【NURNBERG】フラウエン教会


中央広場にそびえ立つ
フラウエン教会。

スケールが違う。

クリスマスには
相当なにぎわいを見せるらしい。

やがて12時となり、
仕掛け時計が動き出した。

【NURNBERG】マーケットにて


気分もよくなったので、
写真もバチバチ撮った。

実にさまざまなドイツ人、ツーリストが、
マーケットをうろうろ。

【NURNBURG】マーケットへ


3月9日。
気持ちよく晴れ渡る空。

カイザーブルク城をあとに
ニュルンベルクの中心街へ。

フラウエン教会前の中央広場が
日曜日だからなのか、
青空マーケットになっていた。

さわやかな初春の陽射しに
オレンジと白のストライプが映える。

街の人々も、家族連れで
マーケットを楽しんでいる。

実にさまざまなものが売られている。
キッチン用品、人形、寝具、ワイン、
肉、カーテン、おもちゃ、時計、衣類、電化製品…

見ているだけで、楽しくなる。

天気も味方して、
気分もいい。

ドイツに来て
やっと元気になってきた。

【NURNBERG】カイザーブルク城


3月9日。
快晴の日曜日。

前日より
ナムチが風邪でダウン。

どうやらボクの風邪が
伝染ってしまったようだ。

ごめんなさい<(_ _)>

午前中に
夫婦で先にMUNICHへ。

残された3人は、
快晴の日曜日を
有意義に過ごすべく、
ニュルンベルクを観光する。

ニュルンベルクも
中世の面影残る古い街で、
ROTHENBURG同様、
街全体が城壁に囲まれている。

第二次大戦の1933年から1938年までは「ナチ党大会」が行われ、
ユダヤ人の市民権を剥奪する「ニュルンベルク法」が成立するなど、
ヒトラー政権時代は暗黒で、中世の美しい街並も爆撃により壊滅した。

