【May_07】人間は、生き物の死骸が通過し、たくさんの微生物が棲んでいる、一本の弱いチューブである。


藤原辰史『戦争と農業』。
いかに現代が食を過小評価し、邪険に扱ってきたか。
生活の重要な行為として、食に敬意を払わずおざなり過ぎたから、
このような社会形成と政治形態になってしまったのだと。
そもそも食を安易に捉えすぎ。
小学校の給食が、短時間で済まされていたことが間違い。

すべての国民が、小学校時代は午前中いっぱい毎日その日の献立と、
その食材のルーツ、収穫の方法を学んでいたら、
もっともっと現代社会は、遅効性を規範とした仕組みで成立していたことだろう。
教育における食が低レベルだから、この現代社会が低レベルなのだと、断言できるわ。

今からでも遅くはない。
コロナ禍で引きこもり生活だからこそ、
食のあれこれを深く考え実践し、
食に思いを馳せて欲しい。
然れば、自身がふたつの穴を持つ1本のチューブで、
様々な生命の亡骸からおこぼれをもらい、
沢山の微生物の働きで生かされているのだと会得することだろう。

以下コピペ。

↓↓↓

つまり、食べるというのは、宇宙を身体に貫通させると言ってもいいくらい、壮大な行為なのです。
しかも、人間は食べているとき、孤食であっても孤独に食べているのではありません。
ほとんど意識していませんが、人間は腸内に100兆個の細菌を育てています。
人間は細菌にとっては生態系です。
その細菌に食べかけのものを分解してもらい、消化を助けてもらう。
ここで起こる化学反応はハイスピードです。
そうした変化が即興的に繰り広げられる世界は、幽玄な機能美にあふれています。

↓↓↓

だったらせめて、人間のみなさんは、
消毒、殺菌、滅菌に血道を上げるのではなく、
細菌にとって棲み心地の良い家を提供するのが筋ではないでしょうか。
食べることは人間が育つことであるとともに、人間の生態系を育てることでもあります。
噛んで、味わって、飲み込むあいだに、生き物たちの死骸との駆け引きをうまくやらないと、
細菌たちはびっくりして活動を停止します。
既に述べたように、遅効性とは、誰かに効果を任せることでもあります。
誰かとはこの場合は腸内細菌です。
食べることは、ガソリンのチャージではありません。
食べることは、生き物たちの亡骸に自分の身体を通過してもらい、おこぼれをいただくことです。
いろんな種類の死骸に囲まれながら、食べ物は新しい世界へと旅立っていきます。
言い換えると、食べることは、それほど人間主導的な行為ではなく、
世界に自分を育ててもらう現象にほかなりません。


↓↓↓

食は、身体を通過する現象。農業は、助ける行為。教育は、見守る行為。
このように幅広く食と農業と教育の定義を拡げていくと、
これまでの講義で述べてきた大規模、大量生産、効率主義、即効性によって満たされた
マニュアル型の食と農業の生産様式が、そのまま子どもの「育成様式」と酷似していることがわかります。
経済的にゆとりのある家庭が、夜間にまで及ぶ受験塾に多額の授業料を払い、
苛烈な受験戦争に子どもをさらし、学問の営みを訓練に変え、
創造の能力よりは、情報処理の能力の得意な人間が高学歴を得て、政治と経済の中枢に坐る。
日本の教育の仕組みは、まさに、現在の食と農業が直面している状況と大きく変わりません。
人間の育成がこういう仕組みでなされているのであれば、
なぜ、政治が話し合いではなく処理になってしまうのかさえも、理解することができます。
ゴルフ場を開発したり、企業誘致をしたりすることばかりに目がいく地方活性化のアイディアの貧しさも、
このあたりから生じてきているのかもしれません。

↓↓↓

食と農業の再定義は、
効率主義による不公平な競争の仕組みを変えていく足がかりになるかもしれません。
飽食と飢餓が同時に存在するいまの状況を根本から疑い、
食本来のあり方をもっと引き出していきたいと思います。


