カレッサの少年


Manila Bayと呼ばれる海岸沿いでは、
「カレッサ」という馬車がロハス大通りを行き来している。

赤い車体に黄色い車輪のコントラストが美しい。
さらに白馬が馬車馬だったりすると、もう存在が「絵はがき」のようだ。

そんなフォトジェニックな馬車だから、
馭者も心得たモノで、日本人をみかけるとしつこく付いてくる。

指をピースマークに立て、「20.20」と盛んに声をかけてくる。
顔をのぞき込むように、「20,20」といつまでもあきらめない。

しかし、ここらへんの馬車には乗らないほうが良いらしい。

ボクらも、馬車に乗るような洒落っ気は持ち合わせてないので、
ハエを払うような振る舞いでしか、相手にしていなかったのだけど、
…魔が差したというか、…歩き過ぎで足が棒になっていたというか、

…乗ってしまった。

リサール公園からBAYWALKのスクエアまで「all 20」で乗せてくれるという。
日没の暮れかけた時間だったので、馭者も家路に向かう途中なんだろう…とか、
勝手に都合良く判断してたから、

「ちょっとブラザーも拾っていく」

と言ったセリフも、なんの不信感なく受け入れていた。

馭者のブラザーが乗り込んできた。
ボクを挟み込むようなカタチで座った。
これは何かあるな…と今頃警戒しても、後の祭り。

いきなり、日本語で話しかけてきた。

「どこから来たの?ぼくはね、札幌にいたんだ」

「フィリピンは何度目?」「案内しようか?」

馬車はロハス大通りから、脇道へとどんどん入っていく。

「BAYWALKでいいから、まっすぐ行って」
「大丈夫、わかってるよ」

馬車馬に鞭打って「ハイヤ、ハイヤ!」とかけ声をあげ、
急いでもいないボクらの意志をまったく無視するように、
馬車をぐいぐい走らせていく。

「この馬、かわいいでしょ」

鞭を振り上げながら、やたらと馬を自慢している。ますます怪しい。

見慣れたエリアに入ったので、「ここで降りる」と伝えると、
「OK、OK、じゃあ、20ちょうだいね、降りる前にちょうだいね」

カッポカッポと走る馬車馬を気遣いながら20php札を差し出すと、
待ってましたとばかりに、馭者とブラザーが脇を固めて、
「dollar!dollar!20$!」とワケのわからないコトを言ってきた。

    20ドル?

20phpが20dollarに大化けした。約50倍の大暴騰だ。
ははあん、そういうことだったのね。
初めからそんな子供じみたトリックでボクらをだましたつもりでいるようだね。
    
    妻の出番だ。

「乗車前に20って言ったからね、わたしは20しか払いませんよ」
馭者とブラザーは大仰に「No way!」と天を仰ぐ。
妻も頑として引き下がらず、20php札を突き出している。

結局、ブラザーの脇の甘さが出て、ボクが馬車から降りたのを機に
妻も降りることができたので、20phpの支払いでなんとかクリアできたのだが、
「馬がかわいそうだ、馬がかわいそうだ」と
どこで覚えたのか憐憫の表情を浮かべる辺り、
百戦錬磨の常套手段のようだ。

最後は、暴力的に20php札を奪って
悪態ついて帰って行った。

観光客が甘い態度を見せるから、こんな詐欺紛いが横行してしまうのだろう。
うしろめたい寂しげな表情の子供が、馬車からボクらを見下ろしていた。

ロビンソンズ・デパートメントストア


3度目のマニラである。
10月・12月・3月と、半年のあいだに3度。
それぞれが短い滞在とはいえ、かなりの頻度である。

3度とも滞在先はmalate地区の繁華街。
Robinsonsと呼ばれるショッピングモールからは、目と鼻の先の距離感だ。
今回も、まずはこのショッピングモールに足を運んだ。

