
散歩の途中で見かけた犬。
とても困った顔をしていた。
少しずつ近づくと、少しずつ退いた。
いつまでも困った顔で、こちらを伺っている。
そのウルウルした目がたまらなく、
ますます「いぢわる」したくなる。
…と思ったら、サッと隠れてしまった。
竹野に住まう舞台写真家の地域自治。

散歩の途中で見かけた犬。
とても困った顔をしていた。
少しずつ近づくと、少しずつ退いた。
いつまでも困った顔で、こちらを伺っている。
そのウルウルした目がたまらなく、
ますます「いぢわる」したくなる。
…と思ったら、サッと隠れてしまった。

先週の梅雨明け以来、オキナワはうだるような暑さ。
週末も陽の陰る気配なく、サンサンと光が降り注いだ。
日傘をしていても、臨界点を超える量の光があふれている。
もしかして、オゾンの穴が拡大したか?
これだけの光線を浴びても、人間は大丈夫なのか?
常に露出オーバーな視界がつづく。

すごい有り様だ。
白昼の事故とは思えない大破っぷりじゃないか。
…居眠りをしてたのか、
…結婚式で酔っぱらったのか、
…はたまたネコを避け損なったのか。
エアバックの萎んだ様が、
この事故の居たたまれなさを物語っていた。

地球を乗り物にたとえた「宇宙船地球号」といった表現は、
環境問題が浮上した1970年頃に生まれた言葉だ。
地球号を大きな列車と考えると、話はさらにわかりやすい。
わたしたちは、誕生とともにその列車に乗り込み、逝去とともに列車を降りる。
いつともなしに列車に乗り合わせ、行く先も知らされず、やがて席を立つ。
乗客の年齢はさまざま。老若男女入り乱れ、乗り降りも頻繁だ。
各車両には国名が刻まれ、それぞれの車窓からはその国の風情を味わうことが出来る。
車両間はもちろん行き来可能で、文化の違いを楽しむバックパッカーが往来する。
座席は2人掛けだから、偶然乗り合わせた相手と意気投合することもあるし、
仲違いして気分の悪い長旅になることもしばしば。同席お断りなんて輩もいる。
ぼくたちはそんな「宇宙船地球号」に乗り合わせた乗客(パッセンジャー)なんだ…と、
イメージを膨らませたのには、訳があった。
●
日曜日に「週間人物ライブ スタ☆メン」を見た。
そこで紹介された「末期ガンを宣告されたIT社長」の「生きよう」に衝撃を受けたのだ。
藤田憲一、35歳。株式会社NCI社長。2006年1月に余命3ヶ月の宣告を受ける。
以下は藤田さんのblogからの引用だ。
2005年のクリスマス前、私は事業部長を務めていたポータルサイト運営会社事業部を分社化しました。
初月度から黒字も達成し、絶頂だった頃、私は余命宣告を受けました。分社化から1ヵ月のことでした。
それから、出口の見えない絶望が続きました。
「いつ死んでしまうかわからない状態では、何をやっても成し遂げられる保証がない。
それでは、何をやっても意味ないじゃないか。」
そういう思いを拭えませんでした。
しかし、数日、絶望を彷徨った後、強いパワーが沸いてきました。
その源泉は2つの思いでした。
・ 「今の医療が直せない病気なら、てめえの病気はてめえで治してやろうじゃねーか。」
・ 「例え病気は治せなくて死んでしまったとしても、そのことで意味があるものを残せるはずだ。」
今日6月28日現在、彼は自身のblogを更新している。
余命期限の3ヶ月はすでに過ぎているというのにだ。
この「生きよう」を突き動かしているパワーはなんだろう?
それはまさに「生き続けようとすることで、意味があるものを残せる」とした彼の意思だ。
彼自身の痕跡を「生きる」ことで刻もうとする、強い意志…
それは転じて「生きる」ことの尊さを体現しようとする姿勢だと考える。
彼は戦っている。1分1秒を戦っている。
彼の書くblogに「毎日が最後の晩餐」というサブタイトルがある。
彼の大腸がガンに侵蝕されていて、いつ食事が取れなくなるかわからないと医師に宣告されているからだという。
毎食毎食が「一食入魂!」毎日が最後の晩餐のつもりで食事に挑んでいると。
●
「宇宙船地球号」の思想はガイアの思想である。
地球はひとつの生命「One Life」と捉える考え方だ。
だから、地球はすべての事象を記憶している。
地球上で生滅するすべての生命体の「生きよう」を記憶し、刻んでいるのだ。
この世のパッセンジャーとして「藤田憲一」氏は、駅へ降り立つその瞬間まで
しっかりと自分の「生きよう」を刻もうと、誠実に生きている。
その潔さがこのボクに深く刻まれたことを記録したい…
そう思った。

