殯の森


人は死んだらどこにいくのだろう?

ある時ふと…
後ろ姿や、
悪態や、
口癖や、
匂いや、
怒声や、
笑い声なんかが
そのまま甦ってきたりする。

生きてる時だって、
ずっとそばにいたワケじゃない。

でも
辛いとき、楽しいとき、哀しいとき、
いきなり目の前に顕れては、
そっと声をかけてくれたりするんだ。

目に見える世界だけが、現実。

そんな杓子定規な価値観に追われ、
どんどん感覚がにぶってきてるけど、

森に分け入り、ケモノの気配を感じ、
五感を研ぎ澄ます状況に身をさらしてみると、

生と死が1と0のデジタルな境界線で隔てられているのではなく、
連綿と続くアナログな交錯で成り立っていることを思い知らされる。

死。

ボクは死を畏れる。
それは得体の知れないものとして。
それは未知へと続くものとして。
それは自己を超越した世界として。

だからこそ、
死を常に感じていたい。
そう考える。

身近なひとがいなくなる。
それはほんとに尊いことではあるけれど、
生と死のあわいを結ぶ「つな」として、
みずからの立ち位置をふりかえる良い機会なのだ…と思う。

「もがり」…とは、
いなくなったひとを想う時間や場所のこと。

埋葬の時代は、
死者の魂が戻ってくる時間として
しばらく亡きがらを安置していた…という。

メメントモリ。
死を想え。

「もり」は、

生きる意味を気づかせてくれる。

必見。

「殯の森」公式ホームページ

異常性愛記録ハレンチ


1969年、石井輝男の作品。

白羽根に埋め尽くされたベッドルームに
鮮血のごとく赤い液体が飛び散る冒頭、
オープニング映像の新しさもさることながら、

仮面ライダーの悪役、ショッカーのごとく
気を許さない執拗さで、女を求める「深畑さん」がスゴイ。

「愛してるんだから、ボク愛してるんだから」

と、懇願しながらも目は剥き出し、涎が垂れ、
衣服を破り、下着をはぎ取り、舌がカラダを這うシーンは強烈。

そしてそれがエンドレスに繰り返されるのだから、たまらない。
しかも、何度犯されても、無碍に断れない「典子さん」もスゴイ。

異常性愛の果てが、ゲイとの戯れという
当時としてはかなりハレンチな描き方にも脱帽だ。

ゲイバーでのダンスシーンはストロボ映像で、
ストップモーションのゲイと「深畑さん」の醜態が、
光の明滅に紛れてしつこくしつこく流れるのだから、ものすごく、イイ。

場面一転いつの間にか、金髪女のレズシーンになったかと思うと
それを小窓から眺め、ゲイとまぐわう「深畑さん」。

どこまでもハレンチ。究極のハレンチ。

いったいこの映画は、どのように当時扱われていたのだろう。
「成人映画」というジャンルでは括りきれない異常性である。

この映画が成立していた背景が、知りたい。
人間の欲望をここまで醜悪に描いて、
現在でもその映像が残っていることが、ボクはうれしい。

綺麗事だけで世俗を測ろうとする
片輪な視点より、よっぽど正常である。

「異常性愛記録ハレンチ」映画をめぐる怠惰な日常

網走番外地~南国の対決~

  娑婆を娑婆を 追われて網走へ
  はるばるやってきたけれど
  新米新米馬鹿にされ
  俺らの出しゃばる すきがない

  こんな こんな俺らに何故ほれた
  ほれてくれても 幸せに
  やってやれない 北の果て
  早く見つけろ いい奴を

  寒い 塞い季節も通り過ぎ
  やっと芽が出る 顔が出る
  俺らの名前を教えましょ
  その名も 網走ごくつぶし

こちら「網走番外地」の主題歌。
なんと、放送禁止になっているらしい。
その理由が、これ。

「退廃的・虚無的・厭世(えんせい)的言動を、肯定的または魅力的に表現したもの」

世俗に背を向けたような内容は、
青少年に悪影響を及ぼす…との理由だろうか。

しかし、高倉健が演じる「橘真一」は、
見事に筋の通った男だ。

「飲む打つ買う」のやくざな世界にあって、
酒も飲まず、博打もせず、女も買わないストイックな生き様。
曲がったことが嫌いで、間違っていることには、命を張って戦う姿勢。

見ていて、惚れ惚れする。
その自信はどこから来るんだ?

