BROOCH


昨日、本屋でステキな絵本に出会った。

内田也哉子さんの詩と、渡邉良重さんの絵が
半透過の紙に綴られたリトルモアの本。

「BROOCH」

その中の一節。

(前略)

それから
青い空を
青く憶った

外の世界を見ることは

内なる自分に 耳を澄ますことに似てるはず

なのに 気づくと

見失ってしまうこともしばしば

現在地さえも
わからなくなる

たった今 踏み出した一歩

ここまで連なる幾千の足あと

後ずさりしても
スキップしても
たとえそこに立ち止まったとしても

途切れることのない あゆみに

放心する

(後略)

…途切れることのない あゆみ。

どきりとした。

すべてはつながっている。

日々の営みが、その先につながっている。

しかと、生きていこう。

…そう、思った。

「まっさ~じ~、まっさ~じ~」


ホワイトビーチで驚いたのが
この写真にあるような女性のマッサージ師が
ビーチでマッサージをしていること。

「まっさ~じ~、まっさ~じ~」
語尾の上がった独特の言い回しで
誰彼かまわず、声をかけている。

100ペソという安価な値段で
全身にオイルを塗って、意外と隅々まで
「まっさ~じ~」してくれるようだ。

夕方、大柄な白人が砂浜に寝そべって
上から下まで揉みくちゃにされていた。

シルエットが巨大な白いアザラシを連想させる。

飼育係のおばちゃんが、アザラシの背中を揉んでいる感じ。
意に介せず、イビキすらかいているアザラシ。
言われるままにお腹を出して、ブヘ~と気持ちよくなっている。
デッキブラシを用意すべきだったか。

…んん。

これで100ペソなら、悪くないか。
シシカバブを取るか、「まっさ~じ~」を取るか、
「まっさ~じ~」は次回試してみたい。

煙が目に染みる


夕方も5時頃。
ホワイトビーチ沿いのレストランが
一斉にシシカバブ(串焼き)を始めた。
木炭を使った本格的なBBQだ。

肉のあぶらで白い煙がモウモウと立ちこめる。
斜光が煙に遮られ、あたりがホワイトアウト。

ビーチ全体、真っ白になってしまった。

シシカバブの値段はだいたい100ペソ以下。
日本円で200円ほどで、あぶらジュウジュウ、
焦げ味最高の肉にありつける。

日没から海に入る


日本全体が寒波に襲われ、
雪の事故が各地でおこって大変だった時、

ボク達はミンドロ島のホワイトビーチで、
海水浴を楽しんでいた。

…地球は広い。

沖縄から2時間でマニラに到着。
そこからさらに南下しているとはいえ、
この気候の違いには、驚かされる。

ダイビングスポットとして
はるばるヨーロッパから大勢の白人が
バカンスに来る場所だけあって、
海の透明度はバツグン…と思って潜ってみたら
海岸付近は、意外に濁っていた。

たなびく雲の燃えるような夕焼けを
ビーチにしゃがみこみ、ぼーっと眺める。

現地の子供たちが、海水浴を楽しんでいる。

フィリピン人も沖縄と同じく、日没から海に入る。

海岸線からの面光に浮かぶシルエット。
さざ波のフォルムもすべからく細部まで描写されている。

暮れる青紫の空が海に反射して、絶妙なハーモニーだ。
シンフォニックな情景が眼前に広がった。

…壮大な眺めだ。

露出も構わず、シャッターを切った。

サバニ乗り合い船


バタンガスからホワイトビーチまでの2時間、
バンカーボートと呼ばれる両舷に支えのついた舟で航海する。

幌はついているものの、両脇から波しぶきが
ビシャー、ビシャーと入ってくるから、たまらない。

波のうねりを直に受けるから、
乗り心地も最高に悪い。

おまけに2時間の長旅…。

まわりは異国の人ばかり。
この時は韓国人のツアー客が
ドドドドっと乗り込んできたので
飛び交う言葉はハングル語。

モーターの爆音と波しぶきで聴覚が完全に奪われて、
うねりで平衡感覚も危うい状態だから、
いつ吐いてもおかしくないな…と思っていたら、
突然、前方の中国人がゲエイゲエイやり始めた。

