
キズついても
キズけば
キズなとなる
ナカヤーマンの言葉。
あらためて深い…と感じた。
打ち拉がれた思いを
共有できれば、
それがキズきとなって
広がる。
今回の震災は甚大な被害だけれど、
ひとりでも多くの人間が(あえて国民ではなく)
この被災地のガレキに思いを馳せてくれれば、
きっとこの地球はよりよい方向へ向かうと思う。
ミヒャエルエンデの言葉が刻まれる。
「問題は全科学が自負する客観性なのです。
わたしはこの客観性に異論があります。
ナイーブな基本姿勢に思われます。
その結論では自然科学とその一連のものが計測、計算
できるものだけを現実として認めるということです。
それは現実のあくまでも一部であり、
もしかしたら最も重要な部分でさえないかもしれないわけです」
人知を超えたものが実在する。
そのような畏怖の念を保ち続けること。
それはなにも宗教的な懺悔する心ではない。
ひとこと「常に謙虚」で有られることではないか。