自分自身をしっかり持っていないと
周りの意見とぶつかって、すぐ揺らいでしまう。

しかし、橘は決して言い訳もせず、
自分で自分に問いかけ、成すべき事を成す。

復帰前の沖縄が舞台となっていて、
映像としても大変貴重な作品。

ねじ式/石井輝男


監督 石井輝男

とうとう11月に入ってしまった。
暦に合わせるかのように
沖縄でもいきなり北風が冷たくなってきた。

11月3日から3週間、
桜坂劇場では石井輝男監督の下記作品を上映する。
●ねじ式
●恐怖奇形人間
●異常性愛記録ハレンチ
●網走番外地~南国の対決~
●地獄
●猛獣VS一寸法師

タイトルからして、カルトな雰囲気がバンバンだが、
中身は見事にエログロ映画。

なにしろ石井監督初体験だったので、
浅野忠信主演の「ねじ式」を手始めに見に行く。

特殊メイクアーティストの原口智生さんが
石井輝男監督の映画を語るトークショーをやっていた。
興味深く聞き入る。
⇒劇場フロントでは、原口さんのつくった芸能人の「生首」が展示。
 その精巧なつくりに、ただただ驚くばかり。

つげ義春のマンガを映画化した1998年の作品「ねじ式」。
オープニングがいきなり清川虹子の大きく開かれた口。
どぎついメイクをした虹子を取り囲む舞踏集団。全員はだか。
全体に赤いフィルターがかけられている。
いきなり石井ワールドである。

主演の浅野忠信が初々しい。
つげ義春と石井ワールド。
無秩序の夢物語を再現したような
脈略のない映像世界がつづく。

展開が連想ゲームのようで、
その都度驚かされる。
原作自体がフロイトの「夢判断」的展開だから、
もともと物語を逸脱するところから始まっているので
女性の本能のような映像世界に翻弄されるのみ。

ホント、見ていて
「女性らしい展開だなあ」と思った。

脈絡や体裁を無視した、本能に赴いた
生理的な映像展開なのである。

エロスもグロテスクも手のひらに載せて
それでいて清純な処女を演じる女性のような
大胆で前後を無視した展開は、
まさに夢のまま。

すっかり石井ワールドの虜となってしまいました。

琉球カウボーイよろしくゴザイマス!


純粋に沖縄県産ムービーである。
役者陣もスタッフ陣も監督も、
ほぼ100%うちなーんちゅ。

こんなに地域限定な映画が成立するのは、
やはり島国沖縄だから…だと感激する。

まずもって根っこから違うのだ。
ヤマトとうちなーでは、出所が違うのだ。
…そんな声高に言っても仕方ないのだが、
 ホントに感動してしまった。

エンドロールに出てくる名前が
今、身近にお仕事をしている人たちばかり。
そんな映画、今までなかった。
できることなら、自分の名前も加えたかった。(T_T)

●當間早志監督の「See Me?」

 主演の幸地尚子は、
 7年前から自社管轄の施設で
 アルバイトをしてくれていた。

 「ヒジヒジ」の奈須茂樹さんは、
 沖縄に来て初めてのお仕事で、
 酒造メーカーの新商品キャラクターとして
 出演いただいてからのお付き合い。
 CDデザインもやらせてもらった。
 沖縄に根付かせてくれた恩人とも言える。

 そんなふたりのキャラクターが
 余すことなく出色したステキなショートストーリーだ。
 沖縄のカルチャーを正面切って捉えている監督の目線がすばらしい。

●福永周平監督の「Happy☆Pizza」

 まさに今、一緒になって悪戦苦闘してくれている監督。
 一番ノリに乗ってる彼だから、成立した作品…だと思う。

 全編をアルベルトさんの音楽で演出した潔さに、脱帽。

 最後まで飽きさせない造り。
 とても3日間で撮影したとは思えない完成度。
 だからこそ、その3日間はとても集中されたんだろうな…とアタマが下がる。

 手のつけられない悪徳彼氏役の内田周作君とは、
 最近お仕事をごいっしょさせてもらった。
 クセのある空気感をもった良い役者だ。

●大城直也監督の「マサーおじいの傘」

 ものすごく内容の濃いショートストーリー。
 この完成度は何?と思うぐらいすばらしい。

 大城監督には、要所要所でお世話になっている。
 いっしょに東京までキロロの撮影に行った。
 空撮に合成で、オレンジ色の衣装を着た群衆を動かしたりもした。
 とにかく映像アイディアが豊富な人。
 最近ではこんなTVCMも。
 au沖縄セルラー電話TVCM

 そんな監督が、ご自身の原点である糸満にこだわって
 糸満に伝わる格言「意地のいじらぁ手引き、手のいじらぁ意地引き」を核に、
 実在した「マサー文徳」さんのエピソードを絡めたストーリーは、
 キャスティングの力も加わり、秀逸の仕上がり。

 38分とは思えない時間の流れを感じた。

3本どれも見逃せない沖縄県産ムービー。
ぜひとも足を運んでくだされ。

東京では11月10日からテアトル新宿にて。
写真は「Happy☆Pizza」助監督の與那嶺くん。

琉球カウボーイよろしくゴザイマス!