…おお。

視界をよそへ移して
平静を装う。

すると、右側に座っていたイスラム系の男の子も
…ゲエイゲエエイ。…なんと鮮やかなピンクの吐瀉物。
…何を食べたら、そんな色になるんだ…。

…うっ、おおっ。

これは効いた。胸倉を回遊する吐き気に襲われる。
…上空を仰ぐ。目をつぶってはいけない。一挙にうねりと同化してしまう。

…と、左を見ると、妻が顔面蒼白になっている。
言わんこっちゃない。…すぐさまビニール袋を口元に。
…ゲエイゲエエイ。背中をさすりながら、楽になることを願う。

…。

その後、うねりは収まり、
なんとか航海は乗り切った。

港に上がって感じるコンクリートの堅さが、うれしかった。

…なんだかんだ言っても、これも旅の醍醐味。

Puerto GalelaのWhite Beach


マニラから乗り合いバスに揺られて2時間、
Batangasというルソン島南端の港から
さらに乗り合い船(?)に文字通り揺られて2時間。

ミンドロ島のプエルトガレラという
ダイビングでは超がつくほど有名なエリアの
ホワイトビーチに辿り着いた。

北も南も西も東も
まったくアタマに指針のない状況で
とにかく言われるがまま、バスに乗り込み
ひたすら走り続け、着いたら着いたで
あらゆる種類の勧誘も無視して通り抜け、
バタンガスという物騒な名前の港で
これまた不安定なデカいサバニに乗り込み、
波の揺れをモロに受け、アタマの中がゆしどうふ状態。

意識朦朧の状態で降り立ったビーチがここ、ホワイトビーチ。

白浜に隣接するさまざまな種類のホテルから
自分のふところと好みに属したホテルを選び出し、
落ち着いたのが、午後の3時。朝の8時からの長旅だった。

…フィリピン版サバニの揺れで
軟化した脳みそをゆるやかに硬化しながら
ホワイトビーチを散策してみると
…これが、意外といいところ。

海の透明度も申し分なく、ビーチの賑わいも
ほどよい感じ。何より、ゆっくりとした雰囲気が、
あのマニラの喧噪とは対照的だ。

もちろん、相変わらずの勧誘の応酬だけれども
子供たちの目に悲壮感はなく、
どこまでも豊かな島の効能に自らを預けている。

フィリピンのイメージが
すっかり変わってしまった。

Malingayang Pasko at Manigong Bagong Taon


クリスマスから新年にかけて、
フィリピンのマニラで過ごした。

タイトルは現地のタガログ語で
「メリークリスマス&ハッピーニューイヤー」の意。

写真は1日(元旦)の夕方。
マニラベイと呼ばれる海岸沿いでのひとときだ。

これからNew Year Festが開かれる。
フィリピンは夜になってから、盛り上がる。

年末年始のマニラとプエルトガレラの写真を
これからupしていこうと思う。

新年はフィリピンで始まった。

オーギー・レンのChristmas Story


映画「SMOKE」の題材になった
Paul Austerの新聞小説。

シガーショップのオヤジ、オーギーが
毎朝7時、同じ場所で12年間撮り続けた記録写真を
作家のポールに見せるシーン。

同じ交差点の同じアングルの写真が
1月1日から12月31日まで几帳面に
1冊のアルバムに収められていて、
どう解釈すればいいのか、困っているポールに向かって
オーギーは言う。