そのAnn Sallyが発起人として立ち上がったチャリティプロジェクトが【Bound to Glory】。
2005年8月にニューオリンズを襲ったハリケーン「カトリーナ」の被災に対してなんらかの力になれば…と、
ニューオリンズに関わりの深い日本のアーティストがスタンダードを録音し【itune】限定で配信、
その収益をニューオリンズのアーティストに向けて寄付する…という運動である。
そのスタンダードが、なんともすばらしい。
ニューオリンズでは、人生の幕切れもブラスバンドと行進で豊かに彩る「セカンドライン」と
呼ばれる音楽があるが、このJUST A CLOSER WALK WITH THEEはまさにその代表曲。
●
JUST A CLOSER WALK WITH THEE
GRAND IS JESUS, IF YOU PLEASE
THERE WE WALKIN’, CLOSE TO JESUS
LET IT BE, OH LORD, LET IT BE
I AM WEAK, BUT NOW I’M STRONG
JESUS KEEP ME, FROM ALL WRONG
I’LL BE SATISFIED AS LONG
AS I WALK, LET ME WALK,
CLOSE TO JESUS
●
God rest his soul(神は彼の命を休ませた=安らかに眠れ)
…ではないが、神を主語とした表現で歩くことで神に近づく…と歌っている。
まさにセカンドラインな一曲。
スネアのロールからブラスの哀しいフレーズが大仰に展開し、
スローなリズムの中、神への賛美が朗々と歌い上げられる…。
と、ふたたびスネアがフィルイン、セカンドラインのリズムが刻まれ、
一転してニューオリンズの温かい陽気な雰囲気に死者が包まれていくのだ!
人生の最期を飾るに、最高の楽曲だとボクは思う。
Bound for Glory

今日、ステキな音楽に出会った。
Ann Sallyが歌う「胸の振子」だ。
●
作詞:サトウハチロー 作曲:服部良一
柳につばめは あなたにわたし
胸の振子が鳴る鳴る
朝から今日も
何も言わずに 二人きりで
空を眺めりゃ なにか燃えて
柳につばめは あなたにわたし
胸の振子が鳴る鳴る
朝から今日も
煙草のけむりも もつれるおもい
胸の振子がつぶやく
やさしきその名
君のあかるい 笑顔浮かべ
暗いこの世の つらさ忘れ
煙草のけむりも もつれるおもい
胸の振子がつぶやく
やさしきその名
●
楽曲もとても優れた切ない曲だが、
Ann Sallyの声が、その切なさを一層かき立ててくれる。
生命力に溢れた見事な曲である。
AnnSallyはこの楽曲をニューオリンズで録音している。
「心臓内科医」の顔も持つ彼女の医学研究留学先がニューオリンズ…というのもすばらしい巡り合わせだが、
そんな聖地の3年間で経験した貴重な音楽体験がしっかり根を張り、この曲に定着している、と感じた。
「歌声一つにも人生の滋味をたっぷり含み、一音一音に意味の込められた歌をうたいたい」
彼女は、ニューオリンズで人生における音楽の意味を知った。
音楽というのは正直なもので、
演奏家がいかに生きているか、
どう物事を考えているか、ということを
ありありと露呈してしまうものだなと思いました。
だから、いい加減に生きていちゃだめだよ、と音楽の神様に
いつも襟を正されているのだなと感じます。
音楽とは、いかに人生を大切に生きるか、なのです。
(ほぼ日刊イトイ新聞~アン・サリーさんと、ニューオリンズ。~抜粋)
そんな思いが、結実している…だから、すぐさまピンと来たのかもしれない。

…先週の今頃は、
救急病院の簡易ベッドの柵の中で身動きも取れない状態だった…のだなあと
この一週間の激動を振り返ってみる。
毎夜の大浴場通いが功を奏して、なんとか痛みも薄れ、前屈も曲がるようになった。
ボクの人生の中では、肉体的にかなり苦しい部類に入る経験だった。
カラダ全体に痛みが伴う経験は、幸いなことにそう多くはない。
虫垂炎で下腹部を切り裂いた時の割腹するのでは!…と感じた激痛や、
交通事故でしたたか首をむち打った時の鈍痛もひどいもんだったが、
動くたびに俎上の活魚のごとく身をそらし、さらなる痛みを引き起こすような今回の痛みは、
カラダの要である「腰」だけあって、身の自由を根こそぎ刈り取る威力があった。
あれから、一週間。
どん底の無気力からは想像もつかない恢復力を漲らせて、
よくぞここまで…と自分の生命力に感謝する。
そして、久々にJazzに耳を傾ける。
こうやって音楽に浸ってみると、あらためてそのすばらしさに愕くばかりだ。
実はこの一週間、音自体に活路を見出せなかった。
音楽は怖ろしいほど、生命力に満ちあふれている…そう感じたからだ。
元気な音の束を受け止めるには、それなりの体力が必要だ。
たとえ「葬送行進曲」のようなタナトスに溢れたものであっても、
そこには「いのちのいぶき」が充溢している。
死ぬ間際まで音楽は切り離せない…そんな思いではあったけど、
絶望の淵では、音楽を受け入れる隙間すらなくなってしまうんだな…と
今回の経験で、悟った。

