「人生いろいろ、時間は前にしか進まない」


引っ越し作業を進めていくと、思いもかけない過去に巡りあったりする。

…昔読みふけった哲学書。
…出会った感動を記した日記。
…仮装パーティの恥ずかしい写真。
…永遠に葬り去られた往復書簡。

すべてが、ボクの過去。ボクの時間だ。

その時の流れに呆然と立ち尽くす。
あれから5年、10年、15年…。
振り返ってみると、
貴重な持ち時間が、すでにこれだけ消化されている。

      
     ……。

すべてを飲み込んで、プールへ。

何も考えずにカラダを動かす。
ナツの強烈な陽差しが水の揺らぎをとらえ、
光の陽と陰を、まざまざと見せつける。

カラダを浮力にまかせ、漂わせてみる。
詰め込んだ記憶も、…いっしょに漂わせてみる。
水面に乱反射する光、…呼応して乱反射する記憶。

このまま自身を分解して、プールに溶け込ませたい…。
この水に溶け込ませ、…そのまま永遠に留まりたい。

     ……。

気持ちよい脱力感を伴って、プールを出る。
バラバラとなった記憶は、血肉化され、昇華されていた。

「人生いろいろ、時間は前にしか進まない」

わかったような台詞を吐いて、
大手を振って外に出る。

強烈なナツの陽射しが、視界を真っ白にした。

ドキュメンタリー写真の心得 by 大森克己


      ●
      まずカメラを持つ前に、何故、何のために写真を撮るか
      よく考えましょう。写真を撮ることには、大きな覚悟が必要です。
      …各自黙想すること…よろしいですか?では始めましょう。
      ●
      まず、正面に立つ。よく見る。
      もっと近くによる。細部に注意をはらう。
      そして引いて見てみる。もっと引いて見る。
      タテ位置は断定。ヨコ位置は客観。
      ●
      音や匂いにまどわされない。
      センスだの感覚だの生意気なことを言うな。
      とにかくたくさん撮れ。
      ●
      被写体の気持ちを考えろ。
      そして裏切ることを忘れるな。
      絶交を覚悟せよ。
      独りになれ。
      現在の自分というものを簡単に信じるな。
      しょせんあなたの理解はあなたを越えられない。
      世界はあなたの友達ではない。
      直観は大切だ。
      ことばで説明できることは写真に撮るな。
      未来の記憶を思いだせ。
      そして世の中には写真に写らないものがたくさんある。
      ●

ちょうど1年前の七夕の日、ボクは「大森克己ワークショップ」に参加していた。
全12回、6ヶ月におよぶ長いスパンだ。
講師は写真家・大森克己さんと
ディレクター・町口覚さん、キューレター・金谷仁美さん。
受講生は全14名。北は山形から南は沖縄までの人間が、この東京に集まった。
皆、大森克己の写真に惚れ込み、応募してきた写真家志望の連中だった。

あれから1年が経ってしまった。
「ドキュメンタリー写真の心得」も未だ習得できないでいる。
これを読むたびに大森さんの鋭い眼光がよみがえる。
町口さんの無言の批評に恐れおののく。
6ヶ月を共にした受講生はみなどうしているのだろう。
同じように背筋を伸ばして、この「心得」と対峙しているのだろうか?

写真のなんたるかを体得できないまま、
「とにかくたくさん撮れ」の言葉だけ鵜呑みにして行動する。
突き動かされる視覚を客観的に判断しつつ、シャッターを押す。
再編して集約して、「世の中には写真に写らないものがたくさんある」と
反芻しながら、大森克己に近づこうともがいている。

