【bozzo】FOODEX JAPAN


3月5日。金曜日。
気まぐれの春日和。気温23度。
シャツにジャケットでも過ごせる。

明治神宮外苑をカメラ片手にそぞろ歩き。
見どころいっぱいで、驚く。何より樹木が深く息づいている雰囲気がたまらない。
これからの季節、木々に若葉が生え、瑞々しい色合いになっていくのが、楽しみ。

      ●

午後4時。海浜幕張に降り立ち、FOODEX JAPANの会場へ。
イベント閉幕後の撤営作業を22時まで。

会場に来るまで気づかなかったが、撤営するブースを見て驚いた。
「久米島の久米仙」ブースが目の前にある。
ボクらが解体するブースは「日本酒造組合中央会」といって、
九州全般の焼酎や沖縄の泡盛をひととおり扱っているところ。

なんてったって「久米島の久米仙」は
沖縄で展示会を実施までしたクライアントだ。
その勉強に…とFOODEXへ足を運ぶように言われた経緯もある。

実際、担当営業は沖縄から自腹でこの会場に足を運んでいる。
展示会の参考に…とビデオもひととおり見ていた。

その会場で、撤去の作業をするとは。

しかも「久米島の久米仙」ブースを目の前にして。
下手したら当時の営業部長や担当営業と顔を合わせてしまう。

ヘルメットを目深にかぶり、作業に集中。
周りを見ないで撤去の指示にひたすら従う。

しかし、感慨深い。

現役だった2年前には想像だにしなかった状況だ。
もくもくと作業に徹していたら、リーダーと思しき若者に
「もっとテキパキ動けよ!」と罵声を浴びてしまった。

縮こまる睾丸。

…ああ。…と天をあおぐ。
この屈辱。テキパキ動こうにも勝手がわからなすぎるんだよ。
心の声が逆ギレしている。

ここは一アルバイトとして、リーダーに従うしかない。

必要以上にテキパキと卑屈な動き。
またもや6時間。身も心もボロボロになりながら、
海浜幕張駅から京葉線で「新木場」駅へ。

駅前の吉野家で「牛なべ定食」を注文、トロトロの牛肉を頬張りながら、
耳にするのはまたもや、Jobimの「LIGIA」。

ああ、LIGIA…。

前回は、このLIGIAで南国の光に思いを馳せて、涙したんだっけ。
今回は、この自分の境遇だけで、トロトロ涙が出そうだよ…。

「もっとテキパキ動けよ!」か。
よく言ってたもんだよな、現場で。

まさか自分が言われるとは、思ってもみなかった。

明日は、ブライダル撮影、いよいよメインカメラマン。
…そっちだろ、気合い入れなきゃいけないのは。

【bozzo】築地市場


2月19日。金曜日。
×印を座席表に書き込む「ビル清掃」を
今日は早めに切り上げて、都営大江戸線で「築地市場」へ。

ある不動産の販売パンフに環境写真として入れ込みたいので、
威勢の良い早朝の築地の様子を撮ってきて欲しい…。

仙台デザイナー時代にお世話になった広告代理店からのご依頼。

「築地」以外にも「銀座」「汐留」「浜離宮」…と
販売される不動産の周辺環境を撮影する。

だから先々週は「ビル清掃」⇒大江戸線⇒「築地」ルートがレギュラーだった。
通い詰めてみるとますますその魅力に取り憑かれる。

10時過ぎにはお目当ての寿司屋の前に黒山の人だかり。
「食」が生きる基本だということに改めて思い知らされる。

たしかにシャリが旨い。ネタが旨い。味噌汁が旨い。

「光りモノ」の脂ノリと言ったら!
口の中でとろける…とろける。

これだけのネタが毎日取引されているのだから、
あるところには、あるはずだよね(^^)/。

朝の5時から築地市場のセリは始まる。
さすがにその時間は部外者は入れない。
8時頃から仲卸業者のお店が競り買ったサカナの販売を始めるので、
その時間を見計らって侵入する。

近頃は観光化され、外国人に人気のスポットとなったため、
市場への出入りは厳しくなったようだ。
⇒ストラップやサカナのぬいぐるみなど築地グッズを販売するお店もある。

場内の入り口ではターレと呼ばれる
小回りの利くトラックが敷地内を縦横無尽に走り回っている。

その様は、巨大な働きバチのようだ。

花弁で集めた蜜を、自分たちの住処へ運ぼうと躍起になっているような勢いで
大量のターレが、場内場外へ何台も何台も出入りしている。

とにかく市場内は慌ただしい。

カメラを構えて集中してると、「ジャマ!ジャマ!」とどやされる始末。
ターレのお兄ちゃんに蹴飛ばされてしまいそうな緊迫した空気だ。

仕事場に勝手におジャマして、写真を撮ってるんだから、
そりゃ気に喰わない存在だろう。

目立たないように…目立たないように…と息を殺していても、
魚屋のお兄ちゃんたちは、ドでかい防水エプロンに長靴、タオルの鉢巻き。
サカナの生き血がカラダに飛び散ったような血気盛んな出で立ちなのである。

