
神戸空港から姫路市までは高速バスを使うことに。
約40分で姫路市に着くようだが、発着便が1日2本。
結局、空港内で2時間まちぼうけ。
久々に時間を持て余した。
竹野に住まう舞台写真家の地域自治。

神戸空港から姫路市までは高速バスを使うことに。
約40分で姫路市に着くようだが、発着便が1日2本。
結局、空港内で2時間まちぼうけ。
久々に時間を持て余した。

同じく神戸空港にて。
「バビル2世」や「ジャイアントロボ」でおなじみの漫画家、
横山光輝さんが神戸生まれだということで、
「鉄人28号」の動くフィギュアが置かれていた。
ボタンを押すと、
「よっこらしょ」
…という感じに、両手を挙げる。
誕生してから50年。
横山さん自身も2004年に他界した。
時代は確実に、流れていく。

年末年始は、弟夫婦がいる姫路へ。
目的は甥っ子の「悠真」くんに会いに。
両親も仙台から姫路に入った。
はじめて降り立つ神戸空港。
まだ開港して1年に満たないためか、
年末だというのに、それほどの混雑もなく、
海の上で、静かに過ごす。

明日は「春商戦」のコンペティションで
こちらは徹夜覚悟の企画書づくり。
不健康にずっとパソコンとにらめっこ。
腰も痛くなるし、腹の調子もよろしくない。
この時間から、最終の打ち合わせもやらなきゃならない。
なんとも、やりきれない状態の時に、3つの訃報を聞いた。
青島幸男さん。享年74歳。
岸田今日子さん。享年76歳。
カンニングの中島忠幸さん。享年35歳。
どなたも同世代の人物として、かなりの影響を受けた。
青島さんには、かなりの勇気をもらった。
彼の著作「人間万事塞翁が丙午」には、何とも言えない感動を覚え、
それ以来、「人間万事塞翁が丙午」はボクの座右の銘である。
岸田さんは、とにかく「ムーミン」だ。
独特な声の響きに、幼いボクはたくさんの夢を見せてもらった。
とても魅力的な女性だった。
カンニングの中島さんは、病気になられたタイミングが衝撃的だった。
同年代のタレントが突然亡くなる…それだけで、かなりのショックだ。
いつも思うのだが、日常に追われていると、
このような【訃報】もそれほど気にもとめず、流れていってしまう。
しかし、ひとりの偉大な人間が失われたのだ。
もう少し、立ち止まっても良いのではないだろうか。
今日はしかも3人。
それぞれのご遺族の方へは、深く哀悼の意を表します。
青島さん、岸田さん、中島さん、安らかにおやすみください。
合掌。

8日の金曜日、沖縄の12月にはめずらしい、晴れ渡った空が見られた。
撮影をひとつ抱えていたボクは、さっそく名護の先、本部町の備瀬まで急行した。
基地局の撮影だ。
携帯電話が日頃、何の苦労もなく受信発信できるのは、
実は方々に点在するこの基地局のおかげ。
サービスエリアを蜘蛛の巣のように
見えない伝播網で覆っているから、
ボクたちはケータイで相手とつながることができる。
英語の「cellular phone」はまさに、cellular=蜂の巣状の電波網を表現している。
携帯電話会社にしてみれば、サービスの要である基地局。
その美しい姿を、沖縄的な原風景と共に1枚の写真に収めて欲しい…というのが、今回のオーダー。
金曜日は思い立った時間が遅かったため、到着時の現場は雲に覆われていた。
これでは仕事が成立しない。
腹を括ったボクは、土曜日の夜明け前、朝方5時に家を出た。
その思いが実ったのか、夜明け前の備瀬は、誠に美しかった。
東から黄金色の光の塊が突如顕れ、地平に沿って空が引き裂かれた…。
横殴りの光に、銀の鉄塔が妖しく応える。
ウルトラマリンのグラデーションに輝く鉄塔。
見事な写真が獲得できた。

