
ボーカル_ナカヒラミキヒト
ベース_たっくん
リードギター_喜舎場 英雄(おお、うちな~んちゅ!)
ベタベタなブルース。
Tom Waitsばり。
竹野に住まう舞台写真家の地域自治。

「旅」…って。
「旅」用に使えってことか、このパンツ。

天児牛大、初体験。いや、初体感。
これほどまでに美しいとは。
人間は生まれながらにして「哀しい存在」であることを、
剃髪に白塗りの生まれたままの姿の群衆劇で表現された舞台。
生を授け、年月の堆積のなかで、
さまざまな感情を引き受けて、やがて死してゆく存在。
その背負い込んだ感情すべてを、
天児は身代わりとなって一身に受け止め、
舞うことで葬り去ろうとしていた。
その請負方が、半端じゃなく潔く、
61歳とは思えぬエッジの効いた存り方で
舞台にひとり屹立している。
他の演者を寄せ付けぬ、
強烈な存在感。
背負い込んだ感情を真摯にひとつひとつ
つむぐかのような、ぴーんと張りつめた動き。
舞を観ているだけで、涙が頬を伝う。
おおおおおお、なんと、美しいことだろうか。
これこそが、存り方。
すべてを請け負い、すべての感情に向き合った生き様。
「人間は生以前死以後を知らされず、
ただ今存る現在を果敢に生きるしかない哀しい存在」
どこから来てどこへ行くのか。
天児牛大はその疑問をまさに体現していた。
今までの舞台芸術ではおよそ体感できないほど
センセーショナルなものだった。
合掌。
とにかく放心した。涙した。
“ダンスは緊張と緩和によってつくられる。
すべての生と変化の原理と同様に。
赤ん坊は母親のお腹の中では浮いているが、
この世に産まれ出るとすぐに重力がかかる。
寝そべって、それから這い這いして、
二本足で立って、そして一本足で…。
ですからダンスは緊張と緩和の行為から始まるのです。”
天児 牛大(Vogue Hommes 98-99号より)

レンズ修理の受け取りで
新宿のニコンサロンへ。
修理代5万…とほほ。

新大橋通りにある床屋。
何十年前(おそらく60年代?)かに
撮影されたであろう写真が、今も看板に。

その控えめな姿、素敵。

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ハッピーう~たんで知り合ったJUNさんの
ソロLIVEを観に下北へ。