【山田圭一】立体家具展@clementsalon


6月5日。土曜日。
一週間の疲れがどっと出たのか、
惰眠を貪り、昼寝を貪り、
いつのまにか空は夕暮れ。

せっかくの気持ちよい週末の土曜日を
完全に「ナイ」ものとして過ごしてしまった。

カラダが求めていた「休息」だったのか。

昨日は南青山で山田圭一立体家具展@clementsalonの撮影。

「温和なサロン」と名乗るように、
1Fのコンビニから階下に降りる場所ながら、陽射しが気持ちよく差し込み、
白で統一された天高な空間では、スタイリストたちが主張することなく、
お客様の「美」への要望に健やかに応える「温和な」スタイル。

サロン激戦区でもあるこの立地で、
ここまでニュートラルな境地でいられることの不思議。

外界を忘れ、時間を忘れ、ひたすら心地よく居させてくれる…そんなclementsalon。

そこに山田圭一の作品群がある。

東京では久しぶりの個展。
展示がある度に撮影をさせてもらっているが、
今回は、今までの良い意味での「ゴリ押し」感…メッセージがない。

それは「立体家具」という衣をまとっているからだろうか?

本人にそのあたりを聞いてみる。

「今回は人に見せたいという思いから解かれて
 トンテンカン、トンテンカンと
 鉄と遊んでいたら自然と出てきた」

「今だったら純粋に
 友人たち知人たちに
 彼らにふさわしいモノを造ることができる」

無我の境地…だろうか?

「3rd STANDARD」が今回のサブテーマである。
今までの物差しでは立ち行かなくなっている現代社会に、
新たな価値観を提示していきたい…そんな思いが伝わってくる。

どうやら、ボクら40代は、
バブル崩壊を体験して文字通り時代に翻弄され、
上の世代たちが構築してきた
「モルタルな価値観」に替わる何かを模索しているようだ。

それは、「いのち」本来が持つ尺度…。

「いのち」が生理的に気持ち良いとされる現象、カタチ。

そういった内から湧き上がるモノに素直に耳を傾ける。
旧世代が「意図」を前面に押し出し、
西洋思想よろしく「人間至上主義」を貫いたのに対し、

「いのち」という尺度で、
生きとし生けるもの全体を括る欲求に正直であろうとする。

「エコロジー」とは違う目線。

「意図」の固まりで地球すら救えると考える
驚愕的「上目線」の奢りを取払い、
「ゾウリムシ」と同格の意識でもって、
「いのち」を授かった悦びを体現しようとする。

肉体であろうとする、生命であろうとする、人間であろうとする。

そこには「内の声」を聴こうとする謙虚な姿勢がある。

山田圭一の造った「HEART」からは、
そんな静かな「語り」が聞こえてくる。

      ●

2010.06.02wed~16wed
山田 圭一 立体家具展 

@clementsalon

B1F 4-26-16 MinamiAoyama Minato_ku Tokyo.107-0062
tel 03-3400-8077 fax 03-3400-8078

Weekday : 11:00~21:00
Holiday : 10:00~18:00
close on Tuesday.

【ぬちまーす】ミネラル長寿説


5月25日。火曜日。
爽やかで気持ちのよい風が流れる
五月晴れの東京。

こんな朗らかな日々が続いたら
ひとびともおだやかに暮らせるだろうに。

タイで会社経営する友人からのメールは、
そんな幸せを一撃する破壊力だった。

 騒乱は何度も経験してますけど、
 爆弾のモーニングコールとか、家の前で銃撃戦があったりしたの
 初めてだったから。
 津波では支店壊滅したし、空港占拠の時は大赤字したけど、
 それはお金の話しであって、今回は命の危険を感じた。
 大体さ、我々日本人は戦争兵器を身近に感じることないじゃないの。
 目の前で銃弾が飛んでくることも爆弾が爆発することもないし。
 ベランダから見えるビルにプロの狙撃手までいるんだから。
 まいっちゃうよね。
 漫画とか映画の話だよ、ほんとに。
 毎日歩いてる道が焼けてしまうというのも悲しいものがある。
 ビルやらゴムやらが焼ける匂いというのは嫌なものです。
 知り合いの日本食屋も全焼してしまった。
 
