【Aug_19】種苗法改正で国家100年の計を過つ事なかれ


‪「種苗法改正で国家100年の計を過つ事なかれ」山田正彦氏‬

コロナで炙り出される食の危機。自給率3割を切る日本で、
食糧安全保障こそ国家の責務なのに、市場原理を加速させる農政三大改悪
タネの私有財産を認め、在来種がF1種にとって替えられる!
多様性が失われ食の依存性が高まる流れ、実は私たちに責任がある。

GM多国籍企業は食の規格化&工業化&均一化を推し進め、
『家庭で料理を作らない文化』を醸成している。食品加工外食産業が主な取引先だからだ。
生産者・消費者の棲み分けこそ、そのプラットフォームであり、私たちの「人任せ」が市場を加速化しているのだ。
家庭で料理をし家庭菜園を始める事で意識が変わる。

に目を向ける事、をいただく事の意味、
自分の身体は食べたもので出来上がっていることを意識し、
何万年と受け継がれてきたタネの叡智を、
一企業に明け渡すべきではないと血肉化すべし。‬

‪#photobybozzo‬

【Apr_03】厳格主義と寛容主義


不安社会が続くと人々はますます白黒付けたがり、
異質なものをどんどん排斥してしまうだろう。

不安は常に緊張を強い、身体は硬直し、感情の劣化を伴う。
寛容は気持ちを緩やかにし、身体に余裕が生まれ、感情に幅が出来る。

目指すべきはどっちだ?

以下。

ルールが厳格化するほど、異質さに触れる可能性が減ります。
すると、異質さに対してますます神経質になって、不安ゆえにルールが厳格化されます。
こうした悪循環が回っているんじゃないでしょうか?
不安ベースよりも信頼ベースの社会が、やはり良いと思うんです。

厳格主義の社会では、人々からの承認が減る分、重い罰を畏れて、人は悪いことをしなくなる。
寛容主義の社会では、人々からの承認がみずからを支えているからこそ、人は悪いことをしなくなる。
処罰をあてにするより、承認をあてにする社会が、良いと思いませんか?

(宮台真司『教育をめぐる虚構と真実』より)

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【Mar_30】新型コロナウィルス


再掲。

例えば、英語でダーティーと言えば、「汚ない」という意味だけど、
それは〈dirt〉つまり土を形容詞化した言葉です。

土が忌避されるのはなぜかと辿っていくと、
微生物の存在に行き着く。

それは食物連鎖の頂点にあって、全世界が人間に仕えるためにあると言った
文明の幻想を脅かすのが微生物だからです。

弱肉強食という言葉の通り、人間だけがすべてを食えるが、
何物にも食われないという強者の奢りを、
進化のピラミッドの一番下にあったはずの小さきものが脅かす。

文明はそうして抗菌とか滅菌とかいう思想に行き着く。

生物多様性というけど、その大部分は微生物だから、
結局、文明は多様性と相容れないような発想の上に成り立っているんですね。

(高橋源一郎×辻信一『弱さの思想』より)

【Mar_27】小山台高校の桜


武蔵小山、小山台高校の桜。
#photobybozzo

まず、人々が都市を離れて地方へと移住していった。金融システムの崩壊など抽象的な経済への信頼感がなくなり、
自分の手で食べ物を生産することを選択する人々が増えていったのだ。
そうすると必要以上のものを生産する必要がなくなり、鉄器などを使った大規模生産でなく木器などで生産する人も増えた。
そうして全体の生産量も減っていった。それに伴い人々の欲心が減退していき、その頃から、キリスト教の普及が広まった。

人類は滅亡するのではなく、古代ローマ人が辿ったように活動範囲は次第に縮小していき、性質も静かに穏やかになり、
消費意欲も減退する。経済至上主義の世界から見れば衰退とか後退ということになるが、
心の問題に焦点を当てると、十分に満ち足りていたかもしれない。

(雑誌「風の旅人」編集長 佐伯剛)

五輪が延期になり、コロナでQuarantineやLockdownなる英語が拡がり、それでも政治家は既得権益で動き、
ぼろぼろと人間社会の偏りが浮き彫りになってくれば、欲望社会も奇異に見えるようになる。
リニアモーターカーの車両公開とか「はぁ?」って感じだわ。

