鳥栖は冬将軍


福岡空港から博多に出て、九州新幹線で20分、佐賀県鳥栖市に着く。
佐賀県には初めて足を踏み入れた。
ものすごい寒波である。雪が舞う。

体感ですでに氷点下を越えている。

ここまでの寒さを体感するのは、久々である。
吐く息が白い。足元から容赦なく冷気が忍び込む。

沖縄から1時間30分。
それだけの移動距離で
これだけ強烈な冬の洗礼を受けるとは…。

水戸岡鋭治の「つばめ」


福岡から佐賀の鳥栖までの道のりに
はじめて「九州新幹線」に乗った。

水戸岡鋭治の「つばめ」である。

はじめはわからなかったが、
旅客機のような洗練されたデザインと、
シートの斑模様から、ピンときた。

水戸岡さんのデザインは
仙台のデザイン事務所で働いていた時代に
社長からたたき込まれたものだった。

主に不動産の広告全般を請け負っていたので、
パースやロゴなどのデザインの度に、
水戸岡さんの仕事を参考にさせてもらっていたのだ。

ロットリングを使って精巧に描かれた
水戸岡さんのパースそのままに、
「ツバメ」は細部まで美しかった。

ロゴがまた繊細だった。

Times Square その2


2月になった。
朝晩の冷え込みが、意外と応える。

自宅から会社まで、歩いて出勤をしているのだけど、
軽く身が引き締まる感じだ。

…おお、これってニューヨークの朝じゃん。

2ヶ月前の記憶が蘇ってくる。
あの日感じた、アタマの先から身の引き締まる寒さは、
NYへの憧憬と緊張から生まれた心地よいものだったが、

今日の朝、感じた「引き締まる思い」ってのは、なんだったのだろう。
寝不足と多忙による、自戒の念か?

昼食を摂りながら、ipodで雑音を遮り、しばし現実逃避。
こんな時に聴くクラシックは、見事に厭世的響きで胸に迫ってくる。

毎日、毎日、課せられた業務をこなし、それでも自身の成長を夢見、切磋琢磨する日々。
そこから見えてくる地平は、果たして至福の未来を与えてくれるモノなのだろうか?

…そんな疑問が湧いてきては消え、湧いてきては消え、
 それでも与えられた条件を懸命に生きようとしている。

終わりはない。
終わる時は、いなくなる。

…ってえとオレは、ゴールのない自己耐久レースに
いつのまにやら参加してヒーヒー言っているってことなのか?

…ふわふわとした思考状態で、答えのない問いを反芻している。

          …。

ピアノの旋律が、絶妙なハーモニーで脳内に快楽の電気を流す。
自己超克だけが生きる糧となってしまっては、いずれ破綻するだろう。
…それはわかっている。

いずれは、記憶力や思考力や判断力にも老化現象が現れ、愕然とするのだろうか?
もうそろそろ終焉(ゴール)をイメージする時期に来ているのか?

ただただ、多忙に身を任せている自分。
明日は、朝から九州は佐賀鳥栖への出張。

苦悩はない。
時間が惜しい。

朝4時からのshooting


月末のauショップは忙しい。
その月の売り上げが、評価につながるからだ。

だからTVCMの撮影もオープン前にしてほしい…と。

そんなワケで夜明け前のshootingとなった。
暗闇に煌々と浮き上がるauショップ。
せわしなくスタッフが走り回る。
オープンまで6時間しかない。
香盤と進行状況をにらめっこしながら、
効率よく進めるため手際の良いディレクションが求められる。

明日から2月。

最大需要期を迎えるケータイ市場。
3社とも「春」と「新生活」をキーワードに
どろどろのユーザー獲得合戦を展開する。

MoMA その1


The Museum of Modern Artである。
たそがれにたたずむふたりだ。

11月25日。

あれから2ヶ月が過ぎた。
その間に年末が来て、年が明け、正月を迎えた。

ボクは多忙を極め、この時間まで働く日々。
地球のほぼ反対側まで足を伸ばし、
ちがった光を浴び、ちがった人々に囲まれ、ちがった事象を捉えてきたはずなのに…。

「ああ、こんなはずじゃなかったのに」

やっぱり日常の軸に組み込まれ、コナス君状態。
愚痴すら出てこない。

ああ、早く帰って…眠ろう。  明日も朝の9時から広告”接待”だ。

初めて聴いたブラックミュージック


散髪をしながら聞いた話だ。

ジェイムスブラウンがなくなって、はや1ヶ月。
それぞれの心の中に、ブラックミュージックへの思いが溢れていることだろう。

いつも散髪をお願いしているKさんも
ボクと同じようにJBを愛して止まない方だ。

散髪中も、思わず感慨の言葉が洩れてしまう。
「ジェイムスブラウン…てホントに亡くなってしまったんだな」

「ところで、ブラックミュージックの出会いっていつだったの?」
単なる好奇心で、ボクはKさんの音楽遍歴を訊いてみた。

そうだなあ、オレの音楽遍歴はビートルズから始まったんだ。
兄貴が高校生のころ、中学生だったオレは兄貴のビートルズを聴いて
そのメロディラインに心底惚れ込んだのさ。

だから、音楽遍歴はビートルズを系譜とするアメリカンミュージックへと
自然に流れ込み、TOTOやREOスピードワゴン、ジャーニーなどへ飛び火した。

白人音楽独特のアンサンブル重視なメロディラインに感動していたんだ。

高校を卒業するまで、オレはブラックミュージックを知らなかった。
だから、その出会いも衝撃的だった。

高校を卒業したてのころ、地元をふらついたりしていたんだけど、
たまたま4つ上の先輩と遭遇し、話の流れでコザのストリップバーへ行くことになった。
18歳だったオレは、もちろんストリップバーなんて初体験だった。

いったいどんな世界が待っているのか…半ば期待と不安を掛け持ちしながら、
先輩に連れられるまま、コザのストリップワールドへ足を踏み入れたんだ。

暗闇にミラーボールが輝き、光の水玉に彩られたステージ上、
一糸まとわぬ姿のフィリピン女性が、露わな姿でくねくねと横たわっている。
狂喜乱舞のGI野郎どもが、お下劣な奇声を発しながら、ビールをラッパ飲みしていた。

その褐色の肌にミラーボールの彩りも衝撃的だったが、
オレを一番ふるわせたのは、そのステージで使われていた音楽だったのよ。

The Cool and The Gang…だった。忘れもしねえ。

そのダンサンブルな旋律とカラダをくねらすベースライン…
そして心地よい16ビートに…オレはビンビンだった。

初めて見たストリップショーの衝撃と相まって
オレが受け止めたブラックミュージックは、音楽以上の何かをもたらした。

鼻息を荒くして、オレはその音楽を漁った。
レコード店をハシゴし、ブラックミュージックの虜となって
ストリップバーで受けた衝撃を蘇らそうと躍起になった。

単身で当時のディスコティックへ繰り出し、
ディスコミュージックを全身で浴びて、その快感をまさぐったりした。

しかし、あの時以上の心躍る体験は、
残念ながらやってこなかった。

あの時以来、オレにとってのブラックミュージックは
ストリップバーでの感動を呼び起こす誘引剤でしかない…てのが、正直な話だ。

オレにとって、あの時のブラックミュージック体験は、
あまりにも無防備で、そして、性的魅力に溢れていたんだよ。

まさに、セックスマシーンさ。
ゲロッパ…な体験だった。

Mr,ダイナマイト、恐るべし。