散髪で「みそぎ」してきました


むしゃくしゃした気持ちを切り替えるには
身体的な快楽がいちばん!…と、行ってきました「散髪」に。

さっぱり短く切って、ひげも剃り落とし、
最後に洗髪すれば、身も心も頭も軽くなったみたい。

ふう。

とにあえず、ゴールデンウィークは音楽三昧と行きますか?

「散髪でみそぎ」敢行してくれたのは、古謝さん。
沖縄に来てから9年、一途に切ってもらってる。
この9年間の髪の衰退を、しっかり見守ってきてくれた。

もう、フォロー出来ない状態。
だから、一途に行くしかない。

お世話になってます。これからもよろしく。

I’m a loser!

オキナワは連休中に梅雨入りする。
世間がゴールデンウィークの5月晴れにウキウキしている…というのにである。

そして、ボクは今日から梅雨入り宣言!

広告会社の責務の常として、
お仕事を得るためのコンペティションというのがあり、
これを勝ち取らないと、明日のおまんまが食えない。

だから、まさに血眼になって企画を練る。
プレゼンテーション前日は寝る余裕もない。
心臓には、とても悪い業務である。

それだけ自分を追い込んで臨んだコンペティションであったが、
結果は、LOSER!

    おいおい。

気分は陰陽師である。
「風を吹け!嵐を呼べ!地を荒せ!破壊せよ!」
すべてをご破算に祀り上げ、無に帰してしまいたい。

突然、船が暗礁に乗り上げたような、行き場のない感じ。
…これが、競争社会。

屋根より高い鯉のぼり


名護の保育園にて。
大きな鯉のぼりが万国旗のように飾られてあった。

「子供の日」に「鯉のぼり」はシンボル。
いつの世代の人にも子供時代を連想させるアイテムとして
「クリスマスツリー」と同じぐらいメジャーな存在だ。

そんな「鯉のぼり」も江戸時代の庶民のアイディアから始まった…というから驚き。

強い男に育てよ!と【勝負と菖蒲】を絡め、
鎧を神棚に飾り、軒先にノボリを立てた。

そんな親の思いを「鯉」に託して、どうせ幟を立てるなら
空に昇る「鯉の様」をカタチにしたら?…といった発想だろう。

その視点の転換が、ADマンだなあっと感心する。

エイアンドダブリュ(A&W)


昭和38年創業の老舗ファーストフードレストラン。
「レストラン」というのがポイントである。

ドライブインというアメリカンなシステムで
車内にいながらにして、アメリカンなバーガーにありつける。

昔はさらに屋外シアターまであって、
「アメリカ世(ゆ~)」な世界が現実だった。

【アメリカ=裕福な夢の世界】

そんな感覚も過去の時代。
A&Wもアメリカンからの脱皮を図りつつある。

オキナワンなファーストフードとして確立してほしい。
もはや大切な沖縄の財産…とも言える。

エイアンドダブリュ沖縄

26年前の趣旨はなんだったのだろう?


名護の「21世紀の森」に行ってきた。
人工ビーチである。
なんだか、前よりも人工化が進んでいるような気がする。
新たに持ち込まれたのだろうか、白い砂がこんもりとした山を作っていた。

名護市はどんどん都市化(近代化?)が進んでいるのだろうか?
名護市民はどんな未来図を、この土地に描いているのだろう。

普天間基地の辺野古沖移転も、先行きが心配な問題である。
写真は3月に那覇の国際通りで見かけた、基地移設反対のデモ行進の一コマだ。

自然との共生が今後どうなるのか、名護市の未来を憂いながらも、
素敵な回答を体現した建築物が、この地にあることを…思い出した。

「21世紀の森」の向かい、象設計集団の建築した「名護市庁舎」がそれである。
 ⇒「21世紀の森」の第一次設計計画も象設計集団の大竹康市によるものだ。

この「名護市庁舎」は日本建築学会賞を受賞している。
今は亡き建築家の大竹康市が、「開かれた市庁舎」のコンセプトのもと、
沖縄の風土にあった建築として、「開放的」で「親しみやすい」空間をめざした結果、
「風のミチ」や「外皮」の工夫が採られ、冷房設備の要らない調和のとれた建築となった。

1980年だから、26年も前の話である。

「名護市庁舎設計競技の趣旨」として、当時の名護市長はこう記している。

沖縄は亜熱帯に属し、多くの島々と周辺海域によって成り立ち、日本でも特異な自然環境に置かれている地域である。
古来、人々はこの自然に生き、人と自然、人と人との長い関わりの中から独特の風土が形成され、
地域の個性的な感性と建築様式が生まれてきた。
(中略)
市庁舎の建設にあたって、風土が問題にされる背景には、地域が自らの文化を見据え、
それを中央文化との関係のなかで明確に位置づけてこなかった問題があろう。
(中略)
主催者は、今回の競技において、沖縄の風土を確実に把え返し、
地域の自治を建築のなかに表現し、外に向かって「沖縄」を表明しうる
建築をなしうる建築家とその案を求めるものである。

…気概をもった趣旨だと思う。

目の前に拡がる入り江を見ながら考える。

これだけの埋立を敢行して、外に向かって「沖縄」を表明しうるのだろうか?
さらには辺野古に2つもの滑走路を構築して、「沖縄」を語れるのだろうか?

…はなはだ疑問である。

名護 21世紀の森

フィリピーノの夜は長い


同じマニラベイの情景。

なにやら、イベントの仕込みで夕方でも働くフィリピーノがいる。
おそらく、近日中にこの場所で大きなイベントが催されるのだろう。
舞台の設置が急ピッチで行われている。

大晦日のマニラベイは、とんでもない状況だった。
10万人の人出があったというから驚きだ。

夜になると、方々から人々が集まり、酒を交わし、音楽に酔いしれる。
陽気なフィリピーノの、至福の時間だ。

マニラベイの夕暮れ


同じ時刻、マニラベイはもっとロマンチックに日は暮れていた。
夕日の沈み込むのを眺めて過ごす時間は、悠久の時だ。

グラデーションが見事な演出を施すので、
夢心地な気分にさせてくれる。

まさに恋人たちの時間。

サンチャゴ要塞で毛遊び

サンチャゴ要塞は日本人兵がフィリピン人を大虐殺した現場。
多くのフィリピン捕虜が閉じこめられた牢獄は、
流れ込む川の水で、そのまま溺死するような恐ろしいしくみだったらしい。

60余年前の出来事である。

そんな遺跡のすぐそばでは、若者たちが集ってはしゃいでいた。
脇には恋人達が夕暮れの時間を楽しんでいる。

沖縄にも昔、「毛遊び」といった若者たちの集いがあった。

サンシン(三味線)を片手に、男女が浜辺に集い、
唄を歌い、踊り、夜を明かした。

フィリピンの男女も、唄を歌い、踊っていた。