【RADWIMPS】オーダーメイド


【RADWIMPS】オーダーメイド

きっとボクは尋ねられたんだろう
生まれる前 どこかの誰かに

「未来と過去 どちらか一つを
 見れるようにしてあげるからさ
 どっちがいい?」

そしてボクは過去を選んだんだろう
強い人より優しい人に
なれるように なれますようにと
『想い出』って何だか分かるように

続けて誰かさんはボクに言う

「腕も脚も口も耳も眼も
 心臓もおっぱいも鼻の穴も
 ふたつずつつけてあげるからね
 いいでしょう?」

だけどボクはお願いしたんだよ

「口は一つだけでいいです」と
 ボクが一人でけんかしないように
 一人とだけキスができるように

忘れたい でも忘れない
こんな想いを なんと呼ぶのかい

少し不機嫌な顔のその人は
また仕方なく話しはじめた

「一番大切な心臓はさ
 両胸につけてあげるからね
 いいでしょう?」

またまたボクはお願いしたんだ

「恐れ入りますがこのボクには
 右側の心臓はいりません
 わがままばかり言ってすいません」

ボクには大切な人ができて
その子抱きしめる時はじめて
ふたつの鼓動がちゃんと胸の
両側で鳴るのがわかるように

左はボクので右は君の
左は君ので右はボクの
一人じゃどこか欠けてるように
一人でなど生きてかないように

忘れたい でも忘れない
こんな想いをなんと呼ぶのかい

胸が騒がしい でも懐かしい
こんな想いをなんと呼ぶのかい

「そう言えば最後にもう一つだけ
 『涙』もオプションでつけようか?
 なくても全然支障はないけど
 面倒だからってつけない人もいるよ
 どうする?」

そしてボクはお願いしたんだよ
強い人より優しい人に
なれるように なれますようにと
『大切』ってなんだか分かるように

「じゃあ ちなみに涙の味だけども
 君の好きな味を選んでよ
 酸っぱくしたり 塩っぱくしたり
 辛くしたり 甘くしたり
 どれでも好きなのを選んでよ
 どれがいい?」

「望み通り全てが
 叶えられているでしょう?
 だから涙に暮れる
 その顔をちゃんと見せてよ
 さぁ誇らしげに見せてよ」

「ほんとにありがとうございました
 色々とお手数かけました
 最後に一つだけいいですか?

 どっかでお会いしたことありますか?」

【GW】ゆり祭ライブ


5月3日。
伊江島は快晴。

元同僚オトマツさんの粋な計らい!
第13回伊江島ゆり祭りで「南国ドロップス」がライブ!
いよいよ、伊江島に上陸。

GWはレコーディング真っ最中。

ライブは4月のUNIZON以来とあって、
メンバー全員、浮かれ気分。

午後3時、リリーフィールド到着。
青い海、青い空のロケーションで見る
100万本のゆり畑…圧巻。

オトマツさんに、感謝。
オトマツさんブログ(PineMusicFactory)

練習不足がたたって、
リハ後にホーン練習。
本番前の緊張が走る。

伊江牛の「牛そば」を美味しくいただき、
午後7時、ライブスタート。

伊江島のみなさん、あたたかい。
小一時間ほどのライブ。
ゆりが風に揺れる中、
みなさんの心も揺れたかな。

午後9時。
「めとろ」なる居酒屋にて打ち上げ。

宮古島のライブも、なんとも気分のよい打ち上げだったが、
伊江島の打ち上げも、気分上々。
やはり島はいい。開放的になれる。

結局、朝方3時まで
語り明かし、飲み明かし、
伊江島に良い思い出を残したGWでした。

今度は伊江島BBQを企画中。
夏だね、オトマツさん。

伊江村役場のホームページ

第13回伊江島ゆり祭り公式ブログ

レゲリーマンを知ってるか?


日本クラウンが「レゲリーマン」を大募集(スポーツ報知1月19日)

「レゲリーマン」とは、レゲエ+サラリーマンの略称。

日本クラウンが新レーベル設立に伴う企画として
サラリーマンとして働きながら、
二足のわらじでレゲエ歌手を目指す
ハングリーな人物を幅広く求めた
オーディション…

レゲリーマンが日本クラウンの定例会議に乱入(スポーツ報知3月25日)

そんな中で誕生した「レゲリーマン」だが、
3月31日に恵比寿のリキッドルームで
新レーベル立ち上げイベントにて初ライブを行った。

レゲリーマンお披露目…自腹200万円初ステージ(スポーツ報知)

playlistzero launch out!

