【保坂和志】この人の閾


東京では4年ぶりに高校時代の悪友たちと酒を呑んだのだけど、人間20年
も付き合っているとお互いの変化や思考の違いといったうわべの部分は見
ていなくって、20年変わらないであろう指向性というかその人間が持つ生
きるスタンスとでもいうのだろうか…社会との関わり方みたいな部分をつ
まんで「だからおまえはダメなんだ」と一喝する会話が飛び交う。

いや、別に否定するわけじゃなくて愛でる感じとでも云ったらいいだろう
か…何を試みてもうだつが上がらない状況とか…いつも追い込まれると逃
げ腰になってしまう性癖とか…思い込んだらテコでも動かねえと頑なに構
えてしまうから…「おまえはダメなんだ」という結論をよろこんでいるよ
うな感じなのだ。

保坂和志の「この人の閾」も10年ぶりに出会う大学時代のサークルの女性
「真紀さん」に10年前と同じ空気感をおぼえ、会話の端々に顔を出す変わ
らない世界観に感動しながらも時間の経過とともにその世界観が社会から
はみ出しているような違和感を主人公の「三沢君」は受け取る。

                ●

さっきたしか草むしりしていたときに出たクローンの再生の話ではないけ
れど、経験や知識は遺伝子にインプットされることもなければ複写したり
転写したりすることもないのだが、そういうことよりもむしろ真紀さんが
一人で読んでいるあいだに感じていることは結局誰も知ることなく真紀さ
んと一緒に消えていく。

              (中略)

「ほら。ヨガの行者がすごいんだったら、海の底にいるタコだってきっと
凄いのよ。禅の高僧なんかは徳が高そうなポーズを身につけてるだけなん
じゃないの?人っていうのは、自分たちのいる世界と全然違う世界観みた
いなものを持ってる人のことは驚くようにできてるのよ。」
 真紀さんの口調は少し攻撃的になってるみたいだった。
「イルカが頭がいいかどうかっていうのも、何とも言えないんじゃないの。
もしね、イルカが本当に自分たちの知能を人間の知能とまるっきり別の方
向に伸ばしたんだとしたら、人間に使うものさしを使って比べたり類推し
たりしててもわからないわよね。」

              (中略)

イルカの知能は人間のものさしでは計れないと、まず真紀さんは言った。
言葉は光であるというヨハネの福音書の言い方を借りるなら、言葉の届か
ないところは“闇”だということになる。“闇”には言葉がない。言葉がない、
つまり言語化されなければ人間にはそこに何があるかわからない。何かが
あっても人間には理解できない。言葉が届かないということは、何もない
状態と限りなく同じである…と、堂々巡りのような論法だけれど意味とし
てはこういうことだろう。

              (中略)

平安京なら造られてからずっと人がそこで生きてきたが、平城京は何もな
くなってただの条理の形跡を留めるだけの平らな土地が残された。夏草だ
けが生えた何もない地面を歩きながらぼくは、長い長い空白の時間を超え
て平城京の時代に生きた人たちのざわめきが聞こえてくるような気がした
のだけれど、真紀さんはそれはやっぱりただの空白でしかないと言うのだ
ろうかと思った。

                ●
               
閾(いき)とは光や音などの刺激の有無、同種刺激間の差異などが感知で
きるか否かの境目。またその境目にあたる刺激の強さ…のことだという。
閾で感じられたモノも言語化されなければただの空白でしかない…ことを
「自明の理」として受け入れる社会ってなんだろう。結局はその呪縛の中
で突き動かされているからこそ、この小説が強く胸に響いてくる。

blogや写真というメディアで自己を表現しよう…だなんてまさにその典型
じゃないか…という事実、「だからおまえはダメなんだ」といじられる関
係性こそが生きていることの証だとわかっていながらも、そこで悶着する
自分がいるのも事実。…生きるってなんと尊いことか。