寒いだの、暑いだの、私情を挟んでられない状況下だ。
なんというか、地球上には実に様々な生き様があることを
今もって肝に銘じる。

あ、そうそう、友人はこうも書いていた。

 騒乱は終わったのだから、
 平和へとコマを進めるバンコクの日常も報道してほしい…と。

これは映画じゃなく、日常だ。
エンタテインメントを楽しむように報道しないで欲しいと。

      ●

昨日は最近お世話になっている会社で
海水100%のミネラルたっぷりな塩「ぬちまーす」で有名な
沖縄の高安社長の講演を伺った。

「ぬちまーす」は海水を空中散布し、水分を蒸発させる製造方法だから可能な粒子の細かさで
カラダに必要なミネラルを細胞から浸透させ、潤いを呼び込む…とのこと。

なにより驚いたのは、社長の「ミネラル長寿説」。

人間は母のお腹の中では「羊水」に浸って育つ。
「羊水」とはまさに海水と同じミネラルが備わっていて、
だから赤ん坊はミネラルが体内に豊富なのだけれど、

残念ながらミネラルは体内で生成することが不可能なため、
体外つまり食から接種することで補っていくしかない。

昔の大地は堆肥を用いて土壌も豊かだったから、
育つ野菜もミネラル豊富で問題なかったのだけれど、

農薬や化学肥料が主流の現代では、
野菜や家畜からミネラルを接種することはむずかしい。

唯一沖縄だけは、夏に上陸する台風のおかげで
海から吸い上げられたミネラルが毎年散布されて、
食卓に上がる食材は肉も魚も野菜もどれもミネラル豊富で、
だから沖縄県は今も日本一の長寿県なんだと。

それだけミネラルは人間の営みに欠かすことのできない元素で、
…亜鉛・カリウム・カルシウム・クロム・セレン・鉄・銅・ナトリウム・マグネシウム・マンガン・ヨウ素・リン
体外から接種する以外に得る方法がない栄養なのだと。

アフリカの国民の平均寿命が日本に比べて極端に低いのは、
山も台風もない古代の大地でミネラルが枯渇してしまったため、
お母さんの羊水の中にすらミネラルが不足している状態で、
生まれてくる赤ちゃんも生長とともに急激にミネラルが不足し、
やがて生きる力を喪ってしまうからだと。

高安社長は断言されていた。
「ぬちまーすは人類を救う発明だ」と。

「ぬちまーす」さえ毎日接種していれば
生きるために必要なミネラルは常に補給できる。

肌も潤いを保てるし、記憶力も大幅にUPし、頭も良くなる。

      ●

8ヶ月ぶりに触れたうちなーんちゅの温かな雰囲気に、
ボクは何よりうれしくなって、
講演のあいだ頬はゆるみっぱなしだったのだけれど、

こんな豊かな土壌の沖縄に、
米軍基地を開発するといまだにのたまうている政治家に
聴かせてやりたい含蓄のあるお話だった。

【いだくろ】NEXTREAM21


遅ればせながら今月あたまに六行会ホールで行われた
いだくろのネクストリーム21の写真である。

彼女たちとは2010年の幕開けに行われた
「ダンスがみたい」新人シリーズ以来。

黒田なつ子さんと年末のイベントで知り合ってから、
ボクが勝手に追いかけているのだけれど、

毎回毎回ダンスという肉体表現に
深く深く分け入っている自分がいる。

彼女たちは、踊らずにはいられない生体〈Creature〉だと思う。

踊ることで「生きる」を体現している。
そして、体を動かすことで「生きることに無自覚」になろう…としている。

それが、ダンス。

音楽もそうだけど、
演じ手たちはプレイしている間、
演奏に、歌に、踊りに、没頭している。

どこまで無私であるか、
それが観客のボルテージに比例する。

演者の魅力は、
楽器そのものになるか、
歌そのものになるか、
踊りそのものになるか、だ。

そういった意味で、ダンスはむずかしい。

もちろん捉えることもむずかしいのだけれど、
演者が生体〈Creature〉として「生きる」そのものに成ることが
なによりもむずかしい…のだ。

「生きる」=「踊る」ために、
彼女たちは日夜エクササイズを繰り返し、血肉とさせる。

その発露が、ステージ上で、5分間花開く。
ボクはその一瞬一瞬を逃さぬよう、必死にファインダーを覗く。

なんと尊い行為なのだろう?

