山形銀山温泉 その2


国の登録文化財にもなった
「能登屋」に泊まる。

能登地方の人物が銀山を当て、
そこに温泉宿も建てた。

能登の人間は、外商が優れていて、
「薬売り」から「鉱山掘り」まで
たくましい生き方をされていたようだ。

だからここ「能登屋」も
許をたどれば能登の人間が建てた旅館である。

夜明け前の黎明とした光の色と、レトロな照明。

なんとも絶妙なバランスで、この場所で象徴的に収まっている。

山形銀山温泉 その1


09月24日。
打ち合わせを終えた足で、そのまま山形新幹線に乗り込む。
目的地は、山形銀山温泉。

「おしん」の舞台にもなったとされる
大正時代の雰囲気をそのまま残した温泉街。

3時間の道程をかけて山形駅へ。
その後、奥羽本線を北上し、大石田まで。
大石田駅から車でさらに奥地へ。
結局、5時間もの長旅で辿り着いた秘境の温泉である。

朝日に照らされた外観は、
100年もの時間の流れが
しっかりと息づいていた。

銀山温泉

御胎内清宏園


園内は広く、整備が行き届いてない印象だが、
ふと、このような橋がかかっていたりすると、
なんとも言えないイメージが立ち上がってくる。

御胎内洞窟


御殿場の富士山のふもとにある、
御胎内清宏園なる
植物公園に、09月24日立ち寄った。

そこには天然記念物の「御胎内洞窟」があった。

全長155mなのだが、まったく電気がない。
曲がりくねった洞窟の中を、ひたすら中腰で歩く。
途中、カラダを寝かせて、這いずりながら進んだ。

懐中電灯がなければ、前後不覚に陥る。
155mとは思えないサスペンスな造り。
子供たちが泣きじゃくる中、
大人たちは必死になって、出口を探して這い回った。

真っ暗な中、泣き声だけがこだまする。
どこが出口かわからないまま、中腰で歩くのは、
かなり切迫したムードになる。

たしかに子供たちには、酷な状況だ。

息が上がる。

なんとか、出口に到着。
出てしまえば、どうってことない洞窟なのだが、
自分の姿も確認できない状況下では、
迫り来る恐怖感は、半端じゃない。

ひとりでは、まずクリアできなかっただろう。

富士山のふもとは、不思議がいっぱいだ。

たぬき/山之口貘


てんぷらの揚滓それが
たぬきそばのたぬきに化け
たぬきうどんの
たぬきに化けたのしても
たぬきは馬鹿に出来ないのだ

たぬきそばはたぬきのおかげで
てんぷらそばの味にかよい
たぬきうどんはたぬきのおかげで
てんぷらうどんの味にかよい
たぬきのその値がまたたぬきのおかげで
てんぷらよりも安あがりなのだ

ところがとぼけたそば屋じゃないか
たぬきは生憎さま
やっていないんですなのに
てんぷらでしたらございますなのだ

それでボクはいつも
すぐそこの青い暖簾を素通りして
もう一つ先の
白い暖簾をくぐるのだ

    ●

この詩ではじめて「たぬき」に、合点した。

なるほど「たぬきそば」は
「てんぷらそば」に化けたって意味なのね。

諸説いろいろあるみたいだが、
この理屈がいちばん、説得力があるじゃない。

「きつねそば」は
油揚げが「きつね」に似ているからってな
理由だったような。

しかし、関西では
「たぬき」が油揚げをのせたそばで
「きつね」が油揚げをのせたうどん…
というからややこしい。

しかし、江戸の町民は、洒落があって、粋だねえ。

紙の上/山之口貘


戦争が起き上がると
飛び立つ鳥のように
日の丸の翅をおしひろげそこからみんなで飛び立った

一匹の詩人が紙の上にいて
群れ飛ぶ日の丸を見上げては
だだ
だだ と叫んでいる
発育不全の短い足 へこんだ腹 持ち上がらないでっかい頭
さえずる兵器の群をながめては
だだ
だだ と叫んでいる

だだ
だだ と叫んでいるが
いつになったら「戦争」が言えるのか
不便な肉体
ともる思想
まるで沙漠にいるようだ
インクに渇いたのどをかきむしり熱砂の上にすねかえる
その一匹の大きな舌足らず
だだ
だだ と叫んでは
飛び立つ兵器の群をうちながめ
群れ飛ぶ日の丸を見上げては
だだ
だだ と叫んでいる

頭をかかえる宇宙人/山之口貘


青みがかったまるい地球を
眼下にとおく見下ろしながら
火星か月にでも住んで
宇宙を生きることになったとしてもだ

いつまで経っても文無しの
胃袋付きの宇宙人なのでは
いまに木戸からまた首がのぞいて

米屋なんです と来る筈なのだ

すると女房がまたあわてて
お米なんだがどうします と来る筈なのだ

するとボクはまたボクで
どうしますもなにも
配給じゃないか と出る筈なのだ

すると女房がまた角を出し

配給じゃないかもなにもあるものか
いつまで経っても意気地なしの
文無しじゃないか と来る筈なのだ

そこでボクがついまた
かっとなって女房をにらんだとしてもだ

地球の上での繰り返しなので
月の上にいたって
頭をかかえるしかない筈なのだ

年輪/山之口貘


ふと かれに出会って
ふと キスされて
ふと かれが好きになって
ふと すばらしいとおもって

ふと ほほえんで
ふと 大きなこえをあげて
ふと 未来をちかって
ふと うつくしい生活をはじめて

ふと 子供に見とれて
ふと かれの変化に気づいて
ふと 捨てられたことをしって
ふと 涙をながして

ふと ひとりぼっちになって
ふと 身よりをたずねて
ふと 顔のしわをみつめて
ふと 眼を閉じて

    ●

本日、眼科に行く。
2週間ほど前から右眼が充血。
まぶたの内側になんだかできものが。

ひととおりの検査をしてもらう。
視力、眼圧、内障など。
左眼が視力0.1となっていることに驚く。

うちまぶたの白いできものは
どうやらシコリのようなものらしい。
異物が入って出来た疵が、そのまま固まったようだ。

これも歳のせいか。

目薬でシコリを小さくはできるが、
完全除去は手術が必要…とのこと。

おいおい、今度は眼の手術?

なんだか、いろんなところが
支障をきたしている。

ははあ、頭が一番危ないって?
そうかもしれない。

第一印象/山之口貘


魚のような眼である
肩は少し張っている
言葉づかいは半分男に似ている
歩き方が男のようだと自分でも言い出した
ところが娘よ
男であろうが構うもんか
金属的にひびくその性格の音が良いんじゃないか
その動作に艶があって良いんじゃないか
そう思いながら ひたいにお天気をかんじながら
ボクは帰ってくる
ボクは両手をうしろにつっぱって
ボクの胴体を支えている
ボクは緑の日向に足を投げ出している
足の甲に蠅がとまる

蠅の背中に娘の顔がとまっている