包丁のスケールだって、もはや「意味わからん」状態。

1メートル以上ある刀のような包丁から、
マグロの「かま」をえぐる鎌のような包丁まで、
あらゆる刃物が散在していた。

敵に回ったら、イチコロ。

とにかく「築地」は面白い。
「日本の台所」と呼ばれる場所なだけある。

【東京初仕事】Papyrus 2月号


12月27日。日曜日。
陽差し差し込む、見事な陽気。
先週と比べて5度ぐらい違うんじゃないか?
しかし東京はホント、雨が降らない。
ここまで乾燥してると、風邪も引くわ。
いまだに鼻水が止まらない。

      ●

本日発売の幻冬舎「Papyrus」2月号
記念すべき東京の初仕事が掲載されている。

撮影は11月19日金曜日。夜19時の新宿、面影屋珈琲店店内。

話題の人物を取り上げる「My Reason」のコーナーで
劇場版「東のエデン」公開に合わせて
監督の神山健治氏をインタビュー。

プレス用試写と一般試写の合間を縫っての取材…という強行スケジュールだったので、
とにかく撮影時間がない…とは、事前に知らされていたことだけど、
なにしろ初仕事。カタチにせねば…の気負いが先立ち、空回り気味。

そんな気負いが態度に出たのか、喫茶店のマネージャーから
撮影に関してクレームが入り、即刻撮影中止に追い込まれる。

20時までに次の現場である新宿ピカデリーへ移動…とのことなので、
インタビューをまずは敢行、撮影は中途半端な状態で宙ぶらりんに。

神山監督の話は聞き応えが十分で、どんどん広がりが出てくるのだが、
時間は容赦なく流れ、あと15分で切り上げなければならない状態に。

さぁどうする。…撮影だけ新たにセッティングし直せるのか…
先ほどの1カットをなんとかカタチにするのか…
こちらにしてみれば、あまりに中途半端で冷や汗が流れる。

あと5分で移動…という時に編集者が機転を効かせて
「新宿ピカデリーまでの道すがら、どこかで撮影しましょう」…と提案。
すぐさま店を飛び出し、ロケハンを行う。

 歌舞伎町を行き交う人々、ネオンサインが艶めかしい。

近未来を描く「東のエデン」に歌舞伎町の雑多な雰囲気は相通じるものがあり、
監督の撮影場所として適当ではないか…と、すぐさま蛍光灯の光源に撮影。
ほんの2,3分の出来事だったが、どうにか体裁を整うことができた。

      ●

しかし、こうやって掲載誌で自分の写真を確認してみると、
前後の写真と比べ、明らかに見劣りがする。

今をときめく笠井爾示佐内正史といった写真家が誌面に平然と並んでいるのだ。

見れば見るほど、「あちゃ~」なのである。

これから先、こういった著名な写真家と肩を並べていくのか…と
分不相応にも思考が広がっていくが、
雑誌に写真を載せるとは、つまりそういうことであって、
一写真家として、恥ずかしくないものを呈示していく責務がある…
というか、目指すべきはその領域な訳だし、

「リングに上がらなきゃ、勝ち負けもつかない」などと
一丁前な口上を述べるが、写真に勝ち負けなんかないのであって、

要は、彼らとはテイストの違う写真を今後は見せていかなければ…
仕事にもありつけないぞ…と。…ま、厳しい茨の道に入った2009年。

初頭には考えにも及ばなかった全国誌掲載が実現できて、
2010年、新たにふんどしを締める思い…なのである。

【works】年末は短期決戦!


12月8日。火曜日。
今日も朝から清々しい天気。
澄み渡って、恨めしいくらい。

朝陽が鋭角に東から注ぎ込み、
すべての事象が縁取られて、
誠にもって美しい。

このような陽差しの中で、
思う存分撮影出来たら…などと思う。

…のだが、

ま、やはり、撮影の仕事で喰っていける訳もなく、
年末なので、何かと入り用な時期でもあり、
まずは短期のバイトを…と始めたのが、
「お歳暮の仕分け」。

ヤマトは駄目でもペリカンがあるよって
朝から晩までひたすら同じコトをやらされる。

振り分けられたのが流通のコーナーだったから、
映画「Rookie」のDVD発売に合わせての初回限定フィギュア付きだったり、
ポスター付きだったり…を100単位で梱包する作業だったのだけど、

まああ、見事に終日同じコトを永遠と。

これがなるほど、機械のように作業する
…あのライン作業ってやつっすね。

決められた分量をこなすまで
ひたすら100単位で詰める、詰める。
紺の制服を着て、紺の帽子をかぶって、
ひたすら100単位で詰める、詰める。

まるで囚われの身のようでした。

日給9,000円。

      ●

今日はまた違った派遣先で、
行ってみると○○薬品のピッキング。

「ピッキング」って検品かなにか?