「生きることに無自覚」になる。
そんな哲学的な…とお思いだろうが、
「生きる」とは本来、無自覚なものであるはずだ。

「考える葦」として意識を客体化したあたりから、
人間の営みはどんどん間違った方向へ向かってしまった。
「生きる=死ぬ」の対立項で考えること自体が
生きることに自覚的(客体)だと、最近ボクは思うようになった。

朝日が昇り、夕日が沈み、夜が来て、また日輪が大空に浮かび上がる。

その繰り返しが「生きる」こと。

そのように毎日を謳歌できたら、きっとすばらしい人生だろう。

そこに近づくために、彼女たちは今日も踊る。

      ●

神楽坂セッションハウスにて今週の29日行われる
「Theater 21fes Step Up vol.31」に彼女たちも参加する。

次はどんな「生きざま」を魅せてくれるのだろう、
今から楽しみだ。

【木村秋則】奇跡のリンゴ


5月17日。月曜日。
ブルーマンデー。
週末の疲れ、引きずっている。

恨めしいほどの青空。

     ●

「聴く耳を持て」

写真を撮るにあたって、そんな発見があった…と
興奮気味にこないだ書いたのだけど、

この週末、その源泉とも言える本
「奇跡のリンゴ」絶対不可能を覆した農家木村秋則の記録
を読みながら、おろおろと涙を流した。

この琴線の振れ具合はハンパじゃなく、
とても短時間で解説できるような感動じゃないのだけれど、

無農薬でリンゴを実らせた…という事実から
じつにさまざまなことを思い知らされ、背中に戦慄が走った。

話の導入は2006年12月7日放送のNHK「プロフェッシャル」がわかりやすい。

品種改良を繰り返し、もはや農薬なしでは花を咲かせることすらできない「リンゴ」。
その人間に管理されまくった果物を自然に還そうと8年間闘い続けた人、木村さん。

6年目の夏には貧窮の極みに達し、家族7人野垂れ死ぬ現実にとうとう自殺を決意。
死に場を求めて山中を分け入ったその先で、たわわに実をつけたどんぐりの木と巡り会い、
無農薬、無農薬と躍起になったあまり、結局はリンゴの木を管理していた事実に気づく。

…そしてついに8年目の春、7つの花が咲いた。

木村さんは語る。
「人間に出来ることなんて、そんなたいしたことじゃないんだよ。
 みんなは、木村はよくがんばったって言うけどさ、私じゃない、
 リンゴの木が頑張ったんだよ。これは謙遜なんかではないよ。
 本気でそう思ってるの。
 だってさ、人間にはどんなに頑張っても自分ではリンゴの花のひとつも
 咲かせることが出来ないんだよ。手の先にだって、足の先にだって、
 リンゴの花は咲かせられないのよ。そんなこと当たり前だって思うかもしれない。
 そう思う人は、そのことの本当の意味がわかっていないのな。
 畑を埋め尽くした満開の花を見て、私はつくづくそのことを思い知ったの。
 この花を咲かせたのは私ではない。リンゴの木なんだとな。
 主人公は人間じゃなくてリンゴの木なんだってことが、骨身にしみてわかった。
 それがわからなかったんだよ。自分がリンゴを作っていると思い込んでいたの。 
 自分がリンゴの木を管理しているんだとな。
 私に出来ることは、リンゴの木の手伝いでしかないんだよ。
 失敗に失敗を積み重ねて、ようやくそのことがわかった。
 それがわかるまで、ほんとうに長い時間がかかったな」

