
同じ時間帯の夕方、新居のベランダから見えた風景。
ここは「那覇新都心」である。
そもそも、1987年までは米軍の住宅地だった「那覇新都心」。
実際、ボクが沖縄に移住した1998年でも、ただのだだっ広~い空き地で、
たった1本だけ横断していた道路を、自転車で走るのがとても気持ちよかった記憶がある。
…そんなわけで、
周りの建物はすべて5年程度の築年数しか経っていない。
あたらしいのである。
写真のメインストリートは、
来年には国際通り方面までつながる予定。
竹野に住まう舞台写真家の地域自治。

同じ時間帯の夕方、新居のベランダから見えた風景。
ここは「那覇新都心」である。
そもそも、1987年までは米軍の住宅地だった「那覇新都心」。
実際、ボクが沖縄に移住した1998年でも、ただのだだっ広~い空き地で、
たった1本だけ横断していた道路を、自転車で走るのがとても気持ちよかった記憶がある。
…そんなわけで、
周りの建物はすべて5年程度の築年数しか経っていない。
あたらしいのである。
写真のメインストリートは、
来年には国際通り方面までつながる予定。

引っ越しを終えて、
仕事で国際通りに向かう道すがら、
撮影したショット。
斜光が手前にぐーんと伸びて
近所の酒屋も、印象的に見えた。
「栄町」のかつての中心地、ロータリー跡地の交差点だ。

那覇国際通りから沖映通りを曲がり、パラダイス通りを入ったところにある
台湾を主な仕入れ先にしている中国茶のカフェ「流求茶館」へ。
中国茶と台湾茶の大きな違いは「聞香杯」と「品茗杯」のセットで
お茶を楽しむことにあると言う。
「聞香杯」(もんこうはい)とはお茶を聞く=お茶の香りを楽しむことで、
「品茗杯」(ひんめいはい)とはお茶を品評=お茶の味を楽しむこと。
さっそく、鉄観音で台湾茶にトライしてみることに。
1、茶器を順にあたため、茶盤に湯を捨て、茶葉を茶壺に詰める。
2、高いところからお湯を注ぎ、茶葉を回転させ、1分ほど蒸らす。
3、茶海に一度注ぎ、お茶の濃度を均一に。
4、聞香杯に注ぎ、ひといき入れたあと品茗杯へ移す。
5、聞香杯でお茶の香りを楽しむ。
6、最後に品茗杯でお茶の味を楽しむ。
…んんん。
奥行きのある素敵なお茶を堪能。
不思議なことに杯を重ねるほどに味が濃くなり、
鉄観音本来の味わいを楽しむことができた。
中国茶は六茶と言って、緑茶・白茶・黄茶・青茶・赤茶・黒茶と
製造方法や発酵の度合いによって呼び名が変わり、
香りや味も、実にさまざまだ。
台湾茶に惚れ込んだオーナーの気持ちが
あらためて理解できた。
しかし、お茶をたしなむ行為のなんと魅力的なこと。
あの太宰治に限らず、お茶をたしなむ余裕から文化は生まれている。
生活。
よい仕事をしたあとで
一杯のお茶をすする
お茶のあぶくに
きれいな私の顔が
いくつもいくつも
うつってゐるのさ
どうにか、なる。
ドストエフスキーも「地下生活者の手記」の中で
一杯の茶のためには、世界など滅びていい。
と言わせている。
お茶は快楽なのだ。

国際通りを歩いていたら、
那覇の高校生がチラシを配っていた。
「ダメ!ぜったい!」
覚せい剤撲滅運動の一環だった。
いつの時代も、この覚せい剤というのは消滅しない
…しぶとい「ヤク」なんだと、あらためて実感。
しかし覚醒することで、どんな感覚が研ぎすまされるのだろうか?
いまひとつ、その効用が理解できずにいる。
なによりカフェイン過多で寝不足になるようなイメージで怖い。

斜光そそぐ公園でゲートボールを楽しむ人々。
ショットを放ったあとのしぐさが決まっている。
ホントに楽しそうだ。

先週の梅雨明け以来、オキナワはうだるような暑さ。
週末も陽の陰る気配なく、サンサンと光が降り注いだ。
日傘をしていても、臨界点を超える量の光があふれている。
もしかして、オゾンの穴が拡大したか?
これだけの光線を浴びても、人間は大丈夫なのか?
常に露出オーバーな視界がつづく。

すごい有り様だ。
白昼の事故とは思えない大破っぷりじゃないか。
…居眠りをしてたのか、
…結婚式で酔っぱらったのか、
…はたまたネコを避け損なったのか。
エアバックの萎んだ様が、
この事故の居たたまれなさを物語っていた。

このブログの当初の目的は、
できるだけ多くの方にボクの写真も見てもらうことにあった。
そして、そんな目的に最適な場所をみつけた!
「amana」というリースフォトなどを主に行っている写真の総合プロダクションが
2005年に立ち上げた「fotologue」がそれ。
昨年までは一般開放されていなかったのだが、
2006年からは一般の写真家も利用が可能となった。
写真をプレゼンテーションするには、格好のブログスタイルだ。
今後はこちらで写真を主体とした展開を行っていく。
アクセスをよろしくお願いします!
もちろん、写真日記も継続して展開します。
この写真は普天間基地上空。
辺野古にいずれは移動するはずの、問題のヘリが
夕方の普天間をバタバタと音をたてて、飛んでいった次第。

ゆらめきIN THE AIR ゆらゆらIN THE AIR
何度もおんなじ話をしてる さっきとおんなじ
夕暮れはやってこない 夕暮れはやってこない
ボクらのみつけた 偶然の空
夕暮れがやってこない 夕暮れがやってこない
Ah- やってこない
僕らは2人で手をつないで ずっとずっと歩いていった
僕らは2人で手をつないで 時には甘い夢を見た
夜には2人で手をつないで とってもたくさんサヨナラを言った
目をつぶってあなたを思い出せば
僕の知らない 知らない 君がいた
とっても気持ちのいい朝だったら 君の暗い夜は消える
とってもステキな朝だったら Ah-
君が今日も消えてなけりゃいいな
また今日も消えてなけりゃいいな
君が今日も消えてなけりゃいいな
また今日も消えてなけりゃいいな
IN THE AIR IN THE AIR
ゆらめきIN THE AIR ゆらゆらIN THE AIR

ここで友人の写真展のご紹介。
◆溝口真一写真展【自画像】
at galley art SPICA
1219[mon]-1230[fri]
〒107-0062 東京都港区南青山4-6-5
tel 03-5414-2264 / fax 03-5414-2265
http://www.spica.cc/art/index.html
溝口くんとは、彼がドイツから帰ってきた2001年に
ボクの友人と沖縄に来て、知り合った。
8年間のドイツにおける
アカデミックな写真教育を経て、
とてつもないスケールの写真を撮る男だ。
今回の展覧会は
ボクが無理を言って
会期前に見せてもらった。
179人の溝口くんの周りにいる人物のポートレイト。
名刺サイズに丁寧な階調で焼かれたモノクロ写真を
厚めの板に貼り付け、一列に並べて展示。
展示会場はなかなかなものである。
写真を手にとって、モノとして体感してほしい。
そんな彼のアプローチがカタチになった。
とてつもないスケールの写真と手のひらサイズの写真。
身体感覚を揺るがしながら、写真とはなんぞや?と
問いかけ格闘している溝口くんの姿勢に感服。