全9章、4時間38分。2000年から10年に渡って、
様々な登場人物によって多層に語られる彷徨い。
そのポリフォニックな個人的な恨みつらみが、
かつて「雲上の楽園」と呼ばれた鉱山の廃団地群に
呼び寄せられる場面設定に、物語の強さを感じた。
竹野に住まう舞台写真家の地域自治。
全9章、4時間38分。2000年から10年に渡って、
様々な登場人物によって多層に語られる彷徨い。
そのポリフォニックな個人的な恨みつらみが、
かつて「雲上の楽園」と呼ばれた鉱山の廃団地群に
呼び寄せられる場面設定に、物語の強さを感じた。
「自分が死んだ後も、この世界はずっと続く…
でもそこに自分はいない。そこから続いていく世界を
見ることが出来ない」
すべての登場人物を肯定する為に、
作り手が嗚咽している。神に代わって。
鑑賞ではなく、
体験として接すべき強度がある作品だと思う。
松江哲明(映画監督)

友川カズキの映画「花々の過失」を観た。
1984年に弟「覚」が鉄道自殺。その事実が、カズキを歌わせている…
そう思った。
「人生なにが悲しいって、
出逢った人間が引き裂かれる
<別れ>が何より悲しい」
って、同じ詩人として兄を慕っていた弟の自殺は
友川カズキには、いのち引き摺る出来事であったはず。
詩を書いた位では 間に合わない
淋しさが時として 人間にはある
そこを抜け出ようと 思えば 思うほど
より深きモノに抱きすくめられるのも またしかりだ
あらゆる色合いの ものの哀れが
それぞれの運を持ちて 立ち現れては
命脈を焦がして尽きるものである時
いかなる肉親とてもあまたの他人のひとりだ
その死は実に無残ではあったが
私はそれをキレイだと思った
ああ覚 今もくれんの花が空に突き刺さり
哀しい肉のように 咲いてるど
阪和線富木駅一番踏切
枕木に血のりにそまった頭髪が揺れる
迎えに来た者だけが壊れた生の前にうずくまる
父、母、弟、兄であることをなく
最後まで自分を手放さなかったものの
孤独にわりびかれた 肉体の表白よ
水の生まれ出ずる青い山中で
待つのみでいい どこへも行くな こちら側へも
もう来るな
その死は無残ではあったが
私はそれをキレイだと思った
ああ覚 そうか死を賭けてまでもやる
人生だったのだ
よくぞ走った 走ったぞ 無残の美

竹花英就
約一年ぶりの再会。ひとりロケンロー、健在。
さらに磨きかかって観る者を圧倒していた。感服。


魅起法則で「みきのるむ」と読むらしい。
17歳、18歳、19歳の女の子3人で、
ハードコアな音楽に挑む。