      ●

この話は、無農薬農業だけで収まっているようなスケールじゃない。
人間の営み、経済の仕組み、地球の未来をも包括するような話だ。

「聴く耳を持て」でボクは
写真は相手の声を「聴く」ことで、相手の声を「取り込む」ことができる…と書いた。
そこに撮影者の「意図」が入ると、たちまち写真そのものがつまらなくなる。

木村さんの話も同じだ。

人間はリンゴの花を咲かせることが出来ない。
リンゴの花を咲かせたのは、リンゴの木自身だ…と。

これは経済も同じ。

物々交換の共通価値として登場した貨幣は、
本来、流通の仲介役以上のモノではなかった。
しかしそこに人間の「意図」が芽生え、貨幣が貨幣を生む仕組みを作ってしまった。
それが「利子」だ。
貨幣は本来、モノとモノのあいだをスムーズに流れる存在だった。
それが「利子」の仕組みにより、貯蓄され、売買され、貸借され、淀むモノとなった。

そして、地球の未来も…。

強欲な人間は地下資源を無尽蔵に掘り起こし、
熱エネルギーの消費こそが人間社会の発展…強いては地球の未来をも保障するものだと思っている。
近年の急激なエコライフブームも、結局はその行為への免罪符でしかない。
地球の声を聴くこともなく地球を管理できると思っている人間に、未来はない。
二酸化炭素を減らしたところで、気休めでしかないと、なぜわからないのだろうか?

解決の糸口は、もっとシンプルだ。
   
   「聴く耳を持て」

つまりは身の丈を知れ…ということか。
木村さんの「8年」という月日が、
その意識改革の難しさを物語っている。

しかし、今始めずして、いつ始めるというのだろう。

ボク自身が出来ること。
それは写真を通して、
そのことを体現し伝えることでしかない。

「奇跡のリンゴ」…これはひとつの警鐘だと思う。

【田村隆一】水銀が沈んだ日


5月6日。連休明けの木曜日。
晴天続きで浮かれ通しのGWも終わり、
「蒸し暑さ」の不快さまで加わった今日の朝は、
東京移住6ヶ月間で一番の高気温を記録したんじゃないか…

と、

よくわからない喜びを噛みしめて神宮前まで来てみたら、
思春期の少年よろしく銀杏並木がモクモクと枝葉を伸ばしていて、
体毛の伸びる早さにとまどって頬を赤らめている…
…親のような居心地の悪さを、勝手に感じた。

      ●

水銀が沈んだ日/田村隆一

追いつめられた鹿は断崖から落ちる
だが 人間が断崖から落ちるためには
一篇の詩が必要だ

寒暖計の水銀が沈んだ日
ニューヨークのイースト・ヴィレッジにある
安アパートをぼくは訪ねて行った

階下は小さな印刷屋と法律事務所
詩人の部屋はその二階だが
タイプライターと楽譜が散らぼっているだけさ

むろん 詩人の仕事部屋なんか
昔から相場がきまっている 画家や
彫刻家のアトリエなら 形の生成と消滅の

秘密をすこしは嗅ぐこともできるけれど
ここにあるのは濃いコーヒーとドライ・マルチニ それにラッキー・ストライク
ぼくには詩人の英語が聞きとれなかったから

部屋の壁をながめていたのだ E・M・フォースターの肖像画と
オーストリアの山荘の水彩画 この詩人の眼に見える秘密なら
これだけで充分だ ヴィクトリア朝文化の遺児を自認する「個人」とオーストリアの森と
ニューヨークの裏街と

      ●

昨日は青山ブックセンターで行われた
大森克己「Bonjour!」発売記念イベントに参加。

計6時間に及ぶトークセッション!
「今日は本音をばらまける。すべてをぶちまける!」と息巻いていた大森氏。

たしかに大森克己三部作の撮影秘話満載で、
「なぜ16カットに収まったのか?」「なぜこのインターバルで3冊なのか?」「なぜウサギなのか?」
…といった素朴な疑問をひとつひとつ繙いて行くカタチで、とても興味深かったのだけど、

