【黒田なつ子】Milky Way


12月19日。土曜日。
冬将軍鎮座。太陽の熱気、まったく届かず。
芯から冷える陽気とはこのこと。
ヘルシンキの張りつめた空気を思い出す。

      ●

昨日、座・高円寺にて行われた
ダンスバリュー「second gate」を観に行く。

舞台芸術を育成・発表する場だという。
わが街、高円寺にも凄い劇場が出来たモンだ…とたまげていたら、
なんと区民ホールとのこと。杉並区もすばらしいことをする。
設計を伊東豊雄氏にお願いし、運営をNPOに委託するなど、
公共事業としてしっかり先を見据えたプロジェクトになってる。

2年先のことが描けない事業が多い中で、
こういう税金の使われ方は気持ちがいい。

11月27日に観たダンスイベントBigTime
独創性にあふれたコンテンポラリーを披露してくれた
黒田なつ子さんが創作・演出した「Milky Way」が今回のお目当て。

さらに、90分間ダンスパフォーマンスを堪能する楽しみもあった。

肉体の呼吸を感じようと一番前でステージに齧り付く。

のっけから演者の気迫に生唾を飲んだ。
カラダを使って表現するとは、こういうことか。

舞台に上がってから下りるまで、すべてが見せ場である。
ためらいや戸惑いは、すぐさま観客に見透かされる。
表情のひとつとっても、隙を見せるとそれが「素」となって
こちらに如実に伝わってくる。

ナマの恐ろしさである。

徹頭徹尾、100%演出を表出する心持ちで臨まないと、
甘さが露呈して、こちらの集中力も「ふっ」ととぎれてしまうのだ。

音楽のステージはそれでも「音」という主役に集中するので、
観客の意識を収斂するのは容易いが、
舞台芸術、特にむき出しの肉体を手段とするダンスは、
全身の動きがすなわち表現であるので、
おのれ自身を客体化して、冷徹に表出することが求められる。

それでもナマである。

呼吸の乱れやアクシデントは付き物だ。

着地がうまくいかなかった、絡みのタイミングがずれた、
全体を見通す余裕がなかった…など、常に反芻を強いられる。

10数分間のステージを通して、
表現として観客を魅了できるかどうか、
それがダンスの醍醐味だと、合点した。

      ●

「Milky Way」は6団体の最後に演じられた。

期待でこちらも身を乗り出して見入ってしまったが、
演者の動きは、それを上回る強靱さで観る者を圧倒した。

虫ともとれるような動き、常軌を逸した動線、
手足の流れはおよそ人間的な範疇では及ばないところに達している。
肉体を完全に客体化していた。

それでいて表現は、見事に普遍性を帯びていて
観ているこちらの感性をえぐるような感動があった。

暗転して、舞台が終止する。
ピーンと張りつめた空気。全員が息を呑むような緊張があった。

再びステージが光に満たされ、演者3人が頭を垂れた。

「Milky Way」とタイトルされる通り、
宇宙との交信を何かしら感じた一瞬があった。
「黒田なつ子」に共振した舞台だった。

【bozzo】BOZZO.JP立ち上げ!


12月15日。火曜日深夜。
明日は最高気温が9度。
最低気温が7度。この冬一番の冷え込み。
今週はこんな調子で気温が上がらない毎日…との予報。

手袋をしていても冷気がぞくぞくする。
12年、沖縄にいて完全に感覚が麻痺していた。
そうだった。
東京の冬って、こんなに寒いんだった。

      ●

先週から今週にかけて
めまぐるしいイベント目白押し。

「吉増剛造×港千尋トークセッション」
日経本社で開かれている展覧会「タイポロジック」のトークイベント。
写真と文字のプリミティブな源泉をめぐる思考の往来はすばらしいものがあった。

旧暦フォトカレンダー2010「なつかしきヤポネシア」
わがNPO、ちゅらしまフォトミュージアムから今年も販売するカレンダーの広報で
代表の垂見健吾さんと写真家島尾伸三さんと「SWITCH」「朝日新聞社」へ。
琉球弧のひとつである奄美大島の凄惨な歴史を伸三さんの口から聴くと、
ホントに説得力がある。沖縄以上に蹂躙された島の歴史は、未だに尾を引いている。