【保坂和志】草の上の朝食


東京から戻ってからというもの句読点のない生活が続い
ていて、その感覚にぴったり添い寝する保坂和志の小説
「プレーンソング」「草の上の朝食」の2作を続けざま
に読んだのだけど、ボクの沖縄での生活はまさにこの小
説のようにとりつく島がなくただ流れていってしまって
いるような気がする。

2DKの「ぼく」のアパートにアキラとよう子と島田とゴ
ンタが住みついてそれぞれがぶらりと出掛けては帰って
くる、まるで猫たちの日常のような生活をひたすらトレ
ースしているだけの小説なんだけど、ところどころで発
する登場人物たちの語りが「思い込み」に溢れていて思
わず「あぁそうだった人間みな思い込みで生きてるんや」
と合点してしまった。

昨日はFMレキオというコミュニティ局で1時間もの間生
放送を敢行したのだけどこれもある意味口車に乗せられ
て流れに任せて出演したようなもんで、どうせやるなら
しっかり務めようとタイムテーブルを構築してイカした
選曲で【bozzoの音楽遍歴】なるタイトルコールまでか
まし滔々と語ってきた次第。

40年も生きてるとそれなりに面白い経験もしてきてるか
ら自分の音楽遍歴をラジオネタとして語ることにはなん
の抵抗もなくて高校から大学そして社会人とインスピレ
ーションを受けた音楽を拾い集めて当時の自分を思い出
しながら電波に乗せて語ったわけだけれど「けっこう自
分って面白い」などと勘違いしながらONAIR中は悦に入
っている状態でこれだから高校の友人たちに「先天性ノ
ウ天気人間」と呆れられる。

そんな人間だから沖縄の生活は句読点がない。
いや、沖縄に限った話じゃないのだけれど。

【Somerset Maugham】月と六ペンス


「運が良かったよ。エイブラハムはちょっと偏屈なとこ
ろがあったんだろうな。かわいそうに、すっかり零落し
ちまって。アレグザンドリアで何かくだらん医者仕事を
やっている、検疫官か何か、まあそういった仕事だ。醜
い年取ったギリシャ女と同棲して半ダースの腺病質な子
供がいるって話だよ。結局アタマが良いだけじゃダメな
んだな。大切なのは人格だよ。エイブラハムには人格っ
てもんがない。」

人格だって?他の生き方に更に切実な重要性を見抜いた
時、半時間の熟考の末、出世の道を擲つには、よほどの
人格者でなければできんことだと、私は思う。しかもそ
の出し抜けの行動を一度も後悔しないためには、更に立
派な人格を要しはしないだろうか?

       (Somerset Maugham「月と六ペンス」)

            ●

そうそうボクの歳も2039年には「ある」かどうかわか
らないわけで、そう考えるとこの2009年のもがきを今
頃になって立派に生きてるだとか、いつもおまえはそう
やって理屈こねて現実から逃げてばかりいるとか、いろ
いろ言ってくれるだけでも嬉しく思ったりするんだけど、
そんな同時代的共時的な営みがまさにリアリティという
か今の時代と呼応した末の行動というかまさに理屈こね
てるだけかもしれないけど、自分なりの精一杯な「生き
ざま」だと思ってるんだよね。やっぱりボクにはボクな
りの目線で「今」を切り取りたいし、「今」を表現した
いし、共鳴したい!という思いが強いんだと思う。

なんだろうね。

男と女という性別のたがいだけじゃなくて手を握った感
じだとか眼と眼を合わせた感じとか「あ」と言ったら「
うん」と返す調子だとかそんなコミュニケーションの部
分に人と人とのつながりを見て「ああ生きてるなぁ」と
初めて思えるんだ。その「生きてる」感覚がそのまま写
真に定着できたらボクはおそらく嬉しいんだと思う。

そんな他人事みたいな感慨…今更いらないけどね。

            ●

我々はどこから来たのか?我々は何者か?我々はどこへ行くのか?
Where do we come from? What are we? Where are we going to?
(D’ou venons-nous? Que Sommes-nous? Ou allons-nous?)

