【RENT】Seasons of Love


525,600 minutes,
52万5600分
525,000 moments so dear.
52万5600分の貴重な時間
525,600 minutes –
52万5600分
how do you measure, measure a year?
1年を計る基準は何?

In daylights, in sunsets, in midnights, in cups of coffee.
昼、夕焼け、深夜、飲んだコーヒー
In inches, in miles, in laughter, in strife.
インチ、マイル、笑い、ケンカ

In 525,600 minutes –
52万5600分という時間
how do you measure a year in the life?
人生の1年をどうやって計る?

How about love?
愛ではどうだろう?
How about love?
愛では計れるだろうか?
How about love?
愛を数えてみよう
Measure in love.
愛で時を刻み 愛の季節を作ろう
Seasons of love.
愛の四季が巡る

525,600 minutes!
52万5600分
525,000 journeys to plan.
52万5600分の旅がある
525,600 minutes –
52万5600分
how can you measure the life of a woman or man?
どう数えるの?男や女の人生を

In truths that she learned,
彼女が知った事実
or in times that he cried.
それとも彼の涙
In bridges he burned, or the way that she died.
彼の旅立ち 彼女の死

It’s time now to sing out,
大声で歌おう
tho the story never ends
物語は終わらない
let’s celebrate remember a year
友と過ごした1年を祝おう
in the life of friends.

Remember the love!
愛を忘れてはいけない
Remember the love!
愛は天からの贈り物
Remember the love!
愛を分かち愛を広めよう
Measure in love.
愛で時を刻み
Seasons of love! Seasons of love.
愛の季節を作ろう 

あなたの人生を愛で計ろう

      ●

今日はジョナサン・ラーソンの命日。
Jonathan Larson, 1960年2月4日 – 1996年1月25日

[youtube]RENT-Seasons of Love

【驚愕】いま ここにある風景


「いま ここにある風景」公式サイト

観ている間、怒りがこみ上げてきた。
どんな国なんだ、中国!

個々の哲学があれば、
あれほどの急速な開発も
出来なかったにちがいない。

「ガリバー旅行記」を地で行く
国家レベルの破壊行為である。

人間ひとりひとりの意志なぞ
ガリバーの前では、虫ケラにも等しい。

特に度肝を抜いたのは、
世界最大の規模、三峡ダム

建設に17年。
13もの町を水没させ、
110万人もの住民を退去させる。
その強制力が共産主義そのもの。

水没する町には
海抜線が引かれ、「150M」と記されている。

つまり、150mの水深で
町全体が沈むのだ。

その海抜線を基準にして
自分たちが住んでいた町並を
ハンマーやシャベルカーで解体する。

17年かけて、
自分たちの町を沈めるべく
破壊する人たち。

「国家のため」と言って
沖縄県全体を廃墟にできるか?

中国では、それが可能なのだ。

      ●

国家の命令に倣って
個を持たなかった国民が、

資本主義の無節操な仕組みに
今度は狂喜乱舞で「カネのちから」に物言わせ、

資本原理主義とも思える性急さで
雨後の成長を遂げている。

  脅威だ。

そのひと言だ。

あの国には、思想がない。

そして、思想やこころざしがないと
人間はどこまでも盲目に突き進む…ということを
この記録映像は、無言で語っている。

      ●

ボクたちはこの星の自然を変え、
空気を変え、水を変え、大地を変え続けている。
中国だけじゃない、世界中で。
ボクは自分の仕事を、もっと政治化すべきだと考えたこともあった。

しかし、声高に訴えれば、人々の反応は
単に賛成や反対をするだけだろう。
だから言葉ではなく、ただ写真を見せる。
そうすれば、見えなかった何か、
違う世界を見られると思うから。

人間は今、居心地の悪い場所に座っている。

一度、手に入れたものを手放すことが出来ず、
しかし同時に、そのことが問題を深刻化させていることも知っているからだ。
良いとか悪いとかの問題じゃない。

まったく新しい発想が必要なんだ。

                by エドワード・バーティンスキー(写真家)

      ●

国家レベルの破壊が進めば、
個々の思想なんて虫けら同然。

会社を辞めて、写真表現を志そう…だなんて
失笑にも満たない。

しかし、そんな状況がこの地球上で実際に今も進行中なのだ。

「戦争」の次に今、「開発」という新たな行為が
地球を、人間を、ダメにしようとしている。

【金子みすず】わたしと小鳥とすずと


わたしが両手をひろげても、
お空はちっともとべないが、
とべる小鳥はわたしのように、
地面(じべた)をはやくは走れない。

わたしがからだをゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴るすずはわたしのように
たくさんのうたは知らないよ。

すずと、小鳥と、それからわたし、
みんなちがって、みんないい。

【Lee Chang-Dong】オアシス


10月22日。
韓国映画にはまっている。
イ・チャンドンにはまっている。

「オアシス」。

これもものすごい題材な
ラブロマンスだ。

前科3犯の男と脳性麻痺の女の愛。

強姦未遂まで起こしたような男が
脳性麻痺の女とまぐわっていたら、
誰もが犯罪を犯したと思うだろう。

しかし、どちらも実は
世間の厄介者として扱われ、
うまく利用されている…という背景を知ったら?