UNDERDOG/Andres de Santiago
スペインの作家アンドレス・デ・サンティアゴさんの個展オープニング。
「UNDERDOG」日本語の「負け犬」とはかなり意味合いが異なり、
ラッキーな勝者、革命的なポジションの人…というニュアンスがある。
米国のオバマ大統領は「Underdog」と言われている。
映画サルバドールの朝の鉄環絞首刑(ガローテ)の執行が1975年。
そんな背景もあるのか?と聞いたところ、本人はその後の生まれ。
スペインのフランコ政権については、あまり感慨がないらしい。

「風の旅人」公開トーク
細江英公さん、森永純さん、田口ランディさん、中藤毅彦さん、有元伸也さん、編集長の佐伯剛さん、
どなたにもお目に係りたかったので、永田町砂防会館まで出向く。
細江英公さんがあんなに大きな方だとは…。ランディさんがあんなにマシンガントークだとは…。
イメージと現実とのギャップ。それでもみなさんの語り口には、ただただ頷くばかり。
森永さんが、写真もトークも一番強烈で、最高の収穫だった。

「BOZZO.JP」ポートフォリオサイト立ち上げ
仕事でお世話になってる和宇慶さんに無理言って
立ち上げてもらった自前サイト、いよいよ完成へ。
まだトップページは出来上がってないが、過去の写真がビューワー仕立てで見られるカタチ。
今後はWorkの項目が増えていくことに自ら期待。

…とまあ、ひとつひとつが大きなトピックとして
今後書き込める内容だが、まずは保留ということで。

iida/PRISMOID
あ、それから。
一目惚れした深澤直人デザイン。
角錐体という意味のPRISMOIDは、シンプルで小さく手に馴染む。
名刺カラーがキミドリということもあり、すぐさま鞍替えした。
なんと2年半ぶり。

【病】突発性難聴


実は沖縄から東京へ引っ越すあいだの
およそ前後2ヶ月あまり、
左の耳の聴覚が
突然おかしくなる病気に罹っていた。

原因不明な症状なので、医者は都合よく
「はい、突発性難聴だね」
…と一言で片付け、処方箋を出した。

耳慣れない病名にこちらは蒼白となって
すぐさまインターネットで現状把握してみると、
あの「浜崎あゆみ」が聞こえなくなった病気ではないか。

突発性難聴

しばらく耳鼻科通いと
末端神経を活性化させる薬を
飲み続ける日々。

どんな症状かって?

左耳だけ、水が抜けてない感じ…と言ったらわかりやすいか。

うわん…うわん…と
波紋が広がるように
残響のディレイ効果が左耳だけに宿る。

人混みのところ…たとえば
中華料理のお店や居酒屋などに行くと
廻りの会話が八方から巡るめく感じに
かぶさってくるので…音の洪水となり、
結果、まったく聞こえない。

トンネルの中で道路工事しているような、そんな状況。

2ヶ月ものあいだ、意味もわからず、
その音の波紋を抱きかかえていた。

一抹の不安…恒常的になるのではないか…を残して。

      ●

ま、ここでこうやって
カミングアウト出来てるのだから、
もうすっかり良くなったのだけれど、

それでも時々、過度の緊張を強いられると、
左耳に高音の耳鳴りが起きたり、
脈拍の音が鼓膜の奥から聞こえたりする。

過度な意識を向けないようにはしているが。

この「突発性難聴」、
ストレスに因るところが大きいらしい。

沖縄から東京への移動が
知らないあいだにプレッシャーを与えていたのか、
甘えの構造から脱しきれなかったのか…
ま、本人も知るよしもない。

とにかく早期発見、早期治療しか
救いようがない…らしい。

「あゆ」は放っておいたから、聞こえなくなった…と。
耳鳴りが始まったら、まずは耳鼻科へ。

【内藤未映】BIGTIME@六本木EDGE


12月1日。火曜日。
晴天。映画の日。

東京に来てから銀幕の世界に浸ってない。
ものすごく渇望しているのだが、沖縄のように気楽に行けなくなった。

金額もそうだが、アクセスも非常に面倒。

そこに行けば、とりあえず見たい映画に出会える。
TSUTAYAへ行くのと同レベルに映画館があった。

      ●

11月27日金曜日。
六本木EDGEで行われたパフォーマンスイベント
BIG TIMEに赴く。

パフォーマーに発表の機会を!…と今回から始まった
ダンサーやボーカリストたちのイベント。

実に様々な若手表現者が、自分の世界を構築し
10分枠の中で最大限のアピールを展開する。

17組もの演者それぞれが、とても興味深かった。

バスケットボールを使った男性のショウや、
タップダンス、お笑いマジック、ポールダンス…。

はたまた舞踏のような奇態な虫の動きを見せる裸体の男、
コンテンポラリーダンスの素早い動きで魅了した女性、
ブラジルのサンバの出で立ちで全く新しいショウを展開したグループ。