若者たちの度肝を抜く奇抜なステージで
「レゲリーマン」が吠えた。
新社会人の入社式にぴったりな
ウンチク満載の「社会人レゲエソング」で吠えた。

吠えすぎで、観客が引いた。

このパワーはどこから来るのか!
今後の動向が楽しみ。

写真は、沖縄休暇中の「レゲリーマン」を
パパラッチした1枚。

CORCOVADO/Tom Jobim


CORCOVADO

Quiet nights and quiet stars
Floating on the silence that surrounds us
Quiet chords from my guitar
Quiet nights and quiet dreams

And the window lookin’ on the mountains and the sea how lovely
Quiet walks by quiet streams

Here with you so close to me
This is where to be
Till the final flicker of life’s ember

I who was lost and lonely
Believing life was a only a bitter tragic joke
Have found with you the meaning of existence oh, my love
This is where to be

Here with you so close to me

Believing life was a only a tragic joke
Till the final flicker of life’s ember

I who was lost and lonely

     ●●●

静かな夜、静かな星空
私が弾くギターの静かな調べが
私たちを包む静寂に流れていく
静かな夢、静かな思索
静かな小川のそばを静かに歩く

部屋の外には山と海がひろがる
なんて素敵な場所なのだろう!

ここぞ、私の探し求めた居場所

命の炎がきらめき尽きる日まで
あなたがそばにいてくれる

昔の私は道に迷い、孤独だった
人生を悲しい悪ふざけと思った
でもあなたのおかげで
生きる意味に私の眼が開かれた

我が愛するひとよ

This is BOSSA NOVA

グレングールドという存在


「グレングールド 27歳の記憶」
の中にこういったシーンがある。

Glenn Gould plays Partita Nr.2
トロントの湖畔の自宅で
パルティータのパッセージを繰り返し練習するグールド。
頭の中で鳴っているイメージに近づけるべく、
いったんはピアノを離れ、音の配列を再確認する。
そして再びピアノに向かう姿に、ボクは心打たれた。

極端に低い椅子に座り、時には足を組んでピアノを弾き、
頭のイメージを呼び出すがごとく、呻り声を上げる彼の演奏は
クラシック界では、かなり評判が悪い。

しかし、ここまでバッハの音楽に心酔し、
純粋にバッハのポリフォニックな音の連なりを再現しようと
パッセージを繰り返す若きグールドの姿を見れば、
そんな誤解も消えることだろう。

1955年に「ゴルトベルク変奏曲」で鮮烈なデビューをし、
1964年には演奏会を引退、以後レコーディング・放送でのみ
自らの音楽観を表現していった孤独な隠遁者、グールド。

1982年の9月25日に50歳の誕生日を迎え、ほどなく脳卒中で倒れ、
10月4日に帰らぬ人となった。

最後までバッハに傾倒し、最晩年にはあの「ゴルトベルク変奏曲」を再録音している。
Glenn Gould plays Goldberg Variations in 1981
Aria Da Capoを演奏し終え、鍵盤から指を離すグールドのしぐさは
まさに「ゴルトベルク」を愛でるように、祈るように、封印するように、見える。
己の葬送曲として、人生に区切りをつけたのではないか…と疑いたくなるような終わり方である。

27歳のグールドと49歳のグールド。

22年の月日が、彼をここまで老いさせてしまった。
老眼鏡をかけ、猫背で鍵盤に向かう姿を見ていると、
生涯をバッハに捧げた「最後のピューリタン」として胸に迫ってくる。

彼の演奏が、ここまで人々の心を揺り動かすのは、
音楽に対する痛いほどまでの純真さがあるから…だと、ボクは思う。

こうやって夜中に「ゴルトベルク」に聴き入っていると、
心の襞がひとつひとつ押し広げられるような…肌を晒すような無垢な気持ちになる。

グールドがいなかったら、バッハの音楽もここまで人の心を動かすこともなく
18世紀の古典音楽として葬られていたことだろう。

だからこそ、Aria Da Capoを弾き終えたあとのグールドのしぐさは、痛い。
自らの役割を終えた人間の、終焉のしぐさに見えるのだ。

人生の閉じ方として、なんと美しいことか。

グレングールド再創造


孤高のピアニスト、グレングールドの貴重な映像を見た。
「グレングールド27歳の記憶」

そして、
Goldberg~Zenph-Re-Performanceを購入した。

これは1955年にGould鮮烈デビューとなった「ゴルトベルク変奏曲」の再創造である。
つまりコンピュータが当時のグールドを解析し、
リズム、強弱、アーティキュレーション、装飾法、ペダリングなどの詳細を
ピアノ自動演奏で録音したものなのだ。