   ●

前科の男は
兄の交通事故を肩代わりしてムショに入った。

「オレはどうせ世間じゃツマハジキだし、
 前科もあるから、痛くもかゆくもないぜ。」

脳性麻痺の女は
国からの援助で瀟洒な障害者アパートに兄夫婦を住まわせている。

兄は、脳性麻痺をイイコトに
面倒なことをカネで解決し、
妹を利用することで、イイ思いをしている。

そんなはじかれたふたり。

そのふたりが自然体で引かれあい、
お互いの空隙を愛で満たしていく過程は
身を削るように愛おしい。

とても自然なのだ。

前科の男はソルギョング。
「ペパーミントキャンディ」で迫真の自殺を演じた。

同じ俳優とは思えないぐらい、
前科者をさらりと演じている。

そして、驚くのは脳性麻痺の女役、ムンソリ。

健常者なのだ。

実際に脳性麻痺の女性2人と生活を共にし、
脳性麻痺にも個性があることを実感。

「彼女たちに成り切れば良いんだわ」

という割り切りで役に臨めた…という。

果たして演技と言っていいのか、
そのものの生命体として、在る。

だからこそ、胸に迫る。

宿った命には
「愛」という
他者の介入が
絶対的に必要なのだ…!!!(絶叫)

  たとえ凶暴で手に負えない、野良犬でも。

    ●

ベスト1かも知れない。
とにかく必見。

【cello】おくりびと


「おくりびと」公式サイト

チェロの音色が心地良い。
…浄化される映画だ。

「納棺師」を主題にした映画だから、
いろんな人生の終焉が描かれている。

 「死は門です。次の世界へ入るための門です。」

順風満帆とは行かぬ人生だったろう、
苦しくも辛い一生だったろう、
なんとも儚い悔い多き末路だったろう…。

遺族は亡き故人への複雑な心境を、
死体を前に吐露する。

 「ばかやろう」「ごめんな」「すまなかった」

納棺師は、そんな遺族の思いも含めて
故人の旅立ちを、所作よく美しく仕立てる。

綺麗な死装束を纏った故人は
あらたな旅立ちに向かう。
遺族はその旅立ちをしっかりと見送る。

そのような折り目正しい儀式の美しさが
人間の尊厳を顕していて、感入った。

【Lee Chang-Dong】ペパーミントキャンディ


10月13日。
那覇まつりライブ当日。

RBC市民フェスティバル「オリオンビアパラダイス」

希望と絶望について考えている。

なぜか今も会社にいる。
両親と弟家族が来沖しているというのに、
この連休、ずっと仕事に明け暮れてしまった。

それでも
希望と絶望について
想いを巡らせたい心境だ。

昨日は寝不足なアタマで
イ・チャンドン監督の「ペパーミントキャンディ」を観た。
疲労がたまっているからだろう…途中何度も意識が飛んでしまい、
再生を繰り返したので、見終わったら夜中の4時になっていた。

それでも観たかった。
何かしらの答えを求めているのだろう。

映画はうってつけの内容だった。
「シークレットサンシャイン」を凝縮したような【絶望の変遷を辿る】映画だ。

      ●

冒頭、いきなり主人公の投身自殺からはじまる。

1999年40歳になった主人公が、絶望のすえ自殺する。
20年前、希望を胸に膨らませた想い出の場所で。

映画は【絶望】の40歳から【希望】の20歳までを
記憶を遡るカタチで進行する。

徐々にすり減っていく【希望】。
【希望】とはなにか?