ボクらの本当の目的も実は
「ニュルンベルク裁判」
の行われた法廷を訪れることにあった。

しかし、その前に
ニュルンベルクを堪能しようと
カイザーブルク城へ。

戦禍を免れた展望台に登り、
復元された街並を眺める。

50万人が住む大都市だけあって、
煉瓦色の屋根がどこまでも続いていた。

【ROTHENBURG】もうひとつの「世界のおわり」


3月8日
どんよりくもり。

城壁に囲まれたROTHENBURG
「世界の終わり」を後に、
隣町のNURNBERGへ。

駅までの道すがら、
共同墓地を発見。

興味津々に分け入る。

そこは死者たちが祀られた
もうひとつの「世界の終わり」。

等身大のスペースが、
等分に横たわり、
静かに祈りを捧げている。

1928年、1956年、1984年、1999年、2007年…。

それぞれの墓石には
召された時間が刻まれていた。

堆積する「時間」。

「記憶」が留まり、
「時間」が永遠に留まっている
「世界の終わり」からあとの世界。

それぞれの、横たわる「記憶」を感じながら、墓石をひとつずつ眺める。

      なぜだろう…心が安らいだ。

やはり死者から眺める時間の流れが、心地良いのだ。
14世紀、15世紀…という100年単位の時の流れが、
心に余裕を与えてくれるのだ…と思う。

ずっと、ここに留まっていたい…そんな衝動に囚われた。

【ROTHENBURG】世界の終わり


3月8日。
どんよりとした天気。

城壁に囲まれた街。

村上春樹の
「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 」を思い出す。

小説では、「世界の終わり」と称された
壁に囲まれた世界がある。

人々は「心」と「記憶」を失い、
その証拠に自身の「影」をはぎ取られる。

「記憶」がないから、「時間」もない。
あるのは、取り残された「夢」だけだ。

静かで平穏な、それでいて留まっている「世界の終わり」。

ROTHENBURGの街並みにも、その気配を感じる。
14世紀の建物に沁み込む、人々の記憶。

手をかざして、その沁み込んだ「記憶」を読み取る。
外の世界の目まぐるしい変化をよそに、この街は留まっている。

留まった「記憶」を確認するかのように、
観光客が足を運ぶ。

まるで行き過ぎてしまった現代を
後悔するかのごとく。

日々変化する生活を離れ、
ただそこに留まる世界。

まさに「死」だ。

「死」の石畳を
女の子が笑顔で通り過ぎる。

【ROTHENBURG】中世犯罪博物館


3月8日。
ドイツで唯一の犯罪博物館へ。

14世紀のRothenburgで
人々はどのような生活を送っていたか。

その生活を
犯罪の観点から
展示した珍しい博物館。

当時は階級制度が厳しく
誰もが節制を重んじる
禁欲的な生活だったようだ。

実に様々な「辱め」の刑具が並んでいる。

「おしゃべりすぎる女性のマスク」
「大酒のみの見せしめの樽」
「不道徳な女性を懲らしめる鉄の鎧」
「下手な音楽家をみせしめる汚名の笛」
「服装違反をした女性の戒め用首かせ」
「不義密通見せしめ用の檻」

何をしても「辱め」を受けそうなほど
細かな規程があり、それを戒める人間がいた。

この城壁の中では、
至る所で刑具を身につけた男女が
晒し者にされていたのだろう。

度を超した戒律で、
道徳にうるさいドイツ人。

たしかにミュンヘンの街中では
人々はみな礼儀正しく、
抑制の利いた振る舞いで接してくる。

その側面として
刑罰に厳格な歴史があったのか…と気づく。

宗教的意味合いも濃いのだろう。

このstrictな部分が、
Naziへとエスカレートしたのか
…そんな印象をもった。

【ROTHENBURG】14世紀の嘆息


3月7日。
列車に揺られ、
Rothenburgに到着。

駅から10分ほど歩くと
城壁に囲まれた中世の街が顕れた。

街が壁に護られている。
14世紀のものだと言うから、驚きだ。

700年の堆積した時間が、
そのままのカタチで存在している。

虚弱と寒さで、
その日は、早々と就寝。

3月8日。
土曜日。

あいかわらずのどんよりした天気。
堆積した時間が、そのまま漂っている。

ここは南北1.2キロ、東西1キロの小さな街。

その中心部、マルクト広場の市庁舎、
地上60mの塔の上から街を見下ろす。

煉瓦色で染まった中世の街並み。
想像力をたくましくしても、
その時代をイメージすることができない。

     700年前?

どれだけ遡ればいいのだろう?
日本史で言えば、鎌倉幕府?室町幕府?
どちらにしても教科書の世界だ。

その時代の建物だ…と諭されても、わからない。

現実を越えている。
ただ、嘆息するのみ。

【MUNICH⇒ROTHENBURG】列車の旅


3月7日。
たしか金曜日。

朝になっても
熱は下がらず。

ナムチ夫婦を心配させる。

旅行に同行する予定の
オーストラリア人の友だち「ティーガン」へ
待ち合わせ時刻の変更を連絡。

午前11時。
それでも熱は下がらず。

再度、変更の連絡。

汗が噴き出る。
カラダがだるい。
完全に風邪の症状。

海外でこんなに体調が崩れたのは
マドリードの鼻血事件以来だ。

その時は、
一日中鼻から血が流れていて
カラダの血液が足りなくなるのでは…と
心配させるほど、出血した。

午後1時。
なんとか外出。

このままみんなをスタックさせても
イイ方向には向かわない…まずは移動しよう…
そんな状態。

中央駅から列車の旅。
ひとり熱を抱えての参加。

テイーガンとアイサツ。
とても日本語が上手。

1年ほど住んでいたらしい。

窓外の風景が、流れる。
目的地のROTENBURGへは3時間ほど。

バイエルンチケットという
ありがたいシステムのおかげで
5人で27ユーロ…とチョー格安。
(ひとり5.5ユーロほど)

この日は、目的地に着くことで精一杯。