【SOMEDAY】JAZZ fellow ACADEMY


4月17日。土曜日。
朝方から雨が降り、凍える寒さに震撼としていたのだが、
昼頃から陽射しも輝き始め、気持ちのよい週末になった。

新宿1丁目の厚生年金会館向かいあたりにある
JAZZのビックバンドを中心としたライブハウスSOMEDAY
JAZZ fellow ACADEMYのLIVEがあり、撮影に伺った。

SOMEDAYってどんな箱なのか…と思って行ってみると、
予想外に大きなスペースで、しかも気持ちよく寂れていて
テーブルや椅子に趣きもあり、居心地が良い。

地下だというのに天井が高いのが、
閉塞感がなくて、なにより良かった。

JAZZ fellow ACADEMYとしては初のLIVEということで
メンバーのみなさん気合いが入っていて
ボクもDrumsの丸田さんに、新しく作ったHP用に写真を…と
お願いされた経緯もあり、少しばかり緊張をしていたのだけど、

本番が始まってしまうと、
やはり管楽器がこれだけの量で一斉にドカンと音を出すと、
いつものごとく心臓ワシヅカミで高揚してしまい、
その高揚感そのままに撮影したい気持ちと、実際の絵の不甲斐なさで
いつもワジワジするのだ。

特にビッグバンドは雛壇に奥からトランペット、トロンボーン、サックス…と
音の強いのを後ろに3列で並んでいるため、トランペットソロなどは
演奏者の意気込みほどに力強い写真が撮れない。

あああ、もったいない。

…と望遠レンズで狙ってみるが、
今度は奥行きがつぶれてしまい、音の立体感・空気感といったものが、
まったく伝わってこない。

おまけに老舗のジャズハウスだけあって照明に無頓着だから、
ソリストを照らすなどという演出もなく、ムーディな楽曲でブルージーな色みになるわけでもなく、
楽曲に違わずひたすら白熱灯の色温度2500ぐらいの赤みかかった感じで、
こちらとしても画額で音楽の雰囲気まで伝えなければならず、

あああ、なんとも、むずかしい。

2時から始まった2ステージをひたすらワジワジしながら、
ステージに近づいたり、遠のいたり、観客の迷惑顧みず、
試行錯誤を繰り返すのだった。

「丸田さん、そういうわけであまり期待しないで待っててください。」

それにしても、楽器を手にしなくなって半年。
トランペットを見るだけで、気持ちが疼いて、
人生を2度生きることが出来たなら…と無為なことを考える。

もう、生まれ変わるなら音楽漬けの人生…
LEE MORGANみたいに音楽以外がめちゃくちゃだらし無くって
30半ばにして女に銃殺される…みたいな燃え尽き系の人生でいいから、
時代の華としてそのステージで陶酔させられたら、本望。

なかなかうまく…いかないものだね。

【Heitor Villa-Lobos】ブラジル風バッハ


4月11日。日曜日。
仙台堀川公園の「桜まつり」も昨日で終了し、
サクラとセットで目に入っていたテキ屋の屋台も
キレイさっぱりと居なくなってしまった。

茫洋とした陽射しの中、花びらがさらさらと舞い落ちる。

花びらに替わってキミドリの若葉が顔を出し、季節の移ろいを提示する。

すでに4月も半ば。

ゴールデンウィークなどという新たな風物がやってくる。
「鯉のぼり」が「サクラ」に取って代わるのも、もうすぐだ。

      ●

ブラジルの奥の深さに圧倒されっぱなしなのだが、
昨日は東品川文化センターまで足を伸ばし、
カポエイラのRODA(ホーダ)を見学してきた。

RODAとは集会・輪という意味で、
文字通り輪になってカポエイラを楽しむ場。

2時間もの間、ノンストップでビリンバウが鳴り響く。
コール&レスポンスでその間、カポエイラの歌が継がれる。

ものすごい迫力。

文化センターの音楽室が、ブラジルの打楽器と
ポルトガル語の大合唱で2時間満たされる。

そのただ中にいて、ひたすら演者の動きを目で追う。
これはもう、言葉では伝わらないものがある。

右に左に繰り出される足、お互い交わることなく接近し、
戯れるようにカラダを寄せ合い、勝機を伺う。
カポエイラは音楽を伴う武道だ。
その旋律の抑揚としなる肢体に、ブラジルの土着を見た。

Grupo de Capoeira Angola Pelourinho Japão

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【YouTube】Heitor Villa-Lobos/Bachianas Brasileiras No. 5, Aria (Cantilena)

そして、今日なにげなく発見したのが、エイトル・ヴィラ=ロボスなるブラジルの作曲家。
ボクもまだ実体を掴めていないのだけど、1887年から1959年という生涯の中で
「ブラジル風バッハ」(Bachianas Brasileiras)なる全9曲の組曲を1930年から作曲していて、
そのひとつのNo5のアリアが、ものすごいサウダーヂに溢れていて驚嘆した。

1930年。
Jobimが生まれてまもない時代に、
これほどの完成度の高いカンタータが歌われていただなんて。

ブラジルって、いったいなんなんだ?