なんといっても圧巻は残り15分で登場した
リトルモア社長孫家邦氏だった。

      ●

「この国は今モーレツに最悪ですよ」
そう切り出した孫さん。

「ここまでアメリカの手下を露呈した首相はいない」
…と、沖縄基地問題を批判。

「この国をどうにかせにゃならん!」
…と、2ヶ月前まで臨戦態勢だったらしいのだけれど、

「肩肘はって無理しても、底が知れることがわかった」
…と、ひるがえり、

「達観した。地道に作品を発表することこそが大事」
…と、クリエイティブこそが世界を救うと断言。

その中で特に氏が力説していたのは、
「ストーリーを語るな、物語を語れ!」ということ。

ストーリーってのは「小さな説=小説」的思考で出来上がったもの。
物語ってのは、「重層的に拡がる、ストーリーの総和」つまりポリフォニックな同時代的展開のこと。

ここからはボクの解釈だけど、
「今」という時代をいかに取り込み、表現するか…ということなんじゃないか?

孫さんは、おそらく「小説」という表現形式自体を否定していたように思うんだけど、
村上春樹のようなものがミリオンで売れて、いったい時代が変わったか?…と。

こんな「ヘンテコリンな時代」にしたのは、
他でもないハルキストたちじゃないのか…と。

内に向かって自己の内面ばかりに興味を示し、
自分を取り巻く世界を変えよう!とする虚勢をあざ笑った。

「世界なんて自分の手で変えられるものじゃない」

そんな諦観を植え付けたのは、他ならぬ村上春樹じゃないのか?…と。

      ●

孫さんはここまで具体的なことは言ってなかったが、
「物語を語れ!」とは、時代の空気を読め!ということなのではないか。

トークの中心となった田村氏のセンテンスも、「断崖から飛び降りる覚悟」。

大森さんが写真家の高木こずえさんに対して
「人にまみれているなぁ…」と言ったことにもつながるのだけど、
その重層的な時代の振る舞いに対して、自分なりの言葉を発信する…

その行為が尊いのであって、それが世界を変えるのだ。…と。

「ボクが世界を変えるのだ!」という大風呂敷を広げろ!
6時間に渡るトークイベントを通して彼らが発信したメッセージ。

ボクはそれにえらく共鳴したし、
ボクが東京に来た理由もまさしく「世界を語り、世界を変える」ために来たのであって、
その共振こそが求めていたことだ!とあらためて武者震いがして、うれしかった。

雨だれが岩を穿つように、間断なく発することこそが、表現者に求められていることだ…と。

【清水靖晃】Goldverg Variations 2010


2月27日土曜日。曇りたまに小雨。
気温ぬるい感じ。空どんより。

錦糸町にあるすみだトリフォニーホールで行われた
清水靖晃&サキソフォネッツの
ゴルドベルグ変奏曲「世界初演」を観に行く。

先週の月曜日には「公開リハーサル」へも足を運ぶ熱の入れようで
今日の「世界初演」に臨んだ訳だけど、
いやあ、モノスゴカッタ。完全に度肝抜かれた。

ゴルドベルグは1990年学生時代にグレングールドの演奏で虜になり、
その後さまざまなピアニストの演奏を聴き込み、それでも飽き足らず、
ギターアレンジやブラスアレンジ、琴アレンジに至るまでバリエーションを広げてみたけれど、
やはりグレングールド以上のポリフォニックな音の連なりまでには届かない感じで、
少々食傷気味だったのだが、今夜の演奏であらためてBachの音楽世界のスケールの大きさに驚かされた。

もともと清水靖晃のCello Suitesには発売当初から
その取り組みに共感を覚えていて(録音場所にこだわるあたりとか)愛聴していたのだけど、
今回、5人のサキソフォンと4人のコントラバスの編成で聴くBachは、完全に違っていた。

まずもってピアノ曲を5人のサキソフォンに編曲するあたりが面白い。
ポリフォニックなパルスを強調するかのように、高音部・中音部・低音部それぞれの旋律を
渡り歩くようなメロディが新たに追加されていたりしていた。

