【oct_27】EACH_LITTLE_THING


昨日は写真家熊谷聖司さんの個展を観に
monogram@学芸大学へ。

ボクの大好きな写真集「EACH_LITTLE_THING」の
内実が伺えるということもあって、
デザイナー高橋健介さんとのトークショー終了まで5時間、
しつこく写真家のそばで写真家の言葉を心に刻んできた。

   2011.3.11以降
   写真を撮る事とはどのような意味があるのか?
   それを発表することについても考えてきました。
   その結果、この作品達が生まれました。
   同名のタイトルで10シリーズの写真集を制作予定しています。

   「わたしの欲望とは何か」そのことを常に感じていたい。

これが写真展「EACH_LITTLE_THING」に向けた写真家の言葉だ。

熊谷さんは言う。
ニッポン人の感性や思考がどんどん閉じられた方向に向かっていると。

「一番洗脳されやすい国民だよね」

街を闊歩する人、電車に乗る人、カフェで珈琲を飲む人、
眼にする人々すべてが、耳にイヤホンを付け、ケータイの画面を指でスクロールしている。

眼を閉じ、耳を閉じ、口を閉ざす。
(見ザル、聴かザル、言わザル)

どんどん外界との関係を絶って、
ヴァーチャルな己の欲望の中で溺れている。

 「わたしの欲望とは何か」

震災以後、ニッポン人はマスコミから発せられる情報が「真実」ではないことを思い知らされた。
TVや新聞の報道が、操作された既得権者にとって都合の良い内容であることに気付かされた。

そこからネットによる情報獲得が急速に浸透し、SNSのコミュニティに埋没する傾向が加速した。
海流の「大局」を捉えるよりも、さざ波の「細部」に一喜一憂し、日々流されることを好んだ。

しかしマスコミにせよ、SNSにせよ、操作された情報であることに違いはなく、
一元化された情報ソースに「付和雷同」するニッポン人社会は、どんどん閉塞感へと向かう。
「一番洗脳されやすい国民」とは、多様な思考に不寛容な国民であるということ。

島国であり、単一民族であると言われ、ただでさえ思考の一元化は免れないのに、
震災以後は、「見ザル、聴かザル、言わザル」の同調圧力によって、より「閉ざされて」しまった。

写真家熊谷聖司が提示している「EACH_LITTLE_THING」は、
写真家熊谷聖司そのままの「オープンマインド」な姿勢だ。

震災前も震災以後も、熊谷さんの「世界と対峙する距離感」は変わっていないように、ボクは思う。

     変わったのは「世界」のほうだ。

そのことに熊谷さんは震災以後、意識的になった。無自覚から自覚へと変わった。

     変わったのはそこだけ。

だから、いつ触れても熊谷さんの写真からは「世界の真意」が垣間見える。

 「世界はこんなにも多様で、おもしろいものが溢れている」

もっと五感を奮わせ、世界が放つさまざまな「ナマ情報」をキャッチせよ!

EACH_LITTLE_THING…。

それぞれが、同じ小さな事柄。
しかし、それはただ「LITTLE」なだけでなく、「THING」…モノとしてそこにごろんと横たわっているのだ。

5時間の密着で、ボクはその感性に思考に、肉薄できたような気がする。

   ●

最後に「欲望」について、中上健次的な言葉を引用したい。

  欲望は己の内部に自発したはずなのだが、
  しかしそれは関係の中で外部の何かに投影され、
  その何かにそそのかされ誘惑されるというカタチでしか作動しない。
  
欲望には常に対象が伴う。欲望は常に受動態なのだ。

「わたしの欲望とは何か」を問うことはつまり、「わたしにとって世界とは何か」を問うことなのだ。

【apr_24】田附勝


写真家、田附勝さん。

コニカミノルタプラザで
本日より木村伊兵衛写真賞受賞作品展「東北」、開催。

展示の言葉が
実直な田附さんの姿勢を顕していて
胸を突いた。

以下。

      ●

心も体も東北に向かっていた。
1994年に東北を旅したとき、ぞわぞわするような血のたぎりを感じた。
19歳だった。
その感覚は私の中に残り、やがて大きくなっていった。
この21世紀にいながら太古の昔の東北を感じることができるのではないか。
太古の昔の東北人の視点を意識しながら、東北を撮ろうと思った。

2006年から東北の地に足を踏み入れ、少しずつ撮影を始めた。
撮りたい一心で東北の地を軽自動車で駆け回った。
東北にいると、人と獣の存在がとても近くに感じられた。
同時に、生と死は隣り合わせのように感じられた。
その感覚を追いかければ、自分なりの「東北」を撮りきることが
できるかもしれないと思っていた。
しかし、東北の撮影はいつも私の想像を超えていた。