結局死ぬまで探求し続けるしか、生きていけない。
なんだか本末転倒だけど、そんな呪縛を引き受けてきたから、
ボクは今、こうやって居られるんだと、思ってるよ。

「ゴーギャン展2009」@東京国立近代美術館

【谷川俊太郎】そして


  夏になれば When Summer Comes
  また The cicadas
  蝉が鳴く Sing Again

  花火が Fireworks
  記憶の中で Freeze
  フリーズしている in My Memory

  遠い国は Distant Countries are Dim
  おぼろだが but The Universe
  宇宙は鼻の先 is Light in front of your Nose

  なんという恩寵 What a Blessing
  人は That People
  死ねる Can Die

  「そして」という Leaving Behind
  接続詞だけ only the Conjunction
  残して ”AND”

            (谷川俊太郎”minimal”収録)

       ●

詩人って、どんなときに 言葉を紡ぎたくなるのだろう。
谷川俊太郎が詩についてこんなことを語っていた。

  詩は野原に咲く一輪の花でありたい…と思うんです。
  花そのものに意義は要らない…そこに咲いていれば、それでいい。
  詩も同じです。…そこにそっと携えておけたら…それでいい。

日頃の会話で疲弊した言葉たちを
愛でるように、活けるように、紡ぐ。
routineで記号化してしまった言葉たちに
息吹を吹き込む。

きっと詩人は、言葉たちが好きで好きで、たまらないのだ。

写真もそう。

日常生活で見慣れてしまった視覚情報を
一度フラットな感覚で受け入れる。
…すると、すべての事象が輝いて見える。

ボクも視覚で愛でる詩人に、なりたい。

      ●

沖縄は梅雨明け。
今日はすっかり夏日。
陽射しがどっと迫ってくる。

明日から、東京。

感覚をフラットにして挑みたい。

【福永武史】駈込み訴え


「みんなが潔ければいいのだが」はッと思った。

やられた! 私のことを言っているのだ。
私があの人を売ろうとたくらんでいた寸刻以前までの暗い気持を見抜いていたのだ。
けれども、その時は、ちがっていたのだ。
断然、私は、ちがっていたのだ! 私は潔くなっていたのだ。私の心は変っていたのだ。
ああ、あの人はそれを知らない。それを知らない。

ちがう! ちがいます、と喉まで出かかった絶叫を、
私の弱い卑屈な心が、唾を呑みこむように、呑みくだしてしまった。
言えない。何も言えない。
あの人からそう言われてみれば、私はやはり潔くなっていないのかも知れないと
気弱く肯定する僻んだ気持が頭をもたげ、とみるみるその卑屈の反省が、醜く、
黒くふくれあがり、私の五臓六腑を駈けめぐって、
逆にむらむら憤怒の念が炎を挙げて噴出したのだ。

ええっ、だめだ。私は、だめだ。
あの人に心の底から、きらわれている。
売ろう。売ろう。あの人を、殺そう。そうして私も共に死ぬのだ、
と前からの決意に再び眼覚め、私はいまは完全に、復讐の鬼になりました。

                         (太宰治著「駈け込み訴え」)

       ●

06月13日。土曜日。
福永武史氏のひとり芝居、「駈込み訴え」を観る。

ギリシャ人の作家ニコス・カザンザキスの「キリスト最後のこころみ」における
キリストとイスカリオテのユダの関係が、ボクは好きなのだが、

太宰治の解釈も愛に溢れていて、心悼む。

「申し上げます。申し上げます。」で畳み掛けるように
訴えておきながら、師への愛情で心が二度三度裏返る。
そのリアルな愛憎二律背反な情景を、俳優・福永武史氏は
カラダ全体…いや、タマシイ全体で、演じ切った。

1万2千もの長大なユダのセリフを、
状況の流れを汲み取りながら、演じ、伝える…そのパワーたるや。

福永氏は、このひとり芝居のために、何度ユダを演じたのだろう。

セリフを吐きながら、次の展開をすでに描いていないと、
観る者を欺くことはできない。
予定調和で進行するのなら、太宰を読めば事足りる。

「あやまたず私の口にひたと押し当てました」
         この恥辱をどのような驚愕さで演じるのか…。

「旦那さま。私は嘘ばかり申し上げました。私は、金が欲しさにあの人について歩いたのです。」
         この最期の哀絶な己をも裏切るセリフをどう切り出すのか…。

