
Rollieの【Minidigi】を購入してから、
すっかりブローニー版で撮影する機会が減ってしまった。
写真魂が衰えたわけではない。
今は次なる「射的」を求めている感じ。
首に下げた【Minidigi】で、すぐさま狙い撃ち。
仕上がりはほとんどがガッカリするような内容だが、
たまに、デジタルらしい手ブレが利いていて、面白い写真になる。
これは台風の日曜日に、喫茶店でコーヒータイムの合間に撮影。
レンズが意外に広角ではないので、
こんな感じに収まった。
…これはこれで、面白い。
竹野に住まう舞台写真家の地域自治。

Rollieの【Minidigi】を購入してから、
すっかりブローニー版で撮影する機会が減ってしまった。
写真魂が衰えたわけではない。
今は次なる「射的」を求めている感じ。
首に下げた【Minidigi】で、すぐさま狙い撃ち。
仕上がりはほとんどがガッカリするような内容だが、
たまに、デジタルらしい手ブレが利いていて、面白い写真になる。
これは台風の日曜日に、喫茶店でコーヒータイムの合間に撮影。
レンズが意外に広角ではないので、
こんな感じに収まった。
…これはこれで、面白い。

続けざまにインタビューづいているが、
今日は「いっこく堂」の取材。
インタビュー内容は
ここでは書けないのだけど、
とにかく「いっこく堂」は真摯だった。
●
表現したい…ではなく、伝えたい。
●
劇団民藝の役者として長いこと舞台に立っていた時代があって、
結果的には腹話術「Ventriloquism」の道へと進んでいったのだけど、
彼に言わせれば、そこに大きな差はないのだ。
人が小説や映画や写真などで表現をする…というのは、
伝えたい言葉や事柄があってはじめて成立すること。
表現はプロセスであり、到達点ではない。
どんなプロセス(表現)が、素直に受け入れてもらえるのか…
●言葉巧みにストーリーを展開する
●劇的な場面展開で映像に引き込む
●無言の動作で固唾を呑む演技をする
●人形を使ってワンダーランドの世界で魅せる
そのプロセスはいろいろあるけれど、
最終的には演者がどんなことを伝えたいのか…にかかっている。
だから「いっこく堂」はその国の言葉で演じる。
アメリカ、ドイツ、フランス、ロシア、中国、フィリピン、インドネシア…
あらゆる言葉に置き換えて、30分間のパフォーマンスを丸暗記する。
言葉の壁を取っ払うことで、
伝えたいことが伝わるのだったら、
そのプロセスもしっかり取り込んでしまう。
「ジョージ」や「師匠」「サトル」などの人形を巧みに動かしながら、
【生きているだけ、それだけですばらしい】ことを伝えたい…と
「いっこく堂」は語ってくれた。
「世界中のあらゆる国を訪問して、わたしはそれを伝えていきたい」
その使命感ある言葉を間近に受けて、ボクは素直に感動した。
このような人がいる限り、世界はきっと大丈夫だ…と。
「いっこく堂」の言霊を丸呑みして、ボクもその仲間に加わろう…と。
「下地勇」「いっこく堂」…ふたりの「Evangelist」に出会えて、ボクは幸せだ…と思った。

んだがみ歩きぞーかーが
人や同場所ぬ目当てぃな
果てぃや見いらるん砂漠地ゆ
願う心だきどぅ我ぬう助きうー
うぬ星んな
我とぅ一頭ぬ馬
和合ぬ地ゆ揉みーどぅ
がまらす心だきゆ担ぎ
アタラカぬ父母や
アタラカぬ物うふぃーたー
いつがみまい止まん世
我ぬう歩かすだき
んざがみ歩き来たがーら
歩ぎ意味やーつ押さいらるん
捨てぃたふぁにゃーんがまらさまい
疲りゅ心やーつ治さるん
今だきや
夢ゆ見いしみる
戻らるん昔ぬ
アタラス母ぬ腕ん
心愛さ溢りーぬ
忘きらるん日数
アタラカぬ人々ぬ
戻しふぃーぶさぬ
うん越いや何まいさーりーふぃーなよ
“ツンダラーサ” てぃぬ言葉や
死ににゃーん新世ぬ
やがてぃ廻り来すがみ
アヤシャーカぬ太陽拝み
和合ぬ大地んかい
遠た果てぃがみまい
歩ぎ止まされん
●
日曜日、下地勇氏を取材。
「みゃーくふつ」をメロディに乗せ、
時代の空気を歌う彼の姿勢は、
一見、非常に遠回りな印象を受けるが、
生きた言葉「みゃーくふつ」の響きが、
詞の内容以上に聴くものを凌駕する。
●
実際、心がうち顫えた。
「みゃーくふつ」の言霊が
旋律の抑揚とともにダイレクトに波打つ。
スケールの大きな楽曲だ。
●
どこまで歩けばいいのだろう
人々は同じ場所を目指すの
果てしない砂漠の地を
祈る心だけがオレを支えている
この星には
オレと一頭の馬だけ
平和の地を求めて
悔しさだけを背負いながら
大切な父母は
大切なものを残してくれた
いつまでも回り続ける世
オレを歩かせるだけ
どこまで歩いてきたのだろう
歩く意味さえわからない
失いたくない悔しさは
疲れた心を癒せない
今だけは
夢を見させて
戻ることのない昔の
愛しい母の腕へ
愛が溢れてた
忘れられない日々
大切な人々を
返してほしいだけ
これ以上何も奪わないで
「哀れな」という言葉など
存在しない新しい世界が
いつか回る来るまで
夜明けの太陽に祈る
平和の大地へ
遠い果ての地までも
歩みを止められない
●
標準語に訳すと、平坦で奥行きのない印象になってしまった。
言霊が抜け落ちた感がある。
「みゃーくふつ」が持つ生きた言霊を畏怖し、
操る下地勇氏は、まるで「ノロ(霊能者)」のようだ。
「アタラカ」⇒「かけがいのない」
言葉の持つ力を、思い知らされた取材だった。