1955年版「ゴルトベルク変奏曲」はモノラル録音だった。

せっかくのグールドもモノラルだと、
右手と左手の絶妙なバランスが聞き分けられず、
その理性的なプレイを堪能しきれなかった。

そんなわけでボクはいつも
1982年版の再録ゴルトベルクを
いつも耳にしていたのだが、

本来のゴルトベルクは
1955年から始まったのだから、
こちらの録音も同じように体感したい…
そんな思いもあった。

だから、この「ピアノ自動演奏」版は
とても興味深く拝聴できた。

まさしくグールドだった。

機械的な演奏…そう言ってしまえばそうなのだが、
「ピアノ自動演奏」とは思えないパッセージが、そこにはあった。

最新の録音技術で、
グールドが演奏中、耳にしていたであろう
左右のバランスでピアノが耳に届く。

グールドを追体験しながら、あのゴルトベルクを聴く。

奮えるような興奮がやってきた。

細部の音圧まで、しっかり耳に届いた。
全体の音の起伏がよりリアルになった。
なによりモノラルの平板さが、奥行きを持って甦ってきた。

1955年版がなぜ、あれほどまで人々を熱狂させたか…
その感動が掴めたような気がした。

無題/浅川マキ



雨かしら
ビルとビルの間に灯る
橙色のかすかな灯りが
窓に映えてる
そろそろ眠ろうかな

スキャンダルめいたものが
黄色のカーテンをひくと
雨で軟らかになった都会が死にかけている
春雨が静かに降っている
女はなぜ傘を閉じたままにしているか
ヴァイオリンのように軋む階段の下で

まだ眠っちゃだめ
あたしより先に

秘密の足取りで忍び込んだ猫
猫、彼は突然そこにいた
坐れば坐り
蹴られば蹴られたままでいる
気の進まぬ天使のように
「ウィンクのように」
未知の言葉を喋りながら
不意にわたしに寄り添うのか
猫の秘密の足取り
残酷なポーノグラフィよ。

降り出した雨
少し強くなったみたい
眠ろうかな
今夜は
そろそろ眠ろうかな

UAライヴ in 東村高江


         Moor/UA

ドアをあけるうしろ姿 貴方の顔が上手く思い出せないよ
揺れる星が花のように 遠い日の夢を唄ってみせるよ

みんなもう気がついてるのに 知らないふりだけ上手で
るり色が灰色に染まる景色には 夢の数がまだ足りないよ

65億の蟻を乗せた 小さな舟が滝から落ちる前に
舟をつなぐ岸をさがす 貴方をつなぐために手を伸ばす

みんなもう気がついているのに 知らないふりだけ上手で
るり色が灰色に燃える景色は 涙の量だけじゃ消せない

もしも貴方が選ぶのなら 私は何も決めないよ
言葉が多すぎて ちゃんと紡げなくても ただ側にいるだけでいいよ

ドアをあけるうしろ姿 君の気持ちを思い出す

       ●

生UAを初めて目にした。しかも至近距離で。
Born to be a singer
そんな言葉がしっくりするほど、その歌声は力強く
聴く者すべてを魅了するパワーがあった。

言霊…とでもいうのだろうか?

メロディと歌詞がしっかり寄り添って
彼女の裡から溢れてくる。
その大きなうねりがそのまま聴く者のカラダを貫き、
剥き出しになった感情をブルブル顫わせるのだ。

そう、UAは唄うシャーマンだった。
カラダ全体でナニモノかに唄わされている…そんなイメージ。

「たとえ真っ暗闇のブラックホールに迷っても
 自分の中にある光のイメージを放出すれば、
 自らが光を発することができる。」

彼女ならではのモノのとらえ方だと思った。
自身が媒介となって、その場の空気を唄にしている。
ものすごい感受性。だから、高江のヘリパッド問題も…

  「生理的にイヤだった」

その一言に説得力がある。

「夢」の反対語は「絶望」…との説明をあげて
唄われたこの「Moor」は、だからこそ、心底染み渡った。

You’re still a young man/TOWER OF POWER


You’re still a young man, baby
Oo oo,
don’t waste your time.