ボクの興味を引きつけて、離さない。

Nana Mouskouri & John Willams / Bachianas Brasileiras 5

【藤田陽介】青


藤田陽介official web

泳いだ魚になって 剥がれた ボクは正直者
泣いた産声な方へ 泣く泣くついてきたの
泣く泣く生きてゆくのさ

ボクは変わってゆきたい あいまいな感情に涙して
動いた こうしてる間にも 宇宙は広がって
地球は飛んでゆくのさ

朝のもやけ 沈む夕日 昨日の残像とか
切なくて 揺れていた 笑顔とか

誰もがひとりで生まれて 誰もがひとりで無くなって
ふと振り返ってみたり 話がしたくなったりして
ようやく ひとりなコトに気づく
そこにボクが居た いつでも それだけだった

空のすき間 風の匂い いつかの恋人とか
寂しくて 触れた肌 気持ちとか

想、ひとりきりで 想、青くなって 想、
だからきれい………

空のすき間 風の匂い いつかの恋人とか
寂しくて 触れた肌 気持ちとか

泳いだ魚になって 剥がれた ボクは正直者
泣いた産声の方へ 泣く泣くついてきたの
泣く泣く 生きてゆくのさ

【YouTube】藤田陽介/青

      ●

4月9日金曜日。
サクラもそろそろ散り始め、
なんとなくココロも次のステージを求めている。

こないだ朝日新聞の紙面上で2010年度の朝日広告賞が発表されていたんだけど、
一般公募の部はどれもハッとさせられる視点で完成度が高く、思わず微笑んでしまうものばかり。

総評で森本千絵ADが
「正しいことをそのまま伝えるだけでもなく、賞をとるというルールにはまったものでもなく、
 この時代の中で、もがき発見し、自身でも感動できることを、ちゃんと伝える姿勢に
 私たちはココロ動かされ、眼が喜ぶのです。」
と、本音で語っていたのが印象的だった。

共通しているのは「コドモの目線」。

目の前に広がる世界をダイレクトに捉え、純粋な感覚で租借し、面白がっている。
それをコピーとヴィジュアルで昇華してるから、シンプルかつストレートで強いのだ。

      ●

藤田陽介さん。

2月13日のBreathMarkさんのLIVEで初めて触れたんだけど、
この楽曲の世界観はまさに「コドモの目線」。
いや、コドモのココロを持った目線と言ったほうがいいだろうか?

 朝のもやけ 沈む夕日 昨日の残像とか
 切なくて 揺れていた 笑顔とか

 空のすき間 風の匂い いつかの恋人とか
 寂しくて 触れた肌 気持ちとか

記憶の奥に残っていた事象が、走馬灯のように流れてゆく。
生きてきた時間が、風となって通り過ぎる。

そんな剥き出しの感覚に陥るぐらい、この曲の純度は高い。

そう思った。

【Jobim+Mendoca】Caminhos Cruzados


【YouTube】Caminhos Cruzados/Caetano Veloso

Quando um coração que está cansado de sofrer,
Encontra um coração também cansado de sofrer,
É tempo de se pensar,
Que o amor pode de repente chegar.

Quando existe alguém que tem saudade de outro alguém
E esse outro alguém não entender,
Deixa esse novo amor chegar,
Mesmo que depois seja imprescindível chorar.

Que tolo fui eu que em vão tentei raciocinar
Nas coisas do amor que ninguém pode explicar!
Vem, nós dois vamos tentar…
Só um novo amor pode a saudade apagar

      ●

 疲れ果てた魂がもう一つの疲れ果てた魂に出会う時
 愛が芽生えることがある、突然に

 愚かだった、誰も解けない愛を一人で解こうとしていたんだ
 愛だけが、古い愛を砕くのだから

From Newton Mendonca+Tom Jobim / 十字路

 「十字路」…JobimとMendoncaの「さだめ」が交差した美しい創造。
 ひとつの幸福な結晶だと、ボクは思う。
 Bossa Nova黎明期の傑作。

      ●

3月28日、日曜日。花冷えの東京。
昨日よりも気持ち寒い気がする。

「ボクは結局、そういった人間の持つ祈りにも似た「想い」に共鳴しているんだと思う。」
…と昨日書いたけど、1年前の誕生日を読み返してみると、輪廻転生について触れていた。

今日も撮影しながら「想い」を写すってどういうことだろう…と考えていたんだけど、
そういや「念写」って言葉があるよなあ…と漠然と思った。

写真黎明期の時代は、「魂が盗られる」とまで恐れられていたメディア。
やはり「想い」とか「祈り」とか表層化しない部分を写し取る力が、
写真にはあるんじゃないか…少なくも銀塩写真にはその力が残っているんじゃないか?