70分間、飽きさせずにたったひとりで全ての視線を受け取る
                     …この状況たるや、半端ない。

      ●

しかし、最期に思うのだ。

これだけのパワーをなぜ、公園で放つのだろうか…と。
しっかりした箱で聴衆を集めて興業すれば、
次につながる資金も生まれるし、次につながる人との出会いもあるだろう。

13日の公演に集まったのは30名ほど。

芝居仲間や知り合いを除けば、
純然たる客は10人程度か。

道行く人を取り込もう…群衆がさらなる群衆を呼ぶ…
…というイメージでもあったのだろうか。

実際、散歩中の若者やカップルたちも一時は歩を止め、
その狂信的演技に目を向けていた。…しかし、それだけだ。
…5分と持たなかった。

沖縄でこれだけのパワーを保つ演者がいる…ということを
パブリックに知らしめたいのであったならば、
トランジットモールで10分ほどのショートものを演って、
続きは「てんぶす」で…といったつなげ方もあったのではないか?

完全なる空回りに見えてしまったのが、
共鳴しているだけに、残念でならなかった。

福永さん、今度、酒を飲みましょう。

【実話】愛のむきだし


「愛のむきだし」公式web

237分の壮絶な純愛映画だった。

【ゆらゆら帝国】空洞です

ゆらゆら帝国が主題歌になっている…ただそれだけで観に行った。

宗教と性欲。
理性と本能。
権力と自由。

常に二律背反に陥るこのお題。
「あちら」か「こちら」。
「あちら」じゃなきゃ、「こちら」。
「こちら」じゃなきゃ、「あちら」。

二項対立で決着をつけようとするから、
状況が立ちゆかなくなる。

そして、権威主義がさらにそれを加速させる。

宗教も見方を変えたら、権威主義。
「神」の名を借りて、権力を欲しいままにする。

その歪んだ構造に虐げられた3人が、
あらたな新興宗教であらたな権力を獲得し、そして瓦解する物語だ。

      ●

宗教の問題は、奥が深い。
父と子と聖霊。三位一体。

絶対的な教義が「父」。
それを伝える神父が「子」。
教義に従い増殖する宗徒が「聖霊」。

このヒエラルキーが
権力を生み出した。

「父」を伝承する「子」は
「父」そのものではない。
よって「父」の真意を知らない。

であるから「子」は解釈によって
「聖霊」へ伝承をおこなう。

そこには解釈のズレが生じる。
曖昧なるものを排していく結果、
二項構造へ行き着く。

「白」か「黒」か。
「善き」か「悪しき」か。

「白」と「黒」の間にある無数の「グレー」が収斂される。

これが社会全体を息苦しくしている要因だ。

構造主義が堅牢になればなるほど、
末端への伝承は「純化」され、
コントラストの強い二項対立となる。

「はじめにことばがあった。ことばは神と共にあり、ことばは神であった。」

ことばによる伝承が、ズレを生み、
ズレがさらなるズレを増殖させ、大きな歪みとなった。

      ●

しかし、「愛」に「ことば」はいらない。
