
那覇の新都心と呼ばれる「おもろまち」に転居するのだ。

引っ越しは来週で確定。

今日は不動産に契約書と契約金を支払ってきた。
これで手続きは終了。
あとは、9年間に積もった澱をすこしずつ整理する作業だ。

こんな暑くて風の強い日に、
ぼくは埃まみれで格闘している。

EarthDogCafe

夕涼みにバリダンスその1


木曜日の夜にケータイメールが届いた。
大学時代の友人からだった。

「那覇に踊りの仕事で来ています。あさって本番です。」

彼女は大学卒業後バリダンスに魅せられ、バリ島にまで移住し、踊りを極めていた。
電話してみると、沖縄県立芸大の中庭でガムランと共演する…という。

さっそく土曜日に顔を出してみた。
午後7時。芸大教授が主宰する「ガムラン演奏会」が始まった。

 陽が落ちて、気持ちよい風が頬をなでる。
 バリの音楽が、オキナワの夕暮れに満ちる。
 なんとも幸せな混淆のひととき。
 
 …数年前の感覚がよみがえる。

 バリ島のウブドでは、夕暮れとともに至る所でガムランが演奏された。
 まさにトランス状態で音楽に身を投じ、悦に入った。
 至福の時だった。いや、バリはすべてが至福だった。

そんな陶酔に浸りつつ観た彼女の踊りは、優雅だった。
目をカッと見開き、ピンと指先を立て、ほどよい緊張感を感じさせながらも、
全体の雰囲気は非常にゆるやかで、丸みを帯びていたように思う。

まさかオキナワで、このような異国情緒を味わえるとは…。
空が青みを深め、徐々に夜の気配が近づくと、
照明に浮き上がった踊り手たちは、さらに妖しく艶やかに映った。

バリに行きたい…。またあの至福を味わいたい…。
思わず現実逃避した土曜の夜だった。

 

【事故】今年一番の夏日で…フィルムがオジャン!


週明けの月曜日、オキナワは34度を記録する暑さに。
九州地方の梅雨前線が強力なだけに、オキナワを覆う高気圧も強大ならしい。

おかげさまで、ラボに出したフィルムがこのありさま。

左右を横断する線はフィルムについた傷である。
現像途中でブレイカーが落ちてしまい、現像機がストップ。
すぐに復旧するも、現像途中のフィルムが巻き込まれてしまい、
見事なカタチでぐちゃぐちゃと折れ曲がってしまった。

暑さのためにクーラーをフル回転させていたらしい。

幸いにも、現像⇒停止⇒定着まで進んでいたので画像は確認できるが、
乾燥途中のシャットダウンで生乾きのフィルムが悲惨な状態に…。

犠牲になった写真は
沖縄県立芸大の中庭で行われた貴重な「ガムラン演奏会」の記録だった。

この世のパッセンジャーとして


地球を乗り物にたとえた「宇宙船地球号」といった表現は、
環境問題が浮上した1970年頃に生まれた言葉だ。

地球号を大きな列車と考えると、話はさらにわかりやすい。

わたしたちは、誕生とともにその列車に乗り込み、逝去とともに列車を降りる。
いつともなしに列車に乗り合わせ、行く先も知らされず、やがて席を立つ。

乗客の年齢はさまざま。老若男女入り乱れ、乗り降りも頻繁だ。

各車両には国名が刻まれ、それぞれの車窓からはその国の風情を味わうことが出来る。
車両間はもちろん行き来可能で、文化の違いを楽しむバックパッカーが往来する。

座席は2人掛けだから、偶然乗り合わせた相手と意気投合することもあるし、
仲違いして気分の悪い長旅になることもしばしば。同席お断りなんて輩もいる。

ぼくたちはそんな「宇宙船地球号」に乗り合わせた乗客(パッセンジャー)なんだ…と、
イメージを膨らませたのには、訳があった。

      ●

日曜日に「週間人物ライブ スタ☆メン」を見た。
そこで紹介された「末期ガンを宣告されたIT社長」の「生きよう」に衝撃を受けたのだ。

藤田憲一、35歳。株式会社NCI社長。2006年1月に余命3ヶ月の宣告を受ける。
以下は藤田さんのblogからの引用だ。

    2005年のクリスマス前、私は事業部長を務めていたポータルサイト運営会社事業部を分社化しました。
    初月度から黒字も達成し、絶頂だった頃、私は余命宣告を受けました。分社化から1ヵ月のことでした。

    それから、出口の見えない絶望が続きました。
    「いつ死んでしまうかわからない状態では、何をやっても成し遂げられる保証がない。
     それでは、何をやっても意味ないじゃないか。」
    そういう思いを拭えませんでした。
    しかし、数日、絶望を彷徨った後、強いパワーが沸いてきました。
    その源泉は2つの思いでした。
    ・ 「今の医療が直せない病気なら、てめえの病気はてめえで治してやろうじゃねーか。」
    ・ 「例え病気は治せなくて死んでしまったとしても、そのことで意味があるものを残せるはずだ。」