ミュージカルを思わせるキレの良い展開で歌ありダンスありの女性4人組、
見事な肢体で、丸みのある柔らかい動きをみせた女性ソロダンサーには、ドラマがあった。

そして、ラストを飾った内藤未映のベリーダンス。

オリエンタルな魅力とは、一種不可解な妖しさだと思うが、
その憂いを帯びた表情と動き、10分間の中で魅せた高揚感。
シャッターを押しながらも、その高みに陶酔してしまった。

表現することのすばらしさを味わった3時間だった。

【youkobo】トロールの森2009


11月21日土曜日は3つのイベントがあって、
朝から夜中まで…よくまあ、動いた。

朝5時に自転車で江東千石まで向かい、
2時間かけてUNIQLOヒートテックを買う。

昼は西荻北口からバスに乗り込み善福寺公園へ。
沖縄時代の友人がオーガナイズする「トロールの森2009」
ワークショップに参加。

夕方から阿佐ヶ谷next Sunday
レゲエナイトにアーティストとして参加。

一日が終わったのは、終電到着の0:40頃。
見事にフルで時間を使い切った。
まったく稼ぎナシ(>_<)。       ● その「トロールの森」だが、国内外のアーティストが
公園の空間を利用したインスタレーションを行い、
日常にアートを感じてもらおう…という試み。

まだまだアートという概念自体、借り物な感は否めない。

そういった状況を打破しようと、
22日間の長期にわたって善福寺公園は
一風変わった空間に生まれ変わった。

恒久的に設置する…ってのも手ではあるが。
アーティストへの報酬がそれじゃ伴わない…ということだろう。

ボクが参加したワークショップは
富田俊明「善福寺公園最悪ガイドツアー」
といった趣向のもので、

いやいや最悪だなんて…とんでもない。

アーティスト富田さんの人柄がものすごくステキで
約200分にわたる長丁場もあっと言う間の出来事。

「アート」とは端的に言えば「視点をずらす」こと。

普段凝り固まっている思考の道筋を解体して、
よりニュートラルに世界を感じてみる。

そんなわかりやすいコンセプトで、「時間」を解体。

のんびりした公園で、通勤ラッシュの時間感覚を持ち込んだら…。
…ということで、まずは善福寺池の廻りを早足で一周してみる。

すると、ひなたぼっこをしているカップルや釣りを楽しむおじさんたちが、
けげんな顔をしてボクたちの様子をうかがってくる。

場を乱す異分子的な存在。

それでは…と、今度は1/30の速度で歩くことに。

路上パフォーマンスのごとく超スローな動きで池の廻りを微動するボクら。
それはそれで、かなり場を乱す存在に。

しかしさっきと明らかに違うのは、
演者たちの心理。

まるで悟ったかのように、世界が遠い存在に感じ始めた。

音ばかりが鮮明に入ってくるのに、
手足や目の動きは、制御できないほどのスローペース。

容赦なしに光が眼球をとらえ、瞳孔は過剰な光量で真っ白な情景。
そんな露出オーバーな白い空間に聞こえてくる内外の音たち。

カモのバタ足まで察知できるのでは…と思わせる過敏さで
枯れ葉のこすれる音や、ベンチでささやかれる愛の交歓が鼓膜に伝わってくる。

感覚神経ばかりが際立った畜生に成り下がったか…と
よだれを垂らしながらスローモーションを続ける心地よさ。

恍惚な時間。

「時間」に追われるのではなく、
「時間」を楽しむ。

限られた時間を濃厚にする術を教わった中身の濃いワークショップだった。

【UNIQLO】ヒートテック日和


11月24日。火曜日。
ここ一週間、極寒(>_<)。
耐えられず風邪を引く。

11月21日。土曜日。
UNIQLOの広告に踊らされ、
ヒートテックを買いに朝6時の江東千石店へ。
60周年記念価格で600円という破格に誘われ、日の出前に集まったユニクロファン1400名。
200名限定なので、到着時すでに完売。
朝から気合いを入れての登場だったので、このまま引き下がれず、
結局4枚のヒートテックを定価で購入。

