【Dec_10】12月の後楽園前


12月の後楽園前。イルミネーションとか、忘年会帰りのサラリーマンとか。比較的薄着なのが、イマドキか。

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【Nov_13】会社あっての人間じゃと、思うとりゃせんかいな、あんたたちは。


資本主義のバケモノが続く限り、犠牲を省みず前へ前へと進みよるわ。
上関原発も着工し出したようだわ。アホくさ。

以下、石牟礼道子『苦海浄土』より。

水俣病患者の百十一名と水俣市民四万五千とどちらが大事か、
という言い回しが野火のように拡がり、今や大合唱となりつつあった。

「小父さん、もう、もう、銭は、銭は一銭も要らん!
今まで、市民のため、会社のため、水俣病はいわん、と、こらえて、きたばってん、
もう、もう、市民の世論に殺さるるばい」

みればはだしである。

「何ばいうか!いまから会社と補償交渉はじめる矢先に、なんばいうか。だれがなんちゅうたか」

「みんないわす。会社が潰るる、あんたたちが居るおかげで水俣市は潰るる、
そんときは銭ば貸してはいよ、二千万円取るちゅう話じゃがと。殺さるるばい今度こそ、小父さん」

「バカいえ、そげんこついうた奴ば連れて来え、俺家に!俺がいうてやる、俺たちがこらえとるけん、
水俣市は治まっとるぞ、俺たちが暴れ出したら水俣市はどげんなるか、そげんいうてやる、
連れてけえ、そいつどんば。俺がひとりで引き受けてやる、連れてけえ、心配すんな」

             ● ● ●

「今日はあやまりにきてくれなったげなですな。あやまるちゅうその口であんたたち、
会社ばよそに持ってゆくちゅうたげな。今すぐたったいま、持っていってもらいまっしゅ。
ようもようも、水俣の人間にこの上威しを噛ませなはりました。
あのような恐ろしか人間殺す毒ば作り出す機械全部、水銀も全部、針金ひとすじ釘一本、水俣に残らんごと、
地ながら持っていってもらいまっしょ。東京あたりにでも大阪あたりにでも。
水俣が潰るるか潰れんか。天草でも長島でも、まだ唐芋や麦食うて、人間な生きとるばい。
麦食うて生きてきた者の子孫ですばいわたしどもは。親ば死なせてしもうてからは、親ば死なせるまでの貧乏は辛かったが、
自分たちだけの貧乏はいっちょも困りゃせん。

会社あっての人間じゃと、思うとりゃせんかいな、あんたたちは。会社あって生まれた人間なら、
会社から生まれたその人間たちも、全部連れていってもらいまっしゅ。
会社の廃液じゃ死んだが、麦と唐芋食うて死んだ話はきかんばい。
このことを、いまわたしがいうことを、ききちがえてもろうては困るばい。
これは、あんたたちが、会社がいわせることじゃ。間違わんごつしてもらいまっしゅ」

【Nov_13】貴を敬えば、賤を産むのは、世の倣い。大嘗祭、明日。


貴を敬えば、賤を産むのは、世の倣い。大嘗祭、明日。

会社に、新日窒工場に、かしこくも天皇陛下さまがおいでなさるから、祖母を、
(わたくしたちは婆さまとよんでいた)会社の沖の恋路島に連れてゆく、というのである。

不敬に当たるから舟に乗せて連れてゆく、いうことをきかなければ縛ってでも連れてゆく…。
女乞食のふところにいつも犬の子をむくむくと入れ歩いている。
犬の子節ちゃんも、小田代くゎんじん殿も、仏の六しゃんも、もうみんな舟に乗せて縛って連れて行ったという…。

恋路島では泳ぎ渡らぬよう見張りをつけて「めしだけはお上のおなさけで、腹のへらぬごと喰わせてやる」という…。
脳を病んでいた祖母がききわけるはずもなく、まして肉親に合点のゆくはずはなく、
「あやまちのあれば切腹しますけん」と父が約束して、その日わが家では表戸に釘打ちして謹慎し、
めくらの祖母はその日も無心に椿油の粕を煮立て、白い蓬髪を洗ってはまろいつげの櫛ですき流し、
いつもしているように古びた白無垢を胸に抱いて、幾度も幾度も袖だたみしながら、
やさしいしわぶきの声を立てていた。(石牟礼道子『苦海浄土』より)