↓↓↓

餓えない民の民主主義、排除なき民主主義というものは今まで存在したことがない。
誰かが切り捨てられることは未だに無くならない。
けれども、発酵の世界は、そういった政治のあり方にヒントを与えてくれます。
発酵を知ることは、自分たちがどれほど多くのものに生かされているかを知ることです。
生き物が複雑に絡み合いつつ跋扈する世界を、
人間の超越した力で牽引するのではなく、
じっと待ちながら「切り盛り」するという世界が、発酵革命の基本理念であると思います。

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【May_06】藤原辰史『戦争と農業』


言うまでもなく、農業は、人間が生きていくためのかけがえのない産業です。
そのために発達させてきたはずの技術が、しかし、実は人間を大量に殺す技術の基盤と重複している。
トラクターの生産技術は戦車に、化学肥料の生産技術は火薬に、毒ガスの生産技術は農薬に転用されました。
そのことは使用者である農業従事者たちも意識していない。責任者がすぐに頭のなかに浮かばない仕組みです。

もしも、この世の中から兵器をすべて廃棄できたとしても、この仕組みがある限り、
いつでもすぐに民間の技術は戦争に利用されるでしょう。
わたしたちは常に、戦争に陥りやすい、暴力が発生しやすいこの仕組みにがんじがらめになっている。
これだけの兵器と兵器に転用できる民生技術に囲まれた地球で戦争がなくなることなど、
魅力的な遊具のある公園ですべての子どもが遊具を使わないで遊ぶぐらい、
ほとんど不可能と言って良いでしょう。

トラクターと戦車、
化学肥料と火薬、
農薬と毒ガス、
原子力発電と核兵器。


戦時利用であれ、平和利用であれ、
どちらも似た性質を持っています。

どれもが、扱う対象に対して距離をとって、
人間が長年培ってきた勘やそれに基づく即興的な対応力ではなく、
マニュアルに依存して用いる道具です。

トラクターに乗っていると、
土壌中の湿気と微生物たちの活動に注意を払いにくくなるように、

戦車のなかに閉じこもっている限り、
戦場で腐敗した死者の肉の臭いを嗅がなくてもすみます。

農薬を大量に撒くことで死んでいく虫がどんな虫か、
場合によっては益虫かもしれないことも考えなくてもいい。

遠距離からガスを詰めた砲弾を発射すれば、
毒ガスによって爛れた皮膚を見なくてもいい。

原爆後の長崎で死んだ子どもを抱くお母さんの
虚ろな顔を見なくてもいい。

農薬によって畑の周囲の昆虫が激減し生態系が変わることも、
農業用水や地下水が汚染されることも、人々の健康が著しく害されることも、
特段気にする必要はありません。

とりわけ化学肥料やそれが含まれる養液を用いる植物工場では、
菌がつかないように厳重に衛生管理されていますから、
病気になったレタスを見なくてもすみます。
   
         
(藤原辰史著『戦争と農業』より)

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【May_06】大熊未来塾〜もうひとつの福島再生を考える〜


大熊未来塾

大熊ZOOM配信参加。
帰宅困難区域から大熊町の今を木村紀夫さんがLIVE配信。
10年目を迎える原発の地元は、未だ線量2μSv。
今日は初回ということで震災当日の木村さん宅周辺の状況を振り返り、
御家族捜索の過程を150分に亘って伺う。

次女涼凪ちゃんのご遺体が5年9ヶ月後に漸く発見されるという状況の中、
行政は中間貯蔵施設の設置や防潮堤建設で、先へ先へコマを進めようと煽ってくる。
その時間感覚のズレを現場から伝えることで共に考えたい…と始まった『大熊未来塾』。

中間貯蔵施設の期限は30年。
その後、最終貯蔵地に回される予定だが、
既に10年目を迎えた大熊の現実を次世代に渡さなければ、
30年後の人々に木村さんの思いは伝わらない。
亡くなった命を繋ぐ為に立ち上がった木村さんの気持ちを
しかと受け止めていきたい。