さらに通奏低音としてコントラバスが屋台骨の役割を果たしていたので、
Bachがイメージしていた以上のグルーヴ感が全編を通して波打っていて、心地よかった。

トリフォニーホールがまた素敵な音空間で、吸い付くような無音状態かと思えば、
サキソフォンの倍音の拡がりが伸びやかで、音同士ケンカすることなく、素直に耳に届いた。

「世界初演」にふさわしい空間だった。

      ●

 音楽って、純粋に音そのものとかルックスだけでなくて、
 全体のスペースがいい空気になって、初めて成り立つと思うんですよ。
 空間が醸し出すグッとくる感じとか、ユーモアも必要だと思うし。
 そうした空間の中で、それぞれの国における「バッハの存在」の意味みたいなものを、
 テナーサックスというぼくのフィルターを通して聴いていただく。
 その反応を本番で見るのが、すごく楽しみですね。
                    (清水靖晃インタビュー抜粋)

今回の「世界初演」は、サキソフォンが持つ音の特異性が遺憾なく発揮された演奏だったように思う。

サキソフォンは人間の声に一番近い楽器と言われているが、
音それ自体に多くの倍音を含んでいるからだろう。

ソプラノ・アルト・テナー・バリトンそれぞれの音域で
それぞれ異なる旋律を吹きながらBachのポリフォニックを構成していくのだけど、
倍音と倍音が共鳴してあらたな倍音を産むような重層的な拡がりを持ちつつも、
決して音が濁ることなくピュアなまま重なり合い、
音楽が時間軸だけでなく空間軸にまで構築されていく様を見る思いだった。

倍音の「組み体操」を見ている感じ…と言ったらわかりやすいだろうか?
(体育祭の花形「組み体操」でBachの一音一音をビジュアライズしていく感じ…って?)

テナーが主旋律で前面に出てきた…と思ったら
ソプラノがその前にしゃしゃり出てきて…かと思えば
バリトンの重低音がいつのまにか前者を押しやって主張しだしたり…と。

めまぐるしく音楽の表情が組み替えられる様は、まさに「組み体操」。
それが倍音もふくめて重層的に展開されていくので、
濃厚なワインの味を舌の上で転がし悦しむような愉悦感に満ちあふれた世界だった。

こんなにカラフルなゴルドベルグは、初めて。

もう一度じっくり味わいたい…そんな希有な音楽体験だった。

【黒田なつ子】Yokohama Dance Colection R


2月11日。
どんよりとした重たい雲が覆う建国記念日、
今にも雨が降りそうな中、関内から赤レンガ倉庫までの長い道のりを、
カメラを背負って歩く。

今日は横浜ダンスコレクションR2010
ショーケースで黒田なつ子さんが踊ると聞いて、
念願の撮影を果たすべく足を運んだ。

10時からのリハーサル、昼過ぎからの2回の本番…と
貴重な撮影機会が3度も与えられ、
なんとしてもあのダンスを収めたい!と意気込むのだけど、

今回撮影してみて、あらためてダンス撮影の難しさを実感。

全体を捉えるとダンスのキレが喪われ、説明的なものに陥るのだけど、
寄って捉えてしまうとポージングをどこで切り取るが重要となり、
捉えた四肢が果たしてダンサーの意を得たものであったか…が問われる。

そして何より、ダンスは時間との勝負だ。

暗がりの中、拘束衣のようなシャッター音を押さえる器具をボディにつけ、
さらに厚手の防寒具を頭からかぶり、レンズ越しの限られた視界の中で、
ダンサーの動きを追いかける。

