【bozzo】そこに在る、ということ。(1)


11月1日。日曜日。朝から9月並の気温。
J-waveも「昼間は汗ばむ陽気です」と予想。
しかし、夕方には雨模様。動くなら午前中しかない。

何を思い立ったのか、南青山まで自転車で行ってみることにした。

江東区大島からは直線距離で15キロ。
オキナワなら、那覇から北谷までの距離だ。

何、大したことはない。

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小名木川をそのまま西へ。
新大橋を抜け、Y字を左へ折れ、水天宮へ。
そのまま直進すると築地市場。
築地本願寺を左手にそのまま直進すると、浜離宮に出た。
ここまでおよそ1時間。

もう目の前は東京タワーだ。

日曜日だから道行く車もまばらで、危険も少ない。
途中、幹線道路を横断する小学生がダッシュで突っ込んできたが、
なんとか危険を回避できた。(相当ひやっとしたけど)

ひと息ついて再び自転車を走らせる。

浜松町から大門を抜け、芝公園へ。
東京タワーを迂回するようなカタチで六本木に入る。
ロシア大使館の厳重な警備をよそに飯倉交差点へ。

ここは18年前務めていたハヤサキスタジオのあったところ。

「樺太会館 飯倉セントラル」と書かれた雑居ビルは当時のままの佇まいで、
見上げていると、22歳の自分がスタジオを駆け回っているような気持ちになる。
アシスタント時代の記憶がよみがえってくる。

まさか18年後、このような思いで自分が振り返るとは、当時のボクも思いもよらなかっただろう。

そのまま当時よく使っていた現像所まで自転車で辿ってみる。
麻布十番を抜けて暗闇坂を上がり、元麻布を通って当時のテレ朝通りへ。
不確かな記憶の中、ぼんやりと当時の時間がフラッシュバックする。
現像の入れ込み(受付時間)に間に合わせるため、夕刻のラッシュ時にむりやり車を走らせた。

今は六本木ヒルズがそびえ立ち、道幅も広くなってスッキリしているが、
あの頃は、なんだかいつも渋滞していたように思う。

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六本木通りから「かおたんラーメン」を横目に青山墓地を突き抜け、外苑前まで。

ワタリウム美術館で開催中の「ルイスバラガン邸をたずねる」を見に行く。
ここまで、およそ2時間。
途中、道草もしているので、まあ90分といったところか。