「え、なんだったの?」

…と購入後に思ったが、あとの祭り。
 見事に術中にはまったカタチ。

客に苦労を味合わせて、共同体めいた感覚におとしめるだなんて、
UNIQLOお見事。…というか、なんてったってこの東京の寒さが原因。

本日も底冷えの15度。

【bozzo】珈琲屋台飲み比べ


11月15日。日曜日。
秋の行楽日和。朝から秋晴れの空、澄み渡る。
気温も22度と過ごしやすい。

東京に来てからというもの、
毎日の天気がめまぐるしく変わるので、
「女心と秋の空」を実感している。

沖縄では、こんなに気温や空がくるくる変化することはなかった。

ああ、まさに女心なのね。
ホント、振り回されるわ。

       ●

11月13日。金曜日。
そんな女心も最下降な凍てつく寒さの一日。
雨がそぼ降る鉛色の空の下、中央線の東小金井まで足を伸ばす。

東小金井の珈琲屋台「出茶屋」沖縄の珈琲屋台「ひばり屋」
「屋台DUO」と称して、東小金井のオリーブガーデンで
珈琲の飲み比べを催すって言うので行ってみた。

江東区の荒川縁から、武蔵野の森まで1時間ほど電車を乗り継いで到着。

すでに鉛色の空も翳りを増していてどーんと重たくのしかかっている夕方、
スタジオジブリそばの園芸店「オリーブガーデン」へ。

雨空にもかかわらず方々から沢山のお客さんが見えていて、
「ひばり屋」も「出茶屋」もてんやわんやの大忙し。
手動のミルを膝に挟んで一所懸命、豆を挽いてる姿はなんとも。

「ひばり屋」さんとは沖縄以来の再会。
さっそくふたつの屋台の珈琲を飲み比べ。
寒空にはやはり濃厚なエスプレッソが腑に沁みて、旨い。
沖縄の黒糖菓子ともよく合って、おかわりをもらう。

それにしても、
なぜに珈琲はこんなにも人を魅了するのか。

大人になるまで飲めなかった珈琲だったのに、
一杯のエスプレッソがその後の人生を変えたという「ひばり屋」さんにせよ、
井戸水を鉄瓶で沸かしてドリップするこだわりの「出茶屋」さんにせよ、
珈琲を介した人との出会いが嬉しいから、このスタイルを貫いてるのだろう。

不思議だなあ、珈琲って。

そういや、ヨーロッパじゃ毎朝飲むカフェコンレチェの美味しかったこと。
珈琲とクロワッサン片手に行き交う人を眺めながら過ごす贅沢な朝は、
あのカフェコンレチェの濃厚な味があってこそ。

今でもあの味が忘れられないのだから、
旨い珈琲はそれだけ人を魅了する何かがあるのだろう。

珈琲屋台のおふたりも、そんな魅力を広めたいから、
こんなスタイルでお客さんと対峙して、一杯一杯に愛情を注いでるのだと思った。

⇒いやいや、逆説的に捉えれば、
 世の中の珈琲が千差万別のひどい有り様で、
 真に美味しい珈琲を提供したいって、その部分が核心なのかも。

⇒上田さん、どう思います?