上手から下手へ…と瞬時に変わるダンサーを執拗に追いかけながら
シャッターを押す。ピントと露出を確認する余裕はない…ただひたすらシャッターを押す。

当然、予想していた写真は収まっていなく、愕然とした気持ちになる。

それでもカメラで捉えたいと願うのは、
ダンサーたちの一瞬にかける鍛えられた肉体が
ただ、ただ美しい…から。

全日本舞台写真家協会の塚田洋一さんとご一緒させてもらった。

そんな協会があること自体、知らなかったが、
塚田さんの、肉食動物が獲物を捕らえるがごとくshootする…
その撮影スタイルに、感服。

にわか写真家のbozzo、見た目からして「肉食」に程遠いのだ。

      ●

で、黒田さんのダンス。
座・高円寺で前回行われた「MilkyWay」を4人のダンサーが進化させたカタチで、
その宇宙観がよりダイナミックに披露された。

衣装といい、音楽といい、4人のコンビネーションといい、
ダンス初心者には度肝を抜かれる刺激的なステージ。

踊っているほうも、キレを研ぎ澄ませて来た…とあって、見応え十分だった。

今回のショーケースは出演者全員がとてもレベルが高く、
そのダンススタイルは驚きの連続。

写真にしかと定着できない自分が歯がゆかった。
研鑽の毎日…で、いつかボクも「肉食系」男子に…と誓う。

【寺山修司】血は立ったまま眠っている


一本の電柱にも
ながれている血がある
そこでは
血は、立ったまま眠っている

1月22日。金曜日。
4時起きの一週間を完遂し、
羽を伸ばすべくシアターコクーンへ。

寺山修司×蜷川幸雄×森田剛で、
ヤフオクで1枚5万の値までついている
話題の演劇を2階上手の「コクーン席」から観る。

PAブースの裏では、監督がステージに睨みを利かせていた。
全公演をあのような眼光ですべてチェックするのだろうか?

1935年生まれ74歳の蜷川幸雄は
寺山修司と同じ歳。
寺山が生きていたら…と考えてしまう。

そんな思いもあるのだろう、
安保闘争を背景に1960年に書き上げた
寺山24歳の処女戯曲を蜷川はアッパレな演出で魅了した。

内容については触れないが、
のっけから驚くコトばかり。

1988年、美大1年で挫折を知らず粋がっていた19歳のボクは、
何を思ったのか蜷川幸雄演出の「テンペスト」をデートコースに選んだ。

初めて観る蜷川ワールドに、
女の子そっちのけでのめり込んだ記憶があるが、
今回も終止「前のめり」で舞台に釘付け。

なんといっても、光の演出が惚れ惚れした。

昇る朝日を伝える下手からの強烈な光、
客席にまで伸びて差し込む月明かりの窓枠の影、
クライマックス、闇夜の不安を醸成する効果的な逆光、
その対比で歓楽街の猥雑さを見せるネオン看板の量…

…など、これほどまでにワールドを構築できる74歳って、
ただただ素晴らしいの一言に尽きる。

「窓のない素人下宿の
 吐潟物で洗った小さな洗面器よ」
    
舞台の大道具もまさに吐瀉物で洗ったような有様で、
寺山の劇団「天井桟敷」さながらに
大男のゲイ、男女のこびと、股間を弄るガキなどが、
舞台と観客席を縦横無尽に走り回る様は、
渋谷にあった「天井桟敷館」へのオマージュか…と勘ぐるほど。

遠藤ミチロウ還暦の事実も知れて
いろんな記憶が交錯する、最高の舞台体験となった。

やはり寺山は舞台に限る。

【永岡大輔】無意味の背中 その2


1月20日。水曜日。
4月上旬並の気温らしい。17度。
体感は少しあたたかい…ぐらいか。
4時起きの人間には、あまり変わらない。

      ●

神楽坂へ、永岡大輔氏の個展へ足を運ぶ。

年末、サイトヲさんの紹介で知り合ったアーティスト。
山形出身ということで、勝手に親近感を持つ。

「こころヶ3号」という作家のブログが、
制作過程における実直な思いを吐露していて、さらに好感を持つ。

本人は居ないだろうな…と高を括って訪ねてみたら
ギャラリーに同時到着の奇遇も手伝って、ゆっくり話をすることが出来た。

話をすればするほど、
彼の中には、雄大な蔵王を象徴とする
山形の自然が源泉としてある。

11月にパリで開催した個展では、
「形見」をテーマに、倒木を炭にし、
そこから派生するイメージとして
ギャラリーの壁に大木をドローイング。

「生と死」を常に見つめ、
その境界線を行ったり来たり。

少年期に蔵王の山奥で
カモシカに見つめられた体験が、
自然を畏怖する作品につながったのだという。

      ●

今回のテーマ「無意味の背中」も
パリにおける経験が作家を一歩前に押し出した。

  今回の展示で飛び込んだパリと言う街は
  何かすでに失われて広大な空虚になった上に張った薄い氷の上にある街で
  みんなそれを薄々感じながら目の前を見て生きている。。。
  そんな感じの所だった。
  だから、欲望に対して忠実だし、合理性が幅を利かせている。
  僕のような人間と違って
  はっきりとしたオンとオフが必要な理由も
  そこにあるんじゃないかなぁ。