「愛」は衝動であり、「愛」はダイレクトだ。

 ぼくの心をあなたは奪い去った
 オレは空洞 でかい空洞
 全て残らずあなたは奪い去った
 オレは空洞 面白い

「愛」は観念ではなく、心の顫えだ。
肉体に立ちのぼった「ことば」にならない衝動だ。

その身体性が真実であることを、
237分の長大な「愛のむきだし」は物語っている。

必見。

【谷川徹三】雨ニモマケズ


「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである」

宮沢賢治の言葉。

読み解けば読み解くほど、
賢治の自己を律する心の強さに惚れ惚れとする。

 「雨ニモマケズ」谷川徹三著

宮沢賢治と同時代の哲学者であり詩人でもある著者が、
かの谷川俊太郎の父と知った時の衝撃。

1896年に生まれ、
「雨ニモマケズ」や「銀河鉄道の夜」に
代表される聖人化されたイメージで、
遠い過去の巨人という認識だったが、

あの俊太郎の父と同世代であった…と聞かされると、
なんだかとても近い人物に思えてきた。

 感受性というものは、
 あらゆるものを味わって究極に至るもの、
 つまり「自己拡大の極」と、
 
 清らかで透明な状態にいつもそれを保つ、
 「自己放下の極」とを両極とするものであります。
           (「雨ニモマケズ」谷川徹三著)

西洋的貪欲さが「自己拡大の極」であれば、
日本的清冽さが「自己放下の極」だと、著は説く。

ワインやチーズの、発酵度合いやクセに味わいを求めるのと、
大根や人参の、素材の甘さや香りに食の悦びを得るのとの違いだろうか。

 賢治の芸術もその意味において決して素朴ではない。
 ただ、しかしながら、自己拡大の極にどこまでも執しようとするものと、
 その自己拡大の極を通して自己放下の極みに至ろうとするものとの間には、
 やはり大きな違いがある。   (同著)

冒頭の「銀河系を自らの中に意識して」や「雨ニモマケズ」から見える
賢治の世界観は「足るを知る」法華経的な禁欲精神である。

しかし、裏を返せば、彼はそれだけ「自己拡大」な欲求の強い人間だった。
だから自らを「修羅」とし、それゆえに執拗に禁欲を求めたのではないか。

そして、己の欲深さ故に、他人の情念を敏感に感じ取り、
情念から派生する「嫉妬」「羨望」「怨恨」「傲慢」「虚栄」「名誉」の行く末を嘆いたのではないか。

 ただひとつどうしても棄てられない問題は、
 たとへば宇宙意志といふようなものがあつて
 あらゆる生物をほんたうの幸福にもたらしたいと考へてゐるものか、
 それとも世界が偶然盲目的なものかといふ
 いわゆる信仰と科学とのいづれによつて行くべきかといふ場合、
 私はどうしても前者だといふのです。
 
 すなはち宇宙には実に多くの意識の段階があり、
 その最終のものはあらゆる迷誤をはなれてあらゆる生物を窮境の幸福に
 いたらしめようとしてゐるといふ、まあ中学生の考へるような点です。