11月に入った。
年末進行が現実となり、
身辺がやたらと騒がしい状況。
MNPが10月24日から解禁になって、ケータイ業界も騒がしい。
「ようこそ」「おいでよ」「やっぱり」「予想外」…と
三社三様の動きで、ケータイ浮動票を獲得しようと躍起になっている。
写真はau by KDDIの沖縄イベント。
厳密にはau沖縄セルラー電話仕切りではない。
(ここらへんがややこしい)
KDDIが電通の提案を受けて、沖縄でもイベントを行っている。
au沖縄セルラー電話はその流れを受けているカタチだ。
「速水もこみち」の実物大フィギュアが2体。
仁王像のように左右で構えている。
これ1体の値段はおいくらなんだろう?…と
広告屋的発想が浮かんでくる。
全国に仮に60体の実物大フィギュアがあったとして、
「速水もこみち」本人は、どんな気分なんだろうか?
(実際に石膏で型取りした正真正銘の実物大フィギュアだ)
熱烈なるファンの垂涎の的として、
いずれオークション行きになるのだろうか?
(ちなみにジーンズはDIESELである)
キャンペーン自体は11月いっぱいで終了だから、
この60体あまりの実物大フィギュアは用ナシになるのだが…。
焼却されるとしたら、その絵はあまりにもシュールだ。
(はだかのもこみちが焼却炉に60体…)

「基地問題」か「経済」か。
そんな相容れない論点で、今回も争われる県知事選。
県経済界が推す「仲井真弘多」氏と民主と社共が推す「糸数慶子」氏。
前々回の「大田昌秀」氏と経済連の「稲嶺惠一」氏以来の事実上の一騎打ちだが、
今回は拮抗するのだろうか?
久茂地に林立する企業の人間から、こんな話を聞いた。
沖縄経済に少なからず関与している社会人が、
「糸数」氏を推すことは謀反を意味する…と。
経済発展こそが至上命題で「正義」だ!の偏りが、
今後の沖縄をどこまで迷走させていくのだろう。
掲げられた基本政策も、県民全員にいい顔を向けた絵空事にしか見えない。
沖縄のアイデンティティに根ざした本来の進むべき道…を模索し、
しっかりとしたヴィジョンを描いて、県民全体を牽引できる人物。
県知事には、そのような指導者が望ましい。
そうは言っても、かの第90代内閣総理大臣自体が、
「美しい国、日本」というスローガンを掲げながらも、
日本国憲法改正を至上命題にしているんだから、
アイデンティティの捉え方も人それぞれで、むずかしい問題なのだが。
11月19日(日)が投票日。

アメリカ生まれのSNSで、全世界で1億600万人の登録者がある
myspaceに登録してみた。
このネットワークのすごいところは、音楽にある。
インディーズだろうが、メジャーだろうが、同列でバンド専用サイトに登録し、
自分たちの楽曲をトップページにmp3でUPすることができる。
UPされた楽曲は、それぞれのトップページにaddすることができるので、
インディーズだろうが人気が出れば、どんどん全世界でplayされてしまうのだ。
さっそくCD発売の「南国ドロップス」を登録して、楽曲をUPしてみた。
ものの見事にイギリスやメキシコ、アメリカの20代の女性たちから
「cool!I love it!」「I want to buy it!」
…といったうれしい声が届いた!……amazingである。
沖縄に住むイギリス人に、さらに手ほどきを受け、
メジャーどころのアーティストのサイトへアクセスし、
friends listに登録してくれるよう、お願いしてみる。
「James Brown」や「Prince」「Brand New Heavies」が同列で存在している。
その下には3万4万の莫大なファンやミュージシャンがつながっていた。
ヨーロッパのclubjazzバンド「Koop」は早速approvalしてくれた!!
日本のバンドも多数登録されていて、やはり世界を視野に入れているバンドが
意外と多いことに気づかされる。
その中の「ゆらゆら帝国」へaddingを希望してみた。答えはapproval!!
このようにして、どんどんネットワークが拡がっていく。
これこそまさにweb2.0的コミュニケーションだ…と実感した。
世界中のパーソナルが並列に、敷居なくアクセスできるということ。
myspaceのさらにスゴイところは、
カスタマイズがものすごく容易であること。
同じ日本のSNSであるmixiはその点、
パーソナルなexpressがものすごく制約だらけだ。
閉じられた世界を感じてしまった。
myspaceであれば、URLで世界中の人々に公開できる。
つまり、myspace未登録者もアクセスすれば、楽曲を楽しめるわけだ。
レンタルサイトのノリである。
お見事だ。
お互いがトップページにコメントを残し、
その言葉から次の訪問者が生まれてくる仕掛け。
ボクはこのサバサバして目的のハッキリしている
myspaceと相性がいいらしい。
しばらく英語の鍛錬も含めてupdateしていきたいと思う。
みなさんも、accessよろしく!