実際、スタバの珈琲がすべてだと思われちゃ、
ブラジルで一粒一粒珈琲豆を収穫している人の苦労も浮かばれない。

なんだか、写真に似てるかもね。

写メだけが、写真だと思ってる若者たちに
アナログの魅力を伝えたい…そんなボクの気持ちに共振するものが
珈琲屋台のおふたりにはあったような気がした。

それって、愛でしょ…。

惚れ込んだ弱さかもね。

【bozzo】あるクリエイターの死


11月10日。火曜日。
11月の東京とは思えない陽気が続く。

昨日、沖縄の元同僚から訃報のメールが届いた。
ディレクター時代、TVCMのプランニングをお願いしたクリエイターだ。

ブレストを繰り返し、クライアントのわがままを呑み込み、
ひとつの表現プランとして昇華させ、撮影・編集へと至る作業を共にした仲。

回数は少なかったとはいえ、
ビジョンを共有した人間の死は悼い。
40代の若さであったから、その訃報には正直、ドキリとさせられた。

死はピリオドである。

それより先はない。

折り返し、振り返ることでしか、その人を想うことはできない。

その決して長くはない人生で、
彼は何を残すことが出来たのだろう。

人は他人の死しか、体感することができない。

だからこそ、大いに死について思いを巡らすべきだと、ボクは思う。

死を消化してはいけない。
ピリオドを打つとは、そういうことだ。
しっかりとした痕跡が、そこに在る事実。

思いを巡らし、自身に置き換え、だからこそ生きる意味を問う。

       ●

まずはカラダを動かしてみようと思い立ち、
朝から近くの区民プールへ行く。

水中で無心になって、ただ呼吸を繰り返す。
手足を動かし、70kgの肉体の重みを感じながら、
ひたすら水の中を往復する。

ふと自身を痛めつけるように、
残りの距離を全力で泳ぐことにする。

…700m。

決して楽ではない距離だ。
時計をにらみ15分で完泳させるべく、思い切り壁を蹴る。

右手左手と前へ前へ繰り出し、キックの推進力で肉塊が前進する。

そのあいだ、心臓が凹凸を繰り返し、血液が全身に送られる。
血中酸素がものすごいスピードで燃焼され、
CO2の返還と共に、肉塊から新たな酸素が要求される。

手足をばたつかせながら、大きく息を吸い込み、
全肺を最大限活用し、次のエネルギーを生み出す。

生産と消費の自転車操業。

蒸気機関車のように次から次へとエネルギーを生み出し消化しながら前へ進む。

心臓が悲鳴を上げ、肋骨の檻を蹴破る勢いで収縮を繰り返す。
上腕二頭筋と大腿筋の収縮と血流を生み出す血管の収縮も限界に達してきた。

頭頂部から熱エネルギーが湯気となって立ち上がり、
肉塊のクールダウンを促す。黄信号が点滅した。

目標タイムで700mを完泳させ、
肩を上下させながら、天井をあおぐ。

全身が安堵のため息を吐いた。
そして、思った。

「生きる」とは、こういうことだ。

おのれに属する全組織を活性させ、
生産と消費を交錯させながら、
授かった肉体を最大限活用することだ。

…彼の分まで、生きる。

そして、生きる喜びを次世代に伝える。
それが使命だと、合点した。

【bozzo】そこに在る、ということ。(2)


「ルイス・バラガン邸をたずねる」は文字通り、
ワタリウム美術館にバラガンが40年過ごしたメキシコシティの自邸を再現した展覧会。

展示を楽しむ…というよりも、その空間に思いを馳せる。

日曜日の昼だというのに客足もまばらで、じっくりとその空間を味わうことが出来た。
しかし、バラガン邸を知っている人間なら、その空気も想起されたのだろうが、
写真だけの前知識では、さすがにメキシコの光までは見えてこなかった。

だが、3階では美術館スタッフが自ら足を運んで捉えたバラガン邸の映像が流れており、
その映像を堪能することで、自邸の空気感・立体感が面前に現れてきた…ように思う。

食い入るように分け入るように自邸の空気を読みとろうと画面を凝視した。

すると、メキシコの強烈な太陽が上から注ぎ込み、調度品に反射するような錯覚が生まれた。
リビングの大きく開かれた窓からは露出オーバーな庭木のシルエットが見える。

      ●

書棚に詰め込まれた本…壁に掛けられた黄一色のキャンバス…物陰には足の塑像…。

すべてが調和を持って、そこに在った。

それぞれが没することなく、しっかりとした存在感でどっしりと、そこに在った。

バラガンが愛したモノたちが、主人への敬意を持って、そこに在った。

      ●

それが何よりも、気持ち良かった。
おそらく実際の自邸は、もっと強烈なインパクトで
訪れる者を迎えてくれるのだろう。

この空間は理想だ…そんな思いで、美術館を後にした。

      ●

11月2日。月曜日。
昨日とは打って変わってどんよりとした天気。

国立の藤川孝之さんを訪ねる。
ちょうどアトリエ展を開催中だ。(明日まで)

藤川さんとは予備校時代からお世話になっていた先輩で
もう22年の付き合いになる。

個展の案内は、オキナワ時代にも常に送って頂いてたので、
今回こそはしっかりとその絵を堪能しようと中央線に乗り込んだ。

移り住んでから初の中央線。
眼下に高円寺の町並みを眺め、また懐かしく思う。
(なんだか懐かしんでばかりだ)