ケータイでも簡単に写真が撮れる時代に、なんとアナログな…と思うだろうけど、
ボクはそういった「人の業(ごう)」に親しみを覚える人間だから、
どうしてもデジタルの割り切れた世界には気が削がれるのだ。

世界そのものが、…理屈では説明できない成り立ち。

人と人とが交差する…その偶然性・必然性も、

生と死を分つ…その理不尽なさだめも、

ボクが生きている…その事実自体も、決して説明はつかない。

そう、説明不要の事実として、ここに在る。

      ●

そんな「さだめ」の交差したところで、
新たな創造が生まれる。
ボクはそういった予兆を期待し、被写体にカメラを向ける
…のだと、思う。

いわば、写真は「過去」ではなく、「未来の兆し」なのだ。

【岩切直樹】SAUDADEとは?


岩切直樹さんの著作「愛と微笑みと花」を読む。
もうすっかりTom Jobimの世界に浸かりっぱなしで、寝ても覚めてもBossa Nova なのだけど、

その著作の中でJobimの楽曲を全曲演奏する偉業に挑戦している音楽家上田力さんが紹介されていて、
彼のインタビューでとても感銘したところがあった。

「歌は伝わらなきゃ意味がない」というバーンスタインの言葉を受けて
上田さんは沖縄の唄者古謝美佐子さんを例に

 彼女のアルバムの中で、ドヴォルザークの「家路」を完全に沖縄節にして歌っているんだけど、
 これがすばらしいんだよ。ああいうふうに歌える人はちょっといないよ。
 わざと沖縄のこぶしを入れているわけじゃないんだ。それなのに、
 元から沖縄の歌のように歌っているんだよね。伴奏にしても三線を使っているわけじゃなくて、
 弦楽をバックにして。だから古謝美佐子の歌一発の世界。でもそれと同じことは、
 Joao Gilbertoについても言えるよね。

最近の音楽はつまらない…ということを受けて

 それはやはりサウダーヂがないからなんだよね。
 サウダーヂっていうのは、ブラジル音楽だけじゃなくて
 どの音楽にも必要だと思うんだ。
 古謝美佐子の歌だってサウダーヂがいっぱいあるんだよ。
 
サウダーヂとは?  …ウィキから引用すると…

 単なる郷愁(nostalgie、ノスタルジー)でなく、温かい家庭や両親に守られ、
 無邪気に楽しい日々を過ごせた過去の自分への郷愁や、
 大人に成長した事でもう得られない懐かしい感情を意味する言葉と言われる。

 だが、それ以外にも、追い求めても叶わぬもの、
 いわゆる『憧れ』といったニュアンスも含んでおり、簡単に説明することはできない。
 ポルトガルに生まれた民俗歌謡のファド (Fado) に歌われる感情表現の主要なものであるといわれる。 

【Vinicius de Moraes】Estrada Branca


【YouTube】Estraa Branca/Yoshiro Nakamura

 白い道
 白い月
 夜も更けて
 君の不在がひたひたと寄せてくる
 ボクの隣を
 面影が 想いが
 人生を打つ
 死んでしまった人生を

 鳥たちの道
 月夜
 この道は こんなにも独り
 独り ボクは進む
 悲しく月を見上げ
 前へ進んでいるのに
 歩いても歩いても
 ますます君に近くなる

 夜が昼であったなら
 陽がかがやき 詩が流れたなら
 旅立ちが哀しみでなく悦びであったなら
 この道に落ちる影が ボク独りのものではなかったなら
 この道に
 ボクを追う もう一つの影を見られたなら
 
 町はもう ずいぶんと遠くなった
 遠く あの町に 愛する君を置いてきた
 優しさのカケラもなく この道をボクは独り
 歩いてゆく
 死にたい気持ちを抱えたままで

【0313ISSB】Steelpan:TAKESHI TOKI


そしてオオトリは、セカンドステージのスペシャルゲスト
LITTLE TEMPOの土生TICO剛さん。

カーペンターズのClose To You
Steelpanソロから始められたのには、
予想だにしなかっただけにググッと持って行かれた感があって、
メチャクチャしびれた!