淡い恋心を抱いた20歳の主人公は
彼女への想いに未来を描く。それが【希望】だ。

    【希望】とは、未来への架け橋。
     人は【希望】なしには生きられない。

その後、時代に翻弄される主人公。
兵役に赴き、右足に銃弾を受け、誤って高校生を銃撃してしまう。
その衝撃からおのれの【希望】がすり減っていく。

初恋の相手とのすれ違いは
相手を傷つけるカタチで終焉を迎え、
なかば自暴自棄な状態で身近な女を手込めにする。

やがて、その女に子供ができるが、
【希望】を見いだせない相手に愛情が芽生えるはずもなく、
心の空隙はどんどん広がっていく。

株で儲け、事業を拡大し、秘書を愛人に迎え、
手垢にまみれた人生を歩みながら、
どこかで【希望】を期待していたのだろう。

時代の波に呑み込まれるかのように
株が暴落、友人の裏切りによる破産、そして離婚、と状況が一変し、
…ついには【絶望】だけが心に横たわっていた。

そこへ追い打ちをかける
初恋の相手の死。

想いが通じ合っていた女性を
冷たくあしらい彼女を傷つけ、
自らも【希望】をすり減らし生きてきた。

その精算は、【絶望】というカタチで
主人公に大きくのしかかってきた。

    regret…後悔しても、報われない想い。

自らを死におとしめるしか、その想いを断つことは出来ない。

     ●

なんという【絶望の変遷】だろう。
人生はなんとむごたらしいものなのか。

「生きる」とは、どういうことなのか。

【Lee Chang-Dong】シークレットサンシャイン その2


Lee Chang-Dong films “Secret Sunshine”

(さきほどの続き。)

神の赦しを得てしまった犯人と、対峙するシネ。
わたしが赦しを与えるべき相手なのに、
何故神はわたしを差し置いて彼に赦しを与えたのだ!

うなだれる、シネ。
そして完全に精神を破壊される。

信仰を支えにして
悲しみの萌芽を摘み取ってきたけれど、
もう為す術は、なかった。

「信仰なんてごまかしじゃないか!」

すり替えているだけじゃないか。

     ●

これだけの衝撃を、ボクは知らなかった。
その核心にメスを刺すイ・チャンドンの洞察力たるや。

どこまでも救われないシネの境遇。
これだけの激しさをもって演じきったチョン・ドヨンも
化け物みたいな女優だけど、
監督の人間に対する目線に、度肝を抜かれた。

結局のところ、
最後まで救われない。

ホームページでは、暖かな陽射しのようにシネを見守る
ソン・ガンホ演じるジョン・チャンの存在が救いのような書き方をしているが、

業に振り回される存在…である人間のはかなさは
どこまでいっても、救われないように思えてならない。

愛に溺れ、欲に溺れ、哀しみに溺れ、
人生ずっと流されっぱなし。

支えとなるべく、信仰やパートナーも
絶対的なものじゃない。

結局は吊り橋の上で、ぐらぐらと揺られ、へたり込むしかない。

なんで、こんなに弱い存在なんだ。

     ●

その1点に帰着して、
ボクはしばし呆然とした。

こんなにも運命に翻弄されて
突然の死を迎える。

死にたくて半狂乱になっても
己の命は奪わないのに、
支えとなっていた息子の命は
いともたやすく奪い去った。

こんなにも自由にならない人生ってなんなんだ。

【Lee Chang-Dong】シークレットサンシャイン その1


Lee Chang-Dong films ”Secret Sunshine”

    ふりそそぐ陽射しをどれだけ浴びたら
       あなたの悲しみは消えてゆくのだろう

コピーライターに薦められて
イ・チャンドン監督の「シークレットサンシャイン」を観に行く。

予告編が痛々しかったので、
覚悟はしていたが、
まさかここまでとは…思わなかった。

(ここから先、あらすじ。)
 