今年もあと6ヶ月。
去年の自分を研ぎ澄まそうと、奮起を誓う。

大森克己
町口覚
ギルドギャラリー

台風の日に引っ越しの準備


今、外はびゅーびゅーの大荒れだ。
沖縄に今年初の台風到来。
本格的な夏が始まる。

昨日は、イギリス人の友だちJaimeが東京からやってきて
カポエイラを披露するBrazilianNightがあったので、
夜中の3時まで夜更かししてしまった。

七夕の日に入籍したEarth Dog Cafeのおふたりを
祝福するイベントでもあったので、挨拶に顔を出した。
だんなさんのご両親がイカしていて、ステキだった。

あらためて、おめでとう。

そんなこんなの週末、ぼくたちは引っ越しの手配で奔走している。
長年住み慣れたここ、大道のアパートを引き払い、
那覇の新都心と呼ばれる「おもろまち」に転居するのだ。

引っ越しは来週で確定。

今日は不動産に契約書と契約金を支払ってきた。
これで手続きは終了。
あとは、9年間に積もった澱をすこしずつ整理する作業だ。

こんな暑くて風の強い日に、
ぼくは埃まみれで格闘している。

EarthDogCafe

嫌われ松子の一生


あの中島哲也が描く「不幸な女のシンデレラストーリー」だ。
CM制作で培われた秒刻みの映像展開とCGを駆使した演出で
ディズニーのミュージカル映画よろしく、畳み掛けてくる。

息つく暇もない。…圧倒されてしまった。

そして、感動した。…涙が出た。

       ●

松子は自分にまっすぐ生きた。
不器用に、一途に、自分の感覚を信じ、突き進む。
乗り越えていかなきゃ…と
どんな不幸な状況でも、健気に振る舞う。

自分が招いた結果だ…と内省的に考えず、
とにかく前を向いて生きている。

       ●

まげて のばして お星さまをつかもう
まげて 背のびして お空にとどこう

小さく まるめて 風とお話ししよう
大きく ひろげて お日さまをあびよう

みんな さよなら
またあしたあおう

まげて のばして おなかがすいたら帰ろう
歌を うたって おうちに帰ろう

       ●

とてつもなく不幸な話なのに、
なんでこんなに元気になるんだろう。

…そんな疑問がわいた。だから、自分に置き換えて考えてみた。

まわりの顔色を伺ってばかりいるからじゃないか?
いつの間にかよけいな肉がついて、体も心も重たくなってるからじゃないか?

それでも予定調和に流されて、自分を押し殺したりしてるからじゃないのか?
ブルーハーツの歌に合わせて飛び跳ねていたあの頃は、もっとシンプルだったんじゃないのか?

       ●

…そうか、松子はえらくシンプルだ。
周りが見えないほどシンプルで、だから傷つけもし、傷つけられもする。

もっと削ぎ落としてみても、いいんじゃないか?
自分自身をシンプルにしてみたら、もしかしたら見えてくるんじゃないか?

…やっぱり、そうなのか。
中島哲也もシンプルだもんなあ。
Simple is BEST! シンプルは強し。

夕涼みにバリダンスその1


木曜日の夜にケータイメールが届いた。
大学時代の友人からだった。

「那覇に踊りの仕事で来ています。あさって本番です。」

彼女は大学卒業後バリダンスに魅せられ、バリ島にまで移住し、踊りを極めていた。
電話してみると、沖縄県立芸大の中庭でガムランと共演する…という。

さっそく土曜日に顔を出してみた。
午後7時。芸大教授が主宰する「ガムラン演奏会」が始まった。

 陽が落ちて、気持ちよい風が頬をなでる。
 バリの音楽が、オキナワの夕暮れに満ちる。
 なんとも幸せな混淆のひととき。
 
 …数年前の感覚がよみがえる。

 バリ島のウブドでは、夕暮れとともに至る所でガムランが演奏された。
 まさにトランス状態で音楽に身を投じ、悦に入った。
 至福の時だった。いや、バリはすべてが至福だった。

そんな陶酔に浸りつつ観た彼女の踊りは、優雅だった。
目をカッと見開き、ピンと指先を立て、ほどよい緊張感を感じさせながらも、
全体の雰囲気は非常にゆるやかで、丸みを帯びていたように思う。

まさかオキナワで、このような異国情緒を味わえるとは…。
空が青みを深め、徐々に夜の気配が近づくと、
照明に浮き上がった踊り手たちは、さらに妖しく艶やかに映った。

バリに行きたい…。またあの至福を味わいたい…。
思わず現実逃避した土曜の夜だった。

 

【事故】今年一番の夏日で…フィルムがオジャン!