…と思って作業に入ってみたら、
なるほど、全国の薬局から入ってきたオーダー票に合わせて
その品番のブツをそのオーダー通り揃えて、詰める人に渡すこと
…だったようで。

「DVD」の詰めものは、オプションの種類が限られてたから
ライン作業で出来たけれど、
薬品のオーダーは千差万別だから、(およそ200!!)
ま、トランプの神経衰弱のようにひたすら品番とにらめっこで、
この品番はどのエリアにあったか…ということを思い出すのが、一苦労。

昔の活版印刷で活字を拾うような感じ…といえば、
少しは文学的に聞こえるだろうか。
(そう、銀河鉄道のジョバンニのように)

これもまた8時間、
ひたすらオーダー票と品番とのにらめっこで、
重たい荷物があるわけではないから、
このミニマリズムに浸ってしまえば、快楽にもつながるのだろうけど、
決して生産性のあるお仕事では、ない。

動き回れる分、囚人のような錯覚は起きなかったけど。
日給8,000円。

       ●

明日も朝から、○○薬品へ。

【works】沖縄つなぐau


「沖縄つなぐau」キャンペーン

2年前、MNPというサービスが始まった。

携帯電話の番号を他社キャリアへ持ち込めるサービスだ。
契約したら2年間の制約が出て、他社には移れない。

そのサービスが、ちょうど2年前の今日はじまった。

だから、今日からはその制約を解いて
思いっきり他社へ鞍替えできるというワケ。

【au】撮影旅行 その2


10月05日快晴。石垣島。

そもそも
垂見健吾さんとのつながりは
10年前の仙台まで遡る。

ボクが沖縄行きを心で決めたのが
1998年の春。

その年の夏に七ヶ浜国際村
椎名誠さん、中村征夫さん、垂見健吾さんの写真展が開かれる…ということで
当時のクライアントだった西洋土地開発(株)から依頼を受け、取材をしたのが最初だった。

そのころからコーラルウェイで憧れだった
垂見健吾さんを取材するとあって、
ものすごく緊張したことを覚えている。

写真展の主旨や3人の関係など
ざっくばらんにお伺いしながら、
最後に「9月から沖縄へ移住するんです」…と
垂見さんにお伝えしたのだ。

そのとき垂見さんは気持ちよく
「ほほ、じゃあ連絡をちょうだい」
…と名刺を渡してくれた。

その懐の深さに感動して、
それ以来、垂見健吾さんには
お世話になりっぱなし。

 沖縄=垂見健吾

そんなあたたかな気持ちをもって
沖縄という土地をイメージしてきた。

10年間この土地で
いろんな障害を乗り越えて来れたのも
ベースには沖縄のあたたかな土地柄があったから。

 そして、その象徴として
 垂見健吾さんが居たからだ。

そのシメのお仕事を
垂見健吾さんと出来て
とても幸せに思う。

垂見健吾公式web

【au】撮影旅行 その1


10月04日快晴。

10月24日からのキャンペーンで
今回はじめて垂見健吾さんと
撮影旅行なるものに同行した。

沖縄の家族や仲間はみなauでつながっている。

そんなコンセプトで
沖縄らしい家族や仲間を撮影する旅。

垂見さんのつながりで
渡嘉敷島の國吉さん家族からはじまって
石垣島の辺銀食堂の面々と。

2日間で9カット。

途中行き当たりばったりのベースボールチームやら
八重山商工の生徒たちやら、
まあ見事に綱渡りでコトは進んだけれども、

終わってみれば
仕上がりもすばらしく
沖縄らしい家族の笑顔にあふれ、

なんだか最後の仕事として、
結構よかったんじゃないか…って。

沖縄の素敵な部分を
垂見さんと堪能できて、
原点に帰れたんじゃないか…って。

充実した2日間だった。

垂見健吾公式web

【works】名古屋へ


10月14日。
CM編集の仕事としては
約6年ぶりに名古屋へ。

セントレアへの着陸も
おそらくはじめて。

天候はあいにくの雨だったが、
翌日は見事に晴れ渡った。

いろいろと感慨深い。

お世話になった今は亡きあの人との記憶を
辿るような名古屋滞在だった。

6年ぶりに再会する人。
独立して会社を立ち上げていた。

6年ぶりに味わう手羽先。
しつこくも懐かしい味がした。

あの時の長女が
今は社長業を引き継いで
なんとか会社を軌道に乗せようとしている。

そんな彼女に引きづり回され、
名古屋の夜を堪能する。

月日の長さを実感する。
6年前は学生だったんだぜ。

自分はいったい
どこまで成長したんだろう。

6年前となんら変わらないんじゃないか?

     ●

やっぱり、シフトする必要ありだな。

【work】渡嘉敷&石垣の旅


1003から1005の
ショートトリップで
渡嘉敷&石垣へ。

ケラマブルーを目の当たりにし、
川平湾の透けるようなブルーに感動し、
島の人々のゆるやかな空気に慰められ、
泡盛に三線に…と島時間が流れ、

短い滞在で
多くのモノを
肌で感じることが出来た。

貴重な撮影旅行だった。

詳細は、のちほど。

【works】ただいま思案中


狭い島の中じゃ、
選択肢も限られてくるのか、
クライアントも
プロダクションも
上司も部下も
頭打ち。

愚痴ばかり
口に上るが、

いっそのこと
逸脱するか。

そんなことも思案中。