ここのコーヒーは上手い。ここのパンは格別。ここの靴はカワイイ。ここの服は安い…。
…などと、フィリピーノのようなセリフを吐いてる自分がいる。
店員も心なしか、親しげに振る舞っている気がする。

そういえば、モール内の、極端に照度の落ちた雰囲気にも
違和感なく溶け込んでいるから、不思議なモノだ。
初めて訪れた時は、その暗さに恐怖心さえ覚えて、緊張も高まった。
今は、かえって居心地がイイ。…なじんでいる。

フィリピーノたちの無表情で緊張感のない接客も
そのまま受け止められるようになっている。

なんだか、フィリピンが好きになってきた。

これは大きな進歩だ。
ダークな一面ばかりが目についた初回の滞在とは大違い。
もっともっとフィリピンを知りたい…と思った。

Robinsons Department Store

「まっさ~じ~、まっさ~じ~」


ホワイトビーチで驚いたのが
この写真にあるような女性のマッサージ師が
ビーチでマッサージをしていること。

「まっさ~じ~、まっさ~じ~」
語尾の上がった独特の言い回しで
誰彼かまわず、声をかけている。

100ペソという安価な値段で
全身にオイルを塗って、意外と隅々まで
「まっさ~じ~」してくれるようだ。

夕方、大柄な白人が砂浜に寝そべって
上から下まで揉みくちゃにされていた。

シルエットが巨大な白いアザラシを連想させる。

飼育係のおばちゃんが、アザラシの背中を揉んでいる感じ。
意に介せず、イビキすらかいているアザラシ。
言われるままにお腹を出して、ブヘ~と気持ちよくなっている。
デッキブラシを用意すべきだったか。

…んん。

これで100ペソなら、悪くないか。
シシカバブを取るか、「まっさ~じ~」を取るか、
「まっさ~じ~」は次回試してみたい。

煙が目に染みる


夕方も5時頃。
ホワイトビーチ沿いのレストランが
一斉にシシカバブ(串焼き)を始めた。
木炭を使った本格的なBBQだ。

肉のあぶらで白い煙がモウモウと立ちこめる。
斜光が煙に遮られ、あたりがホワイトアウト。

ビーチ全体、真っ白になってしまった。

シシカバブの値段はだいたい100ペソ以下。
日本円で200円ほどで、あぶらジュウジュウ、
焦げ味最高の肉にありつける。

日没から海に入る


日本全体が寒波に襲われ、
雪の事故が各地でおこって大変だった時、

ボク達はミンドロ島のホワイトビーチで、
海水浴を楽しんでいた。

…地球は広い。

沖縄から2時間でマニラに到着。
そこからさらに南下しているとはいえ、
この気候の違いには、驚かされる。

ダイビングスポットとして
はるばるヨーロッパから大勢の白人が
バカンスに来る場所だけあって、
海の透明度はバツグン…と思って潜ってみたら
海岸付近は、意外に濁っていた。

たなびく雲の燃えるような夕焼けを
ビーチにしゃがみこみ、ぼーっと眺める。

現地の子供たちが、海水浴を楽しんでいる。

フィリピン人も沖縄と同じく、日没から海に入る。

海岸線からの面光に浮かぶシルエット。
さざ波のフォルムもすべからく細部まで描写されている。

暮れる青紫の空が海に反射して、絶妙なハーモニーだ。
シンフォニックな情景が眼前に広がった。

…壮大な眺めだ。

露出も構わず、シャッターを切った。

サバニ乗り合い船


バタンガスからホワイトビーチまでの2時間、
バンカーボートと呼ばれる両舷に支えのついた舟で航海する。

幌はついているものの、両脇から波しぶきが
ビシャー、ビシャーと入ってくるから、たまらない。

波のうねりを直に受けるから、
乗り心地も最高に悪い。

おまけに2時間の長旅…。

まわりは異国の人ばかり。
この時は韓国人のツアー客が
ドドドドっと乗り込んできたので
飛び交う言葉はハングル語。

モーターの爆音と波しぶきで聴覚が完全に奪われて、
うねりで平衡感覚も危うい状態だから、
いつ吐いてもおかしくないな…と思っていたら、
突然、前方の中国人がゲエイゲエイやり始めた。

