
ガラス作家、荒川尚也さん。
室町時代、京都の加茂に建てられたこの燈明寺本堂。
横浜の地に移築された今はもう、祈りの場としては機能していない。
しかし、太い木柱で構成された空間には
数百年にわたる念仏の声が染み込んでいる。
去年の夏、ここに立った時、空蝉という言葉が思い浮かんだ。
無色透明のガラスを使って、インスタレーションを試みる。
その迫力たるや。
竹野に住まう舞台写真家の地域自治。

ガラス作家、荒川尚也さん。
室町時代、京都の加茂に建てられたこの燈明寺本堂。
横浜の地に移築された今はもう、祈りの場としては機能していない。
しかし、太い木柱で構成された空間には
数百年にわたる念仏の声が染み込んでいる。
去年の夏、ここに立った時、空蝉という言葉が思い浮かんだ。
無色透明のガラスを使って、インスタレーションを試みる。
その迫力たるや。

千代田区の馬喰町にある「馬喰町ART+EAT」で開かれている
ガラス職人石川昌浩さんと写真家大沼ショージさんの個展に行ってきた。
「人は自分とは違う誰かの表現や行為を通して、
より深く自分を知り、さらには自分を突き抜けて
より普遍的な真実に触れる事ができるのではないか」
…というコンセプトどおり、石川さんのコップは
その姿、その光と影から、真実を語りかける。
手作業で毎日毎日吹かれるコップたち。
ひとつとして同じカタチはない。
肉厚なそのガラスの器を手に取ってみる。
肌に吸い付くような、やさしい存在。
そして、光に透かしてみる。
パッと広がる光紋…うつくしい。
この光紋のうつくしさに魅せられ、
ショージさんは夢中になってシャッターを押したのだろう。
その感動が、そのまま印画紙に焼き付かれて…在った。
◎
「コップとて」
石川昌浩 ガラスのうつわ+大沼ショージ 写真
2011.5.17(火)~6.4(土)
*21日(土)17~19時はライブのリハーサルのためクローズします
◎11:00~19:00(最終日は17:00まで)
◎日曜・月曜・祝日は休み
【予約受付中!】
「コップとて」スペシャル・ライブ「ヘイ!うたいましょう by 馬喰町バンド」
◎
一見の価値、触れてみる価値、大いにあり。

東京国立近代美術館で行われている「岡本太郎展」へ足を運んだ。
評判通りの人だかりで、はじめためらわれたが、
それでも平日午前中とあって、館内はスムーズに見ることができた。
そこで岡本が1948年に記した文章に目が留まった。
我々は現実を正面からぶつかって行かなければならない。
この態度は単にロマンチックなものではなく、むしろ逆にロマンチックであると同時に
極度にレアリスティックなものとでも云ふべきであろう。
まづ冷静に現実を観察して、上述の二つの極性を見究め、
これを主体的にとらへることによつて、相互を妥協折衷することなく、
逆に矛盾の深淵を絶望的に深め、その緊張の中に前進するのである。
今日峻厳な魂は合理主義、非合理主義のいづれかに偏向し、安心立命すべきではない。
又それらを融合して微温的なカクテールをつくるべきものでもない。
その精神の在り方は、強烈に吸引し反撥する緊張によつて両極間に発する火花の熾烈な光景であり、
引裂かれた傷口のやうに、生々しい酸鼻を極めたものである。
これは当時の画壇で対立していた「抽象絵画」と「シュルレアリスム」を
受けて岡本太郎がとらえた【対極主義】の宣言である。
しかしボクはここに原発推進と原発反対の対立を見た。
そして、そこに対極する姿勢として私たちが取るべき態度を見たのだ。
「ロマン」とは未来志向であり、「リアル」とは現実主義である。
「事勿れ」の対応ではもはや済まされない、原発の問題。
ここはひとつ大いに議論するべきではないか。
そして、その対極にこそ、新たな地平が見える。
岡本太郎氏の「明日の神話」のように。
東京に出てきて、2年だとのこと。
ボケとツッコミのリズム激しい、正統派漫才。

明生会春季大会の撮影で、
喜多六平太記念能楽堂へ。

「せんだぶにん」佐藤陽さん。

シテは粟谷明生さん。

シテは粟谷能夫さん。
父である故粟谷新太郎氏の十三回忌追善で舞う。

喜多流能楽師、粟谷明生さんが在籍する粟谷能の会の撮影で国立能楽堂へ。
右も左も分からぬ状態で、感性のままシャッターを切る。