ボストンテリア「セシル」


「南国ドロップス」録音における、もう一つの立役者が
このボストンテリア「セシル」だ。

こう見えても「メス」である。
    ⇒そう聞くと、セクシーに見えてくるから、不思議だ。

録音でガチガチになったメンバーを
豪快な鼻息で和ませてくれた。

「セシル」本犬も、メス特有の体調を迎えている状態だったのだが、
その興奮状態が、逆によかったのだろうか。盛んにぴょんぴょんと飛び跳ねるその姿に、
「南国ドロップス」のグルーヴそのものをメンバー全員に思い起こさせたのだった。

「セシル」…リスペクト!!!!!

写真は、飼い主である「南国の夜」オーナーとのショット。…手前が「セシル」だ。

音楽ユニット「アセロラ・ダイエッツ」


今回の「南国ドロップス」の一発録音に
多大なお力添えをいただいた音楽ユニット、「アセロラ・ダイエッツ」。

「ちょっと他にはない感じ」とナッキー(左)が発言するように
ドニー(右)との音のコラボレーションは、筆舌に尽くしがたい感じだ。

ボクも今回のレコーディングでその存在を知ったので、
「アセロラ・ダイエッツ」の音源に関しては、あまりうまく説明ができないが、
彼らの「耳」があったからこそ、「南国ドロップス」の一発録音も成功できた…と言える。

その場の空気を和ませる術を心得ていて、
コチコチに固まった「南国ドロップス」のメンバーを
絶妙なグルーヴ感まで持ち上げたドニーのMCには感服。

今回、ナッキーはアルトサックスで自ら録音にも参加してくれている。
3管では難しかった音の厚みも、ナッキーの参加で見事に再現されている。

「アセロラ・ダイエッツ」…リスペクト!!!!!!!!!!!

彼らの存在は、とても大きかった。

「南国ドロップス」レコーディング


このゴールデンウィーク、
わたしたちのバンド「南国ドロップス」はレコーディングを行った。
ホームグランドである「南国の夜」での4日間集中録音だ。

できるだけバンドの音を再現したい!
…だから一発録りに近いカタチで、
リズム隊(ドラムス・ベース・キーボード・ギター・コンガ)と
ホーン隊(トランペット・トロンボーン・オーボエ・アルト)を
交互に「せいの!」で録音した。

それぞれの楽器にチャンネルを与え、オンマイクで音源を採りながらも、
全体の演奏からグルーヴ感をまるまる録り込む。
「南国の夜」のライヴな空間が適度な反響音を産み、
とても温かい音源を採取することに成功した。

今回録音した楽曲は以下。

1.哀愁ブルー
2.Caravan
3.エキゾチック・シャワー
4.ラブラ・アボカドール
5.チェリー・ブロッサム
6.都会
7.波

2と6以外はオリジナル楽曲である。

今月中にすべての音源がそろい、
ミックスダウン⇒マスタリング⇒プレスへと
…制作は進行する。
夏にはCDとして巷に販売される予定。

公民館的コミュニケーションバー「南国の夜」

われに五月を ~寺山修司を唯ふ~


1983年の今日、5月4日、寺山修司は亡くなった。

「五月に咲いた花だったのに、散ったのも五月でした」

三周忌の記念に復刊された最初の作品集
「われに五月を」の冒頭で添えられた母の言葉である。

彼は47歳にして永眠してしまうのだが、
最初の作品集「われに五月を」からすでに
彼は死と隣り合わせだった。

ネフローゼと呼ばれる難病で死の床にあった
20歳の若き詩人の才能を買っていた編集者が
なんとかカタチに残そうと奔走した一冊が
「われに五月を」だったのだ。

だから、彼の短歌や散文は、
はかなさが常にただよっている。

若さゆえの「もろさ」や「非情さ」がちりばめられた
ガラス細工のような繊細さが、胸を打つ。

    三つのソネット

    2.  ぼくが小鳥に

    ぼくが小鳥になれば
    あらゆる明日はやさしくなる
    食卓では 見えないが  
    調和がランプのようにあかるい
    朝 配達夫は花圃を忘れる
    歳月を忘れ 
    少女は時を見捨て
    ぼくには 空が青いばかり

    そこに世界はあるだろう
    新しいすべての名前たちもあるだろう
    だがしかし 名前の外側では無窮の不幸もあるだろう
    
    小鳥となるな
    すくなくとも ぼくはなるな
    手で触れてみない明日のためには

   
寺山修司とボクの青春時代が密接につながる背景は
彼のアフォリズムに富んだ作品群だけでは語れない。

実際、ボクは寺山の死を身近に感じたのだ。

あれは中学三年生の四月。
大阪の田舎から東京杉並の一等地に引っ越してきて半年。
内省的な性格だったボクは、東京の地に半ば馴染めず、
行き場を失いながらも、高校受験というレールの上で
毎日を過ごしていた。

