【bozzo】就活はじまる


10月20日。火曜日。くもり。
朝からデータ生成作業。
明日はケータイサイト「ちゅらしまMESH」の記者会見の日。

沖縄のNPO法人ちゅらしまフォトミュージアム
MESHサポートau沖縄セルラー電話(株)の支援の許、
手を組んで出来上がった新しいスタイルのケータイサイトだ。

沖縄の古い写真をGPS(簡易位置情報)連動で呼び出す仕掛けなので、
今の国際通りにいながら、上のような1948年の情景と見比べることができる。
                   (1948年の国際通り/久高将信さん撮影)

会員費のおよそ半額がそのままMESH救急ヘリの運航支援へ。

「沖縄の未来のために」立ち上がった両NPOが
共に歩む第一歩が10月22日から始まる。

明日はそのスタートを宣言する記者会見の日。
3社の代表が一堂に介し、それぞれの立ち位置でこのサイトの目的と未来を語る。

2月からあたため、組み立ててきた企画。
いよいよ実現する時が来た。

         ●

この週末、東京での活動を広げようと「就活」を行う。
三軒茶屋のブライダル会社と南青山のブライダル会社。

履歴書を送り、面接へ。

土地柄なのか、それぞれのスタンスがまったく違っていた。

一社は事務所も騒然としていて
大きなカレンダーには赤ペンで式場がたくさん殴り書きされていた。
社長も額から汗をにじませ、自社のポジションと社員の心得を早口に語る。
こちらの経歴や作品にはいっさい触れず、社会人とは…を説く。

もう一社は窓から緑が一望でき、Macが整然と並べられ、
若いスタッフたちが落ち着いた空気の中で仕事を楽しんでいた。
こちらの意見に耳を傾け、作品に対しても評価をいただく。

同じ業種で、この違いはなにか?

経営者のスタンスが見事に感じられた好例だった。
おそらく撮影された写真も同じような傾向を生むのだろう。

一社はギスギスとした乱暴な写真。
一社は余裕を含ませた幸福な写真。

もちろん価格帯も違うので、それぞれにニーズはあると思うのだが、
仕事っていったいなんだろう…と考えされられた2社の面接だった。

それって、生きるって何だろう…にもつながっていくのだけれど。

【bozzo】荒川の夜景


SAXOPHOBIAを終え、JUJUと15年来の旧交を温めあい、
豊かになった気持ちで帰途につく。(自転車で)