オーギー「ゆっくり見なきゃダメだ。」
ポール 「どうして?」
オーギー「ちゃんと見ていないだろ?」
ポール 「でも皆同じだ。」
オーギー「同じようで一枚一枚全部違う。よく晴れた朝、曇った朝。
     夏の日差し、秋の日差し。ウィーク・デー、週末。
     厚いコートの季節、Tシャツと短パンの季節。同じ顔、違った顔。      
     新しい顔が常連になり、古い顔が消えてく。地球は太陽を回り、
     太陽光線は毎日違う角度で差す。」
ポール 「ゆっくり見る?」
オーギー「おれはそれを勧めるね。明日、明日、明日。時は同じペースで流れる。」

…。

写真は一瞬をとらえる。
しかし、時間は連綿と流れている。
そこに現実と写真の乖離が生じてくる。

無責任に切り取られた写真は
その一瞬を永遠に封じ込めるからだ。

そこに写真の暴力性がある。

それが写真の魅力ともなるのだが、
オーギーはその暴力性を償うかのように、
一瞬一瞬を積み重ねて記録する。

自分の人生を封じ込めてしまうかのように…だ。

クリスマスの夜、人は自分の一生に神秘を感じたいと思う。
キリストになぞり、その享けた生を神格化したいと願う。

しかし、その神秘は一瞬一瞬に輝いているのだ…
ということをこの小説は語っているように思う。

毎日の積み重ねの中に、それは宿っていると。

写真はそのことを伝える手段として、在る。

⇒添付の写真は、ManilaのMakati、トライアングルパークのクリスマスツリー。

オキナワ的音楽の宴会


12月18日、宴会と称したライブを演った。

実は結成7年というスカバンドska69。
仙台出身のリーダーが店の常連を中心に声をかけ
結成した、オキナワ的ゆるゆるなバンドである。

寒気の影響でオキナワも例年を下回る気温14度。
寒さに震え上がったのか、客足もまばらな会場「四月の水」。

演奏スタートを延ばすべきか迷う程の客数の中で
繰り広げられたゆるゆるskaは、思いの外しっとりと閑散な空気に馴染み、
ゆるやかなテンションが、ゆるやかなグルーヴとなり、
攪拌されたリズムの波がほどよいアドリブを産み、
「イイカンジ」に場が盛り上がって、第1部を終了。

屈託もなく第1部、第2部と演奏時間を分けるあたりが
このライブバンドの図太さであり、凄さでもあるのだが、

第2部は、いきなりmistyのJAZZYな雰囲気を
guitarとsaxだけで演ってしまうフットワークはすばらしい。

その後は怒濤のskaタイム。

客席総立ち…とは行かぬまでも
グルーヴの波がシンクロして見事な大団円となった。

オキナワ的ゆるさが、見事なベクトルとなって
カタチになっている希有なバンドだ…と実感。
そこには、オキナワ的音楽を愉しめる客側の余裕も大きく影響している。

音楽の島オキナワの土壌がなせるワザだと感入った夜だった。

溝口真一写真展


ここで友人の写真展のご紹介。

◆溝口真一写真展【自画像】
 at galley art SPICA
1219[mon]-1230[fri]

〒107-0062 東京都港区南青山4-6-5
tel 03-5414-2264 / fax 03-5414-2265

http://www.spica.cc/art/index.html

溝口くんとは、彼がドイツから帰ってきた2001年に
ボクの友人と沖縄に来て、知り合った。

8年間のドイツにおける
アカデミックな写真教育を経て、
とてつもないスケールの写真を撮る男だ。

今回の展覧会は
ボクが無理を言って
会期前に見せてもらった。

179人の溝口くんの周りにいる人物のポートレイト。

名刺サイズに丁寧な階調で焼かれたモノクロ写真を
厚めの板に貼り付け、一列に並べて展示。

展示会場はなかなかなものである。

写真を手にとって、モノとして体感してほしい。
そんな彼のアプローチがカタチになった。

とてつもないスケールの写真と手のひらサイズの写真。
身体感覚を揺るがしながら、写真とはなんぞや?と
問いかけ格闘している溝口くんの姿勢に感服。