【UNITE!NIPPON】宣言_108


独立行政法人「防災科学研究所」の募集で集まった
「災害記録ボランティア」のメンバー。

「ぼくらも被災者」

この言葉は、誤解されるので注釈すると、
「被災者の気持ちに寄り添う」という姿勢を顕す。

ボクらは決して被災者ではない。

ただ、寄り添うことは出来る。

その思いで常に被災地に降り立て!
…と毎日のミーティングで口酸っぱく言われた言葉だ。

【UNITE!NIPPON】陸前高田市_9


キズついても
キズけば
キズなとなる

ナカヤーマンの言葉。

あらためて深い…と感じた。

打ち拉がれた思いを
共有できれば、
それがキズきとなって
広がる。

今回の震災は甚大な被害だけれど、
ひとりでも多くの人間が(あえて国民ではなく)
この被災地のガレキに思いを馳せてくれれば、
きっとこの地球はよりよい方向へ向かうと思う。

ミヒャエルエンデの言葉が刻まれる。

「問題は全科学が自負する客観性なのです。
 わたしはこの客観性に異論があります。
 ナイーブな基本姿勢に思われます。
 その結論では自然科学とその一連のものが計測、計算
 できるものだけを現実として認めるということです。
 それは現実のあくまでも一部であり、
 もしかしたら最も重要な部分でさえないかもしれないわけです」

人知を超えたものが実在する。
そのような畏怖の念を保ち続けること。
それはなにも宗教的な懺悔する心ではない。
ひとこと「常に謙虚」で有られることではないか。

【UNITE!NIPPON】陸前高田市_8


なにもかも失って
言葉まで失ったが
言葉は壊れなかった
流されなかった
ひとりひとりの心の底で

言葉は発芽する
ガレキの下の大地から
昔ながらの訛り
走り書きの文字
途切れがちな意味

言い古された言葉が
苦しみゆえに甦る
哀しみゆえに深まる
新たな意味へと
沈黙に裏打ちされて

   ◎

谷川俊太郎
朝日新聞「5月の詩」から。

   ◎

陸前高田の現場に降り立ってみて
そのガレキの盛り上がった町並みに
言葉を失ったのだけど、

そこで悲惨だ…と突き放すのではなく、
寄り添うように努めた。

これがボクの愛する町だったら、
どんな気持ちで眺めるのだろう…と。

そうすると、ガレキのひとつひとつが
とてもいとおしく思えるようになれた。

ひとつひとつに思い出が詰まってる…そう思った。
だから、ひとつひとつの思いを摘み取るように
シャッターを押そうと思った。