このような「愛」の深き人間に「ワタシハナリタイ」。                    

【宮沢賢治】-1925.10.25- 告別


おまへのバスの三連音が
どんなぐあひに鳴ってゐたかを
おそらくおまへはわかってゐまい

その純朴さ希みに充ちたたのしさは
ほとんどおれを草葉のやうに顫はせた

もしもおまへがそれらの音の特性や
立派な無数の順列を
はっきり知って自由にいつでも使へるならば
おまへは辛くてそしてかがやく天の仕事もするだらう

泰西著名の楽人たちが
幼齢弦や鍵器をとって
すでに一家をなしたがやうに

おまへはそのころ
この国にある皮革の鼓器と
竹でつくった管とをとった

けれどもいまごろちゃうどおまへの年ごろで
おまへの素質と力をもってゐるものは
町と村との一万人のなかになら
おそらく五人はあるだらう

それらのひとのどの人もまたどのひとも
五年のあひだにそれを大抵無くすのだ

生活のためにけづられたり
自分でそれをなくすのだ

すべての才や力や材といふものは
ひとにとどまるものでない
ひとさへひとにとどまらぬ

云はなかったが、
おれは四月はもう学校に居ないのだ
恐らく暗くけはしいみちをあるくだらう

そのあとでおまへのいまのちからがにぶり
きれいな音の正しい調子をその明るさを失って
ふたたび回復できないならば
おれはおまへをもう見ない

なぜならおれは
すこしぐらゐの仕事ができて
そいつに腰をかけてるやうな
そんな多数をいちばんいやにおもふのだ

もしもおまへが
よくきいてくれ

ひとりのやさしい娘をおもふやうになるそのとき
おまへに無数の影と光の像があらはれる

おまへはそれを音にするのだ

みんなが町で暮らしたり
一日あそんでゐるときに

おまへはひとりであの石原の草を刈る
そのさびしさでおまへは音をつくるのだ

多くの侮辱や窮乏の
それらを噛んで歌ふのだ

もしも楽器がなかったら
いいかおまへはおれの弟子なのだ

ちからのかぎり
そらいっぱいの
光でできたパイプオルガンを弾くがいい

【宮沢賢治】春と修羅・序


わたくしといふ現象は
假定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち、その電燈は失はれ)

これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
紙と鑛質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し
 みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつゞけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケッチです

これらについて人や銀河や修羅や海膽は
宇宙塵をたべ、または空気や塩水を呼吸しながら
それぞれ新鮮な本体論もかんがへませうが
それらも畢竟こゝろのひとつの風物です
たゞたしかに記録されたこれらのけしきは
記録されたそのとほりのこのけしきで
それが虚無ならば虚無自身がこのとほりで
ある程度まではみんなに共通いたします
(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
 みんなのおのおののなかのすべてですから)

けれどもこれら新世代沖積世の
巨大に明るい時間の集積のなかで
正しくうつされた筈のこれらのことばが
わづかその一點にも均しい明暗のうちに
   (あるひは修羅の十億年)
すでにはやくもその組立や質を變じ
しかもわたくしも印刷者も
それを変らないとして感ずることは
傾向としてはあり得ます
けだしわれわれがわれわれの感官や
風景や人物をかんずるやうに
そしてたゞ共通に感ずるだけであるやうに
記録や歴史、あるひは地史といふものも
それのいろいろの論料といっしょに
(因果の時空的制約のもとに)
われわれがかんじてゐるのに過ぎません
おそらくこれから二千年もたったころは
それ相當のちがった地質學が流用され
相當した證據もまた次次過去から現出し
みんなは二千年ぐらゐ前には
青ぞらいっぱいの無色な孔雀が居たとおもひ
新進の大學士たちは気圏のいちばんの上層
きらびやかな氷窒素のあたりから
すてきな化石を發堀したり
あるひは白堊紀砂岩の層面に
透明な人類の巨大な足跡を
発見するかもしれません

すべてこれらの命題は
心象や時間それ自身の性質として
第四次延長のなかで主張されます

                 大正十三年一月廿日  宮澤賢治

【RENT】No Day but Today


RENT-Trailer
RENT-on broadway
RENT-wikipedia

奇しくも作家の命日に
どっぷりと「RENT」の感動を味わってしまった。

高良結香さんの取材をした時から
「RENT」は気になる作品として記憶にあったが、
こんな感動的な…しかも運命的に産み出された作品だとは
今まで知らなかった。

ジョナサン・ラーソン。
「RENT」を7年間かけてカタチにした男。
35歳という若さで、「RENT」初演の朝、台所でひとり召された男。

1988年の構想スタート時はAIDSが脅威の時代であり、
実際ジョナサンの友人も3人がAIDSで亡くなっている。

自己を表現することのすばらしさと
今日という一瞬を精一杯生きることのすばらしさを
友人の死を通して鮮烈に描いている「RENT」は
楽曲や歌詞の力強さで、ボクの脳天にがつんと響いた。

そして「RENT」の成り立ちそのものが
描かれた世界そのままであることを知って、
さらに今日1月25日がジョナサンの命日であり、
初演の当日であることを知って、
ボクは戦慄し、涙を流した。

52万5600分。
1年を分で計った数だ。

 One song Glory
 One song Before I go Glory
 One song to leave behind
 Find one song One last refrain

 素晴らしい曲を 天に召される前に
 後世に残る名曲を書きたい
 最後の曲に 命を吹き込みたい

ジョナサンのその熱い想いが結実して、今日ボクに届いた。
そんな気がしてならない。