今日6月28日現在、彼は自身のblogを更新している。
余命期限の3ヶ月はすでに過ぎているというのにだ。

この「生きよう」を突き動かしているパワーはなんだろう?
それはまさに「生き続けようとすることで、意味があるものを残せる」とした彼の意思だ。

彼自身の痕跡を「生きる」ことで刻もうとする、強い意志…
それは転じて「生きる」ことの尊さを体現しようとする姿勢だと考える。

彼は戦っている。1分1秒を戦っている。
彼の書くblogに「毎日が最後の晩餐」というサブタイトルがある。
彼の大腸がガンに侵蝕されていて、いつ食事が取れなくなるかわからないと医師に宣告されているからだという。
毎食毎食が「一食入魂!」毎日が最後の晩餐のつもりで食事に挑んでいると。

      ●

「宇宙船地球号」の思想はガイアの思想である。
地球はひとつの生命「One Life」と捉える考え方だ。

だから、地球はすべての事象を記憶している。
地球上で生滅するすべての生命体の「生きよう」を記憶し、刻んでいるのだ。

この世のパッセンジャーとして「藤田憲一」氏は、駅へ降り立つその瞬間まで
しっかりと自分の「生きよう」を刻もうと、誠実に生きている。

その潔さがこのボクに深く刻まれたことを記録したい…
そう思った。

毎日が最後の晩餐「天王洲に住んでいる社長blog」
病気とたたかう社長のblog
銀座ではたらく社長のblog

仙台~東京を巡る旅【後編】その3


東京下町を締めくくる一大イベントは、ココ「亀戸餃子」。
妻曰く、餃子と言えば「亀戸餃子」しかないようだ。
…というのも、彼女が初めて口にした餃子が、幸か不幸か「亀戸餃子」なのだ。

そのくらいインパクトのある餃子である。

ボクも一度食べて、すっかり病み付きになってしまった。
とにかく皮が薄い!そして、肉汁が滴るほどのジューシーさ。
ひとくちでペロリと食べられる手頃さと、口の中に拡がる豊かな餃子ハーモニー。

…もう、この餃子抜きに餃子を語ってはいけないのではないだろうか?
そんな思いにさせる、とにかく絶品の「亀戸餃子」で、
餃子を5皿ずつたいらげる。1皿5個入りである。

こうやって、イメージを膨らましていると、また食べたくなってきた。
…そのくらい、絶品なのだ。お試しあれ!

ちなみにココ亀戸の「亀戸餃子」本店には「餃子」しかメニューはない。

仙台~東京を巡る旅【後編】その1


腰を痛めるというアクシデントに見舞われ、
ブログの写真日記も、分断された感じだが、
実は……写真だけはその流れをしっかりと汲んでいた。

●仙台大観音の写真は、地元の風景。
 今となってはバブルの象徴にしか見えないが、
 中山周辺を開発した双葉土地開発…とかいった会社が、
 その稼いだ金額への罪悪感からか、高さ100mほどの大観音を建てた。
 今から、15年ほども昔の話である。
 まさにバブル全盛期。
 しかも併設されたホテルも、廃業となってしまっている。
 大観音だけが、日常の風景として取り残されてしまったのだ。
 
仙台大観音

●ダンディ(ビーグル犬)
 叔母が飼っているビーグルだ。
 年はもう11歳。りっぱな老犬となった。
 子犬の時から眼力がすばらしかった。
 眼で何かを訴えていた。
 哲学者のような風貌だった。
 今はさらに老獪なテイストまで加わっている。
 いまだに何を考えているのか、わからない。
 そこがまた愛くるしい。

●高速バスで朝方の新木場へ。
 宮城県図書館やキャスロンを巡った日の夜に
 仙台を後にしたふたりは、翌朝、東京に着いた。
 どんより曇った東京の朝を見上げながら、トボトボと歩く。
 6時だというのに、散歩の日課をこなす人々。
 どんよりとした不健康な顔で、荷物を転がすふたり。
 東京の実家で、朝寝をむさぼる。

●京王線で、西東京へ。
 東京のベッドタウンである西東京のいわゆるニュータウンへ。
 妻とボクの共通の友人宅へおじゃまする。
 2歳となる「なぎさ」くんとご対面。
 はじめは人見知りな性格から遠巻きな「なぎさ」くん。
 徐々に徐々に親密度を増してきた。
 こちらへの興味も深まり、気持ちも高ぶってきたところ…

●思わず涙、「なぎさ」くん。
 ちょっとした一言が、胸にひっかかり、思わず涙。
 顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくった。
 その泣き顔が、また可愛かった。
 ごめんね、「なぎさ」くん。