元来た道を戻ればよいものを、ひたすら西へと進んだために(気持ちだけ)
実は南下しちゃってて、またもや道に迷って、1時間後の荒川越えに…。

自分に呆れながらも、荒川の呑み込まれるような暗闇と
その頭上に広がる首都高の等間隔の路灯に…単純に美しいと感じる。

ああ、これが東京だ。

このスケールがまさに、東京だ。

ボクはいま、このドデカイ東京に、居る。

そう思ったら、シャッターを押したくなった。

【bozzo】こんにちわ、トウキョウ。


10月01日。木曜日。
都民の日。

朝からトウキョウ独特なグレイッシュな空。
しかし時折日差しも差し込み、気持ちの良い午後。

115個もある大小の段ボールを地道に開け、
納められたモノをしかるべきところへ納める作業。

根気とアタマの回転がモノを言う。
転出時の作業とは比較にならない手間の取りようだ。

根が詰まったので外気を取り込もうと
玄関ドアを開け、階下を見やると、
新参者のボクを珍しげに凝視する猫と目が合う。

近くの「仙台堀川公園」が伊達政宗公ゆかりの公園であることを知り、
この土地とボクとを引きつけた縁を強く感じる。

正宗公の遺訓がまたすばらしい。

          ●

一、仁に過ぐれば弱となる。義に過ぐれば固くなる。
  礼に過ぐれば諂(へつらい)となる。智に過ぐれば嘘を吐く。
  信に過ぐれば損をする。

一、気長く心穏やかにして、ゆろずに倹約を用い、金銀を備ふべし。
  倹約の仕方は不自由なるを忍ぶにあり、この世に客に来たと思へば何の苦しみもなし。
  
一、朝夕の食事はうまからずとも褒めて食ふべし。元来客の身に成れば好き嫌いは申されまじ。

一、今日行くをおくり、子孫兄弟によく挨拶して、娑婆の御暇申すがよし。

          ●

「この世に客に来たと思へば何の苦しみもなし」…絶妙な視点。

徳川家康と関ヶ原を戦った武将なだけに江戸時代に入ってもその力は衰えず、
トウキョウ内に5カ所ほどの屋敷を設けていたらしい。
江東区深川あたりは蔵屋敷といって、米俵を遠く仙台から取り置きする場所として
8棟ほど軒を連ねていたようだ。
その船が往来していた運河が埋め立てられ「仙台堀川公園」になった…ようだ。

商才もたくましく、トウキョウの米の大半が仙台藩の米だった…とのこと。
麻布にある「仙台坂」も仙台藩の屋敷へあがるルートで、
今でも仙台みその製造所が現存しているらしい。

江戸の初期から、そうやって地方の人間が力をふるう場所、それがトウキョウ。
さあ、どうなることやら。

【bozzo】そして、何もなくなった。


09月24日。
連休明けの木曜日。
朝から晴天。どことなく風が冷たい。

朝から引っ越し業者が入り、
2時間の格闘の末、すべてがなくなった。

入居前のがらんとした空間に戻った。
「原状回復」ということか。

115個の大小様々な段ボールが
2台の2tトラックに積み込まれ、
港でコンテナへ積み直され、船で東京へ。
30日の朝、新住所へ運び込まれる。

荷物だけが先にオキナワを発った。

がらんとした部屋で
いつまでも浸っている自分がいる。

昼の青空が、まぶしい。

【bozzo】オキナワ、ありがとう!


9月22日火曜日。
コザ与儀のRoguiiにて
オキナワで仲良くなったメンバーが集まり、
ボクたちの壮行会を行ってくれた。

ひとり一芸のミッションにも
ひとりひとりが「けん玉」「自作詩」「川柳」「歌」を
ボクたちのために披露してくれて、とても心が温まった。

12年間の月日が走馬燈のように流れる。

…まるで死んじゃうみたいだけど、
実際、出会った頃の場所や情景が思い出されて
「ロクサンサンの12年」ってあらためてとてつもなく長い年月だな…と
感慨ひとしおで、挨拶の言葉もしどろもどろ。

でも言えることはただひとつ。

オキナワがボクたちを元気に育んでくれた。
オキナワで出会ったみんなのパワーがあったから、
ボクたちはここオキナワでパワーを蓄え、
いざという時には自分たちを奮い立たせることもできた。

明日の朝には、すべての荷物が東京行きの船に積み込まれてしまうけれど、
そして、26日の朝には飛行機でボクたち自身も運び込まれてしまうけれど、
このタイミングで東京へ拠点を移す暴挙ができたのも
みんなオキナワのパワー溢れるメンバーに巡り会ったおかげだと思っている。

それぞれが自分の生きる道を模索して
それぞれが実行に移し、
それぞれが少しずつ自己を確立していってる。

そんな地道に前向きな姿勢は
ボクたちの生き様もかなりの影響を受けたよ。

今後は東京と沖縄で離ればなれになるけれど、
みんなのパワーを活力にして、なんとか自己実現を果たしていくよ。
当然のように紆余曲折もあり、不安にさせてしまう時期もあるかもしれないけど、
どうか長い目で見ていてくれ。

12年間、本当にありがとう。

「生きる」ことを素直に感じさせてくれるオキナワは
ボクの心のホームアイランドだ。

これからもちょくちょく、パワーをもらいにやってくるよ。
そんときは、よろしく。

チャオ(^^)/

【引っ越し】追い込み


09月21日。月曜日。
今日は何でお休み?…というぐらい
社会と断絶した生活を送っている
ここシルバーウィーク。

明日もなぜだかお休みで
(…というか敬老の日はいつだっけ?)
(…23日が秋分の日ってことだけはわかってる)
それでもひたすら段ボールにモノを詰める作業が待っていて、