「自分が世界と対峙する」ことが、旅の基本構図である…と池澤夏樹氏は語る。
そして、自身と世界との距離を計るものとして、「写真」はある…と。
実際、無心になってシャッターを押し続けることで、
自分のポジションを確認している身に、この言葉は非常に響いた。
捉えられた写真群は、すべて自分の目線である。
自分が見て捉えた情景だ。
「世界との対峙」の姿勢がそのまま写真に顕れる。
ある人は、するどく対象を捉え、えぐり出すように撮影する。
…またある人は、常に一定の距離を保って、冷静に撮影する。
どちらにしても、世界と自分との距離感がそのまま写真に顕れ、
「対峙する姿勢」の鋭さが、多くの人に感動を与えてきた…ように思う。
写真とは「世界との対峙」を意識化し、問題提起するものであるはずなのだ。
その好例として池澤氏はケヴィン・カーター氏の写真を挙げている。
スーダンの飢えを捉えた「ハゲタカの少女」の写真である。
フォトジャーナリズムの最高賞であるピューリッツァー賞を取ったこの写真は、
一方でケヴィン・カーター氏に大きな非難を与えた。
「名声を求めて写真を撮るのではなく、飢えに苦しむ子どもを助けるべきだ」
…との非難である。
写真の本質を見失った非難で、ケヴィン氏は2ヶ月後に自殺をする。
彼はなぜ、自殺に追い込まれたのか。
もちろん彼への非難が引き金になっていることは疑いようがないが、
ケヴィン氏はきっと「世界と対峙」する尺度を見失ってしまったのだと思う。
写真とは、自分を媒介にする行為だ。
世界と向き合い、世界と距離を置くことで成り立つ行為なのだ。
その距離感が問題だ…とボクは常日頃思っている。
しかし、その「世界」が彼のスタンスを非難したのである。
距離を保たず、対象に働きかけろ…と。
写真行為を全否定する「世界」の非難に、彼は押しつぶされてしまった。
もう、自殺するしかない。…写真を撮る行為はそのぐらい研ぎ澄まされた行為なのだから。

