
夏も終わりに近いある日、彼は友だちとテニスをしていた。
ゲームの途中、友だちが彼に言った。
フットワークが重くなったんじゃないか?
サーブにも切れがなくなったし。
「大丈夫か?」友だちが尋ねる。
「最近、健康診断を受けてるか?」
夏だし、気楽に暮らしていた。
でも、そのぼくの友だちは、知り合いの医者に診てもらいに行った。
医者は彼の手をとり、あと三ヶ月もてばいいだろうと言った。
次の日、ぼくは彼と会った。
午後だった。彼はテレビを見ていた。
いつもとかわらない様子だった。
けれども、何というか、どこか違っていた。
彼は、テレビを見て何かに動揺し、ボリュームを少し下げた。
それでもまだじっと坐ってはいられずに、
部屋の中をぐるぐると歩き回っていた。
「季節によって住む場所を変える動物もいるんだって。」
それで説明がつくだろうとでもいう具合に、彼はそう言った。
ぼくは彼の肩に腕を回し、抱きしめた。
でも、いつもほど力強くはしなかった。
ひょっとして、二人のうちのどちらかが、いや、両方が、
こわれてしまうのではないかと思ったから。
その時、一瞬ばかげた恥ずべき考えが浮かんだ。
こいつの病気がうつらないかな。
ぼくが、灰皿を貸してくれと言うと、
彼は喜んで、いそいそと家じゅうを探し回った。
ぼくたちはしゃべらなかった。その時は。
二人で一緒にその番組を見た。
トナカイ、シロクマ、魚、水鳥、チョウチョ、いろいろ出てきた。
中には、大陸から別の大陸へ、
ある海から別の海へ渡る動物もいた。
でも、テレビにはあまり集中できなかった。
ぼくの友だちは、覚えている限りでは、ずっと立っていた。
気分でも悪いのだろうか?気分が悪いのではない。
彼はただ、じっとしていられないだけだ。
彼の目に何かを訴えたそうな色が浮かんでは消えた。
「いったい何なんだ、この番組は?」
だが、ぼくの答えを待たず、再び歩きまわる。
ぼくがぎこちなく彼のあとについて、部屋から部屋へと歩いた。
その間、彼は天気のこと、仕事のこと、別れた妻のこと、
子どもたちのことをしゃべった。
もうすぐあいつらにも話さなきゃ…あのことを。
「おれ、本当に死ぬのかな?」
その最悪の日のことで、一番よく覚えているのは、
彼の落ち着きのなさと、ぼくがこわごわ彼を抱きしめたこと…
「やあ」と「さよなら」
ぼくを見送りに玄関に出る時まで
彼は終始動き回っていた。
彼はドアを少し開け、外がまだ明るいのを見て、
びっくり仰天したかのように、うしろにさがった。
車寄せのところに細長く生垣の影が落ちている。
ガレージの影が芝生に落ちている。
彼は車のところまでついてきた。二人の肩がぶつかった。
ぼくたちは握手をかわし、ぼくはもう一度彼を抱いた。そっと。
彼は家へ戻り、急いで中へ入るとドアをしめた。
家の向こうから彼の顔がのぞいた。そして、消えた。
またうろうろ動き回るのだろう。
昼も夜も、休むことなく、全身を動かして、
爆発寸前の細胞を一つ残らず動かして、旅を続ける。
彼だけが知っている目的地をめざして。
そこは、冷たくて凍てついた北極のどこか。
ここまでくればいいだろうと彼が思えるところ。
そこでいい。
そこで横になる。疲れたから。