そんな中学時代の通学路に
寺山修司が救急で収容された河北総合病院があった。

     ぼくはその現場を目撃している。

     ……寺山が乗った救急車とニアミスをしている。

すでに23年も昔の話だ。
もしかしたら、そう錯覚しているだけかもしれない。

あとから見た夕方のニュースの映像が
オーバーラップしている可能性も、ないとは言えない。

しかし、ボクは報道陣が多く集まった救急口の横を
怪訝な顔をして眺めながら通り過ぎた記憶が、確かにあるのだ。

それからというもの、ボクの中での寺山修司は
あの救急車のざわめきと報道陣のざわめきと、共にある。

強烈な印象として、深く刻まれてしまった。

とてつもない偉人の最期に立ち会ったような、
自負にも近い気持ちとともに。

フォトジェニックなベーシスト、Gandhi。


SKA69のベーシストであり、
CINEMAdubMONKSのベーシストでもある。
普段はJAZZの演奏をこなしている。

その風貌がインドのガンジー首相に似ているから、
こんな呼び名になった。

見事にフォトジェニックな被写体である。
往年のミュージシャンを彷彿とさせる。

実際、彼の演奏は骨太で、
弦高の高いウッドベースをベンベンと叩きながらプレイし、
顔の動きも音に合わせて変化するから、
聴衆は自然と彼の音に吸い込まれていく。

すばらしいプレイヤーだ。

CINEMA dub MONKS official site

妻、帰国。


本日、4日19時。妻がフィリピンより帰国する。
去年の5月23日に成田から飛び立っての、1年ぶりの日本だ。

まずは日本のおいしい物をたらふく食べてもらおう。

フィリピンでの日本語教師の責務は、大変だったことだろう。
かなりやり甲斐のある仕事であったと思う。
フィリピーノの教え子たちには、内緒の帰国だ。
彼女を慕っていた生徒たちが、先生が不在を知って
憐憫に涙するのは、想像に難くない。

そんなかわいいピーノたちのためにも、
この経験をしっかり生かし、次のステップに進んでもらいたい。

お疲れ様でした。

SKA69 in mofgmona


ゴールデンウィークあたまの4月30日、
Ska69が宜野湾のmofgmonaというカフェでライブを行った。

沖縄には、意外とおしゃれなカフェが多いのだが、
ここmofgmonaは字面から言っておしゃれだ。
響きもやわらかくて、店の雰囲気にとてもマッチしている。

そんなステキな空間で、
30代の加齢臭が漂いそうな男8人が占拠したライブ。
できるだけ空気を壊さないように、
リラックスしてゆるりとSKAが演奏できたら…

ふたを開けてみれば、
やはりいつものライブでした。

繊細な魅力というより
骨太で荒削りなサウンドが身上のバンドだからね。

とっても楽しめた一夜。
オキナワンナイトな一夜でした。

mofgmona

カポエイラのJaime


沖縄に限らず、ALT(Assistant Language Teacher)と呼ばれる
ネイティブのイングリッシュティーチャーは各県に存在するが、
彼らの日本に対する好奇心は、ステキだ。

この写真でポーズを決めるMr.JaimeもALT。
イギリス出身で、大学の専攻はmodern artというからおもしろい。
彼は近々、アートの造詣を深めるため、東京へ旅立つ。
日本語が上手で、習字も達筆。日本人よりも、日本人らしい。

でもそんな彼が一番光っているのは
カポエイラを演舞するとき。

しなやかな肉体が音楽にあわせて
右に左に動くと、惚れ惚れしてしまう。

カポエイラ ド ジャパォン

fotologue OPEN!!


このブログの当初の目的は、
できるだけ多くの方にボクの写真も見てもらうことにあった。

そして、そんな目的に最適な場所をみつけた!
「amana」というリースフォトなどを主に行っている写真の総合プロダクションが
2005年に立ち上げた「fotologue」がそれ。

昨年までは一般開放されていなかったのだが、
2006年からは一般の写真家も利用が可能となった。
写真をプレゼンテーションするには、格好のブログスタイルだ。

今後はこちらで写真を主体とした展開を行っていく。
アクセスをよろしくお願いします!

bozzo*bozzo*bozzo

もちろん、写真日記も継続して展開します。
この写真は普天間基地上空。
辺野古にいずれは移動するはずの、問題のヘリが
夕方の普天間をバタバタと音をたてて、飛んでいった次第。

夕方の普天間基地では子供たちが…。


散髪を終えて、夕方の普天間基地へ。

子供ふたりが、サッカーなのか、鬼ごっこなのか、じゃれあっていた。
フェンスを隔てた中は、これだけの広大なスペース。
4.8キロ平米というから、東京ドーム100個が入る広大な敷地。
2700mの滑走路まで横たわっている…というから驚き。

さらに驚きなのは、「思いやり予算」と呼ばれるもの。
基地内で働く日本人の月給や、米軍施設の光熱費などが税金で賄われている。
その額およそ2300億円!

そのうえさらに在日米軍再編費用として
260億米ドル(国民一人あたり2万円強!)を要求しているのだから、
まったくもって解せない話。

こういった「わだかまり」も含めて
辺境の地には、戦後を未だに引きずっている現状がある。
…フィリピン、沖縄。

特にフィリピンの目も当てられない貧窮問題は、
戦争に起因していると言って過言ではない。

普天間飛行場