旦那を交通事故で喪い、
彼の故郷である「密陽(秘密の陽射し)」という田舎町へ来た妻、シネ。

ソウルから抜け出し、全てをリセットすべく
誰も知らない田舎町でピアノ教室を始める。

一人息子のジュンだけが、心の支え。

不幸を背負って生きたくは、ない。
だから、この「密陽」に来た。

そんな強気が裏目に出たのか、
息子ジュンが誘拐に遭ってしまう。

身代金の要求に、ひとり半狂乱になりながらも
「心の支え」を取り戻すべく、全財産を所定の場所へ。

しかし、ジュンは帰ってこなかった。

変わり果てた姿で遺棄された息子を確認するシネ。

もうわたしには何も残っていない。
カラダの震えが止まらない。
生きる意味が見つからない。
突然の嗚咽が息を詰まらせる。
吐いても吐いても呼吸が静まらない。

ドロドロになって涙も嗄れて、
ワラにもすがる思いで教会のミサに参加する。

そこでは同じように嗚咽を繰り返す人々の姿。
シネも心のタガが外れたかのように、深く慟哭する。

神に向かって吠える。
「何故!」「何故!」「何故!」

そして、すっと平安が訪れる。

わたしは神に愛されているんだ。
だから、このような試練が与えられるのだ…と。

シネは、すべてを赦したい…と思った。
わたしから根こそぎ奪い去っていった因果すべてを。

そこで、ジュンを殺した犯人のいる刑務所へ足を運ぶ。

「わたしが彼を赦すことで、ジュンは救われるのです」

     しかし。

同じように、犯人も入信していた。

【訃報】市川準監督、逝去。


9月21日。晴れ渡る空、日曜日。

昨日は鬱血したブヨブヨのアタマで寝てしまったためか、
うまく寝付かれず、朝の7時には目を醒ましてしまった。

「そういや、土曜日の朝刊を読んでなかった」

…と、寝不足で肥大化したアタマをもたげながら、
新聞をめくっていると、その訃報があった。

市川準監督、急死。享年59歳。

       「えっ」

市川昆の間違いじゃないのか?
まだまだこれからでしょ、この人は。

CM界から映画監督になった魁の人で、
常に映像インパクトを与えてくれた、好きな監督だった。

「トニー滝谷」のメイキングを見直してみる。
監督が、ぼそぼそと語っていた。

 「この作品で、大監督になるからさ」
                  「オレの映画、低予算だからねえ」

2003年8月の映像だ。
ちょうど5年前。

そのまま本編も見直してみた。
                …涙があふれた。

坂本龍一のピアノが、じんじん胸に迫った。

孤独を抱え、その孤独を前に呆然と立ちつくす出演者たちの
心の揺れや葛藤が、ものすごく…堪えた。

そんな葛藤を映画というカタチで提示してくれた
…市川準監督の死を悼んだ。

現代に孕む、コントロールが効かなくなった様々な歪みや軋みを
これからも見つめ、カタチにしていって欲しかった。

こうやって突きつけられるからこそ、癒される部分もあるんだ。

「なんか、洋服って、自分の中の足りないものを埋めてくれるような気がして…」

                         …A子のセリフ。

晴れ渡る日曜日、
寝不足のアタマで、
哀しみにとことん浸った。

【是枝裕和】歩いても歩いても


「ブルー・ライト・ヨコハマ」
  作詞:橋本淳/作曲:筒美京平/編曲:筒美京平 

 街の灯りが とてもきれいね
 ヨコハマ ブルーライト・ヨコハマ
 あなたとふたり 幸せよ
 いつものように 愛の言葉を
 ヨコハマ ブルーライト・ヨコハマ
 私にください あなたから

 歩いても歩いても 小舟のように
 私はゆれて ゆれてあなたの胸の中
 足音だけが ついて来るのよ
 ヨコハマ ブルーライト・ヨコハマ
 やさしいくちづけ もう一度

 歩いても歩いても 小舟のように
 私はゆれて ゆれてあなたの胸の中
 あなたの好きな タバコの香り
 ヨコハマ ブルーライト・ヨコハマ
 二人の世界 いつまでも

「歩いても歩いても」公式サイト

 是枝監督の最新作「歩いても歩いても」を観に行く。
 上映後、監督のトークショーがある…とのことで、
 前から予定しておいた。

 「厄介だけど、かけがえのないもの」

 「家族」という好き嫌いの感情を超えたところでつながる人間模様を、
 微に入り細に入り表現することで、普遍的な感動へつなげた作品。

 トークショーによると、
 監督の母親の死が、作品制作のきっかけだった。
 
 「人生は、いつもちょっとだけ間に合わない」

 何もしてあげられなかった母親の姿を
 スクリーンの中に焼き付けたい…との思いで
 脚本を書き上げ、出来上がったものだという。

 題名の「歩いても歩いても」は
 いしだあゆみのヒット曲「ブルー・ライト・ヨコハマ」が
 母親の大好きな曲だったから。

  ♪歩いても歩いても 小舟のように
  ♪私はゆれて ゆれてあなたの胸の中

「ブルー・ライト・ヨコハマ」いしだあゆみ

 1968年にリリースされ、
 69年の紅白歌合戦で初出場を果たしている。
 いしだあゆみの出世曲だ。 
 
 21歳にして、揺れ動く愛人…影の女の心の動きを
 切なく歌い上げている。 見事な時代背景。
 よく考えたら、自分の生まれ年だ。
 
 宮崎駿といい、是枝裕和といい、
 スタートは自身の心の揺れ動きだったり…する。
 
 トークショー終了後、
 パンフレットを購入し、
 監督のサイン欲しさに列に並んだ。

 間近で見る監督の目ヂカラ。

 「歩いても歩いても」ってタイトルは
 なんで付けたんですか?

 そんな質問を投げたら、上記のような回答が来た。

 「前々からどこかで使いたいと思ってたんだよ」
 とてもフレンドリーに答えてくれた。

 作品って、そういうもんだよな。
 あらためて、思った。