  これが良い事かどうかはまだ解らない。
  ただ、人間にとって、
  一生何か大事なものから目を背けて生きるには
  あまりにその後に訪れる反動が大きすぎるんじゃなかろうか?
  我々はゆっくりと「信じる」と言う事を
  取り戻さねばならない。
  そんな気がした。

  故に
  意味と無意味のボーダーを自らが曖昧にする行為をもっとしなくては。。。
  とも思った。
    (永岡大輔ブログ「こころヶ3号」10月12日より)

      ●

その真意はわからない。

しかし、巨大なヤモリ(夜守=夜の守り神)を鉛筆1本で執拗に描く姿勢や、
こちらを凝視するカモシカの角(ツノ)が森に変容するモチーフを見て、

作家は描くことで、人間世界に何かを取り戻そうと祈祷しているような印象を受ける。

パリで感じた違和(異和)感がそのまま、「ムイミ」を想起させ、
人間本位で測られる一面的な世界を表出することで、
そこに隠れたAnother Worldの存在を呈示しているような、気がした。

作品を創出する過程で生まれた
「紙の切れ端」や「消しゴムのカス」にも
作家は愛情をもって接する。

今回はその「紙の切れ端」を再編集して、新たな作品の道標とした。
その姿勢が何より、すべてを包含しようとする意志の顕れだと思った。

   「みんなちがって みんないい」

金子みすずの詩じゃないけど、
意味×無意味を超えた世界に挑もうとしている
永岡大輔の真摯な感性は今、ビンビンに振れている。

【永岡大輔】無意味の背中 その1


いつからだろう。
気がつくと「ムイミ」と言う巨大な生き物の背中に、私は乗っていた。

黒色のムイミの背中は、美しい満天の星空のようだ。目を凝らしてみると、
湿気を含み光沢のある黒い小さな粒がキラキラと集まってこの生き物を造り上げている。

刹那、ムイミの背中の中に右手を入れてみる。
もちろん興味本位。
期待に反して、ムイミの内部は何の感触もない。
温度もない。
そしてゆっくり手を引き抜く。

もう手が出てきても良いはずなのに、右手が見えない。
いや、手がない。
痛みがないから解らなかったが、手首から先が消えている。

今度はもう少し深く、腕まで入れる。

まだムイミの体内のすぐそこに落としたかもしれない私の手を取り戻す為に咄嗟にした行為だ。

だが、またやはり何の感触もなく、消えた手の存在もない。
それどころか、今度は深く入れた腕までが消えてしまう。
痛みがないと言う事は、こんなにも事態を飲み込めなくするものか。
消えた腕を見つつも、悶絶するうめき声すら必要としない。

どうやら、ムイミの内部に浸したものは、消えてしまうらしい。
冷酷な喪失感がゆっくりと私を襲い始めた。

遠くを行く人の姿を見付ける。
助けを求めるため、私は手を振った。
その人も手を振りかえす。

はたと、自分の混乱ぶりに気がつく。

今失ったはずの右腕を、いつもの習慣で私は振っていたのだ。
正確には振った気になっていたのだ。
そもそも痛みすらないこの喪失を、すぐに認識するなんて不可能だ。
改めて、私は残っている左腕で手を振った。
両手で手を振りかえす人。

すると、にわかに左手に何かが当たる。

同時に失ったはずの右手にも何かがぶつかる感触。
顔を見上げれば、私の右手は左手に触れていた。
いつも通りの私の右手だ。

私はムイミの背中から、どうしたのか解らないが、右手を取り戻したのだ。

相変わらず私は今もムイミの背中に乗っている。

神楽坂【artdish】永岡大輔個展「無意味の背中」