前回の2006年の引っ越しはこんなに大変だったか…と
ひとりごちるけど…日頃よほどモノに溢れた生活をしているのだ…と
またも現代社会から一線引いたような立ち位置でモノを言いたがる。

明日(いやいや今日)も一日段ボールと格闘。

かつての生活の場がどんどん無機質な空間になっていくのは
そぎ落とされていくようで気持ちの良いものだけど、
あと3日かそこらで跡形残らず「ただの箱」にするのか…と思うと、
…んんん、やり切れない…と言うか、寂寞たる心持ち。

【bozzo】沖縄最後の結婚式


日本ブライダルセンターって、
なんだか日本デザインセンターみたいで仰々しい印象だけど、
NBCと略してしまえば、KBCとかPPCとか意味不明で抵抗感もなくなる。
しかし沖縄市のほうってあまり精通してないから…というより道を知らないから、
「たしかこの辺だったんだが…」的な記憶で結果辿り着けない…なんてことも。

09月19日。土曜日。
翌日が父の古稀(古くからまれな的)70歳の誕生祝いだったので、
虹亀商店の「琉球あんどん」を贈った。
…でその日は「イヌトボ」さんの「そ」という名前の雑貨店もオープンだったので、
ワインボトル片手に冷やかしに行ってみたら、「手ぬぐいの御祝儀袋」があったので、
「こりゃいいや」…って早速購入し、NBCへ向かったのです。

北中城の先の高原のあたり…と高をくくって
真っ赤なGOLFワゴンを順調に飛ばして行ったのはいいんだけど、
アワセゴルフ場からサンライズ通りを入って…「そこからどうだっけ?」と迷い始めた。
「たしかここら辺…」というのが一番やっかいで、
ライカムの交差点のほうへ向かって「いやいや違う」と引き返し、
「たしかここら辺…」と島袋で左折したら「沖縄こどもの国」に出た。

「たしかここら辺…」の「ここら辺」には来ているのだけれど、
周辺をぐるぐる回っていて核心に突いていかない…まるで自分の思考回路だ…
…と自嘲しながらも開宴の時間は過ぎていて…「写真撮らなきゃいけないのに」
…とまた「たしかここら辺…」な思考回路を責める。

なんとか10分遅れで会場に到着…
「うちなータイム」も開宴はジャストタイムから始まっていて
当たり前のように円卓もビールが進んでいた。

居心地悪く空席に忍び寄り「遅くなりました」と挨拶をすれば、
かつてのクライアント担当者が笑顔で迎えてくれて…ひと安心。
そこからはひとり撮影部隊と化し、おふたりの門出を祝った次第。

いやあ、着席と同時にステージでバンドが歌い始めて、
「さすが沖縄!」と苦笑した部分もあるけど、
3時間の長丁場な宴も「お下劣」に走ることなく、
最後まで素直に楽しめたのは…新郎新婦のお人柄にも依るのかと。

これが最後の祝宴となるのかぁ…などと感慨にふけって
ちょっとは落ち込むかと思ったけれど、
祝いの席はみんなを幸せにするから、こちらも清々しい気持ちで帰途についた。

ルリヲさん、ありがとう!
式の写真は東京から送ります。
おふたり仲良くこれから末永くお幸せに。

【イヌトボ】祝雑貨店オープン!


