【mar_24】ユウカリウム


清水さんの作品_「ユウカリウム」。
ユーカリの木を彫って創ったから「ユウカリウム」。

その存在感は、他の作品を圧倒していた。

小田原にある国の重要文化財「静閑亭」にて、
若手木工グループ「いぶき会」のグループ展が開催中。

静閑亭は明治39年(1906)の建物。
小田原の木工も同じぐらい歴史と伝統のある工芸だ。

      「第二回いぶき会」

●会期 2012年3月18日~4月1日(火曜日定休)/入場無料
●展示時間 11:00~16:00(最終日は15:00まで)
●場所:清閑亭 〒250-0013 小田原市南町1-5-73 TEL 0465-22-2834

【mar_24】清水さん一家


小田原で3年ぶりの再会。
清水さん一家。

3年前は沖縄の瀬底島で
写真を撮った。

この3年で、子どもたちは
大きく成長していた。

アートな夫妻のアートな家族。
だから子どもたちも絵を描くが好き。

将来は「手を使う」職人になるのかな?

今から楽しみ。

【mar_23】コンドルズ


世田谷パブリックシアターで、
近藤良平率いるコンドルズを観る。

たまらんねえ。

男だけの舞台。

男子的小ネタオンパレード。
ダジャレで押し通す、舞台構成。
どこまでもハチャメチャで、
ノオテンキで、しかもダンス。

デブもヤセも
でっかいのもちっちゃいのも
一様に同じダンスを見せる。

息を切らせて、カラダがうまくコントロールできなかったり、
予定通りの動きができず、ユニゾンが図れなかったり。

それでも、カラダを動かすことで
こんなにも気持ちに余裕が出てくるのは、なんでだ?

同じような台詞のやりとりでも、
同じような舞台展開でも、
身体表現の動きが加わることで、
なんでこうも気持ちがリラックスするのだろう?

やはり、人間は動物ってことだね。

躯体のタイプがちがっても
血潮が漲っていて、今息をして、今動悸が激しくて、
今筋肉が躍動してて、今足先の靱帯がピーンと張ってて…と、
カラダの構造はいっしょなんだよね。

そんな、肉体ありきの表現ってのが、
観る側にも心和ませるものがあるンだなあ。

近藤良平、すばらしいな。
コンドルズ、すばらしい。
ダンス、すばらしい。

【mar_16】吉本隆明が死んだ


昭和の巨星、吉本隆明さん逝く。87歳。

大学時代、「共同幻想論」にはまった。

人文書を読み漁り、吉本さんの明晰な原理分析に
何度も何度も頷いたもんだ。

日本の知性の基礎を築いた人と言っていいと思う。

ばななのコメントが、また泣ける。

ありがとうございました。合掌。

【mar_16】川村美紀子


中野RAFTで行われている
「Dance/Nest more」

締めは川村美紀子さん。

もうダンスの域を超えている。
演劇なのか?ドラマなのか?
その意表を突いた展開は、なに?

それでもしっかり
ダンスで見せるところは見せてくれて、
その切れ味に感嘆してしまった。

すばらしい表現者だ。

【mar_16】入手杏奈


中野RAFTで行われている
「Dance/Nest more」

入手杏奈さん。

「ゆらゆら帝国」の「ミーのカー」をBGMにしながら、
雨音のSEと絡めて女性の狂気を表現していたように思う。

生きていることの突き動かされる感じ
そう、ピュシスの湧き上がる様相が、
迸っていて、とても魅力的だった。

これだから、ダンスは面白い。

【mar_16】山下彩子


中野RAFTで日曜まで開催される
若手ダンサーの発表の場、「Dance/Nest more」

女性ばかり3人が、
20分の持ち時間を存分に使って身体表現。

それぞれの個性が光る。

言葉にはできない、
生きていく上での孤独感や、
現代社会のmadな様相や、
錯綜した情報の混濁具合を、
みごとに体現されていた。

写真は、山下彩子さん。

【mar_14】父の愛人


父の愛人」試写前、
挨拶をする迫田公介監督。

38分間の中に凝縮された人間模様。

不在の父と関わる3人の女_娘、妻、愛人。
それぞれが不均衡な心の揺れを抱え、生きる。
父の不在が、「孤独」を弥が上にも突きつける。

その「孤独」を引き受けるか、やり過ごすか。

人間は弱い。孤独には滅法弱い。

だから人は、「その日暮らし」に
「終わらない日常」をやり過ごしている。

「愛されない」ことの恨みつらみを吐露し、悲劇の渦中に悶々とするか。
「愛する」行為に溺れ、浮ついた思いに盲目となるか。
どちらにしても日常をやり過ごすことに違いは、ない。

そのことに気づいた人間は、メンチを切って
しかと己の「孤独」を引き受けるのだ。

孤独とのタイマンを張ると、人は強くなれる。
「父の愛人」は、そんなことを想起させる映画だ。

…で、THEATRE_BROOKの「無実の子」を思いだした。
 
 「無実の子」 詞・曲/佐藤タイジ
 
  あぁ 無実の子よ 光にまみれて
  踊りつづけておくれ お願いだから
 
  そして 海へ出よう 熟れきったバナナは
  落ちて腐るだけだから 水しぶきの 光の波

  ハレルヤ 夜が明ける前の明るい星に
  ハレルヤ 赤くなり出した 東の空

  おぉ待ち遠しい おぉ待ち遠しい おぉ待ち遠しい あなたに逢うのが
  おぉ待ち遠しい おぉ待ち遠しい おぉ待ち遠しい 大事なあなたが

  あぁ 青い雨よ 乾いた街を
  祝福してください 祝福しておくれ

  タスケテ 夜が明けるまでに叫びつづけて
  なんにも 出来ないことに 膝から崩れ落ちて

  おぉ待ち遠しい おぉ待ち遠しい おぉ待ち遠しい あなたに逢うのが
  おぉ待ち遠しい おぉ待ち遠しい おぉ待ち遠しい 大事なあなたが
 
  大事なあなたが 最後の 逃げ道だった

はじめこの唄を聴いたとき、
不均衡な心を「あなた」に依存する唄だと思ったのだけど、
…「逃げ道」という自覚的な台詞からして依存度の高いイメージだ。

最近、この「あなた」はピュシスじゃないか…と思うようになった。

ピュシスとはPHYSISと書いて「自然」と解する。
それも人間の主観を離れた「大いなる自然」である。

…変化する現象の根底をなす永遠に真なるもの。

人はそれぞれの人生を全うすることでしか
この三次元の世界に留まることはできない。

しかし、己の生命の源であるピュシスは、
人の存在を離れて連綿と、そこに在る。

いわば、命の根源。
これが地球誕生からの56億年間、生命を突き動かしている。

ここで語るには大きすぎる話だけど、
「孤独」を引き受ける…とは、ピュシスを感じることだと、
ボクは思うのだ。