SKATALITESでClose To You!!

それがまたオーセンティックなSKAとして、
身に沁み入る感じで、ハートウォーミングなのよ。

Ticoさんおいて、Steelpanをここまで操る人をボクは知らないけど、
見事に歌いまくるなあ、この人は。

きっと心底Steelpanの音色に惚れ込んだんだろうなあ。

リハーサルの時にSteelpanを片付けるとき、
抱きかかえるようにそうっと特製のソフトケースにしまわれるのを見て、
「ああ、愛情たっぷり注いでるなぁ」と思ったもんだけど、

Close To Youの入りクチ、トレモノでメロディ奏でるあたり、
やわらかくて、いやあ、泣けた。ホント、泣けた。

LIKKLE MAIさんのLITTLE TEMPOの時とは、ひと味ちがった聴かせるSteelpanだった。

      ●

…とまあ、こんな感じで3月13日のISSBは、
心底楽しめた夜中のLIVEだったんだけど、
音楽の楽しさって、やっぱりその場で共有できるってことかしら。

オーディエンスが盛り上がれば、ミュージシャンも盛り上がる。

そんな高揚感が一挙に押し寄せてくる感じを、ステージ前で文字通り体感して、
撮影してて、ホント至福の時だった。

50年代のBEBOPで今に伝わるモノクロ写真も、
きっとあの時代のホットでヒップなLIVE感をカメラで捉えているんだろうな。

FLICKRにその全貌を納めてみた。ヒマな時にでもチェックしてみて!

【0313ISSB】Piano:Yossy


先ほどのYossy Little Noise WeaverのYossy。

LIKKLE MAIさんのイベントでは、
ステージ中央でボーカルも取りながらバンドのサウンドを作り上げて行く感じだったけど、
ISSBでは完全に女房役に徹していて、ワンドロップを効かせていた。

ステージングもホーン隊に隠れる場所で、
正直あまり撮影できてないんだけど、
演奏中も終始にこやかに楽しんでいた感じ。

外池さんのオルガンとYossyのピアノが
ぶつかることなくしっかり棲み分けされてて、すばらしい。

4月3日のVOLCANOリリースパーティ、ホント楽しみ。

【0313ISSB】Organ:MITSUHIRO TOIKE


MIGHTY TWOのもうひとり、外池満広さん。

東京に戻ってきてからは、ホントお世話になりっぱなしで、
今回のLIVEも元はと言えば外池さんから始まったようなもんで、頭が上がらない。

ISSBではシンプルにオルガン1台で参加。

身軽になった分、演奏も飛ばしてた。
ガンガンテンション上げて装飾音を入れまくり。
ソロも縦横無尽に楽しんでる感じで、弾けてた。

ISSBのこういったセッションスタイルは、
ミュージシャンも客といっしょに楽しめる感じで、
夜中のステージだと言うのに、3時からのセカンドのほうが、
俄然盛り上がっていて、こちらもバシバシシャッター切るわ、
撮りながら踊るわ…で、心底楽しませてもらった。

エマーソン北村さんも
セカンドでは飛び入り参加したりして、ちょこっとだけオルガンを弾いたのだけど、
こういったコトもセッションならでは。

そのエマーソン北村さんもゲスト出演する
Yossy Little Noise Weaver のリリースパーティでは、
大阪公演でソロLIVEを控えてるみたい。

青山CAYで行われる東京公演では
ボクも三たび撮影で参加する予定だけど、
大阪公演も納められたらいいなぁ。

ソロLIVEは、まだ見たことがないから結構楽しみ。
MY JAMAICAみたいな
ラウンジ仕様で攻めるんだろうか?それともひとりMIGHTY TWO?

【0313ISSB】Drums:SYUNYA MORI


MIGHTY TWOでは、
外池さんと見事なインプロビゼーションを聴かせてくれる森俊也さん。
この人も元ロッキングタイムで、真一郎さんとのバンドDREAMLETSでは、
なんとベースを弾いているみたい。

頭の先から足の先までモノの見事にミュージシャンな方。

キーボード、ベース、ドラム、なんでもゴジャレ。
ISSBでは、ドラムを担当。
やはり骨の髄までリズムが刻まれている感じで、
小粥&森のロッキングタイムリズムセクションは、
エモーショナルでホント、心地よかった。

ドラムを叩くと感性的になるのか、
俊也さんも、どことなく茶目っ毛があって、
バンドの盛り上がりにオカズも増えて、
MIGHTY TWOの時みたいな小難しい表情もなく、
終始リラックスしていて、とてもイイ顔してた。