
Dance Company BabyQの公演
「私たちは眠らない」を観に、
世田谷シアタートラムへ。
正直、ダンスが後退していて、
ボク的にはつまらなかった。
もっと肉体を感じたい。
竹野に住まう舞台写真家の地域自治。

飛べた!

外で飼い主を静かに待つ。
AIR3331。

坂巻裕一「いのち」展が、12日土曜日に終了。
本人にとっても初個展。
…長屋のみかん箱。
さまざまなひとたちとの交流は、
大いなる糧へと変わるだろう。
タイトルの「いのち」をイメージとする
動画を編集してみた。
筆跡に肉薄する写真を組み合わせた
いのちのカオス…生命の混沌。
音楽は永田砂知子さん。
「ハッピーう~たん」金曜日のゲストだった、波紋音奏者だ。

向井千恵さん。
即興音楽プレイヤー。
坂巻くんがライブペインティングを
行うきっかけになったアーティスト。

ガレリア・グラフィカbisにて
坂巻裕一 「いのち」展 開催中。
2月12日(土) 17時まで

天児牛大、初体験。いや、初体感。
これほどまでに美しいとは。
人間は生まれながらにして「哀しい存在」であることを、
剃髪に白塗りの生まれたままの姿の群衆劇で表現された舞台。
生を授け、年月の堆積のなかで、
さまざまな感情を引き受けて、やがて死してゆく存在。
その背負い込んだ感情すべてを、
天児は身代わりとなって一身に受け止め、
舞うことで葬り去ろうとしていた。
その請負方が、半端じゃなく潔く、
61歳とは思えぬエッジの効いた存り方で
舞台にひとり屹立している。
他の演者を寄せ付けぬ、
強烈な存在感。
背負い込んだ感情を真摯にひとつひとつ
つむぐかのような、ぴーんと張りつめた動き。
舞を観ているだけで、涙が頬を伝う。
おおおおおお、なんと、美しいことだろうか。
これこそが、存り方。
すべてを請け負い、すべての感情に向き合った生き様。
「人間は生以前死以後を知らされず、
ただ今存る現在を果敢に生きるしかない哀しい存在」
どこから来てどこへ行くのか。
天児牛大はその疑問をまさに体現していた。
今までの舞台芸術ではおよそ体感できないほど
センセーショナルなものだった。
合掌。
とにかく放心した。涙した。
“ダンスは緊張と緩和によってつくられる。
すべての生と変化の原理と同様に。
赤ん坊は母親のお腹の中では浮いているが、
この世に産まれ出るとすぐに重力がかかる。
寝そべって、それから這い這いして、
二本足で立って、そして一本足で…。
ですからダンスは緊張と緩和の行為から始まるのです。”
天児 牛大(Vogue Hommes 98-99号より)
様々な「殺す殺される」修羅場が描かれた映画だが、
4時間という長大なストーリー展開の中で、
個々の恨みつらみが、「生きる死ぬ」の時間の中に収斂されていく。
「人はなぜ死ぬんですか?」
そんな単純な疑問が、最終的には
「赦されるために死ぬのだ」だと感じさせてくれる。