鹿を追う猟師の足手まといになりながら撮影した。
雪深い山中で乾いた銃声が響き、鹿が倒れた。
雪に血が散っていた。
太平洋でメカジキと闘う突棒漁師の兄弟の船に乗せてもらった。
それは知り合ってから4年後のことだった。
死者の声を聞くことができるというオガミサマは、
見えない眼を、まっすぐカメラに向けてきた。

彼ら彼女らを写真に写し出すことは
同時に彼ら彼女らの世界に足を踏み入ることであった。
いつも自分の覚悟を試されているような気がした。
そんな撮影だった。

私は東北を撮りながら、日本とは何かを問い直そうとした。
日本人の原型を東北人に見出そうとした。

しかし、撮影に一区切りをつけた直後、
2011年3月11日、東北は大震災に遭ってしまった。
私は結論が出ないことを考え続けた。
いや、何も考えていなかったのかもしれない。
ただ、ただ、今でも東北に向かう。
そして写真を撮る。
それしかなかった。

震災後、写真に写るものは、明らかに変化した。
うろたえる自分が、そこにいる。

東北から何かが聞こえてくる。
そいつをカメラで正面から捕まえるために、私はまた東北の地へと向かう。

                              田附勝

      ●

とにかく、間近で観て欲しい。
どろっとした血潮が脈打った「ナマ」な写真たち。

生きるというのは、本来こんなにも「剥き出し」なのだ。

【feb_28】竹田有汰


俳優、竹田有汰

3月8日から公演の「胎内」(作・三好十郎)に出演。
ただいま精神的にかなり追い込まれる役作り真っ最中。

実際の通し稽古を拝見したが、あれは完全に消耗戦だ。

敗戦後の閉塞感の中で、私利私欲の限りを尽くし、
それぞれが精一杯生きていたニッポン人。

防空壕跡の暗闇に閉じ込められ、
絶望感を味わう中で、徐々に人間の業が剥き出しとなり、
浅ましくもお互いをけなし合う。

場の展開とともに時間経過が描かれるが、
その消耗と焦燥を演じるところが、この演劇のみそ。

果たして、どこまで真に迫れるか、当日がたのしみだ。

【jan_27】出口泰之


六本木画廊で明日まで行われている展示
「再生の息吹」展にて、2年ぶりに再会。

設計事務所を退職し、
写真に邁進したい…と語る出口くんに、
かつてのボクの「息吹」を感じる。

自己実現の気概こそ、
ひとを大きく成長させる。

自分は大きく成長してきたのだろうか?
そんな自問を起こさせる潔さを感じた。

ガンバレ!出口くん。

【jan_13】中沢新一×大森克己


もう いいよ 歩き出そうよ
ゆっくり進む 秋の日差しを
このカラダで グッと感じようぜい

いったい いくつの時を
過ごして来たの
60年、70年、80年前の感じ
本当に確かだったのは
いったい 何でしょうねえ
時の流れは 本当もウソもつくから

歩き出そうよ 歩き出そうよ 
歩き出そうよ 歩き出そうよ 

こんなに強い日差しは今も 降り注ぐ

この景色の中をずっと ふたりで回ろうぜ
この景色の中をずっと 
この景色の中をずっと ふたりで歩こうぜ
このゆううつな顔もきっと 笑顔に変えようぜ

    (Fishmans/Go Go Round This World!

三島由紀夫が切腹しても果たせなかったニッポンの大転換。
フィッシュマンズの佐藤伸治が歌う_。

  本当に確かだったのは、いったい何でしょうね?

戦後の経済一辺倒の無目的な日常は
ホンマタカシの「郊外団地」やFishmansを取り上げるまでもなく
ニッポンの気分としてバブル絶頂期までずんずん昇り詰めていった。

誰も制止できずに、ここまで来た_。

結局は、興るべくして起きたのだ。
未曾有の大災害は、「散乱反射」の青空に霹靂がきらめくように、
裂け目となって顕れたのだ。

それでもボクたちは「この景色の中を」歩いて行く。

  このゆううつな顔もきっと 笑顔に変えようぜ

大森さんが、最後に一言。
「それでもみんなに知ってもらいたいのは
 写真を撮ることが楽しいってこと」

未来が明るい…とは決して思わないけれど、
ゆううつな顔を、笑顔に変えて
「終わらない日常」を歩き出すんだ。

  こんなに強い日差しは今も 降り注ぐ…のだから。