新幹線で宇都宮へ


沖縄から東京、そして宇都宮へ…。
空港から新幹線へと乗り継いでの出張はめずらしい。

仕事で新幹線に乗るのも、10年ぶりか。

東京、上野、大宮、宇都宮…。
車窓は街中から冬の色あせた風景へ。

宇都宮はかつて、ぬいぐるみ工場が多くあったという。
今では、需要が中国に流れ、職人さんも老いてしまい、
ひと頃の活気もなくなってしまった。

そんなかつてのぬいぐるみ工場に足を運び、
オーダーした着ぐるみの進捗を確認するのが、今回の仕事。

憂国忌


今日11月25日は三島由紀夫の命日…憂国忌である。
しかも、生きていれば80歳…という節目の年。
奇しくも行定勲監督が「春の雪」を映画化され、
改憲論争で自衛隊の存在が取り沙汰されることもあって、
三島由紀夫が没後35年を経て、再び注目されている。

ボクと三島の出会いは24年前、中学1年の時になる。

大阪の男子校に通うこととなり、
徒歩通学から電車通学へと生活圏が一挙に広まり、
それまでの情報量からは想像だにせぬ情報の殴打に遭遇し、
無垢な精神が、翳りを持ち始めた頃…。

同級のインテリ徳川君が下校の道すがら、「三島由紀夫」を口にした。
…ショッピングモール内の書店に立ち寄った時であった。

「三島由紀夫って生まれた時の記憶があったんだって。」

「彼は昭和元年に生まれて45年に死ぬまで、すべてを自分の意志で決めたんだ。」

「つまり、自分の人生を意識的に生き抜いた人だったんだよ。」

徳川君の言っていることが、当時のボクにはまったく理解できなかった。
ただただ同級の彼が発する「意識的」という言葉に戸惑い、「三島由紀夫」に戸惑った。

その時、書店で導かれるまま眼にした「三島由紀夫」の朱色の背表紙と
大胆なレイアウトの新潮文庫に、言いしれぬ興奮を覚えたのを、今でも覚えている。

とにかく、ボクはその時「知的興奮」に目覚めたのだった。

神楽坂本多横丁


気を取り直して、神楽坂へ。
飯田橋から坂を上がる。

天気のせいもあって
人々で賑わっている。

和服姿で昼食をとる女性達。
老舗の軒先に並んで、席の順を待つ夫婦。
江戸情緒を堪能すべく、料亭を訪ねる外人家族。

ふと思って、横丁に曲がってみる。

賑わいは遠のき、往来の人はまばらになる。
静かな佇まいに…逆光の演出。

…記憶のフラッシュバックに襲われた。

マクドナルド永田町店


土曜の朝に、国会議事堂に向かう。
やはり国の機関だけあって、ガードが厳しい。

腹ごしらえをしてから挑むことにする。
マクドナルド永田町店で朝マック。

差し込む朝日が、店内を温める。
タバコの匂いが足下から這い上がってくる。
穢れた空気の対流。ファーストフードの味。

警棒を持って交差点に立つ警官が
あちこちに居るのが見える。

……。

すでに撮る気を失った自分がいた。

身体的に撮るということ


土曜の夜に、ライブを観た。
女性ボーカルがアコースティックギターをバックに唄う。
150名ほどの聴衆が静かに見守る中、カラダ全体を共鳴させて
身体的な詩をメロディに乗せて、唄っていた。

見事に聴き惚れてしまった。

2オクターブの音域を巧みに揺らし、
時には強く、時にはささやくように
カラダが反応するまま、声を剥き出しにしていた。

音楽は、やはり身体の叫びだ。

写真はどうだろう?

身体の赴くまま、感覚的に対象を捉えているのだろうか?
そして、その感情が、そのまま剥き出しに定着しているのだろうか?
写真を撮るということも、音楽と同じく
生理に真っ向反応して、しかるべきなのだ。

身体的に撮ろうと、思った。

「あぼっけ」という名のギャラリー


ちょうど10日前に、水戸のはずれにある
木葉下(あぼっけ)と呼ばれる地名のギャラリーに赴いた。

沖縄との温度差15度。日本の四季を体感する。

友人山田圭一の作品を夕景、朝焼けの中で撮影する。
このギャラリーのある浅房山は、産業廃棄物のゴミ溜めとなっている。
山田はそれらの廃棄物を女子高生の巨大なケータイストラップに見立て、
入山口に吊していた。

ゴールドにペイントされ夕日に輝く廃棄物。
その美しさが人間の偽善を見事に表現していた。

展覧会の情報はこちら。会期はすでに終了している。
http://www.ne.jp/asahi/yosshi/kazu/beyond.html

タクシーの運転技術


初めてマニラ内をタクシーで移動した。
その運転技術には感服した。
すざまじいデッドヒートで右に左に車線変更。
クラクションをけたたましく鳴らしながら、
行き交う人々を蹴散らすように、タクシーは行く。

渋滞に巻き込まれると、こじ開けるように
ハンドルを切り、クルマを入れ込む運転手。

命を張った運転に、ひたすら踏ん張って応えた。

Makati高層ビル群


バラッグ街から一転、高層ビル群。
緑地も多く、建物もスマートだ。

これだけの高層ビル群を建設できる技術力が
備わっているのか…と、改めてフィリピンを思う。

Marateでは器用にはしごを使って
壁づたいに移動するペンキ屋さんを
恐々と眺めていたのだが…。

地震の恐怖はあるのだろうか?

このgapがフィリピン


ここはMakatiといって、マニラ市内の高層ビル地帯。
グリーンベルトという緑地の多いショッピングモールの一コマ。
Malateの路上で寝ていた子供たちとは明らかに違う境遇。

つぶらな瞳は同じ輝き。

噴水の動きに目を奪われていた。

篭屋も眠る


クルマ社会のマニラにあって、
その移動手段は実にさまざま。
もちろん、自転車、バイクは縦横無尽なんだけど、
こういった現代版篭屋みたいなサイドカーも
とっても活躍している。
女子高生やOLが通学出勤に使っているシーンを
よく見かけた。