渡り鳥/Raymond Carver


夏も終わりに近いある日、彼は友だちとテニスをしていた。
ゲームの途中、友だちが彼に言った。
フットワークが重くなったんじゃないか?
サーブにも切れがなくなったし。
「大丈夫か?」友だちが尋ねる。
「最近、健康診断を受けてるか?」
夏だし、気楽に暮らしていた。
でも、そのぼくの友だちは、知り合いの医者に診てもらいに行った。
医者は彼の手をとり、あと三ヶ月もてばいいだろうと言った。

次の日、ぼくは彼と会った。
午後だった。彼はテレビを見ていた。
いつもとかわらない様子だった。
けれども、何というか、どこか違っていた。
彼は、テレビを見て何かに動揺し、ボリュームを少し下げた。
それでもまだじっと坐ってはいられずに、
部屋の中をぐるぐると歩き回っていた。
「季節によって住む場所を変える動物もいるんだって。」
それで説明がつくだろうとでもいう具合に、彼はそう言った。
ぼくは彼の肩に腕を回し、抱きしめた。
でも、いつもほど力強くはしなかった。
ひょっとして、二人のうちのどちらかが、いや、両方が、
こわれてしまうのではないかと思ったから。
その時、一瞬ばかげた恥ずべき考えが浮かんだ。

こいつの病気がうつらないかな。

ぼくが、灰皿を貸してくれと言うと、
彼は喜んで、いそいそと家じゅうを探し回った。
ぼくたちはしゃべらなかった。その時は。
二人で一緒にその番組を見た。
トナカイ、シロクマ、魚、水鳥、チョウチョ、いろいろ出てきた。
中には、大陸から別の大陸へ、
ある海から別の海へ渡る動物もいた。
でも、テレビにはあまり集中できなかった。
ぼくの友だちは、覚えている限りでは、ずっと立っていた。

気分でも悪いのだろうか?気分が悪いのではない。
彼はただ、じっとしていられないだけだ。
彼の目に何かを訴えたそうな色が浮かんでは消えた。
「いったい何なんだ、この番組は?」
だが、ぼくの答えを待たず、再び歩きまわる。
ぼくがぎこちなく彼のあとについて、部屋から部屋へと歩いた。
その間、彼は天気のこと、仕事のこと、別れた妻のこと、
子どもたちのことをしゃべった。
もうすぐあいつらにも話さなきゃ…あのことを。
「おれ、本当に死ぬのかな?」

その最悪の日のことで、一番よく覚えているのは、
彼の落ち着きのなさと、ぼくがこわごわ彼を抱きしめたこと…
「やあ」と「さよなら」
ぼくを見送りに玄関に出る時まで
彼は終始動き回っていた。

彼はドアを少し開け、外がまだ明るいのを見て、
びっくり仰天したかのように、うしろにさがった。
車寄せのところに細長く生垣の影が落ちている。
ガレージの影が芝生に落ちている。
彼は車のところまでついてきた。二人の肩がぶつかった。
ぼくたちは握手をかわし、ぼくはもう一度彼を抱いた。そっと。
彼は家へ戻り、急いで中へ入るとドアをしめた。
家の向こうから彼の顔がのぞいた。そして、消えた。

またうろうろ動き回るのだろう。
昼も夜も、休むことなく、全身を動かして、
爆発寸前の細胞を一つ残らず動かして、旅を続ける。
彼だけが知っている目的地をめざして。
そこは、冷たくて凍てついた北極のどこか。
ここまでくればいいだろうと彼が思えるところ。
そこでいい。
そこで横になる。疲れたから。

妹へおくる手紙/山之口貘


なんといふ妹なんだらう
ーー兄さんはきつと成功なさると信じています。とか
ーー兄さんはいま東京のどこにいるのでせう。とか
ひとづてによこしたその音信のなかに
妹の眼をかんじながら
僕もまた、六・七年振りに手紙を書かうとはするのです
この兄さんは
成功しようかどうしようか結婚でもしたいと思ふのです
そんなことは書けないのです
東京にいて兄さんは犬のやうにものほしげな顔しています
そんなことも書けないのです
兄さんは、住所不定なのです
とはますます書けないのです
如実的な一切を書けなくなって
とひつめられているかのやうに身動きも出来なくなつてしまひ
満身の力をこめてやつとのおもひで書いたのです
ミナゲンキカ
と、書いたのです。