およそ1時間ほどで国立駅に到着。

東から西へトウキョウを横断したカタチ。
なるほど、これはちょっとした距離。

歩いて藤川さんのアトリエへ。

      ●

時代に逝き遅れた墓標のように、住宅街に忽然と、その2階建ての建物は、そこに在った。

木製の引き戸に這い上がるような木の階段。
2階は窓も大きく、晴れた日には木漏れ日がキラキラと部屋いっぱいに舞うのだ…という。
今日のような曇り空には吊された裸電球がよく似合う。

綺麗に展示されたドローイングたちや塑像が息を潜めてお出迎え。
ミルで丁寧に挽かれた味わい深い珈琲をいただき、ゆっくりとドローイングたちを鑑賞する。

バラガン展で味わった感慨がよみがえる。

すべてが調和を持って、そこに在った。

描かれたドローイングたちはもちろん、長年使われた道具たちや、
積み上げられたキャンバス、堆積した20年という時間が沁み込んだ壁。

その息づかいが訪れる者に呼応するかのように、振幅する。

…さっと降り注がれた雲間の光。

木の葉のカタチに輪唱する白壁の光の軌跡。

モノを愛し、愛でることで生まれるであろう…その充溢した空間。
まるで日だまりのように、あたたかなひととき。

バラガンがそうであったように、藤川さんもまた、
この場所で思索し、試行し、一歩ずつ創造の輪を広げていったことだろう。

その調和が、なにより心地よいのだ。

      ●

この感覚をシカと刻もう…そんな思いで、
藤川さんのエッチングを購入して帰る。

ルイス・バラガンは語る。

 ノスタルジーとは、個人の過去に対する詩的な認識のことです。
 芸術家にとっては、自分自身の過去は、創造力の源になります。
 建築家も、自らのノスタルジーの啓示に、耳を澄ませてみなければなりません。

「そこに在る」心地よさとは、
「そこに在った過去」から連綿と続く「現在」へと貫いていた。
まさに時間の堆積が生む心地よさではなかったか。

おのれを偽らず、おのれの過去を偽らず、
堆積した時間をリスペクトし、在るがままを表出しよう。
創造とは、過去との呼応がその飛躍の鍵を握るのだ…。

そんな思いに触れた二日間だった。

【bozzo】そこに在る、ということ。(1)


11月1日。日曜日。朝から9月並の気温。
J-waveも「昼間は汗ばむ陽気です」と予想。
しかし、夕方には雨模様。動くなら午前中しかない。

何を思い立ったのか、南青山まで自転車で行ってみることにした。

江東区大島からは直線距離で15キロ。
オキナワなら、那覇から北谷までの距離だ。

何、大したことはない。

      ●

小名木川をそのまま西へ。
新大橋を抜け、Y字を左へ折れ、水天宮へ。
そのまま直進すると築地市場。
築地本願寺を左手にそのまま直進すると、浜離宮に出た。
ここまでおよそ1時間。

もう目の前は東京タワーだ。

日曜日だから道行く車もまばらで、危険も少ない。
途中、幹線道路を横断する小学生がダッシュで突っ込んできたが、
なんとか危険を回避できた。(相当ひやっとしたけど)

ひと息ついて再び自転車を走らせる。

浜松町から大門を抜け、芝公園へ。
東京タワーを迂回するようなカタチで六本木に入る。
ロシア大使館の厳重な警備をよそに飯倉交差点へ。

ここは18年前務めていたハヤサキスタジオのあったところ。

「樺太会館 飯倉セントラル」と書かれた雑居ビルは当時のままの佇まいで、
見上げていると、22歳の自分がスタジオを駆け回っているような気持ちになる。
アシスタント時代の記憶がよみがえってくる。

まさか18年後、このような思いで自分が振り返るとは、当時のボクも思いもよらなかっただろう。

そのまま当時よく使っていた現像所まで自転車で辿ってみる。
麻布十番を抜けて暗闇坂を上がり、元麻布を通って当時のテレ朝通りへ。
不確かな記憶の中、ぼんやりと当時の時間がフラッシュバックする。
現像の入れ込み(受付時間)に間に合わせるため、夕刻のラッシュ時にむりやり車を走らせた。

今は六本木ヒルズがそびえ立ち、道幅も広くなってスッキリしているが、
あの頃は、なんだかいつも渋滞していたように思う。

      ●

六本木通りから「かおたんラーメン」を横目に青山墓地を突き抜け、外苑前まで。

ワタリウム美術館で開催中の「ルイスバラガン邸をたずねる」を見に行く。
ここまで、およそ2時間。
途中、道草もしているので、まあ90分といったところか。