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【Oct_06】神戸市中央卸売市場本場内特設会場


『日輪の翼』神戸公演_楽日
@神戸市中央卸売市場本場内特設会場

原案/中上健次『日輪の翼』
演出・美術/やなぎみわ
脚本・作詞/山﨑なし
音楽監督/JanMah

出演者/
南谷朝子(俳優)
SYNDI ONDA(歌手)
檜山ゆうこ(ボイスパフォーマー)
山本静(クラウン)
重森三果(和楽アーティスト)

上川路啓志(俳優)
辻本佳(ダンサー)
MECAV(ポールダンサー)
サカトモコ(空中パフォーマー)
石蹴 鐘(空中パフォーマー)
石山樹野(俳優)
浜辺ふう(俳優)

JanMah(ギタリスト)
李 東熙(ベーシスト)
荒井康太(ドラマー)
SARO(タップダンサー)

特別出演/兵庫時衆踊り念仏の会、音遊びの会

舞台監督/大久保歩 (有)クワット
舞台監督助手・大道具/黒飛忠紀 幸せ工務店
音響/高田文尋 (株)ソルサウンドサービス
照明デザイン/アキラ
衣装管理/柳瀬安里
演出助手/山崎なし
プロデューサー/高樹光一郎 (一社)ハイウッド
制作/文 (特非)ダンスボックス
広報デザイン/木村三晴 (一社)MIWA YANAGI OFFICE

生活の礎たる魚市場の波止に巨大な台船を寄せ、
トレーラーと地続きにしたやなぎみわさんの舞台美術は、
路地が駆逐され、猥雑さが排斥される合理主義への高らかな警鐘だ。
台船そのものが鳴り物となり、海や大地との呼応を目指すスペクタクルな設計は、
舞台に上がる役者だけでなく、観客の命も共鳴し、中上健次の命とも共鳴して、
時空を超えた「叫び」へ、結実した作品だった。


写真UPしました〜!
【on_Flickr】1006_NICHIRIN

#photobybozzo

【Oct_06】上川路啓志@日輪の翼


『日輪の翼』神戸公演_楽日
@神戸市中央卸売市場本場内特設会場

原案/中上健次『日輪の翼』
演出・美術/やなぎみわ
脚本・作詞/山﨑なし
音楽監督/JanMah

出演者/
南谷朝子(俳優)
SYNDI ONDA(歌手)
檜山ゆうこ(ボイスパフォーマー)
山本静(クラウン)
重森三果(和楽アーティスト)

上川路啓志(俳優)
辻本佳(ダンサー)
MECAV(ポールダンサー)
サカトモコ(空中パフォーマー)
石蹴 鐘(空中パフォーマー)
石山樹野(俳優)
浜辺ふう(俳優)

JanMah(ギタリスト)
李 東熙(ベーシスト)
荒井康太(ドラマー)
SARO(タップダンサー)

特別出演/兵庫時衆踊り念仏の会、音遊びの会

舞台監督/大久保歩 (有)クワット
舞台監督助手・大道具/黒飛忠紀 幸せ工務店
音響/高田文尋 (株)ソルサウンドサービス
照明デザイン/アキラ
衣装管理/柳瀬安里
演出助手/山崎なし
プロデューサー/高樹光一郎 (一社)ハイウッド
制作/文 (特非)ダンスボックス
広報デザイン/木村三晴 (一社)MIWA YANAGI OFFICE

生活の礎たる魚市場の波止に巨大な台船を寄せ、
トレーラーと地続きにしたやなぎみわさんの舞台美術は、
路地が駆逐され、猥雑さが排斥される合理主義への高らかな警鐘だ。
台船そのものが鳴り物となり、海や大地との呼応を目指すスペクタクルな設計は、
舞台に上がる役者だけでなく、観客の命も共鳴し、中上健次の命とも共鳴して、
時空を超えた「叫び」へ、結実した作品だった。


