
天児牛大、初体験。いや、初体感。
これほどまでに美しいとは。
人間は生まれながらにして「哀しい存在」であることを、
剃髪に白塗りの生まれたままの姿の群衆劇で表現された舞台。
生を授け、年月の堆積のなかで、
さまざまな感情を引き受けて、やがて死してゆく存在。
その背負い込んだ感情すべてを、
天児は身代わりとなって一身に受け止め、
舞うことで葬り去ろうとしていた。
その請負方が、半端じゃなく潔く、
61歳とは思えぬエッジの効いた存り方で
舞台にひとり屹立している。
他の演者を寄せ付けぬ、
強烈な存在感。
背負い込んだ感情を真摯にひとつひとつ
つむぐかのような、ぴーんと張りつめた動き。
舞を観ているだけで、涙が頬を伝う。
おおおおおお、なんと、美しいことだろうか。
これこそが、存り方。
すべてを請け負い、すべての感情に向き合った生き様。
「人間は生以前死以後を知らされず、
ただ今存る現在を果敢に生きるしかない哀しい存在」
どこから来てどこへ行くのか。
天児牛大はその疑問をまさに体現していた。
今までの舞台芸術ではおよそ体感できないほど
センセーショナルなものだった。
合掌。
とにかく放心した。涙した。
“ダンスは緊張と緩和によってつくられる。
すべての生と変化の原理と同様に。
赤ん坊は母親のお腹の中では浮いているが、
この世に産まれ出るとすぐに重力がかかる。
寝そべって、それから這い這いして、
二本足で立って、そして一本足で…。
ですからダンスは緊張と緩和の行為から始まるのです。”
天児 牛大(Vogue Hommes 98-99号より)