東京下町を締めくくる一大イベントは、ココ「亀戸餃子」。
妻曰く、餃子と言えば「亀戸餃子」しかないようだ。
…というのも、彼女が初めて口にした餃子が、幸か不幸か「亀戸餃子」なのだ。
そのくらいインパクトのある餃子である。
ボクも一度食べて、すっかり病み付きになってしまった。
とにかく皮が薄い!そして、肉汁が滴るほどのジューシーさ。
ひとくちでペロリと食べられる手頃さと、口の中に拡がる豊かな餃子ハーモニー。
…もう、この餃子抜きに餃子を語ってはいけないのではないだろうか?
そんな思いにさせる、とにかく絶品の「亀戸餃子」で、
餃子を5皿ずつたいらげる。1皿5個入りである。
こうやって、イメージを膨らましていると、また食べたくなってきた。
…そのくらい、絶品なのだ。お試しあれ!
ちなみにココ亀戸の「亀戸餃子」本店には「餃子」しかメニューはない。

腰を痛めてからは、毎日のように湯船に浸かることにした。
沖縄の場合、お風呂に入る習慣がない。
だから、賃貸にも風呂付きの物件は少ない。
ご他聞にもれず、うちもシャワーのみの間取り。
だから、救急車を呼んだ「レクセンター」へ毎日通うことになる。
平日夜のスパは宿泊客しか利用しないのだろう。
いつもは数名ほどの男性がユデダコ状態である。
しかし本日、水曜日は「水の日」と称して、利用料がワンコインの500円。
地域の威勢のいいおじさん連中が多数訪れていて、大にぎわいだった。
腰の周りをやさしくもみながら、じっくりと湯船に浸かる。
カラダの芯から温めようと、サウナにも入る。
…「社長」呼ばわりされていた恰幅のイイおじさんが、サウナに入ってきた。
「社長」、威勢の良いかけ声で騒々しくボクの後ろに陣取る。
しばらく無言。
…と、突然大きな声で話しかけるともなしに話しかけてきた。
「若いのに、禿げてるねえ!いくつなの?」
「……。37です…。」
「さんじゅうなな!若いのにねえ、禿げてるねえ!」
「……。」
「なんで?」
「…は?」
「なんで、禿げてるの?」
「…はあ?遺伝じゃないですかね?」
このやりとりの間、ボクは振り向くことはなかった。
つまり、背後の「社長」と顔を合わせることなく、
おのれの「禿げ具合」について、サウナで語り合ったのだ。
…。
いやあ、デリカシーってもんを、知らない。…うちな~んちゅは。
●
写真は、原宿で遭遇したプードル2匹。
マーブルとホワイトのセットが、イカしている。
トイプードルに見慣れた眼には、プードルは異様なデカさだ。
思わず、引いてしまった。

腰を痛めるというアクシデントに見舞われ、
ブログの写真日記も、分断された感じだが、
実は……写真だけはその流れをしっかりと汲んでいた。
●仙台大観音の写真は、地元の風景。
今となってはバブルの象徴にしか見えないが、
中山周辺を開発した双葉土地開発…とかいった会社が、
その稼いだ金額への罪悪感からか、高さ100mほどの大観音を建てた。
今から、15年ほども昔の話である。
まさにバブル全盛期。
しかも併設されたホテルも、廃業となってしまっている。
大観音だけが、日常の風景として取り残されてしまったのだ。
仙台大観音
●ダンディ(ビーグル犬)
叔母が飼っているビーグルだ。
年はもう11歳。りっぱな老犬となった。
子犬の時から眼力がすばらしかった。
眼で何かを訴えていた。
哲学者のような風貌だった。
今はさらに老獪なテイストまで加わっている。
いまだに何を考えているのか、わからない。
そこがまた愛くるしい。
●高速バスで朝方の新木場へ。
宮城県図書館やキャスロンを巡った日の夜に
仙台を後にしたふたりは、翌朝、東京に着いた。
どんより曇った東京の朝を見上げながら、トボトボと歩く。
6時だというのに、散歩の日課をこなす人々。
どんよりとした不健康な顔で、荷物を転がすふたり。
東京の実家で、朝寝をむさぼる。
●京王線で、西東京へ。
東京のベッドタウンである西東京のいわゆるニュータウンへ。
妻とボクの共通の友人宅へおじゃまする。
2歳となる「なぎさ」くんとご対面。
はじめは人見知りな性格から遠巻きな「なぎさ」くん。
徐々に徐々に親密度を増してきた。
こちらへの興味も深まり、気持ちも高ぶってきたところ…
●思わず涙、「なぎさ」くん。
ちょっとした一言が、胸にひっかかり、思わず涙。
顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくった。
その泣き顔が、また可愛かった。
ごめんね、「なぎさ」くん。