写真UPしました〜!
【on_Flickr】1006_NICHIRIN

#photobybozzo

【Oct_06】辻本佳@日輪の翼


『日輪の翼』神戸公演_楽日
@神戸市中央卸売市場本場内特設会場

原案/中上健次『日輪の翼』
演出・美術/やなぎみわ
脚本・作詞/山﨑なし
音楽監督/JanMah

出演者/
南谷朝子(俳優)
SYNDI ONDA(歌手)
檜山ゆうこ(ボイスパフォーマー)
山本静(クラウン)
重森三果(和楽アーティスト)

上川路啓志(俳優)
辻本佳(ダンサー)
MECAV(ポールダンサー)
サカトモコ(空中パフォーマー)
石蹴 鐘(空中パフォーマー)
石山樹野(俳優)
浜辺ふう(俳優)

JanMah(ギタリスト)
李 東熙(ベーシスト)
荒井康太(ドラマー)
SARO(タップダンサー)

特別出演/兵庫時衆踊り念仏の会、音遊びの会

舞台監督/大久保歩 (有)クワット
舞台監督助手・大道具/黒飛忠紀 幸せ工務店
音響/高田文尋 (株)ソルサウンドサービス
照明デザイン/アキラ
衣装管理/柳瀬安里
演出助手/山崎なし
プロデューサー/高樹光一郎 (一社)ハイウッド
制作/文 (特非)ダンスボックス
広報デザイン/木村三晴 (一社)MIWA YANAGI OFFICE

生活の礎たる魚市場の波止に巨大な台船を寄せ、
トレーラーと地続きにしたやなぎみわさんの舞台美術は、
路地が駆逐され、猥雑さが排斥される合理主義への高らかな警鐘だ。
台船そのものが鳴り物となり、海や大地との呼応を目指すスペクタクルな設計は、
舞台に上がる役者だけでなく、観客の命も共鳴し、中上健次の命とも共鳴して、
時空を超えた「叫び」へ、結実した作品だった。


写真UPしました〜!
【on_Flickr】1006_NICHIRIN

#photobybozzo

【Oct_06】石蹴 鐘@日輪の翼


『日輪の翼』神戸公演_楽日
@神戸市中央卸売市場本場内特設会場

原案/中上健次『日輪の翼』
演出・美術/やなぎみわ
脚本・作詞/山﨑なし
音楽監督/JanMah

出演者/
南谷朝子(俳優)
SYNDI ONDA(歌手)
檜山ゆうこ(ボイスパフォーマー)
山本静(クラウン)
重森三果(和楽アーティスト)

上川路啓志(俳優)
辻本佳(ダンサー)
MECAV(ポールダンサー)
サカトモコ(空中パフォーマー)
石蹴 鐘(空中パフォーマー)
石山樹野(俳優)
浜辺ふう(俳優)

JanMah(ギタリスト)
李 東熙(ベーシスト)
荒井康太(ドラマー)
SARO(タップダンサー)

特別出演/兵庫時衆踊り念仏の会、音遊びの会

舞台監督/大久保歩 (有)クワット
舞台監督助手・大道具/黒飛忠紀 幸せ工務店
音響/高田文尋 (株)ソルサウンドサービス
照明デザイン/アキラ
衣装管理/柳瀬安里
演出助手/山崎なし
プロデューサー/高樹光一郎 (一社)ハイウッド
制作/文 (特非)ダンスボックス
広報デザイン/木村三晴 (一社)MIWA YANAGI OFFICE

生活の礎たる魚市場の波止に巨大な台船を寄せ、
トレーラーと地続きにしたやなぎみわさんの舞台美術は、
路地が駆逐され、猥雑さが排斥される合理主義への高らかな警鐘だ。
台船そのものが鳴り物となり、海や大地との呼応を目指すスペクタクルな設計は、
舞台に上がる役者だけでなく、観客の命も共鳴し、中上健次の命とも共鳴して、
時空を超えた「叫び」へ、結実した作品だった。


写真UPしました〜!
【on_Flickr】1006_NICHIRIN

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