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【Jan_26】伊勢崎モスク


伊勢崎も太田も未踏の地だったけど、今回の旅で色々考えさせられたわ。

【on_Flickr】0126_ISEZAKI

外国人居住者がぐんぐん伸びている地域で、再開発の更地と寂れた昭和な安普請が混在し、
駅前だけがヤケに整備されていて、どういう青写真を描いているのか、
下り坂な現実とカンフル剤的「躁」未来とのギャップに夢想花な思いだけど、
ここ『伊勢崎モスク』との共生社会がホントの描くべき社会なのだなぁと心底思う。
在住20年のイスラム宣教師モハンマドさんがパイプとなって、着実に社会を築いている。
彼らに選挙権も被選挙権もなく、存在しない者として、
既得権益争いに終始してる政治を悔い改めないと、大きく見誤ること必至。

参考ルポ
伊勢崎モスクの長い一日

#photobybozzo

【Jan_26】AL-AZHAR RESTAURANT


太田市でインドカレーのお店を経営されてるモハメド・ジンさん。

太田市在住30年、県内で数少ないハラール取扱店舗とモスクも取り仕切っているとのこと。
伊勢崎モスクの話題を向けたら好意的にお話を伺うことが出来た。
息子さんは日本生まれで母国語を話すことができないが、日本語が達者で、英語も話すとのこと。
太田市にはジンさんのように長期にわたり日本で生活をし、経済的に自立しながらも、
子どもたちの将来に一抹の不安を抱えている外国人が大勢いる。
それでもやっていけるのは、イスラムという宗教がセーフティネットになっているからだと思う。
しかし彼らには選挙権はなく、社会改善の手立てはない。
自分の身になって考えると、とても恐ろしいことだと思う。
どこまで社会貢献しても、国からの見返りが皆無なのだから。

AL-AZHAR RESTAURANT
群馬県太田市東本町17-25 サウスサイド 1F

寂れた土地、流入する外国人居住者。
【on_Flickr】0126_ISEZAKI

#photobybozzo

【Jan_01】誰も否定されないこと。


『誰も否定されないこと。』
福岡伸一×ブレイディみかこ

真の多様性とは、違う者の共存を受け入れること。
そのためには学びが必要で、学びは偏見や強者の支配から「自由」になるため…。
とする福岡さんの言説に至極納得。

現代社会が利己的な多様性の欺瞞に紛れてるのは、
結局リテラシーの欠落にあるのでは?

それは資本主義経済が絶えず物事を急かし、結果を求める社会だからだと。

一体なにに急かされ、なにを結果としているのか?
どこまでも利己的な流れに、もうウンザリだわ。

以下コピペ
↓ ↓ ↓
福岡:平たく言えば「変わり者ーを内包している社会の方が実は強靭だと示唆してくれます。
でも生物学的には、人間ほど多様性に乏しい生き物はいません。
人間は他の動物と比べ、遺伝子レベルでは非常に均質性の高い種です。
肌の色や習慣、宗教などほんの小さな差異が大きな違いに見えるのは、逆に均質すぎるからなのです。

ブレイディ:GAFAなどのグローバル企業も、多種多様で優秀な人材をかき集めながら、
世界中でサービスの画一化を進めていますよね。誰もがどこでも同じように情報発信や共有ができ、
どの国でも同じ味のコーヒーを飲めるようになった。
しかし、結局は効率的に売り上げを最大化しているだけで、
自分の利益のことしか考えていないんじゃないでしょうか?多様性とは真逆の方向に見えます。

福岡:私もそう思います。先端企業は「多様な人材でイノベーションを」といいますが、
真の多様性とは、違う者の共存を受け入れるという、言わば利他的な概念です。
本質的には自己の利益や結果を求めるものではない。
多様性は、利己性より利他性になじみがあると思います。

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【Dec_31】布良崎神社


館山市_布良崎神社
#photobybozzo

台風15号の影響で今も仮設住まいが続く館山市布良のこの神社を
NHK『ゆく年くる年』で取り上げていたが、同じロケ地で徳島の忌部神社が、
大嘗祭で「麁服(あらたえ)」を調進した旨で続けて取り上げていて、驚いた。

ここ布良崎神社は阿波忌部の「天富命(あまのとみのみこと)」が
房総の開拓にあたり拠点としたところで、
「安房」とは「阿波」を符合して付けたと言われる。

謂わば忌部氏つながりの神社を期せず選んだわけで、
しかも陰陽含んだ様相には複雑な思いとなった。