「教科書検定意見撤回を求める県民大会」


国会議員共同声明へ「撤回が県民総意」

沖縄戦「集団自決」への日本軍の強制などの記述を削除・修正した教科書検定意見について
今沖縄県では、9月29日の県民大会に向けて大きなうねりをみせているが、

沖縄が生んだ「精神の詩人」山之口貘さんを、
娘の山之口泉さんが追想した文章に胸を打たれたので、
そのまま抜粋したいと思う。

     ●

父は確かに沖縄県に生まれたのだが、
私が育つ頃、沖縄は、ただのオキナワであった。
私が学校で社会科の時間に習った一都一道二府四十二県の中に、
沖縄は、含まれていなかったのである。
まるで外国便のようにして沖縄から届く航空便の差出人の住所は、
なるほど、如何にも不安定で、宙ぶらりんの沖縄そのままの姿をさらしているように見えた。

が、父は、自分が沖縄に便りをする時、全く素知らぬ顔で、
沖縄県…と、宛先を書き出すのだ。
そう書くことが、まるで何かになるように。
だから私も、未だ存命だった祖父母に年賀状を書く時に、見よう見まねで、
たどたどしく、おきなわけんやえやまぐん…と宛名書きをしたのである。
そんな県などどこにもないと、学校の授業では教えられながら。

(中略)

父の死後、八年たって、オキナワは、沖縄県に戻った。
私の子供たちは、皆、沖縄を沖縄県と呼ぶのを当たり前のこととして育っていく。
沖縄が、日本の県ではなく、さりとて、アメリカの州なんかでもなかった、
あの空白の時間を、彼らは知らない。そして、それに先立つ戦争を。
それらをいやというほど知り尽くしている人々の数は、次第次第に減っている。
父の友人達の多くは、すでに旅立ってしまった。
今にすっかりいなくなってしまうだろう。

新聞やテレビやラジオは、何食わぬ風に沖縄を沖縄県と呼んでいる。
今となっては、父のあのやり場のない憤りも悲しみも、世界の片隅にそんなものがあったことさえ、
誰も気づきはしない。全ては包まれ押しやられ、
やがて新しい時代の波がそれらをすっぽり呑みつくしてしまうに違いない。
まるで、一匹のねずみのように。

けれど、少なくと今は未だ、私は忘れることができないでいる。
母国のない宙ぶらりんの沖縄に向かって、故郷を失くした宙ぶらりんの父が頑なに書き続けた、
沖縄県の県の字を。「沖縄は日本だ」と、死ぬまで繰り返し続けた、
断固たる沖縄訛りの声音と共に。

    ●

戦後35年。沖縄県としてはまだそれだけの歳月しか経っていない事実。
たかが35年で風化させてしまえるのか、戦争の事実を。
ここはしっかりと国を相手に戦うしかない。

会話/山之口貘


お国は?と女が言った。
さて、僕の国はどこなんだか、とにかく僕は煙草に火をつけるんだが、
刺青と蛇皮線などの連想を染めて、
図案のような風俗をしているあの僕の国か!
ずっとむかふ

ずっとむかふとは?と女が言った。
それはずっとむかふ、日本列島の南端の一寸手前なんだが、
頭上に豚をのせる女がいるとか素足で歩くとかいふような、
憂鬱な方角を習慣しているあの僕の国か!
南方

南方とは?と女が言った。
南方は南方、濃藍の海に住んでいるあの常夏の地帯、
竜舌蘭と梯梧と阿旦とパパイヤなどの植物たちが、
白い季節を被って寄り添ふているんだが、
あれは日本人ではないとか日本語は通じるかなどと
談し合ひしながら、世間との既成概念達が気流するあの僕の国か!
亜熱帯

アネッツタイ!と女が言った
亜熱帯なんだが、僕の女よ、目の前に見える亜熱帯が見えないのか!
この僕のように、日本語の通じる日本人たちが、すなわち亜熱帯に生まれた僕らなんだと
僕はおもふんだが、酋長だの土人だの唐手だの泡盛だのの同義語でも眺めるかのように、
世間の偏見達が眺めるあの僕の国か!
赤道直下のあの近所

ヒロシマ/ナガサキ


今も生きている被爆者14人の生の証言と
エノラ・ゲイに関わったアメリカ人4人の証言と。

1945年8月6日と9日に現実に起こってしまった悲劇。

それは過去の出来事ではなく、
今もそのただ中で生きている人がいる。

カラダに深く刻まれた、原爆の生々しい傷をカメラの前に晒しながら、
昨日の記憶のように、切々と語る被爆者の声を
決して忘れてはならない…と、あらためて思った。

爆風440mと摂氏5000度の煉獄は、
人間が作り出した現実だ。

たった62年前、奢った人間が起こしてしまった現実だ。

そのために21万人が、一瞬にして消滅した。

奇跡的に死を逃れた人たちも
それから62年間、その記憶をカラダに背負って
…生きている。

人間と人間が対峙し、争われる戦争。
そのもっとも醜悪な出来事である、ヒロシマ/ナガサキを
被爆国ニッポンは、永代まで語り続けなければならない。
その使命がある…ことを、この映画は語っている。

ヒロシマ/ナガサキ