…おお。

視界をよそへ移して
平静を装う。

すると、右側に座っていたイスラム系の男の子も
…ゲエイゲエエイ。…なんと鮮やかなピンクの吐瀉物。
…何を食べたら、そんな色になるんだ…。

…うっ、おおっ。

これは効いた。胸倉を回遊する吐き気に襲われる。
…上空を仰ぐ。目をつぶってはいけない。一挙にうねりと同化してしまう。

…と、左を見ると、妻が顔面蒼白になっている。
言わんこっちゃない。…すぐさまビニール袋を口元に。
…ゲエイゲエエイ。背中をさすりながら、楽になることを願う。

…。

その後、うねりは収まり、
なんとか航海は乗り切った。

港に上がって感じるコンクリートの堅さが、うれしかった。

…なんだかんだ言っても、これも旅の醍醐味。

Puerto GalelaのWhite Beach


マニラから乗り合いバスに揺られて2時間、
Batangasというルソン島南端の港から
さらに乗り合い船(?)に文字通り揺られて2時間。

ミンドロ島のプエルトガレラという
ダイビングでは超がつくほど有名なエリアの
ホワイトビーチに辿り着いた。

北も南も西も東も
まったくアタマに指針のない状況で
とにかく言われるがまま、バスに乗り込み
ひたすら走り続け、着いたら着いたで
あらゆる種類の勧誘も無視して通り抜け、
バタンガスという物騒な名前の港で
これまた不安定なデカいサバニに乗り込み、
波の揺れをモロに受け、アタマの中がゆしどうふ状態。

意識朦朧の状態で降り立ったビーチがここ、ホワイトビーチ。

白浜に隣接するさまざまな種類のホテルから
自分のふところと好みに属したホテルを選び出し、
落ち着いたのが、午後の3時。朝の8時からの長旅だった。

…フィリピン版サバニの揺れで
軟化した脳みそをゆるやかに硬化しながら
ホワイトビーチを散策してみると
…これが、意外といいところ。

海の透明度も申し分なく、ビーチの賑わいも
ほどよい感じ。何より、ゆっくりとした雰囲気が、
あのマニラの喧噪とは対照的だ。

もちろん、相変わらずの勧誘の応酬だけれども
子供たちの目に悲壮感はなく、
どこまでも豊かな島の効能に自らを預けている。

フィリピンのイメージが
すっかり変わってしまった。

Malingayang Pasko at Manigong Bagong Taon


クリスマスから新年にかけて、
フィリピンのマニラで過ごした。

タイトルは現地のタガログ語で
「メリークリスマス&ハッピーニューイヤー」の意。

写真は1日(元旦)の夕方。
マニラベイと呼ばれる海岸沿いでのひとときだ。

これからNew Year Festが開かれる。
フィリピンは夜になってから、盛り上がる。

年末年始のマニラとプエルトガレラの写真を
これからupしていこうと思う。

新年はフィリピンで始まった。

タクシーの運転技術


初めてマニラ内をタクシーで移動した。
その運転技術には感服した。
すざまじいデッドヒートで右に左に車線変更。
クラクションをけたたましく鳴らしながら、
行き交う人々を蹴散らすように、タクシーは行く。

渋滞に巻き込まれると、こじ開けるように
ハンドルを切り、クルマを入れ込む運転手。

命を張った運転に、ひたすら踏ん張って応えた。

Makati高層ビル群


バラッグ街から一転、高層ビル群。
緑地も多く、建物もスマートだ。

これだけの高層ビル群を建設できる技術力が
備わっているのか…と、改めてフィリピンを思う。

Marateでは器用にはしごを使って
壁づたいに移動するペンキ屋さんを
恐々と眺めていたのだが…。

地震の恐怖はあるのだろうか?