沖縄県カリフォルニア州


日本に居ながら、アメリカを感じることができる…。
それが沖縄の良い面だと、皮肉を込めて思う。

もっと英語力があれば、双方の国の事情が
手に取るようにわかって、国際派なポジションになれるだろう。

思いやり予算も継続予定のうえ、
米軍は、光熱費の大幅増を要求しているらしい。
中日新聞

3万人もいる住民の光熱費を肩代わり…といった
「思いやり」も面白い切り口だな、と思いながら
いつものようにA-FMをつける。

沖縄県カリフォルニア州向けラジオ放送局だ。

最近はリスニング力も高まってきて、
ラジオCMもなんとなく理解できる。

「ゴルフトーナメントが10月28日に開かれるよ、登録しよう」
基地内では、ゴルフトーナメントまで行われているのか…。

「Navy,Marineはただいま兵士募集!グリーンカードを取得のチャンス!」
…これっていったい、誰に向けた募集広告?
基地内に従事する日本人?まさか。

たしかに3万人も住んでいれば、さまざまな情報も飛び交うだろう。
フェンスの向こう側では、まったく違った国家が成立していて、
まったく違った時間軸(常識)で生活が営まれている…なんて。

小さな島で、そんなラジオが流れている現実。

ウラ返してみれば、
日本の時間軸(常識)も、強固なモノでは決してなく
いつ揺らいでも、おかしくはない。
誰も疑問を挟まないだけ…。

仕事に翻弄されていると、
いろんな部分に、ふと疑問が湧いてくる。

大西さん&真妃さん、おめでとう


時間の流れを感じる…という意味では、
10年来の友人たちと旧交を温めると、
この上ない充足をもたらしてくれる。

10月08日、沖縄で大層お世話になっている
デザイナーの大西さんが結婚をする…というので、

今までそのデザイン事務所に所属していた
12名のメンバーと祝宴を催した。

デザイン事務所立ち上げ当初のメンバーは
8年前、20歳。

第一期、第二期、第三期、第四期、そして現役と
10年あまりの時間の流れを内包して、大西さんと対面する。

それぞれが成長し、それぞれが歳を重ねた。

しかし、その祝宴がもたらす共鳴は、
何事にも代え難い、人と人とが織り成す時間の業だった。

お互いの笑顔に、お互いの時間の堆積を感じつつも、
変わらぬリスペクトをお互い発している。
それが、すばらしかった。

同じ方向を向いて、同じ世界で切磋琢磨し、
自分を高めようと踏ん張っている。
苦しいことも辛いことも、
語らずして伝わる空気。

その場に席を置いて、こみ上げてくる感情の起伏に、
カラダが熱くなり、じんわりとした幸せを感じた。

これこそが、生きている証。

人と人とのつながりが、何よりも宝だと
改めて思った夜だった。

大西さん、真妃さん、末永くお幸せに。
ホントに素敵な時間でしたよ。

山形銀山温泉 その5


温泉街を突き抜けて、
そのまま奥へ進むと、
轟々と迸る滝と対峙する。

雪解け時には、
どれだけの水量で地面を叩きつけているのだろう…
…と思えるほど、威勢良く水が落ちていた。

1912年には、温泉街一帯が浸水するほどの大洪水があったらしい。

これだけ近場に自然を抱かえて生活していると、
人生観もそれだけビッグになるだろうな…などと考える。

ひとたまりもなく流れゆく家財を見送りながら、
「またイチからはじめるさ」
…と受け入れる大きさが、おそらく備わっていたのだろう。

毎日を分単位で一喜一憂し、
明日の締め切り、あさっての締め切りと
区切ることで生きる指針を得ている身には、

ときおり大自然に抱かれ、
地球単位の時間の流れを感じることが、
どれだけ大事なことか。

ちっぽけな自分を知る。

ただそれだけで、足るを知ることができる。

山形銀山温泉 その4


藤屋

隈研吾が設計した建物らしく、
その統一されたデザイン空間は、
大正時代の他の旅館とは、趣を異にしていた。

しかも、一泊5万円。
安いと見るか、高いと見るか。

妻はひとこと。
「デザインホテルだったら、別に銀山じゃなくてもいいんじゃない?」
なるほど。
大正時代からの脈々とした時間を共有できるからこそ、
銀山温泉でひとときを過ごす価値もある。

山形銀山温泉 その3


それぞれの旅館の創立者の名前が
このような木彫りの看板になって
入り口に掲げられている。

「能登屋」のこちらの看板は、
銀山温泉の顔。

この書体、この意匠。
古き佳き日本を感じた。

山形銀山温泉 その2


国の登録文化財にもなった
「能登屋」に泊まる。

能登地方の人物が銀山を当て、
そこに温泉宿も建てた。

能登の人間は、外商が優れていて、
「薬売り」から「鉱山掘り」まで
たくましい生き方をされていたようだ。

だからここ「能登屋」も
許をたどれば能登の人間が建てた旅館である。

夜明け前の黎明とした光の色と、レトロな照明。

なんとも絶妙なバランスで、この場所で象徴的に収まっている。

山形銀山温泉 その1


09月24日。
打ち合わせを終えた足で、そのまま山形新幹線に乗り込む。
目的地は、山形銀山温泉。

「おしん」の舞台にもなったとされる
大正時代の雰囲気をそのまま残した温泉街。

3時間の道程をかけて山形駅へ。
その後、奥羽本線を北上し、大石田まで。
大石田駅から車でさらに奥地へ。
結局、5時間もの長旅で辿り着いた秘境の温泉である。

朝日に照らされた外観は、
100年もの時間の流れが
しっかりと息づいていた。

銀山温泉

御胎内清宏園


園内は広く、整備が行き届いてない印象だが、
ふと、このような橋がかかっていたりすると、
なんとも言えないイメージが立ち上がってくる。

御胎内洞窟


御殿場の富士山のふもとにある、
御胎内清宏園なる
植物公園に、09月24日立ち寄った。

そこには天然記念物の「御胎内洞窟」があった。

全長155mなのだが、まったく電気がない。
曲がりくねった洞窟の中を、ひたすら中腰で歩く。
途中、カラダを寝かせて、這いずりながら進んだ。

懐中電灯がなければ、前後不覚に陥る。
155mとは思えないサスペンスな造り。
子供たちが泣きじゃくる中、
大人たちは必死になって、出口を探して這い回った。

真っ暗な中、泣き声だけがこだまする。
どこが出口かわからないまま、中腰で歩くのは、
かなり切迫したムードになる。

たしかに子供たちには、酷な状況だ。

息が上がる。

なんとか、出口に到着。
出てしまえば、どうってことない洞窟なのだが、
自分の姿も確認できない状況下では、
迫り来る恐怖感は、半端じゃない。

ひとりでは、まずクリアできなかっただろう。

富士山のふもとは、不思議がいっぱいだ。