週明けの月曜日、オキナワは34度を記録する暑さに。
九州地方の梅雨前線が強力なだけに、オキナワを覆う高気圧も強大ならしい。

おかげさまで、ラボに出したフィルムがこのありさま。

左右を横断する線はフィルムについた傷である。
現像途中でブレイカーが落ちてしまい、現像機がストップ。
すぐに復旧するも、現像途中のフィルムが巻き込まれてしまい、
見事なカタチでぐちゃぐちゃと折れ曲がってしまった。

暑さのためにクーラーをフル回転させていたらしい。

幸いにも、現像⇒停止⇒定着まで進んでいたので画像は確認できるが、
乾燥途中のシャットダウンで生乾きのフィルムが悲惨な状態に…。

犠牲になった写真は
沖縄県立芸大の中庭で行われた貴重な「ガムラン演奏会」の記録だった。

日曜の情景その6~流求茶館~


那覇国際通りから沖映通りを曲がり、パラダイス通りを入ったところにある
台湾を主な仕入れ先にしている中国茶のカフェ「流求茶館」へ。

中国茶と台湾茶の大きな違いは「聞香杯」と「品茗杯」のセットで
お茶を楽しむことにあると言う。

「聞香杯」(もんこうはい)とはお茶を聞く=お茶の香りを楽しむことで、
「品茗杯」(ひんめいはい)とはお茶を品評=お茶の味を楽しむこと。

さっそく、鉄観音で台湾茶にトライしてみることに。

1、茶器を順にあたため、茶盤に湯を捨て、茶葉を茶壺に詰める。
2、高いところからお湯を注ぎ、茶葉を回転させ、1分ほど蒸らす。
3、茶海に一度注ぎ、お茶の濃度を均一に。
4、聞香杯に注ぎ、ひといき入れたあと品茗杯へ移す。
5、聞香杯でお茶の香りを楽しむ。
6、最後に品茗杯でお茶の味を楽しむ。

…んんん。

奥行きのある素敵なお茶を堪能。
不思議なことに杯を重ねるほどに味が濃くなり、
鉄観音本来の味わいを楽しむことができた。

中国茶は六茶と言って、緑茶・白茶・黄茶・青茶・赤茶・黒茶と
製造方法や発酵の度合いによって呼び名が変わり、
香りや味も、実にさまざまだ。

台湾茶に惚れ込んだオーナーの気持ちが
あらためて理解できた。

しかし、お茶をたしなむ行為のなんと魅力的なこと。
あの太宰治に限らず、お茶をたしなむ余裕から文化は生まれている。

  生活。

  よい仕事をしたあとで
  一杯のお茶をすする
  お茶のあぶくに
  きれいな私の顔が
  いくつもいくつも
  うつってゐるのさ

  どうにか、なる。

ドストエフスキーも「地下生活者の手記」の中で

  一杯の茶のためには、世界など滅びていい。

と言わせている。
お茶は快楽なのだ。

流求茶館

日曜の情景その5~ダメ!ぜったい!~


国際通りを歩いていたら、
那覇の高校生がチラシを配っていた。

「ダメ!ぜったい!」

覚せい剤撲滅運動の一環だった。
いつの時代も、この覚せい剤というのは消滅しない
…しぶとい「ヤク」なんだと、あらためて実感。

しかし覚醒することで、どんな感覚が研ぎすまされるのだろうか?
いまひとつ、その効用が理解できずにいる。

なによりカフェイン過多で寝不足になるようなイメージで怖い。