
東日本大震災から7年。
あの未曾有の事態から、私たちは何を学んだのか?
いまだに迷走するこの国に、希望はあるのか?
振り返るべく、写真をUP。
第二弾は震災から五年後の岩手、宮城、福島。
写真は浪江町の、無人化した商店街。
【on_Flickr】0311_Five_Years_After
#photobybozzo
#東日本大震災
#大槌町
#閖上
#浪江町
竹野に住まう舞台写真家の地域自治。

東日本大震災から7年。
あの未曾有の事態から、私たちは何を学んだのか?
いまだに迷走するこの国に、希望はあるのか?
振り返るべく、写真をUP。
第二弾は震災から五年後の岩手、宮城、福島。
写真は浪江町の、無人化した商店街。
【on_Flickr】0311_Five_Years_After
#photobybozzo
#東日本大震災
#大槌町
#閖上
#浪江町

東日本大震災から7年。
あの未曾有の事態から、私たちは何を学んだのか?
いまだに迷走するこの国に、希望はあるのか?
振り返るべく、写真をUP。
【on_Flickr】0507stricken
#photobybozzo
#東日本大震災
#陸前高田

東日本大震災から7年。
あの未曾有の事態から、私たちは何を学んだのか?
いまだに迷走するこの国に、希望はあるのか?
振り返るべく、写真をUP。
【on_Flickr】0507stricken
#photobybozzo
#東日本大震災
#陸前高田

『第2サティアン』photo by bozzo。
モデル/入手杏奈
衣裳/田村香織
昨年、ダンサー三東瑠璃さんで制作した『サティアン』の第二弾です。
先週文房堂ギャラリーにて展示していました。
サンスクリット語で真理を意味する『サティアン』という汚濁に塗れたワードを使って、
しばらくは「真理」をボクなりに表現していきたいと思ってます。
いずれは『SATYAM』で個展開催にこぎつけたく。
人間の持つ原初的なエネルギーを、
円環する時間のフィルターで炙り出していく作品群としていきます。

NINA_GALAXY@川崎工場地帯
バーレスクダンサーのNINAさんを化学臭ものすごい川崎の東京湾岸で撮影。
見事なディストピア空間でしたが、GALAXY的な絵になったのでは?
こちらにセレクト版UPしてます〜!
【on_Flickr】DANCER_11
#NinaGalaxy
#burlesque
#AFTERPARTYTOKYO
#photobybozzo
photo by 石川直樹氏
平敷さんの『山羊の肺 沖縄1968-2005年』と写大時代の学生寮の日常を撮った『南灯寮』のモノクロ約180点の展示。見応え十分。
平敷さんの写真集『金城美智子・光と影の世界』はニコンの書庫で衝撃を受けた作品だったけど、この『南灯寮』と『山羊の肺』は、
等身大の平敷さんが投影されていて、滋味深い味わいある写真群だった。
特に『南灯寮』の写真は東京狛江での学生生活がまんま切り取られていて貴重。
気負わずにシャッターを押している平敷さんの眼差しが感じられ、笑みが出る。
半裸で空手を楽しみ、山羊をつぶして酒盛りに狂乱する姿は、復帰前の居心地悪い東京で
唯一ウチナーンチュらしい生活を謳歌できたであろう状況が想像できて、込み上げるものがあった。
感想ノートには、モノクロ写真・オキナワ・故人…という表層的なイメージに依る
なんとも優等生的な畏まったコトバばかりが綴られており、
「復帰前のオキナワの苦しみ」「今も残る悔恨の念」「貴重な時間を記録した遺産」「平敷兼七の偉業」…などなど、
モノクロというだけで何か威厳を讃えているかのような受け止め方で辟易。
そこに写っている空気を、人を、現象を、ニュートラルに感じれば、
「海洋博で失敗し、一生懸命働いて借金を返している元料亭のかみさん」〈泉町〉
「双子を産みひとりは家族に取られ、もうひとりを取られまいと逃げまわっている女性」〈那覇〉
「ゴルフ場近くに三角小屋をつくって住み、夜になると池に落ちたゴルフボールを拾い、また池のカエルを食べにくるハブを捕らえて売り生計をたたている男」〈具志頭〉
「毎日空き瓶と空き缶を拾って家をつくった人」〈浦添〉
「道から拾ったもので小屋をつくって住んでいる男性」〈那覇〉
…と、オキナワそのものをまんま切り取っていた平敷さんの、オキナワへの愛がストレートに伝わってくるはずなのだ。
オキナワ…というと、それだけで色眼鏡を掛けてしまう、そのスタンスこそ差別であり、
畏まり距離を置く態度こそが、今のオキナワを辺境へと追いやっている元凶なのだと思う。