ボクにとって作家「池澤夏樹」は、とても特別な存在である。
彼が第98回芥川賞を「スティル・ライフ」で獲った時、
ボクは彼の存在を知った。
そして、彼が作家「福永武彦」の息子であることを知って
ボクは「福永武彦」に傾倒していった。
「忘却の河」や「死の島」の内省的な物語に
当時のボクは胸が締め付けられた。
…だから、「池澤夏樹」を語るときには必ず「福永武彦」が背後にあった。
そんな彼が1994年、沖縄に移住したことを契機に
ボクにとっての「池澤夏樹」は大きくなっていった。
1998年、後を追うようにボクは沖縄に移住する。
写真家の「垂見健吾」氏と懇意になる機会があり、
「池澤夏樹」が近くなった気がした。
2003年、CINEMAdubMONKSのヨーロッパツアーで
ベルリンを訪ねた際、ギャラリー前で「池澤夏樹」とすれ違った。
はじめは何のことか合点がいかず、ただ後ろ姿を見つめるだけだったが、
「池澤夏樹」であることを確信して、すぐさま追いかけた。
そのときは胸の動悸が収まらず、結局、話しかけることができなかった。
2004年、彼が沖縄を離れると決心した最後の夏。
久茂地の書店で行われたサイン会に、ボクは意を決して出かけた。
握手を交わす際、CINEMAdubMONKSのCDを手渡し、
ベルリンでの出来事を話した。
池澤氏はそのとき、「フランスに持って行きます」と応えてくれた。
●
今、あらためてこの作家の思想をなぞってみると、
深い深い自省の念にかられてしまう。
彼が何を憂い、沖縄を後にしていったのか…。
…最後の握手や、「…フランスへ…」という言葉のニュアンスから
この作家の思いが、このボクの血潮に脈打ってはいなかったか?
●
日本の社会は、同じ文化の出身で、同じ言葉をしゃべって、ほぼ同じような肌の色をしていて、
しかもみんな流行で同じようなものを持っている人たちの集まりだから、互いに衝突することがない。
必死で衝突や意見の違いを回避しようとしていますね。お互いに両隣を見て横並びして目立たなくすることで、
言葉を使う機会をなるべく消そうとしてさえいる。
でも、それは何でしょうね。見知らぬ同士がこれほどまで口をきくことのできない社会、話のできない社会。
知っている人同士でも、隣の席同士でも、直接話すのが恥ずかしいから携帯のメールでやりとりするというこの社会は。
(中略)
ただ、今の日本のこのあまりに急速な変化を見ていると、一人ずつがものを考えていない、
考えることを禁じるような空気がある。この国はどこへ行ってしまうんだろうと不安になりますね。
そういう思いもまた、ぼくがもう若くないからかもしれない。戦後とともに育ってきて、今年で六十二歳ですから。
(Coyote「若い日本、老いたヨーロッパ?」抜粋)
●
毎日をケータイとPC環境の中で過ごし、生業としてケータイの広告や企画を考え、
自己発信と称してblogやSNSに手を伸ばし、ヴァーチャルな交流に嬉々としている。
日本の社会が、日本人の指向が、若さやスピードを尊ぶひとつの枠組みの中では、
ボクやあなたの生活スタイルは、多かれ少なかれ、その枠組みを外すことはできない…と思う。
かつて、その枠組みに深い疑念を抱き、精神的な均衡さえ崩してしまった友人が、
自国脱出の名目でエジプト・カイロへと旅に出た時、送られてきた絵ハガキには…
「スフィンクスやピラミッドの悠久の時を感じながら、日本を顧みると、
わたしはたまたま日本の枠組みが合わなかっただけなんだ…という事実に当たりました。」
と書かれていた。
「池澤夏樹」の幻影を追いかけて、沖縄に来た自分を振り返ってみると、
ボクはいつもこの友人の言葉を、胸に刻んで生きてきた事実にぶち当たるのだ。
東京でのアシスタント生活から、逃げるように仙台へ移り、さらに沖縄へ。
日本的尺度で考えれば、これらの行為は完全な「逃げ」であった…だろう。
しかしその根底には、多くの現代人が感じている「異和感」があるんじゃないか?
「違和感」…ちぐはぐな感じ。(広辞苑)
…ではなく、「異和感」…異なる感じ。
毎日を生活しながらも、これが正解?と感じながら生きているところは、
現代の若者がNEETやFreeterとなって、社会から逸脱しつつ、生活していることに通じないか?
おそらく、何かしらの受け皿が、長きに渡り失われたままなのだ。
11月、ボクは旅に出る。日本の枠組みを考える、良い機会だと思う。