You’re still a young man, baby
Oo oo
don’t waste your time.

Down on my knees
Oh, Heart in hand
I was accused of being too young
But I’m not so young
Can’t you understand
That I think like a man

You’re still a young man
baby Oo oo don’t waste your time.
(Oh No, no Baby)

You’re still a young man baby
(I’m not wastin my time)
Oo oo don’t waste your time.

Back, once again
Oo Oo Just beggin you please
Darlin, think twice,
About me
Cause I’m not so bad
I could make you happy
I’m not a mad man

亀田一家の騒ぎを聞いて
アタマの中で流れてきたのが、
この楽曲。

TOWER OF POWER
1972年の「BUMP CITY」収録。

学生の時にカヴァーした。
最後のトランペットを鳴らすのが
ボクの役目だったのだが、
なかなか上手く吹けなかった。

I was still a young man.

…ということ。

TOWER OF POWER

すてきなあたしの夢/AJICO


すてきなあたしの夢を
少しの間聴いてよ
きれいな海と青空
口唇をおく君の膝と

もしも世界をつなぐ光を
神様の手が隠すのなら
あたしはそうねこの目を裂いて
きっと真っ赤な河を描き
貴方の中に色を見つけよう

去年よりたくさん花が
音楽のように咲いたよ
この夢が本当になって
一体何が変わるのかな

広い世界の小さな朝
確かなものに包まれた日々
こぼれる日差しに言葉は踊り
風が吹くよに抱きしめあえた
そんな居場所は遠い記憶
あたちは此所で笑顔をためす
貴方のない乾いた舗道で

すてきなあたしの夢と
ある日の嘘に気づいたんだ

すてきなあたしの夢を
明日の午後にかなえよう
心が水に溢れて
鏡のように空を写した

もしも世界をつなぐ光を
神様たちが隠すのなら
わたしはそうねこの目を破り
きっと真っ赤な河を探す
広い世界の小さな朝
確かなことに包まれた日々
こぼれる日差しに言葉は歌う
抱き締めあえた
愛の記憶は
何処でとぎれるの

きれいな海と青空
口唇をおく君の膝と

     ●

「ネットやテレビの情報で想像がつく」
世界はそんなにヤワなもんじゃない。
なんのためにジャーナリストが命を張って
最前線で報道を試みるというのだ。

なぜ世界はこんなに不理解に溢れているんだ!?
なぜ毎日何万人の人間が飢餓で苦しんで死んでいくんだ!?
八億人の飢餓

懸命に自分の命を燃焼させていないから、
そのような疑問にも辿り着かないのだろう。

     ●

昔、親しくしていた女性がいた。
彼女は文章がうまく、賞に入選もし、
実際、作家になろうとしていた。

しかし、順風満帆とコトが運ばなかった。

次々と職を変え、そのたびに無理をし、
カラダを壊し、眠れない日々を過ごしていた。

それでも自分の疑問を言葉に綴り、
世界と対峙することで、命を燃焼させていたのだ。

世界を知ることで、自分を知る。

彼女の確固とした信念…
しかし実直ゆえに世間とうまく渡り合うことができず、
…とうとう彼女は、…吐血した。

「上からも下からも血が止まらなかったのよ。」

エジプトからの手紙には、こう綴ってあった。

「だから、とにかく日本を離れたかった。
 日本を離れて、遠いところでぼんやりしたかった。
 ホントは死にたかったのかもしれない。
 でもね、ピラミッドに沈む夕陽を見ていたら、すっきりしたの。
 世界は広い…って。
 たとえ日本で私が受け入れられなかったとしても、
 どこかの街が、私を必要としているかもしれない。
 日本の枠組みがすべてだ…そんな狭い意識に縛られていたのかも。
 夕陽を見て、ひととおり涙を流して…そしたら、スッキリしちゃった。」

ボクは、世界を思う時、
いつも彼女の気持ちを思って、こころを新たにする。

あたしは此所で笑顔をためす。
貴方のない乾いた舗道で。