「デューク」で思い出した。
「イヌは歩くよトボトボと。」のイヌトボさんが
いよいよ今週の土曜日、雑貨店をオープンさせる。

場所は、ほんとに大謝名の外人住宅街の真ん中あたり。

以下、イヌトボさんの雑貨店「そ」のブログから。

         ●

  沖縄の宜野湾大謝名で雑貨店をはじめます。
  オープン予定日は10日後、
  9月19日の土曜日です。
  雑貨店の名前は
  そ
  と言います。

  一文字で[そ]。
  アルファベット表記で[sso]。

  SimpleでSmartでOriginalなモノ。
  素朴で簡素で素材感のあるモノ。

  「素」を感じる
  メイド・イン・ニッポンのモノを中心に、
  メイド・イン・セカイのモノをほんの少し、
  まいにちの生活の素になるモノたちを
  紹介できる店にしたいなあ
  と思っています。

         ●

今までの沖縄にはないコンセプト。
きめ細やかなイヌトボさんならではの、
セレクトとセンス。

何やら今は「いらっしゃいまっへ!」を
100ぺん唱えてシミュレーションしてるらしい。

社訓が「いつもニコニコ現金払い!」てなとこも、笑える。

大小とりまぜての3匹の犬がお出迎えしてくれる。
…期待大。

【旧盆】園田エイサー


09月01日。火曜日。
曇り時々雨。旧盆のはじめ「ウンケー」の日。

取材で沖縄最後のお仕事を任された。
題材は「エイサー」。
締めを飾るにふさわしい沖縄の風物詩。

その代表的な「園田青年会」の道じゅねーに付き合う。
「道じゅねー」とは、その地区の先祖を迎え、送るためにエイサーで練り歩くこと。

エイサーの起源をたどると、
「念仏」や「猿楽」に通じるらしい…とは、同行のライター談。

ボクはどちらかというと韓国の「サムルノリ」に見られる
「農楽」に近いのじゃないかな…と思われるけど。

たしかに先祖の霊を迎える儀式と考えれば、
「念仏」と言われてもおかしくはないか。

  今日は平敷屋エイサーの取材なので、
  あの幽玄な踊りから「念仏」を感じるかもしれない。

ま、うんちくも大事だけれど、「道じゅねー」の魅力は
なんといっても町を練り歩くエイサーのド迫力にあると思う。

20時過ぎに園田公民館から気合を入れての出陣。
24歳の会長以下30名あまり。男子も女子も若手ぞろい。

こういった文化の継承が、沖縄はすばらしいと思う。
先輩後輩の関係が町社会の中でしっかり根付いている。
自然と規律が生まれる環境は、人間形成のうえでも恵まれている。

そして何より、彼らの踊る姿が勇ましく、清々しい。
「エイサー」を誇りに思い、その誇りある芸能を演じている自負が漲っている。

夜中の12時まで4時間、踊りっぱなしだったが、
全員疲れた表情を見せず、最後まで笑顔だった。

大太鼓小太鼓を抱えての4時間…相当な消耗だが、
町で出迎える地元のおじさんおばさんや、
小学生中学生たち後輩の憧れのまなざしに励まされるのだろう…
見事に最後まで演じ切っていた。

あらためて沖縄の純朴さを感じて、胸が熱くなった。

「いいところだなぁ、沖縄。」

あと3週間でお別れだなんて、寂しい話じゃないか。

【bozzo】亀戸天神


03月28日。金曜日。
雲ひとつない晴天。

ぶり返した背中の痛みも
少しは落ち着いたので
サラシを巻いて外出する。

杖をついて亀戸駅前へ。

銀行に行き今後の手続きを確認し、
念願だった亀戸餃子を食べに。

内装が一新され、綺麗になった店内。
しかしレイアウトもポスターも昔のまま。
もちろんメニューも変わらず。
餃子とビール、酒しかない。

焼き手は日本人のおじさんから
中国人のおじさんに変わっていたが
餃子の見た目も味も極上で、
醤油と芥子の組み合わせも絶妙。
あっという間に8皿たいらげた。

締めて2000円なり。

腹ごなしに亀戸天神まで
トボトボ歩くことにする。

8月平日の境内はやはり閑散としていて、
太鼓橋も妙に張り出した印象。

さっそくお詣りし、ここ江東区大島で始まる
東京新生活の前途を祈願する。

さらに開運ストラップを購入。
この晴天のような揚々たる未来を
切に願った。